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後編

 朝礼前に会長を見つけたので、呼び止めた。持っていた、両手で抱えるぐらいの袋から中の物を出す。

「抱き枕です」

 私の手の中の枕を見て、会長は眉を寄せた。

「可愛くない」

 新種の動物のようなキャラクターの、抱き枕だ。色は薄い水色で可愛いとは言い難い。

「見た目は悪いけど、寝心地はいいですよ」

「試したの?」

「はい」

 会長の言葉に、こくんと頷いて答える。

 だって自分で試さないと分からないじゃないですか。

 プレゼントですよ、と差し出しても会長は「ふーん」と他人事のような反応を返す。

 反応がよくないので受け取らないと思ったが、あっさりと手の中から離れていった。

 これまでに、ハーブティーや安眠グッズを色々試したらしいけど、抱き枕は話に出てこないから持っていないと思ったのだけど。

「会長、家に抱き枕持ってたりしました?」

「いや、持っていないよ」

 よかった。じゃあ、まだ試していないのだろう。

「これで眠れるようになるといいですね」

 家であまり眠れないのか、会長の顔には相変わらず隈がある。

「眠ってほしいの?」

「はい」

「……わかった」

 不満そうに口にした。見た目が気に入らなかったのだろうか。彼の口が固く動く。

「ありがとう」



 お昼休み、いつものように生徒会室に行ったけど誰もいなかった。いつも会長が座ってる椅子に、私がプレゼントした抱き枕があった。動物が座るようにちょこんと乗っている。

 抱き枕……、本当はあまり欲しくなかったのかも。受け取ってくれたけど、嬉しそうじゃなかった。

 あの抱き枕を見つけたときは、自分のことのように感情が高まった。レビューを調べてよかったし、自分で試してみてもすごくよかった。こんなに眠れる枕なら直ぐに試してほしい、って思ったけど……欲しいかどうか聞いてから渡せばよかった。


 大きく溜息を吐く。隣の席に座り、暫く待ってみたけど誰も来ない。連絡先は知らない。同じ学年だけど、お互いの教室を行き来したりはしない。生徒会室で会うだけ。そもそも、以前はあまり会話を交わさなかった。生徒会の仕事で必要なことは話し合ったけれど、雑談は生徒会のメンバーを交えてが多かった。一対一での日常会話なんて、殆どなかったように思う。

 教室に行ってみようか。でも、その間に会長が来たらすれ違いになってしまう。

 結局、生徒会室を動かなかった私は会長に会うことができなかった。





 翌日の放課後は生徒会の会議があった。

「失礼します」

 ドアをノックして入ると、生徒会のメンバーがちらほらと集まっていた。その中の女生徒と目が合う。彼女はにこりと笑って手を振った。

「槙木ちゃん」

 呼ばれて手を振り返し、お互いに歩み寄る。

「槙木ちゃん、会長見なかった?」

「見てないよ」

「そっか。いつもはやく来てるのに、今日はまだ来てないみだいだから」

 ざわりと小さな胸騒ぎがした。

 今日も見ていない。私もお昼に会えなかった。

 お昼休みの仮眠はもうしないのだろうか。別の居場所にしたのだろうか。保健室とか。ベッドが置いてあり寝心地もいいだろう。それとも、眠れていないのかもしれない。無理をして、寝不足のままどこかで倒れて――

「私、探してくる」

 居ても立ってもいられず生徒会室を飛び出す。会議があることは知っていると思うから、学校のどこかにいるはず。授業は終わっている時間だけど、もしかしたら教室にいるかもしれない。いなかったら順番に校舎の中を探すつもりで走った。


