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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第3章 風雲校外実習
73/108

73 とんでもないところに放り込まれたって?

「当駐屯地と、隣接する海軍の航空基地は、戦前の陸軍航空教育隊がその礎であります、戦後進駐軍に接収され、キャンプ・ホーガンと呼称されましたが、朝鮮動乱の勃発とともに進駐軍が移動して、敷地の一部が返還され……」


 梓の初登校のときに一緒にトラックに乗っていた准将さんが登壇して、俺たち幼年学校の生徒を歓迎する旨を述べた後、駐屯地の沿革を話し始めた。所謂ところの郷土戦後史だ。

 こないだとは服装が違い、迷彩服だ。

 俺たち幼年学校生徒の臨時編成実習分隊の前には、迷彩服姿の娚性や女性の軍人が二人ずつならんでいる。男の軍人はさっきの准将さんしか確認できない。

 もちろん、きょろきょろしてたら、腕立てじゃ済まないだろうから、目だけできょろきょろだ。

 駐屯地司令のお話が終わると、こんどは迷彩服姿ではあるけれども、いかにも事務系が得意ですといった雰囲気をまとった黒縁眼鏡の女性が登壇して、スケジュールの説明を始めた。

 それによれば、午前中は各分隊ごとに駐屯地内を見学。

 駐屯地食堂で昼食を摂った後、俺たちの前に並んでいる迷彩服の軍人が指揮する小隊に組み込まれ、二夜三日にわたる部隊実習を行う。と、いうことだった。


「では、以降、各実習分隊は、指導教官及び助教の指示に従うこと」

「きをつけっ! 敬礼っ!」


 第一学年生徒長、美洲丸の凛とした号令が講堂に響く。

 この場合、敬礼は、生徒長と各分隊長のみがおこない、残りは敬礼する対象に頭を向ける。

 美洲丸は俺たちの信濃分隊の副長だが、それ以前に幼年学校の第一学年生徒長なので、こういった場合には最前列に並んで号令をかける係をする。

 学年ごとの朝礼で、しばしば美洲丸が号令をかけるところを見ていたが、本職を前にしても、じつに堂々としたもんだ。


「県立防衛幼年学校第一学年臨時編成実習中隊第一分隊の諸君らを歓迎する。自分は、朝霧美流という。当駐屯地に分屯している部隊の小隊長を拝命している陸軍中尉だ。こっちは野分翡翠。若いが小隊付の一等軍曹だ。諸君らの世話係だ。諸君らが当駐屯地で実習する二夜三日の間のほとんどを一緒に過ごすことになる」


 俺たちの前に立っていた迷彩服姿の俺たちとそう変わらない年頃の女性将校が自分と、隣に並んでいる娚の軍曹を紹介をした。

 隣で絵に描いたような軍人の休めの姿勢をしている野分一等軍曹さんはその女神もかくありなんという優美なご尊顔を、すっかりと台無しにする仏頂面で目礼をする。


「さて、諸君らのこれからの予定だが、まず、駐屯地防衛館…つまり、資料館だが、そこの見学を実施す……ん?」


 隣の野分軍曹が朝霧中尉になにやら耳打ちをする。


「……の予定だったが、全体の効率的スケジュール消化のために、諸君は他分隊が午後に実施する予定だった日程を他分隊に先行して実施する。資料館見学は昼食をはさんで、午後からの予定とする。では移動する。ついて来い。分隊長、これより、特に命令するまで号令は省略だ」


 小桃は頷き、手信号で分隊に命令を伝える。上に向けた手の平を自分に向かってうちわで仰ぐみたいに振る。すなわち「ついて来い!」だ。

 他の分隊の連中が、どこか、わきあいあいとした雰囲気で、迷彩服のお姉さんたちと以後の行動予定を話し合っている。

 一方、俺たちは微妙な緊張感を漂わせ、講堂から出る。

 外には災害派遣や怪獣映画でおなじみのあのトラックが停まっていて、先に乗り込んでいた兵隊さんに引っ張りあげられ、荷台に乗り込んだ。


「信濃小桃生徒!」

「はい!」

「君はここだ!」

「美洲丸勇生徒はここ!」


 前もって乗車していた兵隊さんが、分隊の面々が座る位置を指定する。

 指定された座席の前に立って、指示を待つ。


「ん?」


 足元にヘルメットとポーチみたいなものがごちゃごちゃ付いたベルトが置いてある。


「全員乗ったな! いない者は返事をしろ。……ヨシ! では、各人足元に置いてある装具を装着、鉄帽を被れ、あご紐の締め方は各個指導する! 各人の荷物はイスの下に置け!」


