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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第2章 県立防衛幼年学校
32/108

32 ジャングル風呂で飛び魚ターン

 家に帰り、夕食を摂っている時に、鳳翔さんに入浴を勧められた。

 もちろん、リクエストしたオムライスはおいしく完食した。

 そういえば、昨日から、体を拭いてもらっただけだった。

 俺がいた施設の風呂は銭湯のように広かったが、何十人もが一斉に入るから、そんなに広い気はしなかった。

 まあ、金持ちのお屋敷の風呂だ、きっと…………。

 ………………って、期待を裏切れよ、竜洞……えーっと勲爵家だっけ?

 なんだよこの広さと、ジャングルみたいな装飾は。

 浴槽にいたっては、ちょっとしたプール並だぞ。


「ほんと、泳げそうだな」


 深さは、俺の膝よりも少し上くらい。

 胡坐をかいてちょうど肩まで浸かるくらいだ。

 辺りを見回す。

 当然だが誰もいない。

 自然と口元が緩む。さっきの小桃ほどじゃないがな。


「ちょっとだけだからな」


 軽く咳払いをして、俺は寄り掛かっていた浴槽の壁を蹴り体を伸ばす。

 たっぷり五秒そのままの姿勢で浴槽を横切り、向かい側の壁に手をついた。

 お湯の中でくるりと前転をして方向転換。浴槽壁の床に近いとこをを蹴って飛び上がる。

 だっぱーんと飛沫を上げて着水。

 ああ、俺、今、とっても悪いことしてる。


「お坊ちゃまあぁっ! お背中、お体を洗わせていただきますうぅ!」


 印南さんを先頭に、瑠弩美さんと伊香鎚さんが、勢いよく扉を開けて入って来た。


「んなあああああ!」


 俺は慌てて、顎まで湯船に浸す。


「さあ、お坊ちゃまぁっ!」

「い、いや、湯船に浸かる前に洗いましたからぁっ!」


『竜洞生徒』はどうだったか知らないが、集団生活や温泉、公衆浴場での常識として、まず、体を洗ってから湯船に浸かるもんだ。

 俺はこれまでそうしてきたから、今も、湯船に入る前にしっかりと体を洗った。


「おぼっぢゃばああああっ!」


 印南さんたちが、目に涙を溜めて迫ってきた。

 ああ、今朝言ってたっけ、体の異常を見つけるのもメイドの仕事だって。

 俺は、仕事をする人たちの邪魔をするのはいやだ。

 印南さんたちの業務を尊重したい。

 だから、言ってしまう。


「…………お願いします」


 そして、その後ものすごく後悔する。

 手に手にボディソープを泡立てたスポンジを持って、印南さんたちが迫ってくる。


「あ、あの……。うわあああああ!」


 …………………………以下略。

 印南さんたちは、本当にまじめに俺の体の隅々まで洗ってくれた。


「髪の毛ヨシ、耳後ヨシ、腋下ヨシ」

「胸部後背部ヨシ、下腹部臀部ヨシ」

「腕、脚部、足指間ヨシ」

「「「全部ヨシ」」」


 今朝、体を拭いてもらったのとは、次元が違う。

 大切な何かをいくつか失くしてしまった気がする。

 いや、背中にサクランボは背負ったままだけどな。


「では、お坊ちゃまごゆっくりどうぞ」


 メイドさんたちが引き揚げただだっ広い浴室で、俺は天井を仰ぎながら湯船に浸かっていた。


「ふう……、エライ目にあった」


 不意に、眠気が襲ってくる。

 こんなところで寝ちまったら、最悪溺死だ。

 だが、この睡魔にはものすごく抗しがたい。


「こん…なと……こ、じゃ……おぼれ…………」

 

 俺の意識は眠りの淵へと急速潜行していった。


 ※※※※※


 そこは、上下も左右も区別がつかない、真っ白な世界だった。立っているのに立っていないような感覚。腕をつまんでみる。つまんだ感覚もつままれた感覚もない。

 ああ、ここは夢の中なんだな。って、ちょっと待て、前にも見た気がするぞ、こんな夢の中の風景。


「やあやあ、グーッドタイミングだお。丁度、今、例のレポートをまとめ終わったところだったお」


 B系のヒップホップなファッションで固めた、性別の判断をつけづらい小学四年生くらいのガキが、今時山奥の分教場でも見ない、昭和の遺物的な学校机で分厚い書類の束をトントンと整えながら、大きな眼鏡越しに俺に微笑んでいた。

 机の上とその周りには、手に持っている書類の束の何倍もの書類がいくつもの塔をなし積まれていた。

 あれ、デジャブが……って、思い出したよこの人…ってか、この方、神様だよ。


「まま、まぁ、座って座って」


 俺の前に全木製の古めかしいイスが、神様と向かい合わせにポフンと現れた。スノコみたいに板を並べた座面の、いかにも昭和懐かし系な造りのイスだ。


「どおかな、どおかな? もお、その体には慣れたかなぁ? もう、しっくり馴染んだぁ?」


 俺に問いかけながら小学生位の子供特有の甲高い声で、軽薄なノリが芸風のオッサン芸人のように、イスを勧める。


「まあ、ボチボチですねぇ。身体のほうはもう不自由なく動かせますけど……」

「やっぱ、環境が違いすぎたかなぁ」

「ええ、まさかこんな金持ちの、しかも貴族様だとは思ってませんでしかたから、だいぶ荷が勝ちすぎです」


 俺は、全部思い出していた。

 なぜ俺が『竜洞生徒』になっているのかを。


 ※※※※※


『やあ、やあ! げーんきかなぁ。あ、元気なわけないかぁ。君、電車にはねられてぐちゃぐちゃで取りあえず心臓が動いてるってだけだからねぇ』


 それが、この、ガキな外見のクセに軽薄を芸風にしているオッサン芸人のような話し方をする神様にかけられた最初の一言だった。


は君たちが呼称するところの神様だよぉー』


 じつにありがたみのない登場だった。

 そして、さらにこの神様のいうことには、電車にはねられ瀕死の状態の俺から魂を引きずり出してきたのだという。


『ちょっとだけ、別の人生お試ししてみない? 気に入ったらそのまま居着いていいし、気に入らなかったら元に戻してあげる。契約後でも気に入らないことがあったらクーリングオフ期間があるから大丈夫だから。ね、ね!』


