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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第2章 県立防衛幼年学校
49/108

49 なんだ、その、うまいものを食いまくれる予感しかしない催しは?

「ぐはぁっ……ぐううぅ」


 クラスメイトの大半が、帰宅して、がらんとした教室の自分の席で天井を仰ぎ、俺は筋肉痛に呻いていた。あらんかぎりの気合をこめなければ、呼吸さえままならないほどの筋肉痛だった。

 この体は正確に言えば俺の体じゃない。

 ハイハイなんかよりも先に、挙手の敬礼を叩き込まれるような家庭環境で、基本教練なんか幼児期からお遊戯みたいな感覚で慣れ親み、お茶の子さいさいで、あまつさえ、学年全員を教導していたヤツの体だ。

 もちろん教官がつける難癖で、反省という名目のシゴキでさえ、それこそ鼻歌交じりだったろう。

 要領を知っているからな。

 だが、今、この体を動かしているのは、つい一昨日まで、ぐうたれた生活にどっぷりと頭のてっぺんまで浸かっていた、平和ボケした日本の高校生である“俺”の魂だ。

 そんな俺の記憶にない動作の連発であるところの、基本教練ってのは無理な姿勢の連続であり、自然と、無駄な力があちらこちらに入ることとなる。

 当然、動作はぎこちなくなる。

 それだけで、筋肉がプチプチと微細に断裂している。

 動作のぎこちなさ。それはすなわち、教官のシゴキを呼び込むこととなり、腕立て伏せは序の口な反省と呼称される筋力アップのためのトレーニングメニューが目白押しとなる。

 筋トレなんて、小指の先ほどにもしたことがない俺にとっては、知らない動作だらけだ。

 したがって……以下略。

 だから、本来の俺よりも強靭な体力を持っている『竜洞生徒』の体であっても、呼吸さえままならない筋肉痛が発現することとなった。

 途中、小休止と呼ばれる時間はあったものの、基本的には二時間目から四時間目までぶっつづけで基本教練は行われた。

 四時間目終了と共に簡単なホームルームで下校が許可されたのは不幸中の幸いだった。

 解散した後、男子全員が俺を担いでシャワー室に連れて行ってくれなかったら、俺は汗に濡れた迷彩服のまま電車に乗っていたかもしれない。


「……うぐぅ、えらいめにあった」


 早出しての腕立て伏せ大会に始まった今日という日は、俺にとってまさに、拷問だらけの運動会ポロリもあるよな一日だったわけだ。

 だが、しかし、この体の優秀なところは、全部やってのけたというところだ。

 元の世界の俺の体だったら、二時間目が始まって十分でギブアップしていただろう。

 乳酸がたまりすぎて、体が動かなくなっていたに違いない。

 改めて、『竜洞生徒』の強靭な体力に感嘆する。


「うぐぐぐぅ……はあぁ」


 まあ、それでも、きつい筋肉痛に変りはないけどな。


「たっちゃん……」


 シャワーあがりの火照った頬をした小桃が、辺りに他のクラスメイトがいないのを確かめながら、小声で俺を呼んだ。


「んぐぁ……、小桃?」

「ひどい、ありさま、ね。大丈夫?」

「いぎゃ…ぐ、あんまり大丈夫じゃない」

「そっか……じゃぁ、むりだ、ね」


 ちょっと待て、何があるのかは知らんが、勝手に決められるのは心外だぞ。


「何かのお誘いか? 事と次第ではやぶさかではないぞ」


 小桃は数瞬考えるそぶりを見せたが、すぐに意を決したように話し出す。


「楓とか、あと何人かで、ね、とちょっとした、ね、お食事会を、ね、しようと思って……ね。たっちゃんも、ね、どうかなって、ね」


 お食事会? なんだ、その、うまそうなものがたくさん出てくるような予感しかしない会は。基本的には是が非でも参加したい会だぞ。問題は、それに金がかかるかどうかだけだ。

