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サマー☆ティーチャー  作者: 佐藤こうじ
20/29

アップルパイ★

  挿絵(By みてみん)


D組とJ組は最終セットに入っても一進一退の攻防を繰り返している。


 一旦同点になった後交互に点を取り合い、14対14のジュースになった。

 ここからは、2点続けて得点を奪ったチームの勝利となる。

 

 ここで室井にサーブが回って来た。

 ここまでD組で一番サービスエースを決めてきたのは室井なので、大きなチャンスを迎えたと言える。

 大きな拍手の中、所定の位置に立ち飛んで来たボールを両手で受け取った。

 

『ここだ。ここで決めなきゃ……!』

 心の中でそう呟き、自らを奮い立たせる。

 大きく深呼吸しながら周りを見ると、自分達を取り囲んで応援しているD組の生徒達の姿が目に映る。

 

 声を枯らしながらも大きな声援を送ってくれている男子生徒。

 両手を叩きながら笑顔で応援してくれている女子生徒。


 そして両手を胸の前出で組み、祈る様な表情でじっと自分を見ている高橋麻衣。

 吸い込まれそうになる程の大きな瞳は、込み上げる期待と不安を両方宿している様に見える。


 室井はボールに視線を戻し、軽く地面でバウンドさせた。

 跳ねた砂が、ひゅうっと湿った風にさらわれる。

 試合のヤマ場を迎え、室井の胸をこれまでなかった程の緊張が襲う。

 

『外せない。このサーブだけは絶対に外せないぞ……!』

 しかしそんな思いとは裏腹に、過去の忌まわしい記憶がふっと脳裏をかすめる。

 弱気の虫がざわつき始め、室井の心を掻き乱し始める。


 中学の時、試合でミスを重ね、皆に罵倒された記憶。

 試合の後まで皆からさげすまれ、軽蔑された記憶。


『ダメだ! ダメだ! 何だよ畜生、今更弱気になってどうすんだ……!』

 室井はぎゅっと眼を閉じ、頭を左右に振った。


「おーい、室井」

 ハッとして声のした方を見ると、そこには佐野雄一の輝くような笑顔があった。


「なーに緊張してんだよ。いいから思いっ切り打っちまえ!」

「そうそう。1点取られてもすぐ取り返すから」

 側にいた須山も明るく声を掛ける。


 彼らの言葉で、室井は心の中のもやが、すっと消えて行くような気がした。

 そう、皆で戦っているわけで、何も自分一人でしょい込む必要などないのだ。

 自分には頼れる仲間がいる。

 そんな分かりきった事を、自分は忘れるところだった。


 室井は大きく吸い込んだ息を吐き出し、ボールを高々と宙に上げた。

 強風に煽られ、ボールはふらふらと揺れたが、室井は迷う事無く右手を思い切り叩きつけた。

 ボールは力強く空を裂き、相手コートへと落下する。

 相手は慌てて反応するが間に合わず、脚に当たって後ろへはじけ飛ぶ。

 後ろの人だかりに飛び込んだボールに後衛の選手が必死で飛びつくが間に合わず。


「ようし、やったぜ室井!」

「ナイスサーブ、室井!」

 選手達が手の平で室井の肩や背中を叩く。

 興奮した夏田は、ヒャッホウと叫びコートの中に入り室井に抱き着いたが、またもや審判に注意されて外に出された。

 今度やったら退場ですよと警告され、バツの悪そうな顔をしている。 


 これで15対14でD組がリード。

 いよいよこの長かった試合もマッチポイントを迎えた。

 

 続けて室井のサーブ。

 室井がボールを手にすると、わあっと一段と大きな歓声が響き渡る。

 D組の応援の生徒達は皆肩を抱き合い、室井、室井と合唱する。


 一方追い詰められたJ組の応援も激しさを増す。

「白鳥ーっ! 何とかしてくれーっ!」

「頼むぞ白鳥ーっ!」


 白鳥はぎゅっと拳を握り締め、末広の顔をちらりと横目で見た。

 口に両手をメガホンの様に当て、声を送っている。

 さっきまでと比べると、彼女の声がかすれて聞こえる。

『負けられねえ、絶対……!』

 奥歯を強く噛み締め、室井を睨み付ける。

『佐野といい、あの室井とかいう奴といい、何なんだこのクラスは……!』

 

