75 特殊部隊のミリメシの中身は、意外なことにテレビでしか見たことがないような豪勢なものだった
「この駐屯地での部隊実習中に、諸君には、完璧に安全に銃を取り扱えるようになってもらう。脱落は許されない」
ライフルの貸与の後、教場にピストルが運び込まれ、俺たちはそれも貸与されることになった。
「本銃は10式9ミリ自動装填拳銃という。口径は9ミリ、敗戦後初の純国産制式拳銃だ」
梓や、陽、響のようなついこないだまで小学生だったような、ガキにまでピストル持たすのかよ……。
そもそもちゃんと撃てんのか?
「鈴縫生徒や子ノ日生徒のように、幼く、体格も小柄な年少者が銃器をちゃんと使用できるのかと疑問に思う者もいるだろうが、それは可能だ。アメリカでは、子供でもしっかりとした指導がなされれば、こと拳銃戦闘では大人顔負けの能力を持たせることができることが証明されている。拳銃射撃の競技会でアンダーフィフティーン部門とはいえ、九歳児が大人と使用する銃も何もかもが同じ条件で優勝したことがあるからな」
つくづくアメリカって国は物騒な国だ。
そうして、ライフル銃と同じようにピストルも貸し与えられた俺たちは、銃の各部名称や操作方法、分解結合などを教場で教わり、教場に入ってきたのと反対側にある出入り口から、射撃場に入る。
そこは、とにかく巨大長大なトンネルを思わせる場所だった。
「ここは、本施設の本体である屋内射撃訓練場である。諸君ら以外の実習分隊は明日、ここで、当駐屯地における部隊実習の目玉とも言うべき、実弾射撃体験を実施することになっている。あくまでも実弾射撃体験であるから、座学の後にひとり一射のみだ。自分が幼年学校の一年生のときの部隊実習のときもそうだった。だが、諸君には一発どころではなく撃ってもらう。うれしかろう?」
朝霧中尉は意地悪そうな微笑を浮かべた。
そういえば、美洲丸たち部隊実習委員会謹製の『部隊実習のしおり』に書いてあったスケジュールの二日目の欄に実弾射撃体験なんてのがあったな。
俺たちに限っては、もう『部隊実習のしおり』は全く意味ないホチキスで束ねた紙切れになってしまったわけなんだが。
せっかく丹精込めて作ったしおりが自分にとっては無駄なものになっちまったな美洲丸よ。
「では、これより、ガンハンドリングの演練を実施する」
聴いたこともない単語の訓練の意味はすぐにわかった。
それは、銃の安全の確認に始まる銃を執る上での全ての事柄のことだった。
※※※※※
俺たちは朝霧中尉率いる特殊部隊の隊員がマンツーマン……正確にはマンツーツーマン、つまり、一人の生徒に二人の兵隊が付いて、徹底的にライフル銃とピストルの取り扱い方を叩き込まれることになった。
梓や陽、響、たちの年少組や、身長が150センチに達していない生徒にはさらにもう一人の兵隊(助教っていうんだそうだ)が付いて、合計三人の助教が指導に当たった。
そんな小さいガキに鉄砲の撃ち方なんて教えなくたっていいだろう。っていう俺の考えは、こっちの世界じゃきっと甘々で、ボケボケの考え方なんだろうと思うが、どうしても釈然としない。
ちなみに、助教ってのは、教育訓練のときに生徒学生を直接指導する下士官のことだそうだ。
軍隊では、教官と言うのはあくまでも士官将校の職務であって、下士官はその助手と言うことで助教ということらしい。
そういえば、学校にもそんな軍人がいたっけ。
だから、俺たちを訓練している隊の教官は朝霧中尉で、野分軍曹以下の下士官の皆さんが助教ということになる。
かくいう俺にも二人の助教がつきっきりで、それこそ手取り足取り鉄砲の取り扱い方を教えてくれた。
特に、銃口管理……銃口の向きと引き金にかける指の位置ついては、何度も何度も繰り返し注意された。
曰く、「命令されるまで用心金に指を入れるな。銃口の前に人を置くな」だ。
