第3節 高校男子はこだわりを捨て立ち直る
せっかく、蜂宮 耕平という新しい人間になったのだ。藤安みたいな小便臭い女にいつまでもこだわっていてどうする?
脳内でいきなり閃いた考えを、耕平は何度も繰り返した。
34歳で人生の詰んだサラリーマンから、14歳の中学二年生に「生まれ変わる」ことができた。そして、前の人生では行けなかったより良い高校に進学できたのだ。
最初の3年間は成功している、問題ない。耕平は今の人生を肯定する事にした。
そして反省も忘れない。
前もここだった。女だ、前はこういうことから無気力になって行ったのだ。
彼は駅に戻るとすぐにトイレに向かった。そこで彼は眼鏡、帽子、マスクを外して高校生に戻る。
駅のホームで待っている間、耕平はスマホを取り電話をかけた。
「おお、急にすまないな、ちょっと、どっか行かないか?」
耕平は、あの時の自分自身を考え直してみた。女にかまけて、同性の友達を遠ざけていた事に気づく。これといった友人の不在が、あのような事態を招いた一因でもある。
「そうだな、○○にも声かけてみる、えっ女子も?まあ…聞いてみるわ」
――30分後
カラオケ店で四、五人の高校生グループが集まっていた。特にそのうちの一名はとても楽しそうに歌っていた。
――同じ頃
女子高生が二人、部活の練習帰りに寄ったファストフード店で、フライドポテトをほお張っていた。
「で、なんで、蜂宮をカットオフしたわけ?」
背の高い方の女子、平生が、友人の急な心変わりについて尋ねた。
平生 小代美は、最近バレーが楽しくて仕方がない。高1の頃は身長でバレーをやっていたが、それに技術が加わり上達したことで楽しさに目覚めたのだ。その為、彼女はバレーボール以外の事への興味はすっかり無くなっていた。
だから、部活の友人である藤安 仁子が、誰とくっつこうが誰と離れようが、ドーでも良かった。
しかし、一緒に下校するように頼まれて今日で三日目になる。
下校時に蜂宮を近づけさせないように自分を盾にするのはわかるが、万一、男女の痴情のもつれに巻き込まれては堪らない。それに平生の目から見ると、蜂宮はイケメンであり、周囲に気遣いもできる良い男子だ。
蜂宮と藤安を並べると、正直言って藤安の方が劣っている。だから、振られた藤安が、蜂宮を追いかけるのなら状況は簡単に理解できるのだが、状況は逆のようだ。
一見、イイ感じの男子が、裏に回ると彼女にどういう態度を取っているのかは気になるところだ。バレーボール一筋の平生だが、練習が終われば、こういうことへの興味も当然ある。
「ウザいから」
「は?なにそれ」
仁子から帰って来た返事に、平生はガッカリした、なんだよウザいって。大きくよくわかるように溜め息をついた。
「もうちょっと何か面白い話は無いの?」
「面白い、って何よ」
仁子には、平生を楽しませる義務はないのだが、ガッカリされるとガッカリする。
「何てゆうかさ、実は暴力彼氏とか、性癖がひどいとかさ、そう言う話は無いの?」
「無いわよ」
「でも、付き合っていたんでしょ?」
「付き合ってはいないよ」
「仲の良い男友達って言いたいの?」
「そう」
「じゃあ、ウザいってのはどういう意味?わかんない」
仁子は、そろそろ話さなくてはならない頃だとは思っていた。果たして通じるかどうかはわからないが話してみることにした。
「なんてゆーかさ、おっさん臭いのよ」
「おっさん臭い?体臭とか口臭とか?」
「ううん、そういうのはないけど」
「つまり、言動ってこと?」
「そう、二人で遊びにもいったこともあるけど、なんか、30過ぎのおっさんと遊んでいるみたいで、なんか若さがないのよ」
「あんた、30過ぎのおっさんと遊んだことあんの?」
「そこ突っ込むトコ?」
「だって、高校生でも30過ぎのおっさんでも、どっちも男でしょ?男と遊ぶのにそんなに違いあんの?」
平生に言わせれば、高校生とおっさん、どっちと遊んでも男側の目的に大差はない。男は女により近づきたい生き物だ。その距離が1メートルで満足するのか、0センチが目的なのかは、また、別の話になる。
「なんか、同級生の目線じゃないの、いっつも、上から目線でさ」
「そうなの?」
「そう、お前、何年生きてんだよって感じ」
「まあ、そりゃあ、うっとおしいね」
「でしょう、だから、もうバッサリといったわけ、もう何も言わないし話さない」
ようやく、仁子のエンジンがかかってきた。
その後約10分間、仁子は蜂宮がどれだけおっさん臭いかを熱弁した、それで満足したのか、仁子と平生は店を後にした。
夕暮れの大通りを歩く。平生からすれば、ようやく終わった、という気持ちになっていた。
「あ…あれ」
平生は車道を挟んだ反対側の歩道に高校生の男女グループを見つけた。その中には蜂宮もいる。
仁子を見ると、彼女も蜂宮を見つけたようだ。
男子三人の後ろを女子二人が歩いている。男子たちはときどき振り返って、女子に楽しげに話しかけている。車道の反対側を歩く自分たちには気づかないようだ。
「行こ」
ボソッと告げると、仁子は足早に歩き始めた。その速さは平生が付いて行くのに、走らなくてはならないほどだった。