 暫くすると廊下にさしかかる。教室に行く途中の廊下だ。数メートル先で女生徒数人と会長がいる。

 走ってきた速度を落として、止まる。

 足音で会長が私に気付いた。

「会長、会議始まりますよ」

 彼の目が僅かに驚いたあと、言った。

「あ、いま行く」

 私はほっと、安堵した。離れていて顔色は分からないけど、思ったより元気そうだ。

 女の子達にひとこと、ふたこと話すと会長は私の方に駆け寄ってきた。

「お待たせ、槙木ちゃん」

 二日ぶりなのに久しぶりに聞いた感じがする。

耳に届く声も、やわらかく微笑む顔も、こんなにも甘く感じただろうか。

「待ってないです」

 くるりと背を向けて来た道を引き返すため、足を進めようとした。

 歩くために動かした手を取られた。手を繋ぐように彼の大きな手に包まれる。

「ほら、はやく行こう」

「え、」



 どうして手を繋ぐのか聞こうと思ったのだけど、聞いてしまったら手が離れてしまう気がした。枕のとき以外で、はじめて触れられた。

 私を急かすように引っ張り、少し後ろから私はついていく。


「ハーブティを淹れてくれたことがあったよね」

 会長が言った。

唐突だったので、自分の記憶から出すのに時間が掛かった。歩くペースが緩められ、私の答えを待っているようだった。


「そんなことも……、ありましたね。結局、効かなかったですけど」

 何度目かのお昼休み。私はハーブティを持ってきたことがあった。

彼が飲んだことのない商品だったらしく試すために受け取ってくれた。そして、眠る前に生徒会室で二人分淹れて一緒に飲んだ。

飲みやすかったと思う。ただ、安眠効果は期待できなかったらしい。

「いまも飲んでるよ」

 顔を上げても私の目には、彼の背中だけが映る。


「協力してくれるだけじゃなく、眠れる方法を一緒に考えてくれて嬉しかった」

 不眠は解消していないけれど、お礼を言われるのは私も嬉しい。

 頬を緩めた私に続けて言葉が落とされる。

「でも、俺は枕がよかった」

 前を向く会長の表情は読み取れない。嬉しそうではなくて、静かに落ちた声だった。


 生徒会室の前で彼が立ち止まり、続いて私も止まる。繋いでた手は、あっさりと離れた。

 温もりが離れて、行き場のない手が彷徨う。


私の方を見ることなく彼の手がドアにかけられる。気付いたときには彼の手を止めていた。

背中を見せられるのが寂しくて、振り向いてほしくて、言葉を探す。

「会長、明日のお昼休みは来ますか?」





 言ってしまってから不安が私の心の中を占めた。

会長から返事を聞く前にドアが開いてしまったから、返事は聞けずじまい。

開いたことで私も思わず手を引っ込めてしまった。だから、来るかどうかは分からない。

けれど、確かに伝わった。彼が私を振り返ったから。


 生徒会室のドアを開けると、会長が座っていた。

 驚いた瞳が私を見つめて零す。

「来ないかと思った」

 それはこっちの台詞です。伝えたけど、また来ないかもしれないと思った。突然来なくなった理由が分からないままだ。

 足を踏み入れる。なにから聞けばいいのだろう。どこまで踏み込んでいいのだろうか。


「槙木ちゃんは優しいから断れないのかと思ったよ」

 私が彼の枕になったことを言っているのだろう。

「嫌だったらちゃんと言います」

 いくら顔色が悪くても、嫌なら途中で断っている。何度も生徒会室に足を運んだりしない。会長から約束してくれたのに、悲しいこと言わないでほしい。

「うん。そうだね……」

 会長の手には抱き枕があった。目を落とし、落ち着かない様子で抱き枕を触る。この間ここで会ったときは、私が腕の中にいた。目の前の光景を見るだけで、胸の中がもやもやとする。

私は必要なくなったのだろうか。だから、会うこともなく距離をとろうとしていたのだろうか。

 話を切り出そうとする会長の暗い顔が、私の心を不安でいっぱいにさせる。


「やめよう」

 唐突に告げられた言葉をすぐには飲み込めなかった。

 動揺して会長を見返せば、彼はもう一度口する。

「やめるよ、槙木ちゃんを枕にすること」

 彼の言葉を理解していくと、じわじわと視界が歪む。彼の明るい声が耳につく。

「代わりが見付かったし。これからは眠れると思うから」


 瞳は涙の膜をつくり、溢れ出ようと押し寄せてくる。

「代わりの女の子でも見つけてきたんですか」

 涙を引っ込めようと自然に言うつもりなのに、語尾が震えた。

 視線が合う。

「え。なんで泣いてるの? え? 女の子って?」

 私が泣いていることに驚いて、彼が早口で聞き返す。

 慌てる彼を見ると幾分か冷静になってくる。鼻を啜りながら問い返した。

「代わりって言いましたよ」

「あぁ、この前もらった抱き枕。寝心地いいし、……これからは大丈夫だから。寝れるように頑張るから」

「代わりって抱き枕なんですか」

「……うん」

「あれ、可愛くないとか言ってませんでしたか」

「可愛くないところが可愛いよ」

 

