65 ロボ梓の存在がバレてしまった件
十数分後、黒塗りの高級車で美洲丸勇が押っ取り刀で駆けつけてくれた。
「すまん! 竜洞。こんなことになるとは全く予想できなかった!」
開口一番、謝罪の言葉を口にして美洲丸は、頭を下げる。
ゆるゆるのスウェットといういでたちが、いかに急いで来たのかを物語っていた。
しかし、こういうときでも軍刀はしっかり佩いてくるんだな。そこは、流石というべきか。
「いやいや、こんな状況、誰だって予想できないさ。こっちこそ、こんな時間に呼びつけてしまって申し訳ない。来てくれてありがとう」
「そう言ってもらえると、うれしい」
美洲丸は少し頬を赤らめ微笑んだ。
「んで、どんな状況なの? あにき!」
美洲丸の後ろから、肩に使い魔のフクロウをとまらせた紅黄陽が問いかけて来た。
「陽?」
「ああ、万が一のことを考えて、麻酔銃代わりに紅黄を連れて来た。紅黄の魔法は使い魔にも有効なことは実証済みだ」
なるほど、そういうことなら心強い。陽の魔法の威力は間近で見ているし体験しているからな。
陽の着衣もまた、ラフな部屋着と寝間着の間といった感じだ。二人の貴重なリラックスタイムを奪った埋め合わせは近いうちに必ずしよう。
「心強い限りだ。万が一の時には頼んだぜ陽!」
俺は陽の両肩に手を置く。
「おうっ! まかせてよ、あにき!」
陽の口から、こんなにも頼もしいセリフが聞ける日が来るとは。
「状況はさっき電話で話したとおりだ。大きな変化はない。まあ、現物を見てもらった方が話が早いだろう。こっちだ来てくれ」
俺は、二人を連れ、『竜洞生徒』の部屋へと階段を上った。
※※※※※
「なんと……!」
「うへえ!」
電話で状況を説明していたにもかかわらず、美洲丸と陽の様は、驚愕のあまりに、自我を崩壊させてしまったムンクの絵(『叫び』くらいは知っている)のようだった。
「いや、まさか、本当にサーベルタイガーの幼生だったとは! 実際見るまで半信半疑だったが……。どうりで猫にしては牙が長いと思った。だが、こんな巨大な従畜なんて話にも聞いたことない」
「でもさ、あにき、あの、手のひらサイズから、あそこまで育つのに、一瞬だったんだよね」
陽がもっともな疑問を差し挟む。
「通常従畜が成獣となるには、主人と一緒に過ごす時間が一年以上必要なはずだ。でなければ、天文学的な魔力量を一度に吸収したとしか……」
そこまで言って美洲丸は、銀の毛並みとくんずほぐれつしている少女に気がついた。
「な…ん…、梓……ちゃん?」
「え? え? 梓姉?」
陽もまた、サーベルタイガーと姉妹のようにじゃれ合っている、少女に目を丸くする。
二人にとっては、『幽霊』がそこにいたのだから。
「あ……しまった」
俺は、他人を屋敷に招き入れるという愚を犯した自分の短慮を後悔した。梓のことは秘密にしておきたかったのに!
暁さんたちに顔を向ける。俺の顔はきっとしょぼくれた情けないものだったに違いない。
「致し方ございません。これは、非常事態でございますから」
俺の失態を慰めてくれる暁さんの言葉が、胸にざっくりと突き刺さった。
※※※※※
「ふむ、これは……、うん、紅黄の出番は無いな」
梓のことをさておいて、しばらく梓と猫を観察していた美洲丸が微笑む。
陽は梓をチラチラと見ては、俺に何かを言いたそうにうずうずしている。
「だが、あのでかさだ。どこで飼ったらいい? この屋敷には、すでにでかい犬小屋があるんだ。しかもあいつは、その犬小屋の住人よりもでかいんだぜ?」
そう言う俺の心配に美洲丸はにやりと口角を上げ、梓へと歩み寄る。
「竜洞、それはたぶん心配ない」
「ぐるるるるっ!」
剣呑な光を瞳に宿し、サーベルタイガーが美洲丸を威嚇する。やっぱり、懐いていない人間には敵意丸出しだ。
「大丈夫、アルジェンテ。美洲丸君は敵じゃない」
そう言って、ロボ梓はサーベルタイガーの傍らに立ち、美洲丸と対峙する。
「お久しぶり、美洲丸君」
「ああ、本当に久しぶりだね。梓ちゃん。ちょっといいかな?」
美洲丸はロボ梓に『梓ちゃん』と話しかけた。まあ、そう話しかけるしかないんだろう。
「ええ、問題ない。でも、手短にしてくれるとうれしい」
サーベルタイガーとの楽しいモフモフタイムを邪魔されて、少し不機嫌になったのか、ロボ梓はつっけんどんに美洲丸に返事をする。
アンドロイドのAIは、幼児並みだというから、この反応は実に自然だ。さすが、芸が細かいプログラミングだな。
「ひとつ、試してもらいたいことがあるんだけど……」
「さっきから、兄さまが心配していることなら問題ない。美洲丸君に教わらなくても知っている。アルジェンテ! モデマルグランダイ!」
ロボ梓が何事かを短く叫んだ。
巨大な頂点捕食者が、一瞬光に包まれる、そして次の瞬間、そこには俺が連れて来た子猫がすまし顔で座っていた。
「んぐるなぁあお……」
仔猫はロボ梓の脚に纏わりついて喉を鳴らしている。
「これでいい? 美洲丸君」
梓がフンス! と、腰に手を当て胸を張る。
「……と、いうわけだ竜洞。飼育場所の問題はない」
「そっか、あにきは使い魔がTPOで姿を変えられるって、忘れてたんだ」
え? そうなの? じゃあ、たぶん電話だけで全部済んだんじゃね? わざわざ、来てもらう必要もなかったし、ロボ梓のことを知られることもなかったんじゃね?
