74 八九式は俺のパスポート
射撃場の中のあまり広くは無い通路を通って、俺たちは、まず、黒板と机とイスがある教室のような部屋に入った。
黒板の前には教卓がある。まるっきり教室だ。
だが、学校と違い、ひとつとして窓が無い。
普段、大して気にしていないLED照明の白色光から、妙に不気味な雰囲気を感じてしまうのは、これから体験することへの期待感と不安感が、ない交ぜになった不安定な気分からのものなのだろうか。
教室のような部屋に入った俺たちは、すぐに着席を促される。
もちろん朝霧中尉をはじめ、全員がヘルメットを被ったままだ。
ふと、違和感を感じて、俺はきょろきょろと視線をあちこちに走らせる。
すぐに違和感の正体は判明した。
それは、教卓の上に置かれた一丁のライフル銃と、教卓の脇の長机の上にずらりと並べられた同じ銃だった。
(本物……だよな)
「これより銃の貸与を実施する。本来、幼年学校において、銃を使用した訓練は第二学年からである。私が幼年学校の生徒だったときもそうだった。第二学年の四月に大々的に銃貸与式なんてものをやったもんだ。紅白幕張ってな。こんなふうにこそこそした銃貸与なんて初めてだ。第一学年次で銃を使用した訓練は、模擬銃、いわゆるラバーガンを使用したものだったが、諸君に銃を貸与し、取り扱いを指導せよという命令なので、これを実施する。ここまでで何か質問があれば挙手」
驚いたことに全員が手を挙げた。ああ、俺以外な。
「じゃあ、君……、うん、太刀浦生徒だな。質問を許可する」
当てられて、太刀浦が立ち上がり口を開く。
「先ほど教官殿がおっしゃったことでありますが、他の分隊も午後からこの訓練を行うのでしょうか?」
何を聞いている太刀浦? さっき朝霧中尉はそう言ったじゃないか。俺たちの分隊は午後の予定を先行するって……。
「!!」
まさか、お前、この訓練が俺たちだけの特別メニューだって思ってるのか?
「はあ、長門大尉が言ってた通りだなぁ……。君らに腹芸は通用しないようだ。感づいている者は挙手!」
……。俺以外の全員が手を挙げる。
「な、なん……だって?」
俺は、思わずつぶやいてしまった。
「ふん、ほぼ全員が感づいていたか。やはり君らには全部話した方がいいな。自分が知っていることに限られるが、包み隠さず教えてやる。質問がある者は挙手!」
再び俺以外の全員が手を挙げた。陽や子ノ日さんまでがだ。
「では、君……、香取生徒」
「はい! なぜ我が分隊だけがこちらの駐屯部隊ではない、中尉殿の隊での部隊実習なのでしょうか?」
え? どういうことだ? さっき朝霧さんは言ったじゃないか当駐屯地に分屯しているって。
「ははは、流石だ。これについてわかっていた者!」
はあ、またしても俺以外が手を挙げた。
「ええと、君、野間生徒」
「はい! 朝霧中尉と野分軍曹の迷彩戦闘服に通常は着用されているはずの部隊章がありません。これは、中尉たちの部隊が特別な任務を遂行する部隊であるということを示していると思われます。こちらの駐屯地には特殊部隊は駐屯していないはずです」
なんだって? 特殊部隊だと? なんでそんなおっかなそうな人たちが、高校生の実習にやって来る?
「よろしい、では、我々が特殊部隊だとして、その任務は何か?」
ああ、もういいよ、俺以外、全員が手を挙げた。
「美洲丸生徒」
「はい! 竜洞梓生徒の監視および警護、ならびに周辺人物の戦力化だと思われます。特殊部隊は戦闘部隊であると同時に教育訓練部隊でもあります。その任務は、友好国の軍および、友好武装勢力に非正規戦訓練を実施することであります。その中には、全くの民間人をごく短期間でパルチザン化することも含まれております」
なん……だと? 周辺人物の戦力化だって? 美洲丸、お前何でそんなこと考えつく?
ってか、ここにいる全員が、講堂からここまでの道中で、そこまで考えていたってことか?
