20 宵闇の裏路地に放置されていた“妹”
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俺と巨大犬は薄暗くなり始めた街を家に向かって歩き始めた。今の俺には、『竜洞生徒』の家しか帰る場所がないからな。
帰り道でもやっぱり数人としかすれ違わず、なおかつ男は皆無だった。
むしろすれ違う女性全てが、俺とスパイナーに好奇な視線を不躾に投擲していたように感じたのは、自意識過剰というものだろうか。
でも、さっき、俺をサクランボから強制卒業させようとしたお姉さんの視線に似ているような気がする。
表札は変わっていても、要するにガキどもを収容する施設のままだったあの場所。
一方、『竜洞生徒』の家のある場所は、小桃の家の場所はおそらくそのままだろうが、俺が施設に入る前に住んでいたアパートとその周りの住宅。そして低所得者層の集合住宅十数軒分が、全部あのお屋敷の敷地に飲み込まれていた。いや、ひょっとしたらあのあたりのご町内一帯全部がそうかも知れない
「だいぶ、感覚が戻ってきた……な」
手を握り開く。何度かグーパーを繰り返す。ずいぶん楽に動くようになった。今朝とは大違いだ。
今日中になじむから、ちょっと我慢しててって、誰かが言ってたような気がする。
「誰に聞いたんだったっけ?」
それに、俺はいったいこれからどうしたらいいというのだろう。
あんな大きなお屋敷のお坊ちゃまなんて急に言われたって、どうしたらよいのやら。
小桃、楓、美洲丸、太刀浦、待雪……。今日会ったこっちの世界の俺……『竜洞生徒』の友人たちは、みんな気持ちのいいヤツばっかりだった。
担任の先生はおっかないけど、男前の大美人。校医の先生は女医さんでエロエロの爆乳だった。
家令とかいう執事の親分みたいな鳳翔絢さんに伊香鎚さん伊波さんをはじめとするメイドさんたちだってすごくよくしてくれた。
「梓……こっちには、いないんだな……」
すごくショックな事に、こっちの世界では妹の梓は死んでいた。
元の世界に帰れないとしたら、俺は、この世界で生きていくしかない。『竜洞生徒』として。梓に会えないこの世界で。
(あと、鈴縫響さんか……)
梓の世界の梓の親友だったという鈴縫響……。彼女は『竜洞生徒』の妹梓と競うように俺を兄と慕ってくれているくれているようだ。まあ、慕われているのは『竜洞生徒』なわけなんだが……。
「ふぅんんんッ!」
俺は息を吐きながら大きく背伸びをする。
(さて、と……これからどうすっかねぇ?)
いや、とりあえずは『竜洞生徒』として生きていく以外、どうしようもないのは分かってるんだが。果たして、いいのだろうか。良心の問題なんだ。これは。
俺にはどうしても『竜洞生徒』になりすましているっていう負い目があるんだ。
こっちの世界での生活基盤が整うまでの間、あのお屋敷でお世話にならなきゃいけないってことは理解しているんだが……。
「……はあぁ……」
思わず溜息が出てしまう。
「オンオン、オンッ!」
と、その時、スパイナーが突如けたたましく吠え、俺を引っ張り始めたのだった。
※※※※※
「待て! 何か見つけたか? うまそうな骨でも転がってるのか?」
スパイナーの引き綱を引き、語りかける。
しかしながら、スパイナーはその巨大な体躯に見合った馬鹿力でぐいぐい俺を引っ張ってゆく。まるで今までおとなしく散歩していたのはコーギーだったのかってくらいの引っ張られ具合だ。
「おい、待て! 待て! お願い待って!」
次第にスパイナーにかける声が情けないものになってくる。
仕方ないじゃないか、犬ってのは本来的に人間なんかが勝てる相手じゃないんだ。それが、例えばポメラニアンであっても、だ。
それが、こんな、小柄な女の子なら乗せてしまえるくらいの狼みたいな巨大な犬に、十五~六のガキが勝てるわけがない。
スパイナーは、ズンズンと俺を引っ張って、どんどこ怪しい路地裏に入ってゆく。
ようやく停止したスパイナーが、鼻先を突っ込んで、匂いをクンクンしていたそこに……。
梓がいた。
「梓?」
俺はうろたえひざまずく。
目を閉じた梓そっくりな女の子が、裸で路地裏のゴミ箱に寄りかかり、脚を投げ出して座っていた。
「梓! 梓! 梓! 梓!」
小柄で細身。腰まである艶々としたロングの黒髪。両目尻の泣きボクロまで梓そっくりだ。
頬にそっと触れる。
ぷにッとした、柔らかだが、弾力のある肌。
「し、死体じゃないよな」
両手で頬を挟む。冷たい。体温を感じられない。でも、これが死体だとは思えない。裸で放り出されて、低体温症にでもなっているかもしれない。
「オンッ!」
スパイナーの一声に振り返る。
「そ、そうだ救急車!」
ブルゾンのポケットからスマホを取り出……せない! しまった、忘れて来た。
公衆電話も見当たらない。そもそも。あったところで使い方なんか知らない。
「そ、そうだ、保温しなきゃ」
俺はブルゾンを脱いで、女の子に着せる。
辺りを見回すと、傍に濃い緑色の毛布がきっちりと畳まれた状態で置いてある。
さらに、濃い緑色のロープまで落ちている。
俺は即座にハラを決める。
この子がどこの誰かはわからない。
だけれども、梓とそっくりな顔、同じ場所の泣き黒子。
放っておけるわけがない!
「ほ、鳳翔さんなら、きっと何とかしてくれるに違いない」
連れて帰って鳳翔さんに相談しよう。
なんとも、低男子力で他力本願な思いつきだ。全くもって情けない。
だが、やれることをやって、後は、任せられる人にお願いする。今はこれしかできない。
「とにかく、この子を助けてからだ……」
濃緑色の毛布を広げ、スパイナーの背中にかける。その上に女の子を跨らせて、毛布でくるむ。足が少し出てしまうが、少しの間だけだ我慢してくれ。
「ん? なんだこれ」
毛布の隅に桜のスタンプが押してあるラベルが縫い付けてある。
が、今はそんなことを気にしている場合ではない。
端末をスパイナーと女の子の間に押し込んで、ロープで固定する。
元いた世界で梓にうまいものを食わせてやりたくて、年齢を偽ってやった、運送会社のバイトで培った荷造りの技術がこんなところで役に立つとは……。
「よ、ようし、落ち着け、俺。こ、これは、保護だ。こんな場所に素っ裸で放り出されていた少女を保護したんだ。決して誘拐じゃない」
俺は、スパイナーの引き綱を引く。
狼みたいに大きな犬は、背中の大荷物を苦にした様子も無く、足取りも軽やかに俺につき従う。
そりゃそうか、さっきまで、似たような体型の女の子乗せてたんだもんな。
スパイナーもよく懐いていたという『梓』そっくりの女の子を見つけたのがスパイナーってのも何かの縁だ。
鳳翔さんたちに介抱してもらって、この子が目を覚ましたら……。
話がしたい。
梓とそっくりなこの子の声が聞きたい。
犬の背中で揺られる女の子をに視線を落とす。
その、柔らかな寝顔に、俺はみぞおちの辺りにきゅうっとくすぐったさを感じる。
「梓……」
最愛の妹の名前をつぶやく。
街はもうすっかり宵闇に覆われていた。
20/07/27 誤字脱字報告ありがとうございます。当該部分、ご指摘の如く修正いたしました。




