66 真実は予想の遥か上空の成層圏を行っていることはままあることだよな
「相変わらず竜洞家のお茶は美味いな。普通なら……シリアルを打ち込んだ途端に、個人を特定されていたろうな」
美洲丸が紅茶を一口飲んでほうっとため息をつく。
あのとき、あまりにも自然に鳳翔さんたちが全てをお膳立てしてくれたことも相まって、ロボ梓との出会いの非合理性に眼を背け、パーソナライズを実行していた。
「スイッチ入れた途端に、内臓GPSで現在位置把握されてただろうしね」
陽がお茶うけのマカロンを口に放り込む。
「ん~~~~っ! この味、ウチのシェフが真似できないってぼやいてるんだよねぇ」
そして、警察もしくはメーカーがすぐにやって来て拾得物横領で逮捕とか、ロボ梓の返還要求ってのが普通の筋道だろう。
「なんらかの意図の下に、このアンドロイドは製作され、偶然を装い貴様の元に送り込まれた。と、考えるのが妥当だ。だが、そのプロジェクトの責任者と思われる人間が家令殿と会談を持ちなんらかの合意がなされているということで、貴様に対する敵対意思は無い様に思える」
ふうっと一息ついて、美洲丸が上品な仕草で紅茶を口に運ぶ。
「さすがは美洲丸君、ほとんど正解」
仔猫を膝に載せ、撫でていたロボ梓が口を開いた。
「そう……か。やっぱり……か」
美洲丸が、何か嫌な事を予想していたことが正解したように、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「そうなんだ。もう、実用化してたんだ。へえ……」
陽は、うれしそうに目を細めロボ梓を見つめる。
「兄さま……」
そうだ、これも俺が目を背けていたことのひとつだ。
俺は、ロボ梓が、『竜洞生徒』の妹の『梓』の記憶があるような言動をしていたことを、意識的に見逃していた。
更に言えば、ロボ梓が『竜洞生徒』の妹の『梓』そのものである可能性に、端から気がついていた。
初期設定段階であれだけ『梓』を主張されて、おかしいと思わない方がどうかしている。
だが、それは、認めたくないことだった。陸奥さんの説明で納得しようと思っていた。開発技術者の親戚の同級生を使って、生きているころの梓からデータを取ってロボ梓のAIのプログラムを作ったってことで納得しようと思っていた。
それを認めるってことは、ある意味で生命への冒涜のような、生きることや死んでしまうことへの侮辱のような気がして、それから、目を逸らしていた。
「兄さま、美洲丸くん、陽、わたしは……」
梓が口を開く。待て、梓。俺はそれを聞きたくない。しかもお前の口からなんて!
「お嬢様、そのお話は、わたしが……」
突然、暁さんが口を開いた。
「暁……」
「暁さん……?」
「はい、坊ちゃま、皆様、ここから先は、お嬢様に代わり、わたしがお話しさせていただきたく存じ上げます」
沈痛な面持ちで、暁さんは恭しく一礼をして語り始める。
「本来ならば、本案件は私の職権を超えるものでございますが、かかる非常時下で家令不在の現在……」
「ふ…暁さん、た……鳳翔さんに繋がりました!」
印南さんが端末を暁さんに差し出す。
「皆様、ご無礼仕ります」
そう言って暁さんはそれを受け取り、俺たちに背を向ける。
「こちら暁、オクレ。…………了! オクレ。……了! オワリ」
暁さんが印南さんに端末を返して俺たちに向き直り、にこりと微笑んだ。
「ただいま、家令と連絡がつきまして、正式に、お嬢様について皆様にお話しする許可が出ました」
そして、暁さんが語ったことは、俺の想像の遥か斜め上一万メートルを行っていた。
※※※※※
「梓お嬢様は、ご誕生のみぎりより、特異技能の才が豊かに現れておいでだったそうでございます。これは、現家令、鳳翔絢を含め、私たち使用人一同が、まだ、お仕え始めて間もない新参でございますゆえ、引退されました前任の家令藤田様からの伝聞でございます」
「ああ、たしか、五年程前だったかな? 前任の藤田老が、ウチの家令に引退と引継ぎの挨拶に、現職の家令殿を伴って来ていたな。後任の家令を始め、新規採用した皆が非常に優秀だから、安心して余生を田舎で送れると言っていたそうだ。そのとき、今の家令殿を始めとした使用人を全員一挙に大量採用したと聞いていたが……」
美洲丸が相槌を打つ。
「勇さま、お褒めいただき、恐縮でございます。ただ、私たちは藤田様がたったお一人でこなしておられた仕事を二十数名で分担しておりますゆえ、藤田様の足元にも及びません」
そうだったのか。鳳翔さんや暁さんたちは、五年前からここで働いているのか。もっと前、『竜洞生徒』がガキのころからずっと、ここにいたような気がしていた。
