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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第2章 県立防衛幼年学校
67/108

67 素敵笑顔のおじ様に、俺はなる!

「え?」


 マジ?

 って、俺の予想通りになっちゃだめなところだろ、そこのところは。美洲丸さん、ツッコミどころですよ。どんだけ偶然が重なったらそうなるんだって……。おい……。

 美洲丸も陽も暁さんの話に黙って頷いていた。

 え? そっちは納得するのか? 俺が一番初めに話した方がリアルじゃないか?


「いずれにしろ……だ」


 少しの沈黙の後、美洲丸が口を開いた。


「梓ちゃんが、ここに戻って来たことに変わりはあるまい?」

「だね、梓姉が帰ってきてくれて、ボクはすごくうれしいんだ」


 なるほど……な。飲み込むしかない……のか。


「ありがとう、美洲丸君、陽」


 ロボ梓が、首を少し傾けて微笑む。

 その仕草は、俺が元いた世界の俺の妹の梓が、はにかむように笑うときの仕草そのものだった。

 今、暁さんが話してくれた、ロボ梓開発秘話は、始めの方にはそれなりのリアリティはあるが、後半、特に俺との出会いから後がぐだぐだだ。

 極東人工少女廠なる架空の会社まででっち上げて、ユーザー登録なんてめんどくさい手順を踏むという、コンピュータとかの機械特有の手続きのリアルさを演出していたくせに、暁さんの事情説明には登場してこないところとかな。

 場当たり的に、その場その場を繕っているようにしか見えない。

 ……が、そこには、まだ、俺が知ってもロクデモない事にしかならないような事実が巧妙に隠蔽されている気がする。

 きっとそれは、俺が『竜洞生徒』の人生を引き継いだことと密接に関係しているような予感がする。


「よし……、と、しましょう」


 俺は膝を叩いて梓に、笑いかけてみた。俺は、笑顔を作るのがあんまり得意じゃないから、きっと不気味な表情になっていることだろう。


「兄さま……」

「「「坊ちゃま」」」


 梓と、梓の後ろに控えているメイドさんたちが、安堵したように微笑む。

 そうだ、今は、病気で死んだ『竜洞生徒』の妹の『梓』の人格をそのまま引き継いだロボ梓がここに存在する。

 ある意味、俺と同じだ。俺は事故で死んで、同じ事故で死んだパラレルの『竜洞生徒』の体に生き返った。

 『梓』は、病気で死んだが、そのデータ化された人格……と言われているが、きっとそれは魂と呼んでいいものだろうと思う……が、アンドロイドを器に生き返った。

 それは揺ぎ無い事実だ。それは、否定できない。『梓』はアンドロイドに魂を宿した梓としてここにいる。

 ロボ梓を『梓』として受け入れるのが、今現在の最善なんだろう。


「で、だ。二人にぜひとも頼みたいことがあるんだが……」


 俺は、美洲丸と陽に頭を下げる。


「わかっている。梓ちゃんのことは秘密だ」

「ボクも約束するよ。でも……、梓姉にときどき会いに来ていい?」

「うん、陽。いつでも遊びに来て。大歓迎」


 梓はコロコロと笑う。それを見上げて仔猫……いや、アルジェンテが「うにゃっ」と短く鳴いた。


「ありがとう二人とも、今日は駆けつけて来てくれて、本当にありがとう」


 俺は心からの感謝を言葉にのせたつもりだったのだが、そのときの真面目くさった俺の表情が、どうやら二人の琴線に触れたらしく、美洲丸と陽は紅茶を吹き出して、腹を抱え笑い始めた。そして、その笑いはメイドさんたちに次々と伝染して、しばらくの間俺の部屋は笑いの坩堝と化したのだった。


 ※※※※※


「竜洞…、アルジェンテのことだが、実はな、私はアルジェンテが貴様に懐くことを見越していたのだ。梓ちゃんとアルジェンテが対面したその日、やはり私も同じ場所で使い魔と対面したのだ。そこには、貴様もいて、梓ちゃんの次に貴様に懐いていたからな。もっとも、今の貴様はそんなこと忘れてしまっていたから、今日のこの事態になったわけだが……。すまないと思っている。あの仔を貴様に押し付けてしまったことを……だが……」

「美洲丸君てばさぁ、いつも心配していたんだよ、あにき。このままじゃ、あの仔猫が処分されてしまうって……。でも、梓姉が亡くなってからのあにきは、すっかり落ち込んでたから言い出せなかったんだ」


