第03節 男子高校生はこだわりを捨て立ち直る
せっかく、蜂宮耕平という新しい人生に乗り換えたのだ。藤安みたいな小便臭い女にいつまでもこだわっていてどうする?
脳内でいきなり閃いた考えを、少年は何度も繰り返した。
自分は34歳で人生の詰んだサラリーマンから、14歳の中学二年生に「生まれ変わる」ことができた。そして、前の人生では行けなかったより良い高校に進学できたのだ。
最初の3年間は成功している、だから問題ない。
少年は今の人生を徹底的に肯定する事にした。
そして反省も忘れない。
前もここだった。
女だ。
前の人生ではこういうところから無気力になって行ったのだ。
少年は駅に戻るとすぐにトイレに向かった。そこでコートを脱ぎ、眼鏡、帽子、マスクを外して高校生に戻る。
駅のホームで待っている間、少年はスマホを取り電話をかけた。
「急にすまないけど、ちょっと、どっか行かないか?」
少年は、あの時の自分自身を考え直してみた。女にかまけて、同性の友達を遠ざけていた事に気づく。これといった同性友人の不在が、あのような事態を招いた一因でもある。
「そうだな、○○にも声かけてみる、えっ女子も?まあ……聞いてみる」
――30分後
カラオケ店で四、五人の高校生グループが集まっていた。特にそのうちの一名はとても楽しそうに歌っていた。
――同じ頃
女子高生が二人、部活の練習帰りに寄ったファストフード店で、フライドポテトをほお張っていた。
「で、なんで、蜂宮くんをカットオフしたわけ?」
背の高い方の女子、平生が、友人の急な心変わりについて尋ねた。
平生小代美は、最近バレーが楽しくて仕方がない。高1の頃は身長でバレーをやっていたが、それに技術が加わり上達したことで楽しさに目覚めたのだ。その為、彼女はバレーボール以外の事への興味はすっかり無くなっていた。
だから、部活の友人である藤安仁子が、誰とくっつこうが、誰と離れようが、実のところどうでもよいことだった。
しかし、一緒に下校するように頼まれて今日で三日目になる。
下校時に蜂宮を近づけさせないように自分を盾にするのはわかる。
だからといって、男女の痴情のもつれに巻き込まれては堪らない。それに平生の目から見ると、蜂宮はイケメンであり、周囲に気遣いもできる良い男子だ。
つまり、平生の目で蜂宮と仁子を比べれば、蜂宮の方が格上である。だから、仁子が蜂宮を追いかけるのなら、状況は簡単に理解できる。けれども、実情は反対のようだ。
好印象の蜂宮が裏で、仁子にどういう態度を取っているのかは、平生としても気になるところだ。平生はバレーボール一筋の女子高生であるが、練習が終われば、こういうことへの興味も少しはある。
「ウザいから」
仁子はたった一言で返した。
「は? なにそれ」
帰って来た返事に平生はガッカリした。
(なんだよウザいって)
平生は仁子によくわからせるように。大きな溜め息をついた。
「あのさあ、もうちょっと面白い話は無いの?」
「面白い、って何よ」
仁子には平生を楽しませる義務などないのだが、平生にガッカリされると、仁子自身もガッカリする。
「何てゆうかさ、実は暴力彼氏とか、性癖がひどいとかさ、そう言う話は無いの?」
「無いよ」
「でも、付き合っていたんでしょ?」
「付き合ってはいないよ」
「仲の良い男友達って言いたいの?」
「そう」
「じゃあ、ウザいってのはどういう意味?わかんない」
仁子は、そろそろ話さなくてはならない頃だとは思っていた。果たして通じるかどうかはわからないが話してみることにする。
「なんてゆーかさ、おっさん臭いの」
「おっさん臭い? 蜂宮くんって体臭とか口臭させてたっけ?」
「ううん、そういうのはないけど」
「つまり、言動ってこと?」
「そう、二人で遊びにもいったこともあるけど、なんか、30過ぎのおっさんと遊んでいるみたいで、なんか若くないわけ」
「あんた、30過ぎのおっさんと遊んだことあんの?」
「そこ突っ込む?」
「だって、高校生でも30過ぎのおっさんでも、どっちも男でしょ?男と遊ぶのにそんなに違いあんの?」
平生に言わせれば、高校生とおっさん、どっちと遊んでも男側の目的に大差はない。男は女により近づきたい生き物だ。その距離が1メートルで満足するのか、0センチが目的なのかは、また、別の話になる。
「なんか、同級生じゃない目線なの。いっつもなんか上から目線でさ」
「そうなの?」
「そう、お前、本当は何歳なんだよって感じ」
「そりゃあ、うっとおしいね」
「でしょう、だから、バッサリと切ったわけ。もう何も話したくない」
ようやく、仁子のエンジンがかかってきた。
その後、約10分間、仁子は蜂宮がどれだけおっさん臭いかを熱弁した。それで満足したのか仁子と平生はファストフード店を後にした。
夕暮れの大通りを歩く平生からすれば、ようやく終わった、という気持ちになっていた。
「あ…あれ…」
平生は車道を挟んだ反対側の歩道に高校生の男女グループを見つけ、中途半端な声を上げた。その中には蜂宮もいる。
仁子も蜂宮を見つけたようだ。
男子三人の後ろを女子二人が歩いている。男子たちはときどき振り返って、女子に楽しげに話しかけている。車道の反対側を歩く自分たちには気づかないようだ。
「行こ」
仁子はボソッと告げると、足早に歩き始めた。その速さは平生が付いて行くのに、走らなくてはならないほどだった。




