71 ロボ梓はついに史上初のアンドロイド生徒として高校生活を始めた
「魂とは電磁波である! と、いう仮説は、前世紀からありました。我が軍は、この仮説の実証を……」
極東人工少女廠代表こと、海軍北方航空群の中佐、陸奥然さんの声が、スピーカーから講堂に響き渡った。
登校してすぐ、俺達は講堂に整列して、軍のお偉いさん方のありがたいお話を拝聴することになった。
所謂、臨時全校集会だ。
なるほど、この準備があるから今日の早朝補習は中止だったのか。
今朝、トラックで一緒だった軍のお偉いさんと、学校長、教頭の学校側代表、そして梓が登壇していた。
ダークスーツにサングラスという、いかにも情報部っぽい連中が講堂の壁に沿って並び物々しい雰囲気を醸し出していた。
陸奥中佐さんの話は、一昨日から何回も聞いてきた内容だったから、別に驚くほどのことではなかった。
すなわち、『竜洞生徒』の妹の梓の死。軍が密かに進めていた、人格コピーによる魔法使い量産計画。
その魔法の才能ゆえに、死んでも死ねなかったかわいそうな梓。
講堂に響く軍人さんの声をよそに、俺は、昨日のことを思い出していた。
※※※※※
時間は再び16時間ほど遡る。
響と小桃を自宅に送り届けてから、竜洞家のお屋敷に着くまで俺は押し黙った。
車を運転している鳳翔さんには、聞かなきゃならないことがいくつかあるからだ。俺は頭に血が上ると上手く喋れなくなるから、頭に血が上ってもちゃんと喋れるように、黙って頭の中で何回も繰り返していた。
「聞かせてください。鳳翔さん!」
俺は屋敷につくなり鳳翔さんにくってかかった。
だって、そうだろ、誰だって、自分に関係していることが、自分の知らないところでいつの間にか進行していたら気分悪いだろう?
俺たちを先導していた鳳翔さんは、後ろを振り向いて微笑み、長門教官のように美しくシュッ! と、いう音が出るような回れ右をして玄関扉側に回り込む。
そして、俺が階段を背負うように位置を換え、平伏した。つまり土下座だ。
とたんに吐き気がこみ上げる。だが、こうなった経緯を聞くまでは我慢だ。
出迎えに出て来た暁さんと『竜洞生徒』付のメイドさん、梓付きのメイドさんたちが直立不動で土下座する鳳翔さんの後ろに整列した。
ほんと、このメイドさんたち、現役で軍人といったって通じるぞきっと。
「はい、坊ちゃま。まずは、竜洞家家令の職を解いていただきたくお願いいたします」
くっそ! 狡猾な人だ。
その場で土下座せず、わざわざ玄関側に回ったのは、俺に上座を譲っただけじゃない。
第一に俺が首を言い渡したら直ぐにここを出て行くという覚悟を俺に見せ付けるため。
第二に、鳳翔さん以下、この屋敷の使用人全員の忠誠の対象が俺じゃないことを俺に突きつけるためだ。それはもちろん“俺”ではなく、『竜洞生徒』に対してだ。
鳳翔さんたちの忠誠の対象は、俺の背後にあるからだ。
それがなぜだかは分からない。
そこにどんな経緯があるのかは分からない。
だが、確実に鳳翔さんたちの忠誠は、俺の後ろ階段の踊り場に飾ってある肖像画の人物に向けてのものであることは確実だった。
「兄様あーやを赦して」
俺の背後で梓が土下座する。
くっそ、こいつらみんなくそったれに意地悪だ。
「鳳翔さんの職を解くなんていう、淀君みたいな自殺行為はしません。鳳翔さん、梓、土下座なんてお願いだからやめてください。俺は、土下座なんてされると吐き気がするんです」
頭を上げた二人は破顔する。
「お坊ちゃま、お茶をご用意いたしました。どちらにおもちいたしましょうか?」
厨房から、ワゴンにお茶うけを山と満載したワゴンを押して、給仕をしてくれるメイドさんがやってきた。じつにいいタイミングだ。いいタイミング過ぎるくらいにな。
「そうですね、自室でいただきます。ここで働いている全員分もお願いできますか?」
俺はメイドさんに答える。
「かしこまりました。では、あらためてお部屋へお持ちいたします」
メイドさんが、厨房へとワゴンを押して戻って行った。
「では、坊ちゃま、お部屋へ」
すでに立ち上がっていた鳳翔さんが、左手を後ろに回し、優雅に右手を俺の進行方向へと振る。