 いや、金のことを気にしなくていい身分に転生したのはわかっているが、それは、本来的に俺のもんじゃない。

 あくまでも『竜洞生徒』から引き継いだものであって、俺が好き勝手にしていいもんじゃない。それくらいの分別はつけておかないとな。

 いずれ、あのお屋敷から身一つで出ていくつもりの俺としては、『竜洞生徒』の家に余計な金を俺に使わせたくない。

 だから、せこいと思われること覚悟で聞いてみる。


「その、会の参加費はいくらなんだ?」


 顔を真っ赤にして、小桃は両手を胸の前で振る。


「そ、そんなの、ただにきまってるよ、ね。私にとっては、ね、みんなへのささやかなお礼をかねてだから、ね」


 お礼? 俺は小桃に礼をされるいわれなんかないぞ。

 だが、タダでうまいものの飲み食いの会へのお誘いは、白が黒でも参加に決まっている。


「参加してよ『たっちゃん』。小桃ったら、修羅場中ずっと、打ち上げ楽しみにしてたんだから。そこに『たっちゃん』が参加して彩を添えてくれたら、小桃、天に昇っちゃうよ。あ、あたしは参加だからね。念のため」

「さぁとぉ~っ! キミは、どーしてそう、口が軽いのかなっ! ボクはその口の軽さは将来の軍人として、どうかと思うかなっ!」


 洗い髪のクラスメイト(たしか、胡蜂里っていったっけ)が自分の席に戻りながら、小桃をからかうようなことを口走ったようだ。

 今頃教室に戻って来たってことは、かなりゆっくりとシャワーを浴びてきたようだ。


「んじゃ、あとでねぇ。たっちゃんも!」


 カバンを取った胡蜂は、俺たちに向かってウィンクをして教室を出て行く。

 それにしても、修羅場? 打ち上げ? おい、小桃、お前、よからぬことに加担しているんじゃないだろうな。反社会的団体との抗争とか。

 これは、ぜひ参加して小桃の行動を見守らなくてはいかんな。うん、あくまでも俺は、小桃の保護者的立ち位置で、だ。


「なあ、小桃、俺、ほんとに参加していいのか?」

「ええっ? 来てくれるの!? うん、是非来てよ、ね!」


 小桃は破顔して、その場で軽く飛び上がる。よほど、『竜洞生徒』に好意を寄せているんだな。微妙にジェラシーが鳩尾あたりにわだかまる。

 ま、まあ、それはさておき、だ。保護者ポジションの俺としては他の参加者の把握も重要だ。


「そ、その会には他に誰が来るんだ?」

「ああ、うん。他には今の、さと…もとい、胡蜂さん、あと、楓とそのクラスの子が四人。美術部の子が二人……」


 それに俺と小桃で十人弱か。ふむ、結構な人数だな。クラスメイトのお誕生会でもそんなに集まらないんじゃないか?

 いや、クラスメイトのお誕生会なんて、小中高と招待されたことないけどな。

 太刀浦や待雪の誕生日にしたって、あいつら教えてくれなかったし、知り合って、まだ、数ヶ月だったから、誕生日どうのこうのなんて仲までいってなかった。

 まあ、主にエロ関係ではだいぶ濃い付き合いはしていたが。


「うん、ぜひ参加させてくれ。場所はお前の家か? 何か持っていこうか?」

「ううん、場所は、ね、街の洋食屋さん。とっても、ね、いい感じのお店で、お料理もおいしいの。あと、お気遣いは、ね、無用だから、ね」


 と、小桃が葉書大のカードを手渡してきた。

 そのカードには、『サークル すもーるぴーち 第四回完成打ち上げ会のご案内』と、いうタイトルと、開催場所の洋食屋の位置が記されたされた略地図。会場の洋食屋の住所電話番号と小桃の携帯端末の番号が印刷されていた。


