81 穴倉から這い出してきたとある海軍士官との再会
「県立防衛幼年学校第一学年臨時編成部隊実習中隊第一分隊の諸君らを歓迎します。私は、当基地の次席幕僚をしております陸奥然といいます。階級は中佐です」
落ち着いたトーンの声で俺達の前に仁王立ちした娚の海軍士官が第一声を発した。
横隊に並んだ俺達の前でワザとらしい爽やかな笑顔を満面に貼り付けているその人を見た瞬間「嫌な予感しかしねぇ」とつぶやきそうになった。
なぜなら、俺達の前に立っているヅカ系の豪奢な制服に身を包んだ娚性の海軍士官に見覚えがあったからだった。
見覚えどころか知り合いと言ってもいいくらいだ。
少し前になるが、今、陸奥中佐と名乗った娚性の海軍士官は、ロボ梓を製作したという民間企業極東人工少女廠の代表として俺が今世話になっている竜洞勲爵邸に訪れ、俺に土下座を敢行した人物だ。
そのとき、彼女は民間企業の代表とその身分を偽って俺の前に現れた。
それから少しして、病気で死んだはずの梓がアンドロイド梓になって甦った経緯を説明をするために、幼年学校に来た軍のお偉いさんの中にもいた人だ。
ロボ梓のことを学校の講堂で全校生徒に説明してくれたのもこの人だ。
このとき彼女は軍人…海軍中佐として俺の前に現れた。
当然のことだが、俺は陸奥然という娚性に著しい不信感を抱いているのだった。おかしくないだろ?
「皆さんの担当が、こんなトウが立った者で申し訳ないのですけれど、当基地の司令からの通達ですので我慢してくださいね」
左右の他の実習分隊に視線を走らせた俺たちに、陸奥中佐がこめかみに青筋を浮き立たせクッソ爽やかな笑顔の口角を最大仰角にした。
※※※※※
この日、部隊実習三日目の朝、俺たちは陸軍の駐屯地での甚だ変則的な部隊実習を終え、バスで陸軍の駐屯地に隣接している海軍の基地に移動して来た。バスの乗車時間はわずか三分程度だった。
ついでだが、前の日、つまり陸軍駐屯地での最後の夕食のときに出たデザートは食べたことがない極楽浄土な味がするものだった。
約束どおりに一口味見して、残りは陽に譲った。
陸軍の駐屯地から海軍基地に移動してきた俺たちは、まず、基地講堂で、この基地の司令という人から、この基地の成り立ちなどの講話を拝聴した。
それは三日前に陸軍の駐屯地で聞いたことをそのままトレースしたような内容だった。
演壇で穏やかな笑顔で話すこの基地の司令と名乗った人は、ロボ梓が俺と同じ学校に通い始めたあの日、駅から俺たちを乗せてくれたあの軍用トラックの荷台で学校まで同乗したあの人だった。
たしか、橘さん……海軍北方航空群司令の橘少将って名乗ってたっけ。
基地司令さんの講話を聞いた後、陸軍の駐屯地でもそうだったように、この基地で過ごす二泊三日の間お世話になる班の隊員さんたちを紹介されるというスケジュールに移った。
それにしても、この、海軍の基地にはやたらとでかい建物が何個もある。
学校の体育館が三~四個入ってしまうんじゃないかってくらいのでかい建物が何個も並んでいる。
そういや、前の世界のこの場所は海上自衛隊の基地があった場所だ。隣の陸軍の駐屯地は陸上自衛隊があったはずだ。
何度かガキどもを引き連れて見学に来たことがあった。
そんときも海上自衛隊の基地の建物のデカさに驚いたっけ。
ん? ってことは、海上自衛隊って海軍のことだったのか。そして、陸上自衛隊は陸軍ってことか。
今更ながらに前の世界の自衛隊というものが何だったのかを理解した俺は、心の中で自分を嘲笑った。
自衛隊って、ニュースの災害現場や基地駐屯地の解放行事とかでしか見ないから、それが軍事組織だということをすっかり忘れていたのだった。
「どうしたんだな、竜洞くん?」
己の間抜けさに呆れていた俺に太刀浦が尋ねてきた。
「ああ、いやぁ陸軍の屋内訓練場とはまたちがった大きさの建物がたくさんあるなあと思ってな」
「ああ、そういうことなんだな。この海軍の基地は航空基地…すなわち飛行機の基地なんだな。だから、飛行機を格納しておく格納庫という建物が何個もあるんだな」
「そうなんだ。すまんな、きっとこれは俺にとって今更のことなんだろうが……」
「わかってるんだな、竜洞くん。気にすることはないんだな」