「室井、あと一本!」

 佐野が人差し指を立て、室井に声を掛ける。

 室井は少し口角を上げ、軽く頷いた。

 そんな室井の表情を見て、これなら大丈夫と判断し、佐野は正面に向き直った。


 風は室井の方に向かって吹いている。

『良い風だ。上手い事落ちてくれよ……』

 そう念じつつ室井はジャンプし、落ちて来るボールを力強く打ち抜いた。

 

 やや高めの軌道ではあったが、それは室井の計算通りのコースだった。

 相手は完全にアウトだと判断して見送ったが、ボールは急激に落下し、エンドラインぎりぎりに落ちる。


『しまった、強すぎたか……!』

 

 室井の心臓がドクンと大きく鳴る。


 地面で跳ねたボールは後方へと抜け、皆の視線が線審に集まる。

 

 一瞬間を開け、『イン』のサイン。

 

 主審の笛が鳴り、夏田やD組の応援の生徒達は、大声を上げてコートの中になだれ込んだ。

 

 セットカウント3対2でD組の勝利。


 激しい試合の決着を決めたのは、やはり室井のサーブだった。

 室井は皆に囲まれ、頭や肩や背中をビシバシ叩かれ、手荒い祝福を受けている。

「やったな、室井!」

「室井MVP!」

 室井は恥ずかしげな笑みを浮かべながら、

「そんな事ないよ。須山や佐野や皆がいたから勝てただけさ」


 その時、少し距離を置いて自分を見ている高橋麻衣の姿が室井の目に飛び込んだ。


 お祭り騒ぎの他の生徒達からは少し距離を開け、室井の方をじっと見つめている。


 さっき見た時の少し不安げな表情ではなく、優しい笑みを浮かべている。

 室井は声を掛けようとしたが、皆に取り囲まれているので、それは出来なかった。

 

 一方敗れた白鳥。

 その場にへたり込んで、眼に涙を浮かべている。

 末広法子が肩に手を置き、

「ほら、ユキポン、そんなに落ち込まないで。負けちゃったけど、よく頑張ったわよ」

「ノンノン……」

 白鳥は、潤んだ眼で末広を見上げた。

「……グスッ……」

「泣かないの、ユキポン。男の子でしょ」

「……うん……」

 ジャージの袖で眼をぬぐう。

「あっ、それから、負けちゃったけど、よく頑張ったから、いい物あげるね!」

「……えっ?」

 途端に白鳥の顔が輝きを増す。

「い……いいの? 負けたのに、いい物くれるの?」

「ア・ゲ・ル!」


 白鳥はすっと立ち上がり、

「ほ、本当に……!? いいの、ノンノン!?」

 末広はにっこり微笑み、大きく頷いた。

「えっ、い、いつ……早速今夜……」

「今、あげるわよ!」

「い、今ここで……? け、結構大胆なんだね、ノンノン。まあ俺はいいけど……あ、でも避妊とかちゃんとしないといけないよね。今何も持ってないし……」


「え……何言ってるの、ユキポン」 

 

 末広は側に置いてあった大きなバスケットを持ち上げ、それを白鳥の眼の前で開いて見せた。   


「はい、ユキポンの一番の大好物、アップルパイよ!」


「エエッ……!?」


 バスケットの中にはたくさんの手作りのアップルパイが入っている。

 白鳥は目が点になった。

「い……いい物って……」

「これの事よ。何だと思ったの?」

「えっ、い、いやあ……」

 白鳥は頭を掻き、顔を赤らめつつ複雑な表情をしている。


「さあ、あっち行って一緒に食べましょ!」

 白鳥は末広に手を引っ張られ、コートから立ち去った。


 そのやり取りを見ていた夏田は、

「うーん、やっぱりそういうオチだったか……」

 そう言って二度三度頷いた。

 

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