「ほう、では、諸君を訓練する理由は? 紅黄生徒」
「はい! 敵第五列の浸透作戦に備えるということです」
「いいだろう。では、信濃生徒、これまでの諸君らの推察の根拠を示せ」
「はい! まず、根幹に竜洞梓生徒の本校編入が挙げられます。梓生徒は全地球の軍という軍が垂涎する軍機の塊であります。そして、当分隊の編成が甚だ変則的増強編成であり、かつ、前例のないものであります。当分隊の編成目的が特殊戦術戦技の集中運用の実験ということでありますが、幼年学校教育においてそれは、分を超えております。それは、教導団等が研究を担うことでありまして、一地方の幼年学校が分担することはあり得ません。むしろ、このような機会を用いて、より多くの生徒に特殊戦術戦技を知らしめ体験させるべきです。そして、当分隊の隊員全員が竜洞梓生徒との密接な接点があるという共通項があります。当分隊員のいずれもが梓生徒の血縁関係、クラスメイト、幼馴染、父母の元部下の子女であります。本校第一学年に在籍する竜洞家の縁者が全員ここにおります。以上のことから、自分は当分隊の部隊実習に何らかの特別な目的が存在すると考えておりました」
なんてこ……った。
俺以外全員が、この分隊が編成されたときから、こうなることを感づいていたってことなのか?
俺は、自分の間抜けさ加減にうんざりするのと同時に、こんな修学旅行的なイベントの班分けだけで、自分が生命の危機に晒されていることに考えが至る俺以外の連中の、危険事態に対する嗅覚の鋭さが悲しくなった。
(あり得ねえ! お前ら頭おかしいだろ! なんでそこまで考え付く? どんだけ中二病拗らせたらそうなるんだ?)
そんなことを考えている俺の鼓膜に、トドメの一言が突き刺さる。
「よろしい、大和生徒、ひとことにまとめろ。言葉遣いは気にするな」
「てめえら、たった今から実戦配備だ! 覚悟しろ! です!」
朝霧中尉が破顔して野分軍曹を見る。
「どうだ野分! あたしが言った通りだろ!」
野分軍曹が一瞬俯いて口角を吊り上げる。
「気をつけぇッ!」
教場に野分軍曹の太いアルトが響く。
全員が立ち上がり不動の姿勢をとった。もちろん俺も遅れることなく立ち上がり、きをつけをする。
「諸君! 改めて我々特異作戦群は君たちを歓迎する!」
そう言って、朝霧中尉と野分軍曹はヘルメットを脱いで、迷彩パンツのカーゴポケットから黒のベレーを取り出して被り俺たちに敬礼した。
上級者が下級者に向かって敬礼するなんてことは、軍隊においてほとんどありえない。俺は、そう楓たちに教わっている。
だから、上級者である朝霧中尉や野分軍曹が俺たちに向かって先に敬礼するなんてことは、あり得ない異常事態だ。
流石の小桃や美洲丸、楓もうろたえている。どうしたらいいかパニックに陥っているんだろう。
この空気に当てはまる漫画の擬音は「ざわ、ざわ、ざわ」に違いない。
「きをつけッ!」
教場に響く変声期直前の汚いボ-イソプラノに、うろたえていた全員が正気を取り戻し、姿勢を正す。
「敬礼ッ!」
その場の生徒全員が裏返り損ねた声の号令にびっくりしている空気が感じ取れる。俺だってびっくりしているさ。
まさか、この俺がこの事態に率先して号令をかけたなんてな。
「なおれッ!」
正気さえ取り戻せば、ここにいる全員は優秀な生徒さんばっかりだ。一糸乱れずに停止間の動作をしてのけた。
朝霧さんたちも、挙手の礼から直る。
「楽にしていい。着席しろ。ああ、ここからまた全部省略だ」
再び朝霧さんが破顔した。
「な! な! な!」
朝霧中尉が野分軍曹にに向かって破顔する。
なにがそんなに嬉しいんだろう?
