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妹の補佐として望まれましたが、帝国では正妃として愛されるそうです  作者: おくら
序章

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王子に愛想を尽かされたようです

 結局のところ、私は家族から期待されていたわけではなかったのだ。


 幼いころから厳しくしつけられてきた。国母であるべくあらゆる教育をされてきたし、甘えは許されなかった。兄のように父と領地の視察へ行くこともなく、妹のように天真爛漫に育つことも、毎日のようにお茶会に出席することも許されなかった。なぜ、と思うこともなく私にとってはそれは当たり前で、私の責務で、私にしかできないことで、父も母も家族も私に期待してくれている。もちろん婚約者である第一王子のルイ様もまた、私の頑張りを認めてくれている。そう思っていたのに。


 それが私の、エレノア・ランカスターのあるべき姿だと思っていた。


 それなのに、よ。



 珍しく父から呼び出されたと思えば、「ルイ様の婚約者を妹のシャーロットへ、とのお達しがあった。」だと? 父の横には、少し誇らしげな笑みを浮かべた妹のシャーロットと母。


「あの、お父様。もう一度よろしくて? 今、なんと」


 父が気まずそうな顔で言葉を発する前に、シャーロットの軽やかな美しい声が響く。


「おねえさま、わたくしが悪いの。ルー…ルイさまはわたくしのことを不憫に思って言ってくださっただけなのよ。」

「…私はお父様に申し上げたのだけれど。シャーロット。人の会話に口出すのは淑女としていかがなものかしら。」

 思わずじろりとシャーロットを睨んでしまう。うっかり愛称を呼ぶ仲なのか。


「お前がそんなだから、ルイ様に愛想を尽かされるのよ。」

 シャーロットの甘い声とは対照的に、厳しく凛とした母の声で諭される。

「愛想を…尽かされる、ですか」

「んん…まあ、落ち着きなさい。そもそもこの縁談は、我がランカスター家と王家との縁談。長女であろうが次女であろうがさほど問題はない。」

 問題がないわけないだろうに。これから一からシャーロットの王妃教育を組まなくてはならない。例え婚約が成立したとしても、ゼロからのスタートと、十年教育に身を費やした私とでは大きな差があるはずだ。

「お言葉ですが、私は王妃教育を終えた身。どちらでもかまわないと仰るのでしたら、予定通り、王妃教育を終えた私を婚約者に据えるのが最適なのでは? シャーロットは数学ですら家庭教師が匙を投げたと伺っておりましてよ。」

「ひ、ひどいわおねえさま!わたくしだって頑張ってましてよ!」

「エレノア、妹に対してその意地の悪さは何なの。王妃教育など、これからでも間に合います。シャーロットは地頭も悪くありませんし、何より愛嬌があります。国母であるならば、国の皆に愛される器量も必要なのです。」

 これが今まで子供の私にも容赦のない厳しさで王城での王妃教育に送り出してきた母のいう事だろうか。愛嬌とは。私にはそんなもの不要と言わんばかりに教育を詰め込んできたというのに。母は昔から、私とシャーロットへの態度に差がある。自分に似た美しさを持つシャーロットがかわいいのだろう。そんなシャーロットが王子のお目にかかったとなれば、妹の肩を持つのは至極当然な流れだ。


「…それは王家からの勅命という事でよろしいですか。」

「うむ。間違いない。ルイ様よりお申し出があったとのことだ。すまんが、了承してくれるな。」

「承知、いたしました。」


 そもそも私たちの婚約は政略なのだから、元々私たちの間に恋愛感情は存在しない。幼いころから決められた相手で、共に国のために身を尽くす相棒としての愛情ならある。それでも、彼は私より妹のシャーロットを選んだのだろうか。


「おねえさま、本当にごめんなさいね。」


 ほんのりクスリと笑ったような見えたのは、気のせいなのだろう。



 *******




 それが、つい三日前の事だった。



 エスメラルダ国は、大陸を収める帝国に属する小国だ。属国でありながら、帝国の人道的な統治により、この国の王族はある程度の裁量をもって国の運営を任されている。小国でありながら資源は豊富で、帝国の力がなければ他の国との争いに巻き込まれていたことだろう。

 そんな国で、「王妃」というものは重要な立場であるのに、それを一番よく知っているはずの第一王子が妹のシャーロットを選んだ。

 確かに元々この家と王家との縁談であるのは分かっている。けれど、私は王妃になるために我慢を強いられてきた。それはもう取り戻すことのできない時間だ。おかげ様でこういうときに話を聞いてくれる友人の令嬢も居なければ、没頭できる趣味もない。今の私はまるで抜け殻だ。