太刀浦、その眼鏡の奥の不気味で爽やかな笑顔に俺は当分慣れそうにもないぞ。
「はーい皆さん、ちゅっうもーく!」
若い女性の高いトーンの声が俺たち以外の実習分隊のみんなに掛けられる。
俺たち以外の実習分隊のお世話を担当してくださる海軍の方は、白の夏期制服の袖に黒い山型線の階級章をつけたお姉さんやセーラー服姿の俺たち高校生と年齢的にもごくごく近い、入隊して二~三年のお姉さんたちだ。
太刀浦から聞いた話では、彼女たちは現地採用現地勤務という農畜産物の地産地消みたいな採用形態なのだそうだ。
で、彼女たちが現在所属している隊もこの基地が航空基地だということもあって、飛行機の整備兵さんが大半らしい。
俺たち県立防衛幼年学校の生徒の大半は卒業後、彼女たちのように地元の駐屯地基地に就職することになるのだという。
だから、こうした部隊実習は就職活動における先輩訪問の側面もあるってわけだ。
「う……」
胃袋が痛み、本格的にえずき始める。
俺や梓と少なからぬ因縁がある陸奥然中佐が俺たちの実習分隊の担任をするということは、すなわちこの海軍基地での部隊実習も陸軍での実習同様に他の分隊とは全く違うスケジュールや内容で行われることが確定的だからだ。
「竜洞生徒、キミが今何を考えているか大体分かるのだけれど、今はそれを表情に出さないでいてくれるとうれしいのだけれど」
陸奥中佐が吊り上げた口角をピクピクと痙攣させながら、俺がえずいている原因を斜め上の解釈をしてくれている。
俺がえずいているのは、あんたが他の分隊を担任しているお姉さんたちよりもかなりおばさん寄りだからじゃない。
俺たちを担任するあんたが胡散臭すぎるからだ。
くそ爽やかな笑顔を取って付けた海軍の高級士官を目の前に、俺の胃は本格的にキリキリと痛み始めた。
「えーっと、私の階級は中佐です…。と、見てわかりますね。皆さんには今更ですよねー。普段、私はASWOCという穴倉の中に潜んでおりますが、今回は皆さんの担任を仰せつかり、穴倉から這い出して参りました……あのぅ、いまのところは笑うところですよ」
アハハハと、陸奥中佐が力なく笑う。そのギャグきっと徹夜で考えてきたんだろうな。見事に滑ってしまって、貼り付けた笑顔が痛々しい。
辺りでは俺たち以外の実習分隊の生徒たちが担任の若い海軍兵士のお姉さんを囲んでこの海軍基地にいる間お世話になるお姉さん兵士と和気あいあいとこれからのスケジュールのオリエンテーションをしている。
お愛想的に俺たちの分隊の女子たちがクスクスと笑ってみせる。
が、小桃や楓たちといった陸奥中佐と俺と梓の因縁を知っている連中は警戒心を露わに中佐を見ている。
「では、これからの皆さんのスケジュールを説明します」
中佐の傍に控えていた中佐の階級章よりも少し下の位そうな肩章をつけたお姉さんが中佐にバインダーを手渡した。
いかにも有能な秘書と言った感じがするお姉さんだ。
「あ、こちらの、いかにも有能な秘書然としたお姉さんは、ASWOC、すなわち航空対潜水艦作戦室の司令補、山城里見大尉です。実際有能です。二〇年後の海軍作戦部長ですから今のうちからゴマをすっておくことを推奨しておきますね。ちなみに今のも笑うところですが……ゴホン……」
「ちゅっ、中佐ッ! ケ、ケフン! ただ今ご紹介に預かりました山城でございます。陸奥中佐同様、普段はASWOCにおります。よろしく」
耳まで真っ赤にした女性士官は咳払いして山城と名乗り、海軍大尉だと自己紹介して陸奥中佐の脇に引っ込んだ。
「では、これから哨戒機の格納庫見学に移動します。他の分隊の皆さんは基地史料館等の見学からになりますが、皆さんは効率的スケジュールの消化の観点から他の分隊の皆さんとは違った順路のスケジュール消化となります。では、進発!」
陸奥中佐が手招きをして先導する。
ああ、これ、デジャブだ……。てか、一昨日、となりの陸軍の駐屯地でやったわ。
「分隊右向け右! 前に!」
小桃の号令で俺たちは陸奥中佐の後に続く。
「辰哉……お前ら……そっちは……」
俺たちの行動を訝しんだ待雪の声に後ろ髪を引かれながら、俺たちは隊列を組んで中佐に続く。
ますます募る吐き気に俺は生唾を飲み込む。
「な、なんか、嫌な予感しかしないんだな」
俺の嫌な予感に同調したように、後に続いてきている太刀浦が呟いた。
