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EXAct:桜花2

EXAct:Prologueと同時更新です。

 吹き抜ける爽やかな微風に、サクラの花ビラがはらはら宙を舞う。

 緑の芝生の上に敷かれた色とりどりのシート、色とりどりパラソルの上に白い花ビラが舞い落ちて、綺麗な斑模様を作り上げていた。

 リムウェア侯爵家の庭園に広がるサクラの木々。その下に集まった人たちが笑い合い、酒を酌み交わし、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、そんなサクラの花を愛でている。

 カナデ・リムウェア侯爵主催のお花見会。

 あたしたちの中では毎年恒例になりつつあるこの会が、とある春の昼下がり、晴天の下、今年も賑やかに催されていた。

 このお花見会、最初はユウトたちカナデお嬢さんの親友だけで始められたものだった。それがあたしたちユウトのパーティーメンバーとか、カナデお嬢さんの王都の知り合いとか、他にも貴族さまとか王族とかも参加するようになって、今じゃちょっとしたお祭り騒ぎと化している。

 今年もあたしたちに加えてシリスさまの姪のお姫さまとか、王直騎士のレティシア。参謀部のアリサとかマレーアさんら街の偉い人。それに前侯爵さまとか前国王さまとか、わいわいと大所帯になっていた。

 まぁ、このあたりのメンバーは、毎年参加の常連さんばかりなんだけど。

 でも、あたしはこのお花見会が嫌いじゃなかった。

 ダンスパーティーとか夜会とか、貴族の偉い人達が楽しむような肩肘の張る場所は真っ平ごめんだ。でも、参加している面子に対して、このお花見会には不思議とそういう堅苦しさがなかった。

 気持ちの良い陽気と綺麗な花に包まれて、ただのんびりと穏やかな時間が流れていく。

 お休みの日の昼下がり。

 気心の知れた仲間たちとただ一緒に過ごすだけの時間が、なんでこんなに心地良いんだろう。

 青色の大きなパラソルの下、あたしはリンゴの炭酸割りジュースに口をつけながら、サクラの花の下で思い思いに過ごす仲間たちをぼんやりと眺めていた。

「ん、リコット」

「何よ、これ」

 そんなあたしに、隣の椅子に腰掛けたラウルがおもむろにお皿を差し出して来る。

 香ばしいバターの香りがふんっと漂って来る。

「ユイさんが焼いたクッキーだって。美味しいよ」

「ラウルにしては、気が利くわね」

 あたしはひょいとクッキーを摘んでかじる。

 ふーん。

 確かに美味しい。

「へへ。実はカナデさまに貰ったんだ。リコットと食べてって」

 あたしはギロリとラウルを睨んだ。

 さっき姿が見えないって思ってたら、またあの人の所に行ってたなんて!

「今度はカナデさまもクッキーを焼いてみたいっておっしゃってたんだ。ああ、食べてみたいなぁ」

 クッキーをかじりながら遠くを見るラウル。

 ……何よ。あたしだってクッキーくらい焼けるんだから。

「……ふんっ。だらしない顔しちゃって」

 残ったクッキーを一息にバリバリ口に放り込み、あたしはラウルの視線の先を見た。

 そちらには、広げたシートの上に座るユウト一家がいた。

 加えて、カナデお嬢さんとユイもいる。

 ユイはいつもの僧衣ではなく、ヒラヒラしたブラウスにロングスカートの私服姿だった。

 花ビラを拾いながらふらふらと歩き回るヒビキ君について回り、しゃがみ込んで何事か話しかけている。

 ユイの方が満面の笑みで、その姿は孫と遊ぶおばあちゃんみたいだった。

 一時期教会の聖母さまとして祭り上げられていたユイだったけど、今ではあまり王都や教会本部にもいないみたいだった。そういう華やかな表向きの仕事は辞退して、今は一介の司祭として小さな町村を回っているらしい。

