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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第2章 県立防衛幼年学校
50/108

50 元の世界でクズだったやつがこっちでもクズだった件

 俺はものすごく困っていた。

 なんでこんなことになった?

 風体が非常によろしくない男女六人に、行く手を遮られ、退路を断たれ、すっかり進退が極まっていた。


「さんべん回ってキャンとないて、土下座であやまってだ、有り金全部と身ぐるみ置いてくなら、ゆるしてやんねえこともねえ」


 俺の正面で、頭をだらしなく傾け、アゴを突き出したリーダー格の男が、おさだまりな台詞で大気を汚染した。


 「「「「「ぎゃははっははははっ!」」」」」」


 何がおかしかったのか、知性の片鱗も感じさせない下品極まりない声で、俺を取り囲んだ女たちがゲラゲラと大気汚染を拡大する。


「はあ……」


 思わずため息が出る。

 それは、こいつらが、俺がもといた世界にも存在していた、下劣が服を着て二足歩行している下等生物とまるっきり性別を入れ替えだだけの生き物だったからだった。

 こういった不良の世界でも、男女比は世の中と同じなようで、俺の正面でアホ面ぶら下げて肩を揺すっているバカを絵に描いたようなチンピラ以外、全員が女だった。


「わかったら早くやれよな。いおんくんはTUEEEEEEEEEEんだからなっ!」


 すぐ傍にいる女がレディースの見本のように、俺に向かって、メンチを切ってくる。


「はあああぁっ!」


 筋肉痛で体を動かすのがつらいのに、「三遍回ってワン」なんてやれるか!


(いや、ツッコミどころはそこじゃないだろ! って、ん? あれ? なんか変だぞ)


 あと、いおんくん? 聞いたことがある名前だ。

 が、思い出せない。誰だったっけ?

 こういう輩は、存在しているだけで、環境と近くにいる人間の精神を汚染するから、踏み潰せというのが俺の信条だ。

 だから、名前を聞いても覚えていないのはありえることだ。

 元の世界の俺は、こういった自分の欲望を押し通す能力だけが特化して進化した下等生物に対抗しうるチカラも技も持ち合わせていなかったから、その存在をいち早く察知して、近寄らない能力が発達していた。

 そのゴキブリ並みに発達した危険感知センサーで、俺はかなりの危機的状況から逃げおおせていた。

 が、それを無効化して、俺に暴力と屈辱を雨霰と浴びせてくれていたのが、元いた世界のチンピラゴリラ美洲丸勇だった。

 それでも、ヤツが例外だっただけで、美洲丸以外、俺に危害を加えようなどと思いつくようなヤツは、半径50メートル以内にさえ近づけなかったはずだ。

 そもそもがだ、俺はそういうヤツらが生息していそうなところに近寄らなかったし、そういうやつらが現れそうになると、なんとなくピンと来て、通りなれている道、目的地までの時間が倍になろうとも、いち早くそこから離れ、避けていたからな。

 しかし、どうやら『竜洞生徒』にはそんな能力は備わっていなかったようだ。

 備える必要がなかったんだろう。『竜洞生徒』は自分を護り通すチカラも技も学んでいたんだろうからな。


「だからか……。こっちに来る前の俺だったら、近道なんてしようと思いさえしなかったのにな。全然ピンと来なかったもんな……」


 時間をちょっとだけ遡る。


 一緒に教室を出て、部活で学校に残るという太刀浦と別れた俺は、電車で『竜洞生徒』のお屋敷の最寄り駅まで帰ってきた。

 『竜洞生徒』の家に帰るのとは反対側の出口に出る。

 ここいらは、元いた世界で俺が世話になっていた施設があったところ……こっちでは、『厚生省青少年寮』なんていう偉そうなもんに代わっていたが……。だから、地元も同然、道の裏の裏までよく知っている。

 当然どこに危険が潜んでるかなんて、小四のころには全部把握していた。

 だから、そんなところには近寄りさえしなかったのが本来の俺だ。

 が、太刀浦にもらった地図を眺め、俺は目的の店までが存外遠いことに気がついた。

 普通に歩いたら、十分くらいはかかってしまいそうだ。

 この後、小桃に食事会に誘われているし、いったん家に帰って着替えて来たい。


「お、そうだ、この道、使えるな」


 この道を使えばかなりショートカットできる。

 元の俺ならあり得ない判断をしていた。

 その道は、不良どもがよくたむろしている区画を通っている道だったからだ。

 元いた世界の俺だったら、絶対に曲がらない角を曲がって、入り込まない道に入り込んでしまっていた。

 案の定、俺の行く手に、あからさまにチンピラな連中が出現した。

 俺は道を譲ろうと端に寄る。が、連中は俺が避けた方に進路を変更する。

 そんなことを二三回繰り返しているうちに、彼我の距離が詰る。


(なるほど、こいつら初めっから俺にからんでくるつもりだ)