 帰り間際、二人を見送りに俺と梓は玄関ホールに降りた。

 そこで美洲丸と陽が、アルジェンテを俺に貰わせた経緯をそう告白したのだった。


「いや、ありがとうだ。美洲丸、陽。そもそもアルジェンテを貰い受けなかったら、梓のことを知ることも無かったろうからな」


 そうして、竜洞家シェフの特製マカロンを手土産に、美洲丸と陽が帰っていった。


「んんんんんむううぅ? いぃますぅれ違ったぁお車は、美洲丸子爵家ぇの御車ではなかったかぁな?」


 二人と入れ違いに、鳳翔さんが足元おぼつか無く帰って来た。へべれけとか千鳥足なんて表現は生易しいありさまだった。


「ああ、あひゃひゃぁ、こりぇはこりぇはおぼっひゃまぁあ、ごくげんうるわしゅぅう……」


 と、俺に酒臭い息をぶっかけた鳳翔さんは、ばったりとその場に倒れる。


「あーやがここまで泥酔するとは、レアなケース」


 梓がぼそりとつぶやいて、俺から携帯端末を引ったくり、パシャパシャと写真を撮り始めた。


「なんとまあ!」

「ほええええっ?」

「まじっすか?」


 伊香鎚さんたちが、ゾンビの盆踊りでも目撃したような顔で、倒れた鳳翔さんを眺めている。 どうやらフリーズしたようだ。


「坊ちゃま、お嬢様、何卒ご容赦を、あーやがこんなになるなんて、金輪際無かったことですから」


 暁さんが鳳翔さんを肩に担ぐ。鳳翔さんのことを『家令』でもなく『鳳翔』でもなく、『あーや』と呼んでしまっているところに、暁さんまでもが周章している様が伺えた。

 鳳翔さんを始めとした竜洞家で働いている皆さんは、普段から裏口を出入りに使っており、正面玄関は、俺か来客が使うということになっているそうで、美洲丸たちを見送りに出ていた俺と梓が、外出から戻った鳳翔さんと鉢合わせることなど、ありえないはずだった。


「ありゃりゃ? アぁルジェンテ、おひぃさしぶりでぇちゅねー」


 暁さんに担がれた鳳翔さんが、酒の匂いを撒き散らしながら、梓の頭に乗っていた仔猫モードのアルジェンテを抱き寄せて挨拶をした。


「あ、鳳翔さん、あぶな……あれ?」


 ぐるにゃーと喉を鳴らして、アルジェンテは鳳翔さんに顔を擦り付ける。


「え? え?」

「兄さまの次に、アルジェンテはあーやに懐いていた」


 そして、上機嫌なまま、暁さんに担がれた鳳翔さんは鼾をかき始めた。


「うふふふ、あーや、よっぽど楽しかった」


 鳳翔さんの手から解放されたアルジェンテを頭に載せて、梓が微笑む。


「はい、ここまで酔っ払うくらいに飲むなんて……。あーやとは長い付き合いですが初めてのことです。よほどよいお酒だったのでしょう」

「ふく……暁さん、あーやって呼んでるっす!」


 伊香鎚さんが普段俺に接しているときとは違った、運動部の後輩風な喋り方で、暁さんにツッコミを入れている。

 いやあ、あなたも地が出てますからね、伊香鎚さん。


「し、失礼いたしました。ど、どうか……この数分間のことはお忘れいただければ……」

「ええ、では、鳳翔さんは俺と梓には会っていないことにしましょう。裏口に帰ってきてそこで寝ていたのを暁さんが発見したってことで」


 でも、鳳翔さんの醜態は梓が俺の携帯端末に記録してますけどね。


「はい、ありがとうございます。では、これで失礼いたします」


 暁さんが一礼して、鳳翔さんを担いで、使用人の皆さんのプライベートエリアがある一階奥へと引き上げて行く。


「俺も、もう寝よう。今日はくたびれた」


 あくび混じりに俺はつぶやいた。


「兄さま……」


 梓とアルジェンテの四つの瞳がせがむ様に俺を見つめている。


「ああ、一緒に寝よう。ただし、寝間着はこないだのクマさんのアップリケのヤツだぞ。若葉さんも、いいですね」


 梓と、その後ろに控えているメイドさんたちに念を押す。


「「「かしこまりました」」」


 と、返事をする若葉さんたちから、小さく舌打ちが聞こえた。

 念押ししておいてよかった。絶対何か仕込むつもりだったな。


「ふう……」


 今日はいろんなことがあった。


「梓……」


 階段を二段登って、振り返る。

 とてててて……。という音が聞こえそうな足取りで、梓が追いかけてくる。

 梓に手を差し伸べる。

 俺よりも少しだけ冷たく、柔らかく小さな手が、俺の手に重なる。


「兄様の手、温かい……」


 そう言って梓は頬を染める。


「そうか?」


 たたたっと、アルジェンテが俺と梓の手を伝って、俺の頭に乗ってひと鳴きする。

 俺は、自分の進行方向に向き直り、階段の踊り場に掲げてある絵を見る。ここに絵が飾ってあったのは知っていたが、じっくりと見ている余裕が無かった。

 それは、きらびやかな勲章だらけの軍服を着て、穏やかに笑っている元の世界で俺の男親だったロクデナシに瓜二の男性の肖像画だった。『竜洞生徒』の父親なんだろう。


「父様……」

「ああ、そうだな」


 俺は、遺伝子というものの存在を、あらためて突きつけられた。俺の顔にどことなく似ているからだ。

 かすんだガキのころの記憶にある、生きていたころの男親の顔は、こんなすてきおじ様じゃなかった。


「こんな素敵笑顔ができるようになれるかね」


 誰に聞くとはなしに、つい口をついて出てしまった。


「大丈夫、兄さまは大丈夫。間違いなく父様を越えられる。私がそうなれるように完璧にサポートする」


 梓がトントンと胸を叩く。

 うぐるなぁあ!

 アルジェンテも俺の頭の上で頼もしく声を上げる。


「それは、頼もしい。ぜひとも宜しく頼む」

「任せるといい。兄さま」


 梓の声が階段に響く。

 だがその声は、年頃の女の子としては至極残念な声色だった。

 俺はこみ上げてくる笑いをこらえながら、妹の手を引いて階段を上って行く。

 このとき俺の頭の隅に、あの『竜洞生徒』の机の上に飾ってあった写真がよぎった。

『竜洞生徒』と梓を抱いていた夫婦……。


(アレは一体誰なんだ?)

「兄様、眉間に縦じわ」

「ぐるるるなぁ~あ」


 俺の思考は梓とアルジェンテに話しかけられ中断した。


(はあ、とりあえず。素敵笑顔のおじ様をめざしてみるかね)


 俺は、あらためて俺の男親に似た『竜洞生徒』の父の肖像画を見上げた。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマご評価感謝であります。

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