 特に復興活動中の旧ラブレ男爵領を中心に、治癒術で人々を助けているみたいだ。一度、医薬品を空輸した先の村で出会った事があった。

 子供をユイに任せたユウトとシズナは、カナデお嬢さんと何か話し込んでいた。

 口元に手を当てて微笑むお嬢さん。

 こちらもお休みの装いらしく、ふわりと広がった白のワンピースに薄緑のショールを羽織っていた。

 その腕には、白布にくるまった赤ちゃんが大切そうに、しっかりと抱き締められている。

 そう。

 カナデお嬢さんの娘。

 お嬢さんに娘さんが出来た事を、あたしは昨夜初めて知らされた。

 去年のお花見では、まだいなかったカナデお嬢さんの子供。

 生まれたのは、今年に入ってからの事らしい。

 昨夜夕食に招かれた時にはもう眠っていて、顔を見る事はできなかったけど……。

 あの、カナデお嬢さんの娘、か。

 つまりは次期リムウェア『公爵』さま、ということだ。

「リコット。少年」

 ぼうっとカナデお嬢さんたちを見ていたあたしに、不意に声が掛けられる。

 振り向くと、にやりと笑うシリスさまが立っていた。

「娘の顔は見てくれたか?」

 穏やか笑顔。

 それは、最近のユウトも時たま見せる顔だった。まるでパパがあたしを見る時みたいな……。

「僕はさっきご挨拶させていただきました」

 ラウルが立ち上がる。

 こいつ、いつの間に……。

「そうか。ではリコットも」

「あ、あたしは別に……」

「じゃあ、リコットもご挨拶しなくちゃ。可愛いよ」

 ラウルがシリスさまと連れ立って、さっさと歩き出してしまう。

 うっ。

「待ちなさいよ!」

 うう。

 カナデお嬢さんの子供になんて興味はないけど……。

 置いてけぼりもなんか癪なので、ラウルの背中に文句をぶつけながらもあたしは仕方なく立ち上がった。



「カナデ。サクラは?」

「寝てますよ」

 カナデお嬢さんの隣にそっと座るシリスさま。カナデお嬢さんの肩を抱き寄せながら、その胸の中の小さな小さな赤ちゃんを覗き込む。

 あたしもその傍に立って、目だけでそちらを窺った。

 そして。

 はっと息を呑む。

 とくんっと、胸が高鳴った。

 すやすやと眠る丸い顔。まだ薄い銀色の髪に、ぎゅっと握られた小さな小さな手。まるで、触れれば壊れてしまいそうな……。

 これがカナデお嬢さんの赤ちゃん……。

 あたしは、じっとその小さな姿に見入ってしまっていた。

 なんて可愛いんだろう。

 それが、素直な感想だった。

 なんて儚くて、でも生命力に満ち溢れている……。

 あたしは思わず膝を突いて、赤ちゃんに手を差し出していた。

 恐る恐る差し出したあたしの手。

 少し震えたその指が小さな手に触れた瞬間。

 眠っている赤ちゃんが、ぎゅっとあたしの指を掴んでくれた。

 瞬間、体に衝撃が走った。

 意味もなく胸の内から込み上げて来るものがあって、不覚にも視界が涙で滲んでしまう。

 もう随分と経ったはずなのに、あの恐ろしい魔獣との戦いが脳裏を過った。

 ああ、生き残って良かったと思う。

 生き残って、お嬢さんみたいに好きな人と一緒になって、次の世代に命を繋ぐ事って、こんなにも尊いことなんだ……。

「リコット。抱いてみますか?」

 微笑むカナデさま。

 その優しい顔を見て、あたしはまた銀髪の赤ちゃんを見た。

 そっと頷いてみる。

 あたしの胸に、小さくて温かな命がそっとやって来る。

 思ってたよりも、ずっと重い。

 でも……可愛い。

 サクラちゃん、か。

「はは。リコット、上手だね」

 無礼なラウルの発言は、今は許してやろう。

「どうだリコット。俺に似ていて美人だろう?」

 カナデさまと手を繋いだシリスさまが、悪戯っぽくにやりと笑った。

 あたしはじんっとしているのを悟られまいと、こちらも精一杯虚勢を張って、ニヤリと笑い返した。

「そうね。どちらかと言うとパパよりママに似てるんじゃない?女の子ならその方が幸せよ」

 シリスさまがむっと鼻白み、カナデさまがふふっと微笑んだ。



「サクラァ、おねむかなぁ」

 あたしがサクラちゃんの寝顔を見ていると、背後から気色の悪い声が近付いて来た。

 顔だけ振り返ると、とろけんばかりに相好を崩した前侯爵さまが近付いて来るところだった。

 足を悪くされたのか杖を突いていて歩みが遅い。

「サクラちゃん。素敵です。大きくなった暁には、是非私の上司に」

「ひっ!」

 突然隣から声がする。

 振り向くと、あたしの腕の中で眠るサクラちゃんをじっと凝視するアリサがいた。

 ち、近い! いつの間にこんなに接近したんだ?

