↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第2章 県立防衛幼年学校
62/108

62 アルジェンテ

 時間は、長門たちが場末のバーに参集する少し前まで遡る。


 洋食屋「マリーゴールド」での食事会で腹を満杯にした俺は、懐に猫を忍ばせて屋敷に帰り着くと自室に篭った。

 印南さんらに入浴を勧められたが、激しい筋肉痛を理由に辞退した。もちろん学校でシャワーを浴びてきたことは付け加えてだ。

 印南さんたちは、筋肉痛ならばマッサージをと言ってくれたが、それもまた丁重に断った。寝てれば治ると言い訳してな。

 だが、本音は「仔猫が見つかったらどうしよう」だ。

 でかい犬を飼っているにもかかわらず、この上、猫まで飼うなんて、普通の家なら絶対アウトだ。

 だから、俺は、猫のえさ代は自分で稼ぐから置いてやって欲しいと、鳳翔さんにお願いするつもりでいた。

 ところが、鳳翔さんは何か私用で、午後からどこかに出かけているらしい。

 まあ、鳳翔さんも年齢から言ったらたぶん適齢期って奴だ。今日のお出かけはきっとデートにちがいない。娚の適齢期が何歳か分からないが、きっとそうに違いない。

 猫は、マリーゴールドから貰ってきたでかい骨と延々格闘している。

 どう転がってもいいように、帰る途中のコンビニで、レジャーシートを買ってきて、その上で骨と暴れさせている。

 猫は時折俺のほうを見て「ニィ」っと、鳴いて、笑うような顔でこちらをしばし見つめて、再び骨にむしゃぶりついていた。

 しかし、犬歯が異様にでかい。


「おまえ、まるでサーベルタイガ-の子供みたいだな」


 俺は仔猫を抱き上げ、頭に顎を乗せて呟いた。


「そうだ、お前の名前を考えなきゃな。どんなのがいいかな? タマとか、ムクとか……」

「にいぃ……」


 仔猫が俺を向いて一声鳴いた。それがまるで返事をしたみたいで、俺は思わず笑ってしまった。


「お前、タイミングよすぎだぞ。まるで俺の言葉が分かるみたいじゃないか」

「にいぃ…」


 再び仔猫が鳴く。


「え?」


 いやいやいや、落ち着こう俺。ありえないから。いや、でも、スパイナー(この家のでかい犬。種類は不明だ)は、俺の言うことをかなり理解していたようだったけど……。

 あれにしたって偶然だろうし、そんなことって、そうしょっちゅうないだろう。


「にいいぃッ……」


 早く骨にもどせと言わんばかりに、仔猫が俺の手の中で暴れ始めた。


「……っとすまん」


 仔猫を床に放ったとたん、廊下につながるドア(この部屋には二つドアがある。ひとつは廊下へのドア。もうひとつは洋服を保管している箪笥部屋へのドアだ)が開いて、俺よりも頭ひとつと半分小さな少女の顔がこちらを覗いた。


「兄さま、お帰りなさい」

「みゃおうッ!」


 白黒の虎縞の子猫が、ドアの隙間からこちらを覗いている少女へと駆けてゆく。


「しまった、梓、その猫は……ッ!」

「にあおッ!」


 猫が梓に飛びついた。

 梓は仔猫を抱きしめ、俺にも聞こえるようにはっきりと。


「ただいまアルジェンテ」


 と、猫の名前を呼んだのだった。


 ※※※※※


「ぅにゃぁあん、んなーぁ」

「アルジェンテ……うふふふ」


 紺色の神話級装備を装着したロボ梓が、俺に尻を向け四つん這いで、三組から貰い受けた仔猫と戯れている。

 陽の家(レストランマリーゴールド)から貰ってきた、たぶん牛の大腿骨と思われるでかい骨をロボ梓が左右上下に振り、仔猫がそれを追いかけ飛びつき猫パンチをお見舞いするという、猫の狩猟本能にねざした遊びだ。