 あまりよくない目覚めのなか、もう一度ベッドにもぐりこんでしまいたい衝動を抑えて侍女の持ってきた水で顔をゆすぐ。


「エレノア様、本日第一王子がお会いしたいとのことで早速ですが準備をさせていただきますね。」

「…ルイ様が?私に何の用なの?」

「今回の件でいろいろとお話があるようで…。」

 侍女もあまり詳しく聞いていないのだろう、気まずそうである。


「…しかたが、ないわ。もう私は婚約者でないのだから、ドレスの色はルイ様の色以外にしてちょうだい。そうね、濃いグリーンのドレスがあったはずよ。」

「かしこまりました。ご用意いたします。」


 今までルイ様に会う時は必ず、彼の色をどこかに取り入れていた。彼が気づいていたかはわからないけれど。華やかなブロンドヘアをイメージしたゴールド、瞳のサックスブルー。私の好みとは違うけれど、私の持っているドレスや宝石はほとんどこの色だ。婚約者の務めだと思っていた。



 

 深緑のドレスを身にまとって鏡に映る私は、お世辞にも華やかなゴールドやサックスブルーが似合うとは言えない。先祖返り、と言われた黒髪。父も母も美しいブロンドヘアな上、兄と妹は透き通ったプラチナブロンド。私だけが暗い漆黒で、幼いながら「私はこの家の本当の娘ではないのだ」と思っていた。しかしながらこの黒髪は曾祖母と同じなのだとか。代々我が家ではたまに黒髪の娘が生まれるのだそうだ。瞳の色は母譲りの明るいグリーン。ルイ様はいつも、私の色としてグリーンしか身に着けて貰えなかった。私の黒色は、あまり歓迎されていなかったように思う。


「髪は結わなくて大丈夫よ。ジュエリーもいらないわ。そもそも、ブルー以外の色を持っていないしね。」

「…エレノア様…。かしこまりました。」



 *******  



「お待たせして申し訳ありません。殿下。」


 応接室に入ると、案の定妹のシャーロットも座っている。


 ルイ様の、隣に。


「いや、大丈夫だ。急にすまないね。…今日は何やら雰囲気が違う気がする。」

「私も、少しお話ししたいと思っていましたので。シャーロット、いくらあなたが婚約者になると言っても、まだ発表前なのだから。腕を組むのははしたないのではなくて?」

 ちらりとルイ様の横のシャーロットを見つめると、得意そうな笑みで返される。

「あら、おねえさま。ごめんなさいね。」

「それで、要件は何ですの。婚約破棄の、お話かしら。」

 サックスブルーの瞳が揺れる。

「そのこと、なんだが。恥ずかしい話、母から窘められてね。君は王妃教育を頑張って終えてくれていたし…。」

「そもそも、なぜシャーロットに? 私、寝耳に水でしてよ。」

 父から呼び出される一日前、確かに私は彼とお茶をしていて、今年の作物の状態なども話していたはずだ。

「そう、だな。実は毎回君とお茶をする時、シャーロットともお茶をしていてね。その…なんというか…。」

 それも寝耳に水ですが。

「おねえさまといると、ルイ様は気が休まらないんですって。」

「シャーロット、それは…。」

「…なんとなく、話が見えてきたわ。つまり、私とお茶をする日は、シャーロットも殿下とお茶をしていたのね。それで、その、シャーロットと仲を深められていた、と。そういう、ことよね。」

「いや、ちが…違わないか。そう、なんだ。君とのお茶はいつも、僕が王となる前提の話ばかりで、国の税収や政策、農作物の話なんか、そういうものばかりで…シャーロットとたまたまお茶をしたとき、流行のドレスやお菓子の話とか、そういう年相応の話をしてくれて…心が、休まったんだ。申し訳ない、そこに、惹かれてしまった。」

「ルイ様はわたくしに難しいことは学ばなくて大丈夫と言ってくださったわ。おねえさまみたいに、勉強漬けにしてしまってはわたくしの良さは失われてしまうと。おねえさま、かわいそうね。」

