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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第2章 県立防衛幼年学校
28/108

28 検査結果異常なし……そして、ロボ梓は竜洞家で引き取ることになった

「ふーむ、きれいな脳みそだ。今のところ異常は全く見られないね」


 ピッタリと体に張り付いた丈が短いワンピースを白衣の下に纏い淫靡な雰囲気を醸している女医さんが微笑む。

 この服装は太刀浦の“資料”で見たことがある。たしか俺たちが生まれるよりもずっと昔に流行ったボディコンシャスとかいうやつだ。


「きれいな脳みそですか……」


 ほとんど朝一番に受付したはずなのに、三時間も待たされてようやく診察室に入ったと思ったら、すぐにMRI検査に回されて、そこから、一時間待ちでようやく検査をしてもらえた。


「問題は記憶の方だけれど、これは、正直どうしようもない。酷だけど、経過観察しかできない」


 思ったとおりの診察結果だった。

 でかい病院ってところは、診察時間よりも、待機している時間の方がずっと長いようだ。

 ただ、診察室に入ったときの、女医さんの猛禽類みたいな眼差しと、脳外には関係なさそうな触診(あちこちをやたらベタベタと触られた)に、俺は昨日、俺からサクランボを強奪してくれそうだった行き遅れのお姉さんがだぶって仕方なかった。


「それ以外は全く異常が無いね。打撲による脳血管の損傷は、何年も時間をかけてジワジワ出血してくることもあるから、注意は必要だけどね。少しでも頭痛とか視野狭窄とかあったら直ぐに救急車呼んででも来て。無ければ来なくてヨシよ」


 女医さんの粘っこい絡み付いてくる視線を印南さんが遮って、診察室を出たときには、待合室は閑散としていた。……ってよりも、人っ子一人いなかった。掃除のおばちゃんが長いすで居眠りしてたくらいだ。


「いかがでした?」


 不思議な目の色をしたメイドの掛布瑠弩美さんが、心配してはいないんだけど念のために聞きます的な声色で、俺にではなく印南さんに聞いてきた。


「現在のところ脳には異常ナシ。記憶の混乱については、経過観察しか採りうる手段がナシという診断。診断書は会計時に領収書と一緒にくださるそうよ」


 そこから後を俺が引き継ぐ。


「要するに、フリダシに戻るです。十五年分の人生の一切合切を忘れてしまっているようなんです。ごめんなさい。皆さんにたくさんご迷惑おかけします」

「「そんなこと……」」


 シュンと意気消沈してみせる俺に、二人のメイドさんたちは、あからさまな同情の色を瞳に浮かべた。

 これでよし、あざといが、梓との生活を確保するためだ。

 いずれ、全てを告白して(信じてもらえればだが)、謝罪しなくてはならないと思う。

 そして、欺いていたことに対する償いもだ。

 今現在は、何よりも梓との生活。そして、次に雨露をしのぎ、食う寝るところ、「居場所」の確保が優先だ。

 しかし、鳳翔さんたちを始め、竜洞家の皆さんは、俺のことを、『竜洞生徒』にそっくりさんな真っ赤な偽物とは考えていないのだろうか?

 まあ、そんな嫌疑をかけられても、俺のこの体は正真正銘『竜洞生徒』の体だ。DNA検査しようが、網膜パターンを照合しようが、偽者の赤の他人、成りすましなんて結果は出てこないはずだ。

 だから、本当のことを話して、俺があのお屋敷を追い出されても、なんとか食っていけるようになるまでは、『竜洞生徒』のふりをするしかない。

 小ずるいことこの上ないが仕方ない。世話になった分は必ず返す。

 帰りの車の中、ぼんやりと窓の外の流れる風景を眺めながら俺は、そんなことを考えていた。

 竜洞家の門扉が視界に入ってきたそのとき、俺の網膜にえらく引っ掛かりがあるものが映り込んだ。


「小桃?」


 それはたしかに小桃だった。

 だが、それは、俺が知っている俺が元いた世界の小桃とも、昨日こっちで会い、そして、楓と一緒に俺を『竜洞生徒』のお屋敷まで送ってくれた小桃とも違っていた。

 深窓の令嬢然としていた昨日の面差しはその影すら無く、ボサボサの髪の毛を気にする余裕など無いといった面持ちで、正に幽鬼のようにという表現がぴったりな足取りでフラフラとチカラ無く歩いていた。