「いいか! 引き金に指をかけていいのは、命令されたときだけだ! それ以外では用心金に指を入れるな。銃口は常に誰もいない安全な方向に向けろ」
何度も何度も繰り返し、銃口の向きと、引き金を引く指の位置を叩き込まれる。
そんな中、俺は、ふとした疑問が浮かんだ。
「ん? どうした辰哉生徒。変顔をするな。なにかあるなら言ってみろ発言を許可する」
疑問を抱えた俺の顔がよっぽどおかしかったのか、俺に付いてくれている助教が質問を許してくれる。
竜洞生徒が二人いるから、俺のことは辰哉生徒、梓のことは梓生徒と呼称することは、この建造物につれてこられるトラックの荷台で野分軍曹から告げられていた。
「命令する上官がいないときに、敵が現れたらどうなのかと思ったんです。誰の命令に従うのかと思いました」
この質問はよっぽどおかしなことだったらしい。
俺に付いている二人の助教どころか、両隣の助教、そして、両隣で指導を受けていた美洲丸と楓までもが吹き出した。
目尻の涙を拭いながら助教が俺の疑問に答えてくれた。
「竜洞生徒、キサマはクソや小便をするとき、誰の命令に従うんだ?」
軍人さんとはいえ、女性の口から、クソとか小便とか聞くのは、鼻の奥がジンと熱くなってくるが、ぐっとこらえる。
「はい、クソや小便をするときは自分で自分に命令します」
「そういうことだ。その場にキサマしかいなければ、その場にいる最上位の軍人はキサマだ。なら、キサマに命令するのはキサマだろ」
辺りの景色がぐにゃりと歪んだような気がした。
俺が、俺の命令に従うと言うことは、どこかの誰かが、俺や梓を襲ってきたときには、俺の判断でそいつに向かって鉄砲をぶっぱなすってことだ。
そいつが敵で、梓を攫おうとしている、もしくは俺や梓の命を奪おうとしている。そんな事態に陥ったとして、果たして俺はその敵に向かって、自分の意志だけで鉄砲を撃てるだろうか?
誰かに命令されて撃つことはなんとかできる思う。なぜなら、命令されたからだ。
俺が撃った弾が引き起こしたことへの責任は俺にはない。俺に命令したやつにある。
だが、自分で自分に撃てと命令するってことは、その結果に責任を持つってことになる。
『竜洞生徒』ならたぶんできるだろう。
勲爵なんていう貴族に列せられるほど、ものすごく優秀な軍人の息子なら、きっと、ハイハイよりも先に敬礼を仕込まれてそうだからな。
いざ、ことに及んでは躊躇なく引き金を引くことができただろう。
だが、俺はついこないだまで、平和憲法というバリアで守られているという国の、平和と水はタダという考えが骨の髄まで染み込んだ自堕落な高校生だった。
実際、俺がこっちに来るまで日本の本土でテロがあったことなんか無かったし、戦争なんて映画やドラマの中でしか見たことがなかった。
そんな俺が、いくら身を守るためとはいえ、人に向かって鉄砲を撃てるだろうか?
「そうなってみなけりゃわかんねえ……よなぁ」
思わずつぶやいてしまった俺は、慌ててあたりを見回す。もちろん目だけでだ。
キョロキョロなんてしてたら、鬼軍曹に腕立て伏せを何回オーダーされるか分かったもんじゃないからな。
そして、俺の独り言を誰も聞きとがめていなかったことに安堵したのだった。
※※※※※
敵に先んじて敵を無力化するための銃を安全に取り扱う方法、銃の構え方、狙い方、引き金の引き方を何度も繰り返す。
単独時、隊列を組んでいるとき……。様々なシチュエーションでの銃の操作方法を、何べんも繰り返す。
俺や小桃、楓、美洲丸なんかの飛び級ではないやつらと違って、陽や響、子ノ日さんたち飛び級してきたやつらにも容赦なくガンハンドリングとかいうものが教育されてゆく。
ひときわ小さな子ノ日さんなんかは、ライフル銃と身長にほとんど差異が見られないんじゃないだろうか?