 フフ、と笑いがもれてしまっているわ、シャーロット。この性根の悪さに、殿下はお気づきにならなかったのだろうか。

「…あなた方の気持ちはわかりました。別に私も婚約破棄に異議申し立てするつもりはございません。元より、私たちの婚約は政略ですし…。ただ、妹は本当に勉学が苦手です。王妃とするならば早急に王妃教育をされることをおすすめしますわ。シャーロット、あなたも殿下に甘えてはいけないわ。本当に殿下と婚約するのであれば、最低限の教育は必要よ。」

  「そのことなんだが…エレノア、――――」





 気が付けば、私室のベッドで仰向けに寝ころんでいた。いつもの天井、いつもの私の部屋。まるで夢を見ていたみたい。だけど、確かに言われたことは覚えている。


「君が 側室として彼女を支えてくれないか。」


 つまりこういうことだ。シャーロットは女性として魅力的で、正妃として迎えたい。しかし現王妃様からのストップがかかった。シャーロットでは王妃の器足りえない。ならば、すでに王妃教育を終えた姉がいるではないか。側室として迎え、王妃としての実務を陰ながら支えてもらえばよい。私を実務要因として迎えることができれば、シャーロットを正妃として迎えてもよい、そう言われたのだろう。


「…失礼ですが、その件はまたお返事させていただきます。私、少し体調がすぐれなくて。」

「そうか、すまない。考えてみてくれ。いい返事を待ってるよ。」

「ルー様、よければお茶の用意をしてますので、庭でお茶でもいかが?婚約発表のドレスについて相談したいの。」

 私の震える声にも気づかず、二人は腕を組んで部屋を出た。

 そこから、どうやって自分の部屋に戻ったのか、覚えていない。



  


「何のために頑張ってきたのか、わからないわ。」


 私は、妹を支えるために王妃教育を頑張ってきたわけではない。間違えれば手をムチで叩かれたし、美しいカーテシーができるまで何度も何度もさせられた。歩き方、所作、すべて「王妃たるものこうあるべき」と言われ、飲み込まされてきた。

 王妃様からも何度も「あなたがルイを支えるのよ」と呪文のように唱えられた。

 そんな私から、「王妃」という立場を無くしてしまうならば。

 私は、何。


「エレノア様、失礼いたします。」

 控え目なノックの後、侍女が入ってくる。

「なに、」

「そのままでは、目元が張れてしまいますわ。冷たいお水を持ってきましたので、目元を冷やさせてください。」

「…ありがとう。」


 侍女のセレナは私とそう年が変わらない。子供の頃から一緒に育ってきて、彼女もまた、未来の王妃の侍女として、厳しく教育されていたように思う。


「少し、ひんやりしますよ。」


 目元にあてられた冷たい布が、ひんやりと火照った瞼と頭を冷やす。これからどうするか、考えなければ。


「エレノア様、私が口を出せる事ではありませんが、私はエレノア様がこれまで頑張ってこられたのをずっと見てきました。このまま、第一王子の仰るようになさるおつもりですか…?」

 セレナの声は澄んでいて、聞き心地が良い。彼女にも思うところがあるのだろう。

「まだ、わからないわ。王妃になるためにずっと生きてきて、それ以外考えたことがないもの。これを断ったとしても、この家にとって有益な次の縁談が待ってるわ。私がどうしたいとか、そんなこと言える立場じゃないもの…。」

「…エレノア様、失礼なことを申し上げてもよろしいでしょうか。」

「どうしたの、珍しいわね。…今日だけ許すわ。」

「私は、ずっとエレノア様の努力を傍で見てきて、正直なところエレノア様がこれ以上あの方たちのために頑張る必要はないと感じています。私はエレノア様の侍女です。エレノア様の幸せを一番に望んでいます!」

 今までにないセレナの感情の乱れた声にハッとする。彼女は目に涙をためて、私を見据えている。

「セレナ…。お父様たちに聞かれたら、あなたの立場がないわ…。あなたの気持ちはとてもありがたいけれど…そう言ってくれるだけで、私の今までの努力は報われる。ありがとう。」

「エレノア様…。」


 でも確かに、これ以上の辱めを受けるいわれはない。そもそも我が家から二人も王家に嫁げば、国内の貴族の力関係も大きく変わってしまう。それを理由にすれば、私が側妃に収まることはないはず…。


「おそらく、この話はいずれ流れるわ。同じ家から王家へ嫁ぐなんて、まともに考えたらあり得ないもの。セレナ、紅茶をいれてくれる?本を読むわ。」

「かしこまりました。お持ちします。」

 できるだけいつも通りにふるまうと、セレナは困ったような笑みを浮かべるのだった。

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