「こんなもん印刷したのかやっぱり、お前んち金持ちだな」


 つい、そんなことを口走ってしまった。

 小桃は、辛子が詰まったシュークリームを食った芸人のように目を見開き、ゲラゲラと笑い出した。


「たっちゃん、こんなの、ね、家のパソコンから、ね、プリントアウトできるんだから、ね!」


 零れ落ちた涙を拭いながら、小桃は腹をヒクつかせている。


「ぷ、ぷりんとあうとだと?」

「や、やだな、たっちゃん! パソコンに繋がってるよ、ね プリンター。それで印刷したんだよ、ね」


 そ、そうだ、そういえば、パソコンに小型印刷機が接続されていたっけ。たしか、元いた世界のパソコンの授業で、何かを印刷したことがあったな。


「そ、そうだった……な、パソコンから印刷できたっけな」


 慌てて、話を会わせる。

 確かに『竜洞生徒』の部屋のパソコンに、得体の知れない機械が二~三台繋がっていた。女子の弁当箱みたいな大きさで、なにやら小さなランプがチカチカ常に光ってるヤツとか、あと、14型のブラウン管テレビくらいの大きさで、上にフタがついている箱状のヤツとか……な。

 俺が、いまどきブラウン管テレビなんてものを知っているのは、俺が世話になっていた養護施設にあったテレビがことごとく、旧式のブラウン管テレビだったからだ。


「あ、あはは……。じゃあ、ね、私、ね、準備あるから先帰る、ね。絶対来てよ、ね、遅れたら、ひゃくたたきだから、ね」


 踵を返す小桃を見送りながら、俺は、ため息を付く。

 うまいもの飲み食い放題と聞いて、筋肉痛がだいぶ和らいだ気がする。


「さて、と……」


 俺も一度『竜洞生徒』の家に帰るとしよう。

 案内状に書いてある時間は、一度帰って着替えてから出かけても十分余裕がある時間だった。


「みんなそうしてくるんだろうしな」


 ん? あれ? 何か放課後どこかに行く用事なかったけか?

 まあ、いいか。忘れるって事は、そんなに重要な用じゃないって事だ。

 ああ、お食事会には楓も来るって言ってたっけ。そういえば楓の私服姿をまだ見たことなかったな。おそらくは、元いた世界の小桃が着てたようなボーイッシュ系の私服だろう。


「り、竜洞君!」


 席を立とうとした俺に、教室に戻って来た太刀浦圭輔が声をかけてきた。


「や、やあ、よかった。まだ、いたんだな、竜洞君。り、竜洞君は、メンテパウダーやらのドール用ケア用品の存在を知っているんだな?」


 めんてぱうだー? 初耳だ。


「い、いや知らなかった。なんだそりゃ?ってか、帰ってなかったのか?」


 筋肉痛で体を動かすことが困難だった俺の、シャワーやら着替えやらを手伝ってくれた太刀浦たち俺以外の男子三人は、俺を席まで送り届けてくれて、三々五々家路についたはずだった。


「いやあ、待雪君と鳳梨君は帰ったんだな。ぼ、ぼくは、ぶ、部室に行ってきたんだな。き、今日は活動日ではないんだな。で、でも、ぶ、文化祭が近いから。先輩方で自主活してる人もいるんだな。で、あ、あいさつして来たんだな」


 部室? 文化祭? 普通秋じゃないのか? まあ、三年生は受験があるだろうから、春にやるのは実に効率的ではあるが……。


「すまん、忘れている。なに部だったっけ?」

「は、ははは…。人工知能機械工学研究部なんだな。べ、別名、ロボ研なんだな」


 ロボ研ね。なんとも太刀浦らしい。まあ、それが、漫研でもアニ研でも電算研だろうが、アイドル研でもなんだがな。


「で、その、めんてぱうだーって、何なんだ?」

「ふ、ふふっ。やはりそうだったのだなぁ。我輩の心配は杞憂ではなかったようだ」


 太刀浦は、口調を老魔導師風に変え、エロ師匠モードに人格を移行した。いや、実際に太刀浦は多重人格者ではない。単に小芝居を演じることを楽しんでいるだけだ。


「今回、貴君がその起動及びパーソナライズに成功したアンドロイドだが、その入手過程が特殊なために、通常ならば納品時に同梱されているはずの用品の類が付属していなかったのではないかと思ってだな……」