 そうして、俺は、お定まりにチンピラに難癖をつけられる状況へと雪崩れ込んだのだった。


「あんだよ、あに、ぼーっとしてんだよ! いいぜぇやってやっても、腰のそれはお飾りかぁ? んんん? そんなのちっともこわくねえんだからな!」


 チンピラたちは俺の腰の軍刀を指差し、ゲラゲラ笑っている。


「困ったな……」


 いつの間にか、俺は、環境及び精神に重大な汚染をもたらす二足歩行生物の群にすっかり囲まれていた。

 しかしこういう怖い人たちって、どこにでも蛆虫のように湧いて出るんもんなんだな。


「なぁにぶつぶつ言ってんだよ! やるのかやらねえのか。ボコられるかボコられそうになるかだろーが!」


 あー、そこはボコられないとは言わないんだ。ボコる気満々だな。


「ん? おまえ……」


 俺はこのおぞましい下等生物どものリーダーと思しき、唯一の男の顔をまじまじと見つめた。その下卑た獣のような面がまえに見覚えがあったからだ。


「あはぁん、そういうこと……」


 瞬時にこいつが俺をボコる気満々なわけが、理解できた。


「んだ、くらぁ」


 下品で自分の快楽だけを欲求し、その欲望を押し通すためには、人を押しのけること傷つけることなど息をするよりも簡単にやってのける。

 あの美洲丸の周りにいたのは、そんな頭のネジが十本以上足りてないやつらばっかりだった。

 中でも美洲丸の次に俺をボコりやがってくれたヤツがこいつだった(いや、正確には元いた世界のこいつだが)。

 なるほど、いおんくんって名前にも聞き覚えがあるわけだ。『檀寺偉音』それが、こいつの名前……だったっけ?


「やんのかやんねーのかはっきりしなっ!」


 俺を囲んでいる女のうち、右斜め後ろ(防衛幼年学校風に言えば四時方向か)の女が金切り声を上げる。

 俺は、女の金切り声が大嫌いだ。あのクソ女親を思い出すからな。

 瞬間的に頭がかっと熱くなる。


「ぁんだ、てめっ?」


 正面、檀寺偉音の隣にいた女が突進してきて、胸倉を掴んだ。

 しまった、あの女のことを思い出して目つきが悪くなったようだ。

 そんなつもりはない! あんたがたと何かするつもりなんて全く無いから!


「んめぇ…、なめてんのか、くら」


 女は乱れきった生活(こんなことするヤツがきっちりと規則正しい生活しているわけないだろ)に濁った目をぎょろりと剥いて、俺をねめつける。


「ん? あれ?」


 妙な違和感に俺は気がついた。

 認識と、思考、そして感情にズレが生じている感覚。

 すなわちこうだ。


(俺、この状況、怖がってなくね?)


 そう思った瞬間、俺の左手は胸倉を掴んだ女の手首を掴んで反時計方向に捩じっていた。


「ぅあだっ! ぃでででででええぇっ!」


 手首を捻られた痛みに、捩じられた方向に体を傾けて、女が叫んだ。


「ふっ!」


 軽く息を吐いて右足を踏み出し、体を捻る。

 と、同時に俺の右手が女の顎を突き上げていた。


「ぎゃっ!」


 短く叫んで女は白目を剥いて、俺の胸倉を掴んでいた手が離れる。

 俺は、その手を引いて、コンクリートに熱烈な接吻をしようとしていた女を、そっと地面に転がしていた。

 女はそのまま、4~5メートル転がり、うつ伏せで動かなくなった。

 殺したりしてはいないはずだよな。


(……にしても、ありえねえだろこれ。これはありえねえ。いや、実際にやっちまってから言うのも何なんだが……)


 この数秒間のことは、俺にとって驚天動地だ。

 多数のチンピラに取り囲まれてしまったという状況を冷静に受け止め、相対している敵性存在の分析を始めてから、先制攻撃の迎撃、阻止の成功まで、俺の『思考』そして『感情』は全くといっていいくらい、行動に反映されていなかった。

 全てが自動的に反射的に実施されていた。

 元いた世界で、万が一にもこんな状況に陥ってしまっていたら、俺がとりうる行動はただ一択。土下座のみだ。

 それこそ、檀寺が当初から要求している通りに、三遍回ってキャンと鳴いて、有り金全部差し出していたろう。パンツ一丁にだってなっていたはずだ。

 あの無頼の類人猿、美洲丸勇に対してそうしていたようにな。

 信条や心情と行動は、往々にして矛盾するわけだ。

 全ては命あっての物種だからな。

 ところがどうだ、たった今俺がやってのけた事は!

 踏み潰しこそはしなかったが、信条と心情に行動が合致していた。乖離していたのはこの体における異分子たる『俺』だけだ。


「ヤロウ!」

「んならぁ!」

「ッ殺す!」

「んめッ!」


 チンピラたちが口々に俺を罵り、身構える。手に手にナイフやら、ナックルダスターやら物騒なものを携えている。


「こいつらな、陸軍アガリだからけっこうやるぜ」


 檀寺は自分の手下を得意満面で自慢する。

 胸倉を掴んだ女をぶっ飛ばす前の方が威嚇効果抜群だったろうに。

 かわいそうな事に、こいつは頭が悪いらしい。

 それにしても、こんな状況、前の世界だったら、失禁ものだ。顔中を涙と汗と鼻水だらけにしてごめんなさいを連呼だ。

 確かに怖いという感情はある。だがそれは、何か質が違っているように思える。

 心臓の鼓動が大きく速くなっている。だがそれは、目の前の害意をむき出しにした下等生物どもへの恐怖からではない。


「ははッ! あはははははッ!」


 笑っている? 俺は笑っているのか?


(正気か俺? この状況でなんで笑える? 楽しんでるのか?)

「んめっ!刻んでやる!」


 九時方向から、刃渡り三十センチはあろうかという、でかいブーメランみたいな形のナイフを構えた女が突進してくる。そんなでかい刃物、どこに隠してたんだ?

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマご評価感謝であります。

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