 最後に乗り込んできた野分軍曹が、その体躯に似合った大声で指示を飛ばした。

 俺たちは大慌てでイスの下に荷物を放り込み、足元に置いてあった“そうぐ”? を身につけてしてヘルメットを被る。

 俺以外の連中は実に慣れた様子で身につけていく。

 ああ、これ、戦争映画とかで兵隊さんが身につけてたアレだ。

 松雪はこれのことを“装備”っていってたっけ。


「!」


 装備もヘルメットも、測ったみたいにぴったりのサイズだった。


「諸君が今被った鉄帽及び装具は、たった今から、部隊実習が終了するまで貸与される。着席!」

 

 全員が同時に座席に座る。


「これより、特に命令しない限り、乗車の際には順次着座すること」

「「「「「「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」」」」」」

「ヨシ! 全員座ったな。出発する!」


 俺たちを載せたトラックが静かに走り出す。動いていることを実感させない。きっと、運転している人がすごい腕なんだろう。

 そんなことを考えていると。


「ぼ、僕たちは、とんでもないところに放り込まれたかもしれないんだな」


 と、太刀浦が物騒なことをつぶやいたのが聞こえる。


「なん……」


 だって? と問い返そうとしたところで、トラックが停車して荷台の扉が開いた。


「下車! 各人荷物はそのまま」


 トラックの荷台から俺たちは飛び降りる。こんなことで捻挫するようなやつはいなかった。ってか、それなら俺が一番危ない。


「ふわああああ!」

「ほえええッ!」

「おわあああ!」


 分隊のメンバーは異口同音に驚いていた。もちろん俺もだ。こんなもの見せられてたまげるなという方がおかしい。

 俺たちは、とてつもなく長大なコンクリートの塊の前にいた。

 これを建物というならば、消波ブロックでさえ建物だと言い張れるような巨大なコンクリートの塊だった。

 それは、何百メートルもある長い長い長辺と五十メートルほどの短辺の極端な長方形のコンクリートの塊だった。

 とってつけたようなひさしと観音開きの鉄扉。そして、白木に墨で『屋内訓練場』と書かれた看板が不自然に思えた。

 小桃が右拳を突き上げ、Vサインを出して、左手を水平に肩の高さに上げる。二列横隊で整列のハンドサインだ。

 整列した俺たちの前に朝霧中尉と。野分軍曹が並び立つ。


「上出来だ。さすが長門大尉の教え子だな」


 朝霧中尉が微笑む。


「本施設は、我が軍の工兵の建設技術の粋を集めて造られた、高耐弾耐爆構造の屋内訓練場だ。一トン爆弾が中で炸裂しても、被害は外部に及ばないということになっているが、実際に試したやつはおらんから本当に耐えられるのかは不明だ……今のは笑うところだ」


 射撃訓練場? そんなところで俺たち高校生がなにをやろうってんだ? いや、こんなところですることは決まっている。……射撃訓練だ。

 そりゃあ、県立高校とはいえ、軍隊の予備校みたいな学校だから、いつかは射撃訓練をやることになるだろうけれど、入学してわずか二ヶ月かそこらでやることか?

 俺たちの中には、ついこないだまで小学生だったやつだっている。

 そんなヤツに鉄砲撃たせるなんて……。

 陽とか子ノ日さんとか、ライフルなんてもの持たせるには、まだ小さいだろ。反動とかで怪我しなきゃいいが……。


「これから、場内で、銃の貸与及び取り扱いの指導、そして、実弾による射撃訓練を行う。入場後は、勝手に鉄帽を脱いだり被りなおしたりすることは厳禁とする。頭が痒い者は許可するから、今のうちに思う存分掻いておけ。希望者は手をあげろ……。いないか?」


 そんなこと言われて、手をあげて頭を掻けるほどの強心臓はほとんどいないだろ。


「では、一列縦隊。ついて来い」


 絵に書いたような回れ右をして、朝霧中尉が巨大なコンクリートの塊の取ってつけたような観音開きの扉に入ってゆく。

 小桃が素早く指で一を作り、手の平で自分をあおいで朝霧中尉に続く。

 俺たちは、次々とコンクリートの巨鯨に飲み込まれてゆく。

 俺は、なにか、後戻りができない道に踏み込むような予感がしていた。

 それは、予感というよりも確信に近かった。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマご評価感謝であります。

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