「わかりましたから、進めましょう。時間がおしています」
野分軍曹が苦笑いしながら答える。
「ふん、では、続ける。事情は諸君が推察したとおりだ。我々の任務は、竜洞両生徒及び周辺の監視および警護。そして、諸君ら警護対象の教育訓練だ。これは、この部隊実習期間だけではなく諸君が卒業して正式に入隊するまで継続する。今日は、その、記念すべき第一回目ってワケだ」
朝霧中尉はにやりと笑い、言葉を続ける。
「ここから三年間、君たちは正規の幼年学校教育と平行して我々が責任を持って鍛え上げてやる。卒業するころには、どこの部隊でも通用する高練度の兵隊に仕上がる予定だ。卒業間近になったらあちこちからリクルーターが大挙して押し寄せること間違いなしだ!」
思わずごくりと喉が鳴る。
地獄のような三年間のハイスクールライフが簡単に予想できたからだ。
きっと俺以外のみんなもそうなんだろう。頭が痛くなりそうな緊張した空気がこの場を支配していたのだった。
「さて、今日のメインに入ろう」
朝霧中尉が、教卓の上のライフルを取り上げる。
「本銃は、正式名称を八九式歩兵銃という。この小銃の取り扱いの教育から実施する。これから銃の貸与を行うが、命令するまで絶対に引き金に触れるな! これは、今後諸君らが過ごす軍隊での生活の絶対の基本だ! わかったな!」
「「「「「「「「「「「「「「「「はいッ!」」」」」」」」」」」」」」」」
教場に俺たちの返事が響き渡る。
朝霧中尉は満足そうに頷いた。
「名前を呼ばれたものは長机の前に来るように。信濃小桃生徒!」
「はい!」
小桃が銃がずらりと並んでいる長机の前に出る。
朝霧中尉が胸の高さに持って住の側面を見る。
「信濃生徒復唱して銃を取れ!」
「銃! 番号386442 銃!」
と、ライフル銃を突き出す。
「銃! 番号386442 銃!」
小桃が復唱して銃に手をかける。が、朝霧中尉は手を離さない。
「信濃生徒! これはお前の相棒だ、私から奪い取るつもりで来い!」
一瞬、小桃の背中から不穏な気配が立ち上がったような気がする。
と、小桃は手にライフルをしっかりと握り込んで、ぐいっと胸元に引き寄せていた。
狐につままれたような顔をして、小桃が自分の席に戻って来る。
「席に戻ってもそのままの姿勢で銃を保持していること! 次、美洲丸勇生徒!」
「はい!」
美洲丸が呼ばれ、銃を渡される。
「美洲丸生徒! 銃! 番号386443 銃!」
「銃! 番号386443 銃!」
急に気温が三十度くらい下がったような悪寒に俺は襲われる。
美洲丸に続いて楓がライフルを受け取る。
「大和生徒! 銃! 番号386444 銃!」
「銃! 番号386444 銃!」
ここに入る前から感じていた、後戻りできないような事態に陥るような予感の正体が見えてきた気がする。
「次! 竜洞辰哉生徒!」
「はい!」
名前を呼ばれて俺は確信した。
「竜洞辰哉生徒! 銃! 386445 銃!」
「銃! 386445 銃!」
朝霧中尉からもぎ取るようにして、ようやくライフルを受け取り席に戻る。
(俺を引き返せないところへ連れて行こうとしているのはキサマか)
俺は、視線だけをライフル銃に落とし、見つめる。
黒く硬く重いそれは当たり前だが何も言葉を発しない。だが、こいつは何かを俺に語りかけている気がする。
それが、なんなのかはわからない。だが、確実なのは、俺は、人差し指にほんの少し力をかけるだけで人の命を奪いうる力を手にしたということだ。
ゾクリとして背中を嫌な汗が伝い落ちる。
だが同時に奇妙な高揚感で脇腹の辺りがくすぐったくなる。
大声で笑いだしたくなる。
絶対的強者、仮面ラ○ダーやウ○トラマンにでもなったような気分だ。
(これ、やべぇッ! 勘違いするだろ)
俺は物心がついてからこの方、こんなにワクワクしたことがなかった。
それほど、この鉄砲の存在は俺に無敵感を与えてくれていた。
(これは錯覚だ! これは錯覚だ! これは錯覚だ! 俺は強くなんてなってねえッ!)
俺は、自分が無敵になったような高揚感に必死で抗う。
太刀浦に借りて読んだクラス転移モノのラノベで、チートに溺れて身を滅ぼしてゆくカースト上位のクラスメイトたちの悲惨な末路を思い出したからだ。
このとき俺には、はちきゅうしきほへいじゅうが俺を悲惨な末路へと誘うパスポートに見えていたのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価感謝であります。