「気が早いな、アリサ」

 シリスさまが苦笑する。

「秘書官風情が図々しいですね」

 今度は険のある声が頭上から降って来た。

 カナデお嬢さん付きのメイドが、くいっと眼鏡を押し上げてアリサを睨み付けていた。

「このサクラさまは、次期リムウェア公爵さま。王都などには参りません」

「ふんっ。メイド風情が知ったような口を」

 バチバチと視線をぶつからせる2人。

 な、何なのかな……。

「なになに、何の集まり?」

 ナツナがぴょんぴょん跳ねて、その後ろから気だるげにリクがやって来る。

「あ、サクラちゃんだぁ。可愛い!」

「何だ、ラウル。父親になったなら、早く言え。おめでとうリコット」

「「なっ!」」

 リクの言葉にあたしとラウルが絶句する。

 な、な、なにを!

 あ、有り得ないっつーの!

 不快にも周囲から笑い声が沸き起こる。

 レティシアとアリサが、揃って生暖かい視線を送って来る。

 し、心外だっつーの!

「ふ、ふぇ……」

 そのバカ騒ぎのせいで、今まで大人しくしていたサクラちゃんが声を漏らした。

 ま、まずい。

 泣き出したらどうしよう……。

 あたしがパニックに陥りそうになった瞬間、横合いから伸びて来た手がサクラちゃんを抱き上げた。

「おばあちゃんが抱っこしてあげますよ」

 猫なで声を上げる前王妃さまが、サクラちゃんを抱きかかえてあやし始めた。

 あたしは、腕の中から小さな温かみが居なくなった喪失感と、サクラちゃんを抱っこしているという重責から解き放たれた安堵で、ふっと脱力してしまう。

 サクラちゃんを取り上げた前王妃さまと前侯爵のお爺さんは、孫娘を抱くのは自分だと醜い争いを始めだした。その間から付かず離れずサクラちゃんを凝視するアリサ。

 ユウト一家やユイたちは、その様子に声を立てて笑っていた。

「サクラは将来ヒビキのお嫁さんだからな。ヒビキ。仲良くしておくんだぞ」

 そんな大人たちをぽかんと見つめるヒビキ君に、ユウトが声を掛けた。

 また笑い声が起こる。

 しかし、シリスさまだけがギロリとユウトを睨み付けた。

「その様な事、俺が許すと思うのか、ユウト」

「何だ、おっさん。文句あんのか?」

 こちらでも険悪な空気が……。

 やっと虚脱感から脱したあたしは、そんな醜い大人たちをよそ目によいしょっと立ち上がった。

 サクラちゃんサクラちゃんと騒ぐみんなをよそ目に、ふとした疑問をラウルにぶつけてみる。

「でもさ、お嬢さんとシリスさまってユウトたちより先に結婚したじゃない?娘が今生まれたばかりって、何で今頃?」

 ユウトのところはもう2人目だし、順番的におかしくない?