「はい、この屋敷で働いている全員、必ず来て下さいね。お茶がもったいないですから」
そう言って、俺は『竜洞生徒』の部屋へと階段を上った。
※※※※※
「先日、暁からお聞き及びとは思いますが……」
『竜洞生徒』の部屋で、優雅に紅茶を一口飲んで、鳳翔さんが切り出した。
応接セットのソファーには、俺と梓付きのメイドさんたちと鳳翔さん暁さんが座っている。そして、ソファーの後ろにはずらりと20人余りのこのお屋敷で働いている人達全員が整列していた。
さすがに、30人近くもいるとこの部屋でも狭く感じてしまうな。
俺は自分の机の椅子に腰掛け、机に紅茶ではなく、アフリカ大陸最高峰の名を冠するコーヒーを淹れて貰い置いていた。
俺はこのコーヒーが気に入っていたのだった。
梓はロボで飲食はできないので、俺のベッドで仔猫モードのアルジェンテをひざに抱いて座っている。
鳳翔さんは、木曜日に俺がロボ梓を、行き倒れと勘違いして拾って来た時点からの経緯の説明を始めた。
木曜日に俺がロボ梓を拾ってきて直ぐに、鳳翔さんは陸奥さんに連絡を取ったのだそうだ。
ロボ梓が本来ここに来る予定日よりも一ヶ月以上早かったので、梓の身体データが軍から流出して、ヤミで竜洞梓モデルのセクサロイドが本当に製作されたのだと鳳翔さんは推測したのだそうだ。
「なるほど、だから、あのときロボ梓のことを物扱いしたんですね」
「はい、誠に申し訳もございません」
鳳翔さんが、梓に頭を下げる。
「いい、あーやの反応と、その時点での判断は正しい」
特上のメゾソプラノなのに、全てを台無しをする口調で梓が鳳翔さんを擁護した。
そして、その後は俺が知っている通りだ。
梓を起動してのパーソナライズ。これをやっておかなければ、再び敵スパイに強奪された時に対応ができなくなるためだったそうだ。
翌日、極東人工少女廠の社員を装った軍人さん方が来訪して、梓の人格データの本インストールを行い、アンドロイド梓が本格的に起動した。
その時点で鳳翔さんと陸奥さんの話し合いの中で、軍が梓の幼年学校入学を希望していることが伝えられていたのだそうだ。
そこまで聞いて俺は疑問が浮かんだ。
『じゃあ、なぜ、セクサロイドの機能を持たせてあるのか』ということだ。そして、それは、ロボ梓が俺を誘惑するのを後押しするかのような、双葉さんたち梓付きのメイドさんらの行動の不可解さに繋がる。
まあ、それは、今聞くことじゃないから取りあえずはいいだろう。
「お嬢様の幼年学校ご入学は、ご幼少のみぎりより、決定されていたことでございました」
「たしか、甲種特異技能の素質を持ってる人間は大概がそういう進路になるんでしたね」
「はい、思い出してくださったようで何よりです」
いや、思い出したんではなく、魔法使い本人たちに聞いたこどだ。
鳳翔さんが続ける。
「あとは、何歳でご入学するかということだけでございました。昨年秋口に坊ちゃまが推薦枠での幼年学校入学選抜に合格され、お嬢様もご一緒にご入学をご希望なされましたのでこの春にお二人で幼年学校にご入学なされるはずでございました」
鳳翔さんの肩が小刻みに震えている。周りをも見ると、メイドさん方もみんな俯いていた。
「そうだったんですか。そこで、梓が昨年末に病気で……」
『竜洞生徒』の部屋は沈痛な空気に支配されていた。
ああ、分かるぜ『竜洞生徒』。お前、本当に梓がこの世からいなくなることに耐えられなかったんだな。
「兄さま、みんな! わたしは復活した!」
梓が俺の脇に来て小柄な体を反らしてフンスと鼻をならした。
「ああ、そうだな……」
俺は梓の頭に手を乗せ撫でる。梓は目を細め、仔猫のように喉を鳴らした。
ちなみに、俺と小桃と楓は推薦枠での入学だったが、響だけは一般入試枠での飛び級入学だったことを俺は本人から聞いていた。
『竜洞生徒』と同じ学年になるために一生懸命勉強したってのはそういうことだったらしい。
まったくもってモテモテだな『竜洞生徒』よ。
※※※※※
俺への梓の入学の報告が遅れたことについての鳳翔さんの説明が、これまた傑作なすれ違いコントだった。