だが、不思議と全員が銃の取り扱いをごくごく自然にこなしていた。
それは、まるで、元々知っていることの確認作業をしているようだった。
この教場の中で銃を初めて扱うのは俺だけなんじゃないかと錯覚するほど、みんなは実に自然に銃の操作をしていたのだった。
「竜洞辰哉生徒! 貴様の頭の中に詰まっているのはおが屑か馬糞か? 用心金に指を入れるなと何回言ったら分かる! 辰哉生徒以外腕立ての姿勢をとれ!」
全員が訓練を中止して腕立て伏せの姿勢をとる。
生徒だけじゃない、朝霧中尉や野分軍曹を始めとした教官助教まで、俺以外のその場の全員が腕立て伏せを始める。
連帯責任てヤツだ。
教官助教が腕立て伏せをするのは、指導力不足を反省するためだと……。
俺のせいで、こないだまで小学生だった陽や、響、香取さんに鹿島さん、子ノ日さんまでもがペナルティをくらう。
ロボとはいえ梓にまで腕立て伏せをさせるのは実に後ろめたい気持ちになる。
楓が俺のせいで長門教官に腕立て伏せをさせられたときも、かなり情けない気分を味わったが、さすがに梓たちガキどもを巻き込んでのこれはきつい。
俺は悔しさに滲む視界で歯を食いしばった。
「ようし、以上で、本日の銃口管理すなわちガンハンドリングの訓練を終了する。今、諸君に教授したことは、ガンハンドリングの基本中の基本だ。学校や自宅で市販の玩具銃などを使用して反復するのが望ましい。必要ならば部隊から訓練用のラバーガンを貸し出す。長門教官に申し込むように。私個人としては弾が出る分、玩具銃で訓練する方が気分が出るがな。午後はお待ちかね実弾を使用した射撃訓練を行う。では、昼食にしよう。射場を退出したら、着帽を命令するまでの間、脱帽を許可する。以上だ」
「きをつけぇっ!」
朝霧中尉が午前中の訓練の終了を告げると、野分軍曹が号令をかける。
俺たちは数瞬の遅れもなく腕立ての姿勢から立ち上がり、姿勢を正す。
「けぇれぇっ! なおれ! 順次射場から退出!」
終了の敬礼が終わり、張り詰めていた緊張の空気が和らぐ。
「「はああああああっ!」」
射場から教場に戻った俺たちは一斉に溜息をついて、ヘルメットのアゴ紐を緩め、装備を外す。
「みんな! ほんっとうに申し訳ない! 俺のヘマのせいで何十回も腕立て伏せなんてさせてしまって!」
俺の謝罪に皆は一様に笑って答えた。
「兄さま、梓は平気」
「私などよりも勇さまをお気遣いくださいまし」
「お、お互い様なんだな」
「まあ、気にすんなって辰哉ぁ」
「たっちゃんのせいで反省なんて、みんな折り込み済みかな!」
「最近運動不足気味だったからちょうどよかったよ。あにきぃ」
「お兄ちゃんのヘマのせいで腕立てなんてうれしいの、本懐なの」
ちょっとちょっと響さん、自分が何を仰ってるか自覚あります?
「うんうん、理解できるです。響ちゃんが言っていること!」
「そっかぁー、響ちゃんが言ってること、ひとみはわかっちゃうかー!」
香取さんに鹿島さんもなんだかおかしなことを言っている。
「そんなことよりだ! 信濃、竜洞! われわれの昼食はこれだぞ!」
美洲丸が指差した先には、射場に移動する前に俺たちが座っていた机とイスがある。
「ん?」
「うわぁ!」
「なんだなぁ……」
「げ!」
「まあ!」
みんなが口々に驚きを声に出していたが、その声色は一様に落胆していた。いや、絶望といっても差し支えなかった。
机の上に鎮座していたのは、ハガキより少し大くて少し厚みがある四角い濃緑色の物体が二つと、名刺大の大きさのカップめんのスープ袋みたいなもの。それと、飯盒のようなものだった。
その飯盒のようなものは俺が知っている飯盒よりも高さがだいぶ……そう、半分くらいにまで高さがつまったものだ。無論、色は軍隊色だ。
「なんだこれ?」
レトルトパックのようなものに手の甲を当ててみる。
「あちちっ!」
それは、温めたてのレトルトカレーのように熱かった。
「うそだろ! ボク、駐屯地のごはん楽しみだったのに!」
「辰哉ぁ……、こればっかりは、おまえら兄妹を恨むことになっちゃうなあ……」
「さすがにこれは折り込めてなかったかなぁ……」
「さすがに響も、こればかりはお兄ちゃんをかばいきれないの」
「はあぁ……です。わたしも、こればかりは……です」
「やだやだやだ! こんなのやだぁ!」
さっきまでの和やかな雰囲気はどこへやら、怨嗟の視線が俺を突き刺した。
いったいこの緑色の物体がなんだって言うんだ? どうしたってんだ? これが昼飯って?