「全くそうだな太刀浦。俺も嫌な予感しかしないぞ」
こっそりと太刀浦に答える。こっちでも特殊部隊の人から訓練受けるんだろうか……。
場所を陸軍駐屯地から海軍基地に移しただけで、俺達がやることは変わりがないんだろうな。
こっちでも、おっかなそうな海軍の特殊部隊のお姉さん方が出てきて、鉄砲撃ったり、格闘技を習ったりするんだろうな。
“俺”は、自分で言うのも何だが決して軍人に向いているとは言い難い。
前大戦で大敗北して以来、70年間も一切の戦闘行為をしてこなかった国で生まれ育った軟弱者だからな。
対して、人生を引き継ぐことになったこの体の元々の持ち主は、家が貴族で軍人一家だった。
体は軍人向きでも魂は軟弱者……なんていうどこかの毎週殺人事件に関与する小学生みたいなコピーが頭をよぎる。
が、この体の持ち主の人生を引き継いでしまった以上。
あのお屋敷でうまい飯を毎日食わせてもらってるし。
もう会えないと思っていた妹と同じ屋根の下で暮らせるようになったし。
“俺”がじゃないけれど、モテモテでリア充だし。
この生活を護りたくなってしまっている俺がいることも確かなことだ。
(だから、やるしかないんだよなぁ)
向いていようとなかろうと、俺は、『竜洞生徒』が成すべきことだったことをやるしかない。
「ふむ、海軍での実習においても、我々は失われた分隊決定か」
俺の前に並んで歩いていた美洲丸の呟きに俺は息を呑みこんだ。
あやうく、大声を出して俺以外の全員に腕立て伏せ百回の罰を食らわせるところだったぜ。
だが、美洲丸の無駄口なんていうレアイベントに遭遇してしまったら、誰だって思わず意外を大声に出してしまいそうになる違いない。
「ああ、全くだな……」
平気なふりをして美洲丸に相槌を打ちながらも、後から伝わってくるゾンビの盆踊りを目撃したように愕然としている太刀浦の気配に思わず吹き出しそうになった。
「太刀浦、海軍に特殊部隊ってあるのか?」
太刀浦に俺は尋ねてみる。
どうやら陸軍とちがって海軍の方はこうして移動中に無駄口を叩くことに寛容らしいからな。
「あることはあるんだな。だけど、陸奥中佐は特殊部隊の人じゃないんだな」
俺の問いかけに声を潜めて太刀浦が答えてくれる。
「海軍の特殊部隊は英国海兵隊のSBSを手本とした特別警備隊と陸戦隊の襲撃連隊なんだな。襲撃連隊の中でもルムルーモ……くノ一部隊月光と渾名される第四襲撃大隊が一番特殊性が高いんだな。だけれども、あの陸奥中佐はそのいずれでもないんだなぁ」
「……って、お前ら陸奥中佐知ってんのかよ」
「貴様の耳は飾りか? 御本人もおっしゃっていただろう? ASWOC勤務だと」
「ああ、そう言えばそう言ってたな。ふだんは穴倉住まいだって」
じゃあ、この海軍での訓練はどこの誰がしてくれるんだ?
担任の陸奥中佐は“こうくうたいせんすいかん”作戦司令室の司令だそうだぞ。普段やってることは潜水艦相手の鬼ごっこだそうだ(太刀浦曰く)。
畑違いもいいところじゃないか?
「さあ、みなさんが見学される格納庫に到着しました」
俺がこれから行われるだろう訓練の教官について考えているうちに、どうやら目的地に到着したようだ。
「本当に格納庫見学なのか」
思わず口に出してしまった。
てっきり他の分隊から見えないところまで徒歩で移動して、そこからトラックに乗るんだと思っていたぞ。
「ええ、そうです。格納庫見学ですよ竜洞生徒」
陸奥中佐がどこか安堵したような、この場に似つかわしくない雰囲気を纏った笑顔で応えた。
「こちらから入ってください低いので頭をぶつけないようにね」
山城大尉が注意を喚起して潜戸を開いた。
その潜戸は三階建ぐらいもあるやたらとでかいスライド式の扉に付属しているものだった。
「なんてでかいドアだ」
「哨戒機が出入りするドアだからな当然だ」
「滑走路側にもこれと同じ扉があるんだな」
「よ……し、みんなわたしに続いて!」
小桃を先頭に俺たちは格納庫に入ってゆく。
このとき俺は、その中に俺たちの運命が手ぐすねをひいて全裸待機していることを夢にも思っていなかった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価感謝であります。