 しかも、趣味の悪い柄のジャージ姿だ。どこで買ったそんなの。


「印南さん! 停めてください」


 シートベルトを解除するのももどかしく、俺は車を飛び降り、小桃に駆け寄る。


「小桃ッ! 大丈夫か? 何があった? …ってか、学校はどうした?」

「ひッ! た、たっちゃん!?」


 ビクンと痙攣させるように肩を竦め、隈ができた目を見開いて、壊れたからくり人形のように小桃は俺に振り向く。

 ぎぎぎぎっ! って音が聞こえそうだ。


「だ、だいじょうぶかなぁッ! ボクはとっても元気かな! ご心配にはおよばないかなぁッ! なッ、なんにもおこってないから安心してくれるかな。あっはっはぁ!」


 胸の前で両のこぶしを握り締めて、何かを弁明するように、俺に自分の無事を告げる小桃。そのこぶしには何かの紙切れが握られている。


「なんだ、それ?」

「な、な、な、なんでもないかなッ! た、たっちゃん、心配してくれてありがとうかな。あ、後で、電話するかな。今はこれで、失礼するかなッ!」


 脱兎ってのは、こういうことをいうのかというような素早さで、小桃は俺の前から逃走した。

 こんな時間にこんなところをジャージ姿でうろうろしてたってことは、学校を休んでいる公算が高い。

 あいつ学校休んで何してたんだか。

 しかも、今の話し方、昨日、楓と喋ってたときみたいだったよな。俺と話してたときの口調は、もっと小声でゆっくりとしたモノじゃなかったか?

 それは、低血圧でハイテンションな話し方が耳にこたえるのだという『竜洞生徒』への配慮だったんじゃなかったか?

 クラスメイトたちや、俺たち以外の生徒と話すときはゆっくりと、一語一語区切ってしゃっべっていたし、教官と話すときは、はきはきと立て板に水に喋っていた。

 相手によって話し方を変えて、話し相手が心地よい会話を演出する方法を心得ているんだとばかり思っていた。緊張しているそぶりのつっかえつっかえ話す口調すら、話術なんだと思っていた。

 そんな習慣を忘れるくらいに疲れ切っていたってことか?

 そういや、ずいぶん大切そうになんかの紙切れを握り締めていたな。

 ……いったいあいつに何があったんだ?


「小桃お嬢様のお手に握られていたのは、宅配便の伝票みたいですね」


 瑠弩美さんが背後から俺の疑問のひとつに答えてくれた。


「宅配便って……よく分かりましたね」

「視力は私の自慢の一つです。北斗七星の傍の小さな星もはっきりと見えます。それはさておき、お坊ちゃま、お車へお戻りを。お昼は地元産のサーロインを一ポンド焼くそうですよ。お腹を空かせたお坊ちゃまに、たーんとお召し上がりいただくんだと、司厨員らが奮起したようです」


 さーろいん? …って、それ、ひょっとして、あの伝説の食べ物、ビフテキ! その中でも最高級のものと言い伝えられている、あの、幻想級の食べ物か? しかも、一ポンド? そんな計量単位プロレスでしか聞いたことないぞ。

 …ってか、瑠弩美さん、あなた、死兆星がみえてますよ。…って、あれは、あの世紀末な救世主の伝説の中だけの話だったか?

 再び車中の人となった俺は、伝説の食べ物サーロインステーキに思いを馳せ、口の中を唾液で満たしながら、この借りを返すにはどれくらい働かなきゃいけないのか真剣に考え始めた。