梓の幼年学校入学について、軍との打ち合わせに、土曜日の夕方から出かけて、会議後の懇親会で軍の人たちにしたたかに飲まされて、不覚にもへべれけになってしまったということだった。それは、俺も知っている。
あの状態じゃとてもじゃないが、梓の高校入学についてのことなんか報告できなかっただろう。できたとしても、チンプンカンプン間違いなしだ。
翌日の日曜日、俺は朝早くから、自主練で出かけていた。何の自主練かというと、それは、言わずもがなだ。基本教練の自主練だ。
こないだ小桃があられもなく寝てしまった公園で、小桃と楓にみっちりと停止間の動作および、行進間の動作を叩き込まれていたのだった。
服装は幼年学校の校章入りジャージだ。不良に絡まれることはあっても、警察に通報されることはないからな。
小桃と楓とで合作したという朝食&昼食の豪勢な弁当付で、夕方までみっちりと演練したのだった。
もちろんヘマをしたら、反省と称するエンドレス腕立て伏せを課せられたのは言うまでもない。
「ここまで学校と同じにやらなくたっていいだろ?」
という俺に。
「そういう緊張感を持って、ね。やることで、ね、体が覚えるんだって。たっちゃんが言ったんだから、ね」
と、言って、薄笑いを浮かべながら、小桃と楓が交代交代でバディを務め、基本動作の訓練をされたのだった。
鳳翔さんは朝食時に俺に梓の入学について報告をしようとしていたのだったが、俺が基本教練の自主練で、昨日の朝早くから晩までいなかったためにできず、再び夕方から軍と学校側との打ち合わせで出かけてしまったために報告できずにいた。と、いうことだった。
昨日にしたって、俺は朝早くから補習で登校していたから、土曜日からここまで、鳳翔さんとは顔を合わせていなかった。
鳳翔さんは鳳翔さんで、梓の教科や書学用品の手配やらでてんてこ舞いだったらしくて、俺への報告のことをすっかり忘れていたのだったそうだ。
そりゃそうだ、教科書なんて、入学説明会のときに買い揃えるのが普通で、それ以外は本屋に注文するしかないだろう、本はいんたーねっとでつうはんができるとかという噂を聞いたことがあるが、詳しくはわからない。何せ俺はコンピュータ初心者だからな。
ちなみに制服は、梓が病魔に侵される前に採寸して、亡くなった昨年末にはできあがっていたそうだ。
そして、昨日、梓の一ヶ月遅れの入学手続きのために、ついてきちゃった梓を伴って学校を訪れたということだった。
だから、俺への報告が遅れてしまったのは、まあ、いたし方なしだ。
「そんなことで、鳳翔さんや皆さんをクビにしていたら、いくつ首があっても足りなそうじゃありませんか?」
俺は、少しだけ皮肉をこめて口角を上げる。
「「「「「「ぷぷッ」」」」」
そこここから噴出したような音が漏れ聞こえる。
鳳翔さんが咳払いをして鋭い視線を辺りに走らせる。とたんに全員の背筋がピシリと伸びたような気がしたのはきのせいだろうか。
そういえば、暁さんが、鳳翔さんとの付き合いが長いっていうようなこと言ってたっけ。
きっと、今、この屋敷で働いている人たちは、みんながみんな鳳翔さんとの付き合いがものすごく長いのだろう。
学生のころの部活の先輩後輩とかきっとそんな感じだ。
だから、鳳翔さんの独断専行は勝手知ったることなんだろうな。
「わかりました。鳳翔さん、引き続きこれからも宜しくお願いします。でも、俺に内緒でいろいろやるのは、できれば勘弁してほしいですね。軍隊が絡んでくることもあるでしょうからたかだか県立高校の生徒に話せないこともあるでしょうけれど……」
俺は、鳳翔さんに右手を差し出す。
少し遅れて、鳳翔さんも右手を出してくる。
鳳翔さんの少しだけ硬い手を俺はしっかりと握り込んだのだった。
「ああ、そうだ、鳳翔さん。実は俺、少しばかり粘着質なんですよ。今までの竜洞辰哉とはそこいらへんずいぶん違うと思いますけどね」
俺はそう言って、鳳翔さんを手招きしながら制服の内ポケットに入れてあるスマホを取り出し、画面をタップする。
現れた画面を、鳳翔さんだけに見えるように向ける。
「くぇrちゅいおp@ッ!!!!!!!」