俺は、ますます自分の短慮に恥じ入っていまい、顔が自分でも熱を感じるくらいに火照っている。
「坊ちゃま、恥じ入る必要はございません。坊ちゃまは、先ほどから、その時点で考えうる最善を選択されておいでです。子爵ご令息様、陽様においでいただいたのも最悪を予測されてのこと。皆が承知しておりますから」
うわ……暁さんにフォローされてるんだろうけど、なんか、余計に痛い。
「皆様、お茶のご用意をさせていただきました。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
伊香鎚さんが廊下側のドアを開ける。この部屋にはドアが二つあって……以下略。
「失礼いたします」
印南さんと掛布さんが、ティーポットやら、カップやら、お茶うけやらを載せたワゴンを押して部屋に入ってきた。
「さて……と、竜洞、話してもらおうか。なぜ、梓ちゃんが生きている?」
美洲丸が、カップを皿に置いて言った。やっぱり生きているように見えるよな。
「だよね、梓姉だよね?」
「うん、お久しぶり、陽」
『竜洞生徒』の部屋の応接セットのソファーに俺たちは座り、上等そうな香りを放つ紅茶を飲んでいた。きっと、これも、夜用のお茶とか、それこそTPOに合わせたものなんだろうが、俺にはさっぱりだ。いずれ、覚えなきゃな。
「うん、実はな、この梓は実はロボなんだ」
「「はあ?」」
美洲丸と陽は揃って顔をしかめて疑問符を俺にぶつけてきた。
「だから、その……この梓は、その、アンドロイドなんだ……、あ…、アダルトな方面の……って、俺が買ったわけじゃないからな!」
俺は、一昨日鈴縫響を送って行ったついでに、スパイナーと散歩の途中、路地裏で行き倒れている梓そっくりな少女を発見して連れ帰ったことから、これまでの経緯を包み隠さず話した。
「はあ……、で、貴様、そんな与太を信じているのか? 太刀浦が知らないセクサロイドメーカーなんてあるわけないだろう。極東人工少女廠なんて胡散臭さ爆裂だな」
くそ、さすが美洲丸だ。痛い所を衝いて来た。
俺が敢えて目を背けていたところに突っ込んできやがった。
しかし、美洲丸の口から太刀浦の名前が出てくるなんて予想外だ。
「そうだね、太刀浦君の頭の中には、古今東西の人工頭脳とロボット工学に関する知識がぎっちりつまってるからね。それこそ鉄腕ア○ムから、軍で開発中の次期歩兵装甲までさ」
なんと、陽までが太刀浦の名を口にするとは。太刀浦のことを舐めていた。単なるエロ師匠ってだけじゃなかったのか。ロボ博士だったとはな。
「大体、話が出来過ぎだ。お前がたまたま散歩中に、梓ちゃんそっくりの女の子の行き倒れに遭遇する……。これだけでどれくらいの確率だ?」
遭遇するしないだけなら、二分の一だが、美洲丸が言ってることはたぶんそうじゃないよな。そんなこと言ったらブッ飛ばされそうだ。
「あまつさえそれが、梓ちゃんをサンプリングして作られたセクサロイドだったなんて、どういう偶然が重なったらそうなる? それにな、投資を募る目的で技術力の高さをデモンストレーションするために作られたハンドメイド一点ものの超高級セクサロイドが、パーソナライズできるのがおかしいだろう。そもそもが立ち上っていないメーカーサイトがあるというのも変じゃないか?」
たしかにそうだ。
俺もおかしいと思っていた。出来過ぎなことも分かってた。だが、梓との生活が手に入るなら、あえて目をつぶっていたかったことなんだ。それは。
盗難かなにかで、メーカーの施設から、持ち出されるかなにかして、超高級手作りセクサロイドが路地裏に打ち捨ててあった。
まあそこまでは在り得ない話じゃない。
だが、それをたまたま拾った人間が、たまたまそのアンドロイドのモデルの身内だったなんてどんな奇跡だ?
わかってたよ。そんな都合のいいことなんか在り得ないってことくらい。
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