「ねぇ、何でよラウル」

「ぼ、僕が知るわけないじゃないか!」

 ラウルがしどろもどろになって固まってしまう。

 ふん、使えないヤツめ。

「全くですね!」

 そこに、元気良い声と共にショートカットのメイドが割り込んで来た。

「カナデ奥さまは自ら安産祈願の像を旦那さまに送られたのですから、もっと産めや増やせやで侯爵家の未来を安泰にしていただかないと!」

 彼女の大音声が響き渡り、みんなが一斉にこちらを見た。

「ユナ……」

 眼鏡のメイドさんが、あちゃーという風に顔に手を当てる。

「何の事です?」

 カナデお嬢さんだけがぽかんとして、んっと首を傾げていた。

「またまた、とぼけちゃって。お忘れですか?奥さまと旦那さまの部屋の特大猪とうり坊の像。あれは、そういう意味のものですよ」

 へー。

 そんなのがあるんだ……。

 みんな静まる中、カナデお嬢さんがぶるぶる震えだした。

 表と裏がひっくり返ったように、その顔が真っ赤に染まって行く。

「え、え、え? そ、そんな……」

 ふるふると首を振るカナデお母さん。

「し、知らなかったんデス……。えっと、いえ、そんな……。私は、シリスの回復を……。あ、あれは、違うんデス!」

 最初に笑い出したのはユウトだった。続いて堪えきれなくなったという風に、ユイが笑い出した。

 前侯爵さまも前王妃さまもレティシアや金髪の王女さま、リクやナツナも笑い出す。

 あたしもラウルも少し笑った。

 その中で、苦笑を浮かべたシリスさまだけが、少し目を潤ませて肩を落としているカナデお嬢さんに近付く。

 そして、そっとその頭を胸に抱いた。

 ぽんぽんと銀髪を撫でるシリスさまの大きな手。

「リコット。質問の件だが」

 シリスさまがあたしを見た。

 うお、聞いてたのか。

 矛先があたしに向いて、思わずドキリとしてしまう。

「俺とカナデには、俺たちなりの速度がある。カナデが抱えているものに合わせて、その速度に合わせて、俺も歩いて行くと決めたんだ。他とは違っても、それが俺とカナデと、そしてサクラの生きていく道なんだ」