頭から湯気を噴出し顔を真っ赤にした鳳翔さんの反応に、俺はここ数日で一番の満足感を味わった。食べ物以外でな。
その、画面には、土曜の夜に梓が撮影した、アルジェンテに頬ずりする“あーや”が映っていたのだった。
そして、ひとしきり恥ずかしがった鳳翔さんは、ひと言つぶやく。
「ああ、自分はメンデル先生の信者になりますよ。もう、なるしかないでしょ」
その台詞に、そこにいたメイドさんたち全員が目を剥いて驚愕の表情を浮かべていたのだった。
俺が、その台詞の意味を知ったのは、それからだいぶ後のことだった。
※※※※※
そして、時は現在。
「ただいまご紹介にあずかりました、竜洞梓です。と、いっても、わたしは幽霊みたいなものです。じつはわたしは昨年末に病気で死んでいるのです……」
神様に愛された金糸雀のような声質を、完璧に台無しにする口調で、梓が挨拶を始めていた。
そこここから、梓のことを知る人間の驚嘆の囁きが聞こえてくる。
「こんな、なりそこないの幽霊みたいな存在のわたしですが、仲良くしていただけたらうれしいです」
そう、挨拶を締めくくって、梓はぺこりとお辞儀をする。
それは、無帽時の敬礼ではなかった。
幼年学校で教育を受けた生徒達からしてみたら、噴飯物の、所謂、お辞儀だった。
パンパンパンパン!
どこからか、拍手の音が聞こえてきた。
俺は辺りを見回す。
古風で豪奢な軍服を纏った娚子が立ち上がり、手を叩いていた。
拍手していたのは、美洲丸勇だった。
すぐさま、紅黄陽が立ち上がり、美洲丸に続いて拍手を始める。
次第に拍手の輪が美洲丸の周りから徐々に広がってゆく。
各学年の三組の連中がロボ梓のことを、魔法使いの仲間と認め、受け入れることを表明しているかのようだった。
そうして、ロボ梓は、恐らくは世界史上初めての人工知性体の生徒として、学園生活を始めた。
うまく学校生活に溶け込めるだろうか? と、いう俺の心配を他所に、梓はどんどん幼年学校の生活に馴染んでいった。環境適応能力は明らかに俺より上だ。
しかも、女子だらけの学校で、男子を差し置いて好感度が上位にランキングされるくらいの人気者になっていた。
中間試験の成績も、学年最下位の俺と違って、そこそこ落第しない程度の成績を収めた。
「本気で答案を書いたら首位以外取れない。わたしは、そこのところは人間ではない記憶容量を誇っている。ドーピングしているようなものだから」
と、微笑んだその顔は悲しげだった。
だが、この時点で、俺の夏休みは消えたものと覚悟するようにと、長門教官直々に夏季休暇没収が宣言された俺は、そんな梓の電子頭脳が羨ましかった。
※※※※※
そして六月、夏服への衣替えの直後、第一学年の体験入隊の日程と班分けが発表された。
学年全員116人を12人前後の班……分隊だったっけ? 分け(男子は一個分隊あたり1~2人)、その分隊で行動するようになった。
体験入隊は期末試験の科目でもあるので、期末試験まで、正規のクラスとは違うシャッフルで授業が行われることになる。と、いうことだった。
ちなみに、俺が所属する分隊は。
分 隊 長:信濃小桃(1)
副 長:美洲丸勇(3)
A 班 長:大和楓(2)
A 班:竜洞辰哉(1)、竜洞梓(3)、香取ひとみ(3)、子ノ日朱美(3)
野間てぃあら(2)、塩屋夢(2)
B 班 長:胡蜂里(1)
B 班:太刀浦圭輔(1)、鈴縫響(3)、紅黄陽(3)、鹿島あい(3)、
葡萄牙舞子(5)、須崎洋子(2)
と、いう編成となった。
カッコ内は元のクラスだ。
魔法クラス全員の一個班への配属は前例にないことで、例年通り、一人ずつの配属でよいのではという意見が出されたそうだが、特殊戦術戦技兵の集中運用の観点からの実験班を編成してほしいという軍からの依頼があったという名目で承認されたのだという。
六月一週目の土曜日の午後、通称信濃分隊の初顔合わせが、特別教室棟にある一年三組で行われ、俺達は、一学期最大のイベント、四泊五日の体験入隊に突入するのだった。
毎度ご愛読誠にありがとうございます。
並びにブクマご評価感謝であります。