 という、神様の甘言にひょいひょいと乗っかってオーケーしたんだった。


『いやあ助かったよ。実は物凄く緊急事態だったんだ』


 神様は胸をなでおろしていた。

 と、いうのも、駅のホームで人ごみから弾き飛ばされ、線路に落ちそうになっていた女の子を助けて、俺が線路に落ちたとき、別の世界の俺が全く同時に偶然同じ行為をしたのだそうだ。

 俺は運悪く電車に轢かれてぐちゃぐちゃの命が風前の灯に。そいつは、頭をゴツンとぶつけただけだった。


『だけどねぇ、彼、女の子一人の命助けて、なーんか達成しちゃった気になっちゃったみたいで、死んじゃったんだよねぇ』


 え? そんなことで死ねちゃうのか? と、思ったが、条件が揃えばそういうことになってしまえるらしい。


『こっちの君には、やってもらわなくちゃならないことがあってね、今死んでもらっちゃ、非常に都合が悪いんだなぁ』


 まあ、元の世界じゃ生きていてもどうせ、人に騙されて騙されて借金背負って、内臓売る羽目になるか、どっかの地下帝国建設に従事させられるみたいなロクでもない人生だったろうから、死ぬ前に普通の人生ってヤツを試してみたかったってこともあった。


『元の君は、お試し期間のうちは現状維持にしとくよ。とりあえず心臓が動いていればいいような状態だからね。ただ、こっちは直ぐにでも動けるようにしないといけないからねぇ』


 それで、俺は神様に恐る恐る聞いて見たんだ。こういう場合何かしらの特典がもらえるのじゃないかってな。


『もちろんだともぉ。こっちの君の役目を引き継いでくれるんだったら、かなり融通をつけてあげられるよぉ』


 そういう訳で俺は、『竜洞生徒』の人生の全てを引き継ぐことと引き換えに、神様にあるお願いをした。


『へッ? 驚いたなこのパターンだと普通、私に願うのはチートでしょ。なのに君ってヤツは……。了解したよ。その件については君の希望を百パー盛り込んでシミュレートしたレポートを作っておくから、その体に魂が馴染んだ頃、また会おう。そのときに詳細を話し合おうか』


 ってことで、俺は、『竜洞生徒』の体に生き返らされたわけだ。

 ちなみに、だ。その頃、『竜洞生徒』はというと、鼻歌交じりにスキップで黄泉比良坂を下っていたそうだ。神様曰く、な。


 ※※※※※


「……でどうかなぁ? もうすっかり馴染んだ? イケそう?」


 相変わらす軽薄を芸風にしているオッサン芸人のように、神様が俺に問いかける。


「イケそうもなにも、『竜洞生徒』が何をしなきゃいけなかったのかが分からないと……」


 すると神様は少し顔を歪めて笑う。


「うーん、からはもちろん、誰からもその件は答えられないんだなぁ。まあ、それはじきに分かることなんだけどねぇ」


 まあ、それは瑣末なことだ。俺はメインを神様にぶつける。


「それよりも、例の件はどうなってます?」


 俺はこれ以上ないくらい真面目な顔で神様を見つめる。


「ああ、そうだったお。では、これを……」


 指をくるりと神様が回す。すると書類の塔のうち一棟が俺の目の前に来て崩れて渦を巻き、一枚一枚が自分から空間に貼り付いていった。


「ああ、読まなくても大丈夫。これで、君の頭の中に、直接、知りたいことがダウンロードされるから。この状況はいわばファイルを開いたところ」


 ファイルとかダウンロードって……。現代人の俺でさえごく最近に知ったことを……。


「なんだよう、その目はぁ! 神様がコンピュータの用語使っちゃおかしいかい?」

「い、いえ……その……」

「だーから、西洋人の固定観念に毒されすぎなんだよ。ウィーンフィルしかBGMにしない白いローブに髭の神様なんて、やつらの都合で書換え改変した神様像なんだからね。我々だって日進月歩なんだよ」

「はあ……。あ、ああッ!」


 俺の頭の中に、ビデオを倍速再生するようにある動画が写し出された。

 それは、梓のこれからの人生だった。

 俺の頭の中で倍速再生されている梓の人生は、高名な画家が幸せを絵に描いて贅の限りを尽くした額縁に入れて超大国の王様の宮殿に飾ったようなものだった。


「どうかな? どうかな? 的にはかなりの自信作なんだけどねぇ。しかし、君は変わっているねぇ、自分が得られるはずのチートの権利を全部使って妹の幸せを願うなんて」


 そう、俺は、初めて神様に会ったとき、こっちの俺を引き継ぐ特典として、お好みのチート能力の授与を提示されたが、こう言ったのだった。


『梓のことを世界一幸せにしてあげてください』ってな。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

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