お茶会 4
テーブルには美味しそうなケーキや焼き菓子が用意されている。それをメイドが綺麗に取り分ける。ナッツ類やドライフルーツの入ったどっしりとした物からクリームの乗ったふわふわなシフォンケーキまで様々な種類があり、リディアは何から食べようかと目移りしてしまう。
「今日は初めて参加したリディアさんのお話を聞きたいと思いますが、みなさんどうですか?」
お皿のケーキに気を取られていたリディアはアネットの言葉に動揺する。今日はみんなの話を聞くだけだと思っていた。
「それが良いんじゃないか」
「あの、私、聞きたいことがありますっ」
「え、なんでしょう?」
挨拶の時しか話さなかったセシリアが積極的に話しかけてきて、なんだか嫌な予感がする。
「辺境伯様ってどんな人ですか?」
「……フリッツですか?」
「お名前を呼び捨てにしているんですね! 辺境伯様って容姿端麗なのに強くて、しかもすでに伯爵家を継いでいるじゃないですか。それなのに今まで色んな方が婚約を申し込んだのに誰とも婚約しなかったんですよ。だから色々噂されていたんですけど、急に婚約したからみんな驚いているんです!」
身を乗り出しそうな勢いで話し始めたセシリアにリディアは圧倒される。他の三人に視線で助けを求めるが逸らされてしまった。多分こうなったら誰も止められないのだろう。諦めて話を聞くことにする。
「えっと、その色々な噂とは一体どんなことですか?」
とりあえず気になったことを質問してみる。
「それはですね! 女性には一切興味がないとか、男性を好きなのだとか。冷酷で無慈悲すぎて友だちすらいないとか、偏屈すぎる人物だとか、一人の女性をずっと想い続けているだとか、自分以外愛せない人だとか! あとは――」
まだまだ出てくる噂に驚きを通り越して呆れてしまう。噂のほとんどは出鱈目な言い掛かりとも言えるようなものだった。ここはきちんと訂正しておいた方が良いだろう。
「フリッツは、とても優しくて頼れる人ですよ」
騙して婚約したにも関わらず、リディアを無下にすることはない。さらには体調を心配したり、礼儀作法を習いたいと言うリディアのお願いも聞いてくれた。
「そうなのですか? 婚約者のリディアちゃんが言うならそうなのね。やはり噂は噂でしかないのかぁ。私は冷徹な辺境伯様の心をリディアちゃが愛の力で優しく包み込んだおかげで、辺境伯様に人の心が目覚めたのかと思ってたのに……」
セシリアはなぜだか少し残念そうにしている。
「リディアさん、ごめんなさいね。セシリアは恋愛事になると夢を見過ぎるの」
「いえ、大丈夫です。アネットさんが謝る必要はないです。それに恋愛に夢見る気持ちも分かりますし――」
「本当!? リディアちゃんも恋愛に夢見るタイプ!?」
「セシリア嬢、あまり強引にするなよ」
「してないよ! だって私以外みんな、恋愛には興味ないからつまらないんだもん」
「そうなのですか?」
人と恋愛の話をしたことがなかったため思わず興味を惹かれて聞いてしまう。
「そうなの! アネットは結婚するのは家との繋がりだって言うし、テッサは人柄に問題なければ誰でも良いとか言ってるし、エレノアも家を継ぐために必要だから結婚相手を探してるんだって。私はもっと恋焦がれるような恋愛をして結婚したいの。リディアちゃんもそうでしょ!?」
「私はそこまでは……」
「そんなぁ。せっかく仲間を見つけたと思ったのにぃ……」
セシリアはがっくりと項垂れてしまう。惹かれ合うような恋に憧れはあるが、自分自身がそういう恋愛を出来るとは思っていない。引きこもりのリディアには縁遠い話だと思っている。
それよりもリディアは気になることがある。
「エレノアは恋愛をする気はないの?」
伯爵家の令嬢で次女であるエレノアは、家に縛られることなく自由に恋愛をすることが出来るはずだ。けれど、先ほどセシリアから聞いた話では真逆だった。
「ええ。お姉様には言ってませんでしたが、私は家を継ごうと思ってるの」
「そうなの!?」
初めて聞く話に驚く。
「私が他の家に嫁いだらウィレムス家はなくなってしまうでしょ」
「エレノアは家族想いなのよね」
アネットの指摘されエレノアは頬が少し赤くなる。
「そんなんじゃないわ。思い出のある家がなくなるのが嫌なだけ。これは私のためなの」
「でも家のことに口出すのを嫌う男性って多いだろ」
「そうなの! だからなかなか良い人が見つからなくて――」
エレノアの話にリディアは恥ずかしくて何も言えなくなる。長年引きこもっていた自分とは違い、エレノアはずっと家のことを考えていたのだ。それなのに、リディアはエレノアが好きで社交界に出ているのだと思っていた。
「あ、私は好きで家を継ぎたいだけなので、お姉様は気にしないで嫁ぎ先で幸せになってくださいね。辺境伯様との繋がりも大切ですから」
リディアの考えを察したかのように釘を刺される。しかし、気にするなと言われて気にならないわけがない。リディアは今まで家族に甘えてしまっていたことを反省する。そして、ずっと気になっていたことを思わず聞いてしまう。
「……エレノアはフリッツのことをどう思う?」
フリッツは辺境伯領の当主だ。婚約するためには家を出なければいけなくなる。
「辺境伯様ですか? 私はお会いしたことはないので分かりませんが、お姉様を見ていると素晴らしい方なのは伝わります。それに辺境伯様のおかげでこうしてお姉様とお茶会を出来ているのですから、少なくとも感謝はしています」
「そうじゃなくて、結婚相手としてよ」
「結婚相手として? お姉様の結婚相手として、ということなら大歓迎ですし、良い相手だと思うわ」
「……違うの、もしエレノアの相手だったらどう思う?」
「私? 私は辺境伯様には興味ありません。あ、もちろん辺境伯様に問題があるわけではないですよ! 嫡男だとウィレムス家を継げないから、ということ。それよりなぜそんなことを聞くの?」
なぜだろう。リディア自身も分からない。ただ凄く気になってしまったからとしか言いようがない。
「もしかしてお姉様……。辺境伯様のところでやっていけるか不安になっているの?」
「いえ、そうじゃないわ! ちょっと気になっただけ」
「セシリア嬢が変な噂を言ったせいじゃないか」
「私!? ごめんなさい。そんなつもりはなかったの」
「もし、お姉様に何かあれば私に言ってくださいね! きちんと報復して差しあげますから!」
「ふふふ。エレノアは頼もしいですね」
なんだか思わぬ展開になってしまった。しかし、エレノアがフリッツのことを何とも思っていないことを知り安心する。フリッツには申し訳ないが、なんとなくエレノアと結婚するところを見たくないと思ってしまった。