「あ……」
俺の脳裏にある戦争映画の一場面が浮かんだ。
それは戦地での食事シーンだった。缶詰の食事に兵隊たちが毒づいているシーンだった。
俺たちの目の前にある濃緑色の物体。
それは、俗に言うミリメシと呼ばれるものだった。
「たっちゃん、ここにいる子の大部分は…ね、子供のころから…ね、親が職場から持ち帰ってきたこれを食べて育ってるかな」
小桃がレトルトポーチを摘み上げる。
「それにな、竜洞、ここの駐屯地の食堂は全軍駐屯地基地炊事競技会で十連覇を成し遂げているほど食事がおいしいのだ!」
ああ、だから、レストラン『マリーゴールド』の息子が楽しみだったなんていうのか。
「みんな、ごめんなさい。元はといえば、この事態を招いたのはわたし、この実習が終了した後、当家にみんなをお招きさせていただきます」
梓が深々と腰を折る。
「ま、まあ、そういうことでしたら……」
子ノ日さんが席について、レトルトポーチを手に取る。
それを合図にみんなが席に着く。
「ん?」
「あ!」
「これ!」
あちこちからレトルトポーチを見たやつが驚きの声を上げた。
「こ、これはある意味、駐屯地食堂より上等なのかもしれないんだな!」
太刀浦が声を大きくした。
「どうした? 食わんのか? それとも、『特殊部隊糧食』はお気に召さんか?」
朝霧中尉が颯爽と教場に戻ってきて微笑んだ。
「「「「「「「「「「「「「「マム! ノー! マム!」」」」」」」」」」」」」」
俺と梓以外の全員が声を揃えて異を唱えた。
いや、なんでそこだけアメリカ軍ぽくなるかな?
「竜洞、感謝するぞ」
「こんな体験めったにできないのです!」
「なの!」
「駐屯地ごはんなんて、入隊したらいつでも食べられるのですわ」
「ですです!」
みんなが嬉々として、飯ごうの蓋にレトルトポーチの中身をあけてゆく。
「うわあ……」
「これがそうなんだぁ」
「ウチのかーちゃんが、一回だけ特殊部隊に行った幼年の同期の分けてもらって食べたことがあるって言ってた」
つい今しがたまでの剣呑な雰囲気はどこへやら、明るい女子高の食事時の雰囲気が醸され始める。
「そんなにすげえのか? このレトルトが……。どうせカレーかなんかだろ?」
俺も、飯ごうを開けて、蓋にレトルトポーチをあける。
なんともいえない香りが鼻をくすぐる。
それは、ファミレスで一番安いランチメニューを食っていた俺たちの席の隣の席から漂ってきた格調高そうな香りだった。
「こ、これは……?」
出て来たのは、ハンバーグと角切りのゴロリとした肉が三個、一口大のにんじんとジャガイモが数個ずつだった。
レトルトポーチには『特殊部隊専用戦闘糧食三型』と、いう文字の下に『ビーフシチューハンバーグ』と書かれていた。
飯ごうの中にはぎっちりとご飯が詰まっている。
「装具から水筒を出して机の上にカップを置け、湯を配給する、スープの粉末を入れておけよ」
野分軍曹の低い声が教場に響く。
慌てて個人装備の水筒のカバーを開けて水筒を取り出し、その下のアルミ製の取っ手つきカップを取り出す。
カップ麺のスープ袋みたいなヤツを開けて中身をアルミのカップに入れる。
それは、乾燥したとうもろこしみたいなものの粒が混じっている黄色い粉末だった。
「こ、これは……」
「コーンポタージュなんだな。これは、特殊部隊の戦闘糧食以外には付属していないものなんだな」
太刀浦が興奮気味に教えてくれる。
「すげえごちそうじゃねえか……」
レストランみたいに皿に盛り付けられてないってだけで、俺にとってはこれはものすごいご馳走だった。
ビーフシチューなんてテレビでしかお目にかかったことがなかったからな。
「お湯を入れたらすぐに十秒くらいかき混ぜるんだよ」
ヤカンを構えた迷彩服のお姉さんが教えてくれる。俺に付いてくれていた助教のお姉さんだった。
「さあ、食え、一人三食までなら、おかわり自由だ! メシは無制限におかわり自由だ!」
朝霧中尉が破顔する。
「「「「「「「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」」」」」」」
誰が掛け声をかけたわけでもないのに、全員が同じタイミングで挨拶をする。
俺たちの豪勢なんだか貧相なんだか、よくわからない昼食が始まったのだった。