 ただ、ふつうはプラスチック製の猫の玩具でやるところを、十二歳の女児の体格ならば一抱えもあるようなでかい骨でやっているところが異様だ。

 ロボ梓は、そのでかい骨を片手で振り回していたのだった。


「なあ、梓、なんで夏服体操着なんだ? お前には、体育とか関係ないと思うんだが……」


 俺は思い切って聞いてみる。たぶん梓の部屋のうぉーくいんくろーぜっとの対兄さま用決戦衣装の中にあったものを、梓付きのメイドさんたちが選んで着せたに違いない。ロボ梓の製造目的及び、ロボ梓の任務を考慮して!

 ロボとはいえそんなことになったら、近親なんとかだ。それは厳にタブーだ。それに、実の妹になんて……。

 いや、梓に魅力が無いわけじゃない。いやむしろある。俺が実の兄じゃなかったら、目と目が合ったその瞬間に、プロポーズしていただろう。

 だが、それは話が別だ。

 妹は妹だ。ロボであるなしは関係ない。実の妹にその気になってはいけないのだ。

 だが、ロボ梓はそのようにプログラミングされているから仕方ないとしても、メイドさんたちまでが、なぜ、俺とロボ梓が男女のそういった行為をすることを助長するようなことをしてくれるのかがわからない。

 まるで、ラノベのお話の中に出てくる、血がつながっていない兄妹の恋を実らせようと奮戦するメイドさんみたいだ。

 そんな俺の密かな葛藤を嘲笑うようにロボ梓がのたまう。


「兄さまが、どこぞのホルスタイン娘のブルマ姿に鼻の下を伸ばしていたとの情報があった。そこで、わたしもブルマで兄さまを悩殺しようということになった」


 はい、あまりにも予想通りのお答えありがとうございます。正解いただきました。


「はあ……やっぱりそうか……」


 俺がため息をついたのと、廊下側のドアがノックされたのは同時だった。いや、ウォークインクローゼット側のドアがノックされたらかなり怖いんだけどな。


「お坊ちゃまリンゴを剥きましたので、お召し上がり……」


 入室を許す前に、ドアを開け、伊香鎚さんが入ってきた。


「あ、あ、あの伊香鎚さん、こ、この猫は……、ですね……」


 俺が言い訳を思いあぐねていると。


「慶。アルジェンテ」


 と、梓が仔猫を伊香鎚さんに向けた。招き猫のポーズをとらせて、な。


「あ、あ、あ、あ、まあああぁっ!」


 伊香鎚さんはリンゴが載った皿を、部屋の中央にある応接セットのテーブルに置いて、驚愕を声に出し、部屋を駆け出して行った。

 ああ、これで、数分後には、俺達付きのメイドさんが勢揃いして、仔猫の処置について話し合いが行われることになるに違いない。

 その場で俺はなんとか、この猫がここにいられるようにがんばろう。

 なぜだかこの仔猫はロボ梓に懐いているようだしな。

 美洲丸や、三組の生徒たちの誰にも馴れなかったって話だったのにな。

 それに、ロボ梓は、自分の飼い猫を呼ぶようにこの仔猫を呼んだよな。

 アルジェンテって。


「梓、アルジェンテってなに?」


 濃紺の伸縮素材でつつまれたヒップを揺らして、ロボ梓が答える。


「アルジェンテ、argente、フランス語、銀、銀色の」

「いや、そうじゃなくて、その猫のこと、アルジェンテって呼んだろ?」

「アルジェンテはアルジェンテ……」


 そう言ってロボ梓は口をつぐみ、伊香鎚さんが置いていった、きれいに切り揃えられたりんごをみつめる。


「リンゴがどうかしたのか?」

「うん……」


 そう言ってロボ梓は黙り込んだ。その表情は、まるで、人間が何かを思い出そうとしているようだった。


「おい、梓どうした? まさか止まった? ふりーずか? どうすりゃ……」


毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマご評価感謝であります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。