 小さく溜息を吐き呟く。

「どっちなんですか」

 拗ねたような声になってしまった。会長が笑い、やわらかく空気が揺れる。

「槙木ちゃん、涙止まらないね」

「会長のせいですよ」

「えっ」

 驚いている前で、私は両手を差し出すように広げた。

「抱きしめてください。そしたら、涙も止まりますから」

 困ることは分かっている。それでも、もう一度だけ彼の温かさに包まれたい。

「それは、……」

「会長は私を抱き枕にしました。だから、私が会長を抱き枕にしていいはずです」

「ごめんね」

 もう抱きしめてもらうこともできないのか。

 瞼を伏せ、伸ばしたままの腕を力なく下ろす。


「槙木ちゃん」

 なんですか、と返事をするため反射的に顔を上げる。

 瞳から零れ落ちる涙の粒を受け止めるように、ふわりと顔を掠めた。

 驚いて瞬きをすると、零れ出た涙にキスされた。

 唇が離れる。鼻先が触れ合いそうな距離で、視線が合う。

 照れたように会長がはにかんだ。


 ゆっくりと距離が離れるまで彼を見つめることしかできなかった。ようやく自分の口が動き、空気を吸い込む。

「しょ、処理できないので突発的なことしないでください」

「でも、涙止まったでしょ」

 目元が細められ、いたずらっぽく笑う。

「止まりましたけど、仕返ししないと気がすまないです」

 きっ、っと睨み彼に自分から近付く。

 はじけたように彼の瞳が見開かれた。

「まって、まって、色々と問題が」

「私からは駄目なんですか」

「駄目というか、困るというか」

「はっきりしないですね、泣いてください」

「ある意味泣きそうだけど、泣かないよ」

「泣きそうならいけるばすです」

 じりじりと近付けば、後ろに下がられる。

 距離をとるように手を前に出して会長が叫んだ。

「ほんとに駄目なんだって。好きな子に近づかれて冷静でいれるわけないでしょ!」


 好きな子? なにを言ってるんだこの人は。

「会長からはべたべた触ってくるじゃないですか」

「ごめんなさい」

「昨日も、その前も生徒会室にいないし」

「それは、もう生徒会室で仮眠するのはやめようと思って」

「だったら言ってくださいよ。私ひとりで待って馬鹿みたいじゃないですか」

「……待っててくれたの?」

 ぱちりと開いた瞳が私を覗き込む。期待しているかのような瞳だった。


「まっ、……待ってましたよ!」

 最初に一度きり交わした約束だけど

「私は会長の抱き枕ですから」


 会長が、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「嫌なのかと思った。代わりの抱き枕プレゼントされたし」

「あれは、お家でも眠れるように、と」

「そうなんだ」

「そうですよ」

 納得した様子で会長の顔に笑顔が戻る。

「ごめんね?」

「許しませんよ。お詫びに抱きしめてください」

「それは」

「会長からはいいんですよね。触れたくないですか」

 彼に笑いかける。壁際まで追い詰めてしまったので、これ以上自分から近付く気はない。

 会長は目を見張り、それから泣きそうに顔を歪めた。

 瞳が捕らえられる。両腕が伸ばされて、ぎゅっと強く抱きしめられた。

 肩口に彼の顔が埋められる。

「槙木ちゃんはずるい」

「ずるくて結構です」

「はぁ。離したくなくなるなぁ」

「好きなだけ抱きしめてください。私は会長の抱き枕ですから」

「抱きしめるだけじゃ足りない」

「じゃあ、どうすればいいですか」

「どうしようか?」

 体を少し離される。

「私に聞くんですか」

 彼の瞳に私が映る。

「うん。どうしようかな」

 頬に彼の手が添えられる。

「また涙に触れますか」

 親指が私の頬を撫でる。

「もう泣いてないでしょ」

 鼻先がひっつき、彼が笑う。

 私は夢見心地で瞼を閉じた。

'16.4.13加筆修正

'16.6.20加筆修正

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