 ニヤリと笑うシリスさまの顔は、何の憂いもない晴れやかなもので……。

「これで答えになっているか?」

 あたしはコクコクと頷く事しか出来なかった。

 ユウトが小さく「シリス……」と呟く。

 ユイが笑顔で頷いている。

 この場に集まったみんなが、穏やかな顔でカナデさま一家を見つめていた。

「シリス」

 その真ん中で、カナデお嬢さんが少し気恥ずかしそうに微笑んでいた。



 そんな中、ぐずり始めたサクラちゃんの声が響く。

 周りがわいわい騒いだのが悪かったのか、さっきまで大人しくしていたサクラちゃんは、火がついたように泣き始めた。

 どんなに前王妃さまがあやしても、前侯爵さまが変な顔をしても、サクラちゃんは泣き止まなかった。

 でも、カナデお嬢さんがそっと抱き上げると、あっという間に泣き止んでしまう。

 やっぱりお母さんなんだ……。

 あたしは、そんな当たり前の事を思ってしまった。

 お母さんって、ホントに凄いんだなと思う。

 初めて出会ったあの時から、このお嬢さんは手強い敵だと思っていた。でも、どうも今のあたしでとうてい敵わないみたいだ。

 カナデお嬢さんがサクラちゃんを寝付かせると、お花見会場はまた賑やかさを取り戻した。

 そして。

 楽しい時間は、あっという間に過ぎて行く。

 芝生に寝転がる者。

 静かに談笑する者。

 杯を交す者。

 花を見上げる者。

 子供と遊ぶ者。

 それぞれがそれぞれにくつろいで、思い思いに過ごすうち、空はだんだんと茜色に染まり始める。

 春先の一日は、まだ日が短い。

 一日が終わって行く。

 また明日になれば、この時間が終われば、みんな、それぞれの場所に帰って行く。

 そして、あたしたちがみんなで会えるのは、また一年後になるのだろう、多分……。

 そう思うと、夕方の空が少し寂しく見えてしまった。

 このあたしとしたことが……。

 みんなもあたしと同じ事を考えているのだろうか。

 それぞれ片付けを始めながら、少し寂しそうな表情を浮かべている者もいた。

「リコットちゃん」

 パラソルの下の椅子に腰掛けて空になったグラスを弄んでいたあたしに、声が掛かる。

 振り向くと、前王妃さまが立っていた。

「そろそろお終いにしましょう。カナデさんたちを呼んで来てちょうだい」

 静かに終わりが告げられる。

 改めて告げられると、やっぱり少し寂しくて……。

 でもそれを悟られないように、あたしは立ち上がった。

「わかったわよ」

 メイドや使用人たちが、お花見会場の片付けを始めている。

 少し冷たくなり始めた風に、しかし変わらずはらはら舞い落ちる花の下、あたしはカナデお嬢さん達を探して歩き始めた。

 そういえば、サクラちゃんを抱っこしたままのカナデお嬢さんの姿を、先ほどから見かけていなかった。

 シリスさまもだ。

 どこへ行ったのやら……。

 迷路の様な生け垣を越えて、サクラの木の列に沿ってあたしは歩いていく。

 不思議と急ぐ気にはなれなくて、足取りはゆっくりだった。

 そしてサクラ並木の最後。

 他の木よりも一際大きな木の下で、あたしはお嬢さんたちの姿を見つけた。

 ふわりとスカートを広げて座るカナデお嬢さん。その腕の中には、元気良く小さな手を動かしているサクラちゃんがいた。

 そんな2人を抱きしめるように、カナデお嬢さんの肩を抱くシリスさま。

 にこやかに笑い合う3人。

 カナデお嬢さんたち家族の場所。

 家族だけの空気が、柔らかに3人を包み込んでいる。

 あたしは、その光景に暫く見とれてしまう。

 ……あたしも、いつか。

 いつかは、あんな温かくて幸せな場所を手にする事が出きるのだろうか。

「リコット。カナデさまたち、いた?」

 背後から不意に声がする。

 あたしはビクリと肩を振るわせた。

 振り返ると、ラウルがいた。

「どうしたんだいリコット。顔が赤いよ?」

「バ、バカラウル!」

 あたしはごしごしと顔を擦る。

 うう。

 サクラちゃんを抱いてから、あたし、変だ!

 あたしはばっとラウルの手を握った。

「行くわよ、ラウル!」

 あたしはラウルの手をぐいぐい引いて、お花見会場に戻り始める。

「えっ。でもカナデさまたちを呼んで来いって言われてて……」

「いいから!」

 ……だって、あんな幸せそうなお嬢さんたちの邪魔、出来るわけないじゃない。

 あたしだって、それぐらいの空気は読めるんだからっ。

「そんなの、片付けが終わってからでいいわよ」

 あたしは握ったラウルの手に、さらに力を込めた。

 温かい手だった。

 ……ラウルの癖に。

「それに、明日はまたローテンボーグまで飛ぶのよ。しっかり準備しなくちゃ」

「わ、わかってるよ」

「その後も仕事があるのよ。あちこちに物運んで」

 それがあたしたちの毎日。

 あたしと、ラウルの。

「しっ、しっかり付いて来なさいよね。ラウルはトロいんだからっ!」

 顔が赤くなるのがわかった。

 あ、あたしは何を言ってるんだろう……。

 ラウルの方は見ず、意外に大きなその手だけを引いて、あたしはずんずん進んでいく。

 あたしにとっては永遠みたいに苦しい沈黙の後。

「わかってるよ、リコット」

 ラウルの呑気な声が6時方向から聞こえて来た。

 もし相手がドラゴン型魔獣なら、撃墜されてしまう位置取りだった。

 ラウルは、しかし熱線攻撃の代わりに、あたしの手をぎゅうっと握り返す。

「なんたって、君の副操縦士は僕だからね」

 ぐっ。

 ぬぬぬぬっ。

 ラ、ラウルの癖に!

 ラウルなんかの癖に!

 あたしは絶対に振り向かない。

 今の顔は、誰にも見せたくなんかないっ!

 今日が終わる。

 楽しかった今日が。

 また明日がやって来る。

 明日の今頃は、多分空の上だ。

 ラウルと一緒に。

 またみんなと会える日を楽しみに、あたしはラウルと一緒に大空を駆けていく。

 たぶん、ずっと。ずっと。ずっと。

 読んでいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
やはり、みんな約束通り桜を一緒に楽しんでいるんですね。賑やかで、まるであの冒険の日々に戻ったかのようです……。みんなが昔と変わらない姿を見て、なんだかほっとしました。時が経っても、彼らの友情は変わらな…
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