「続けさせていただきます。先代勲爵閣下であらせられましたお坊ちゃま、お嬢様のお父上様が、軍に奉職しておいででしたご縁で、梓お嬢様の豊かな才能が軍に認められるところとなり、小学校に上がる以前より、お嬢様を中心としたある計画に参画されておいででした。数年前、先代勲爵閣下がご夫妻でご旅行中、とある事件に巻き込まれ、お命を落とされました。が、その後も、家督を継がれた坊ちゃまのご承認の元、計画は続行されておりました」
おいおい、『竜洞生徒』、貴様、俺に負けず劣らず中々に糞な人生を歩んで来たんだな。軍に幼い妹をモルモットに利用され、両親を事件で失って、まだ、世の中の右も左も分からない小学生のときにそんな重要な決断を迫られるなんて、どういう詰み方だよ。
俺よりマシなのは、金持ちってことと、みんなが貴様を愛してくれていたってことぐらいか。まあ、それだけで、こっちに来る前の俺の人生に比べりゃチートだがな。
「しかし、今度はお嬢様が死病を得られ、それによって失われるお嬢様の資質が惜しまれました。そこで、ようやく実用化に漕ぎ着けた新技術で、お嬢様の脳を心停止後、脳死に至るまでの間にフルスキャンして、梓お嬢様の人格を電気的に保存するという試みが為されました」
「なるほど、そして、そのデータを、梓ちゃんを模ったアンドロイドに、インストールしたわけか」
美洲丸の顔が歪む。きっと俺も同じ顔をしているだろう。
つまり、『竜洞生徒』の妹の『梓』は、人格がデータ化されたおかげで、限りなく不死に近くなったということだ。つまり、人格が機械の体を次から次へと乗り換えられるということだ。
体が使い捨てになったといっても過言じゃない。
更にだ、元データをどこかに厳重に保管しておけば、いくらでもコピーが可能であり、器さえ用意すれば、いくらでも『梓』が増殖するということだ。
「梓の量産が可能だな」
「竜洞っ、きさまっ!」
「辰哉兄いっ!」
俺のつぶやきに、美洲丸と陽が非難の声をあげる。
俺だって同じ気持ちだ。おぞましいことこの上ない。
ロボ梓が『梓』の人格を持っていることを、俺が否定したかったのは、そういった理由からだった。
「それでも、俺は、梓がいなくなる事に耐えられなかったんだな……」
『竜洞生徒』はきっと藁にも縋る想いで『梓』の人格をコピーしたアンドロイドの建造を望んだのだろう。
「でございますから、ここにおられる梓お嬢様は、正真正銘“竜洞梓”様なのでございます」
ああ、そうだったのか。俺は、ロボ梓がサイボーグではないだろうかと思っていた。が、じつは、本当にアンドロイドで、コピーした人格を移植したものだったとは……な。
「先日の事故で、坊ちゃまは記憶を失っておいででしたので、家令が時機を見てお嬢様のことを打ち明ける心積もりだったと聞いております」
なるほど、ロボ梓を俺が拾ってきたときから、メイドさん方が本当のお嬢様に対するように接していたのはそういうわけだったのか。
「家令は、軍に問い合わせるまで、坊ちゃまが拾ってきたものが、お嬢様を模した不届きなセクサロイドだと思っていたようですが……」
「じゃあ、昨日ここに来た、極東人工少女廠の陸奥さんて人は……」
「はい、海軍の軍人……中佐様でございます」
中佐? それって上から数えた方が早い階級の人じゃないのか? ずいぶん大物が出てきたもんだ。
だったら……。そういうことなら……、そうだ、なぜあんな路地裏にいたんだ? 完成したアンドロイド梓を直に持ってくればよかったんじゃないのか?
「暁さん、なぜ、梓はあんな路地裏に転がされていたんですか?」
「はい、それこそが、まさに天のお導きとしか言いようの無い奇跡だったのです!」
声を少し大きくして、暁さんが俺と、ロボ梓の出会いに隠されていた秘密を話してくれる。
「あの日、中央の軍研究施設から、完成したお嬢様のお体が当地に輸送されてきたのだそうですが、輸送計画自体が極秘だったにもかかわらず、敵第五列により、輸送車両からお嬢様が拉致されたのだそうでございます」
ちょっと待て、話がまたもや大きくなったぞ。こんどはどこぞの国のスパイが関係してきたのか?
「敵第五列要員は憲兵隊及び諜報部により捕縛もしくは処分されましたが、お嬢様の行方だけがようとして知れなかったのだそうでございます」
…で、敵スパイが投棄もしくは隠していたロボ梓を、偶然通りかかった俺が保護したってか? んなことあるかよ!
「そして、僥倖なことに、敵要員が隠匿したお嬢様を、偶然坊ちゃまが発見して、保護なされたのでございます。坊ちゃまは、わが国の最重要軍事機密をお守りになったのです! まさに勲章もののご活躍でございました」
暁さんは力強く話を締めくくったのだった。
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