 そ、そういえばロボ梓は近くにあった濃緑色の毛布以外、身一つの状態だった。


「なにか、揃えるものがあるのだろうか? 師よ!」

「ふ、ふふふ。では、貴君に教授しよう。我らが『嫁』を含むドメスティックアンドロイドは、極めて人間に近い容姿をしているのが最大の特性である。その特性上、表面を特殊シリコンゴムで被覆しているのだが、これが、実にデリケートなのである。定期的に表面被覆のメンテナンスが必要なのだ。近年のドメスティックアンドロイドの被覆はその性能の向上が著しく、メンテフリー化が進んでいるものもあるが、これは、触感とアンビバレンツなのである。つまり、リアルな触感のものほど頻繁なメンテが必要なのである。ちなみに我輩の『モーム』には、ほぼ毎日メンテナンスを実施している。メンテ作業自体は簡単である。ベビーパウダーのように、全身くまなくメンテナンス専用のパウダーをパフではたきまくるだけだ。あと、三ヶ月に一度ほどメンテナンス入浴が推奨されている。これは、設備的にかなり負担があるために、実施していないユーザーも多い。その代わりに、メーカーに定期整備に出して、そのときに実施するというユーザーが大半である」

「なるほど、じゃあ、そのパウダーとはたくための道具を揃えればいいんだな」

「ふふ、ご名答である。幸いにして、今、我輩が『モーム』を発注したディーラーの位置を示した地図をプリントアウトしたものを所持している。暇を見つけて行くがいい。だが、貴君のドールがウルトラスーパーリアルなものだとすれば、それこそ毎日のメンテが必須である。いそいだ方が……いいんだな」


 太刀浦は口調を元に戻し、腹をポコンと叩いて笑った。

 俺が元いた世界では、太刀浦みたいなヤツを、萌え豚とかキモでぶとか言ってたが、元いた世界の太刀浦もこっちの太刀浦も、清潔感がある実にさっぱりとした性格のいいヤツだ。


「ありがとう、これから行ってみることにするよ」


 地図を見る。『竜洞生徒』のお屋敷がある方向とは駅を挟んで反対側だが、この距離なら歩いてもそんなに時間がかからないだろう。

 太刀浦は、俺にメンテナンス用品の売っている店を教えてくれるために、わざわざこれを印刷して持って来てくれたんだよな。

 ありがたい。なんていいやつなんだ。


「き、筋肉痛は大丈夫なんだな?」


 太刀浦が、眉を寄せ心配してくれる。大切な梓のためだ、多少の筋肉痛は我慢できる。


「ああ、お前らのおかげで、かなり楽に動けるようになった。ほんとにありがとうな」


 太刀浦は頭を後頭部に回して照れる。


「い、いやぁ、ぼ、ぼくの浅学な知識がお役に立ててなによりなんだな」

「そうか。じゃ、一緒に出るか……。っこらせ」


 気合をこめて席を立つ。

 そのうち、こんな筋肉痛を感じなくなるんだろう。

 太刀浦だって、あれだけ厳しい教練の後で、何事もなかったような平気な顔をしているんだからな。


「そ、そうなんだな、ボクは校門前からバスに乗るけど、キミはどうする?」

「だな、時間的に余裕があるから電車で行く。ありがとう」


 たぶん、今もっている財布に入っている金で、メンテ用品を買って、バスに乗っても十分すぎるくらいに余裕だとは思う。

 だが、なるべく金は使いたくない。借金が増えるような感覚に襲われるからな。


「いくか!」

「な、なんだな」


 俺たちは連れ立って教室を後にした。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマご評価感謝であります。

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