 一生かかっても返し切れないかもしれないな。

 それでも、俺の腹の虫は、ビフテキとアップルパイで満たされようとグーグー鳴き始めた。

 顔がみるみる赤くなってゆくのが自分でも分かる。恥かしさに顔が熱い。ヤカンでも載せたら瞬間に沸騰しそうだ。

 やがて、豪華で頑丈そうな鉄の門をくぐり、『竜洞生徒』のお屋敷に帰着する。


「「「「「「おかえりなさいませ!」」」」」」


 車寄せで降車した俺をメイドさんたちが出迎えてくれる。本当に一糸乱れぬ動作だ。まるっきり軍人みたいな挙動だよな。


「坊ちゃまお帰りなさいませ! そのご様子から察するに全くの異常なしでございましたね」


 出迎えてくれた鳳翔さんの満面の笑みがまぶしい。この人らの善意につけ込んでいるという罪悪感が、拭えない染みとなってジワジワ胸の奥に拡がって行く気がして、思わず俯いてしまう。


「こんにちは。はじめまして。竜洞辰哉様ですね。この度は当方の試作アンドロイドを保護いただき、誠にありがとうございました。私、極東人工少女廠代表の陸奥と申します」


 鳳翔さんの後ろから、タイトな着付けのスーツ姿のグラマーという表現がぴったりの女の人が現れ、俺に笑いかけてきた。

 太刀浦資料に、この手の容姿の美人秘書が社長にあーんなことやこーんなこと……っていうのがあったことを思い出し、鼻梁が熱くなる。

 あ、ああ、この人が、ロボ梓の制作会社の人か。

 ここ、玄関にいるってことは、「お話」は終わったらしい。しかも、鳳翔さんの表情からして、こちらの要求が全て通った形で交渉がまとまったように思える。

 しかし、陸奥と名乗ったこの女性からも、交渉にしくじった様子を感じられない。

 どうやらWIN WINで交渉がまとまったようだ。よかった。


「あ、はい、こんにちは。はじめまして。竜洞辰哉です」


 俺も陸奥さんに頭を下げる。そうだ、敬礼を練習しよう。


「竜洞様。まずは、深くお詫びさせていただきます。竜洞様に保護いただいたアンドロイドの容姿が、こちらの亡きお嬢様を模ってしまっていたこと、誠に申し訳ございませんでした。昨夜、こちらの鳳翔様にご連絡いただき、早速調査いたしましたところ、当方造形師の縁者の娘がこちらのお嬢様のご学友であったことから、ご尊影ならびにお声のサンプリングが容易でありまして、類稀なお嬢様のご美貌に、当方造形師が創作意欲をかきたてられてしまい、造り上げてしまったのでございました。造形師にはきつく叱責ならびに制裁を実施いたしました。以降、こちらのお嬢様のお姿を一マイクロメートルも使用しないと誓約いたします。なにとぞ、勲爵様のご厚情を持って、お赦しいただければと思います」


 叱責はともかくとして制裁ってのは穏やかではない。

 梓の姿を勝手に使われたのは、本当に腹が立つことだし、それが、試作品とはいえ、アダルトな使用が目的のアンドロイドだったのは、はらわたが煮えくり返る。


「でも、結果として、梓がうちに帰ってきてくれましたから……」


 ……って、俺、勲爵様ってやつだったのか? 聞いたこと無いけど、爵ってことは貴族ってことか? 『竜洞生徒』よぉ、貴様、金持ちの上、貴族様だったのかよ。ったく、妬ましいことこの上ねえな。

 …って、こっちの世界には貴族制度がまだ残ってるのか。元いた世界では敗戦と同時に廃止されたんだったよな。

 ってことは、太平洋戦争の勝敗はどうなってる?


「ありがとうございます、竜洞卿。お嬢様を模った、当方試作機が、竜洞勲爵様の御手により保護され、パーソナライズされたのも、なにか深いご縁を感じます。どうか、あの子のことを末永くご寵愛いただきますよう、伏してお願い申し上げます」


 陸奥さんは跪き、床に手をついて顔を伏せた。いわゆる土下座というヤツだ。

 俺は、土下座をさせられたことは何度もあるが、させたことは一度だって無い。


「う、うあ…あ…」


 気持ち悪い。

 人に土下座されるなんてこんなに気持ち悪いことだったのか。

 人にこんなことをさせて、偉そうにふんぞり返るやつの正気を疑うぞ。

 俺はうろたえて、鳳翔さんを見る。


「え? 鳳翔さん?」


 鳳翔さんは、ゾンビが盆踊りをしている現場を目撃したような表情で固まっていたのだった。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマご評価ありがとうございます。

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