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恋せよ文学乙女  作者: ほか
第3話 恋に悲劇はお呼びじゃないわ!
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⑤ 契約な婚約

かみやんの婚約の真相とは……?

 ちょうど去年の秋口だった。

 塾の授業が終わった深夜、オレは事務室で、泉先生と挨拶したんだ。隣のデスクの泉先生はいつものように、生徒の話をしてきた。

「露木さん、今回も国語満点でしたけど、社会も相変わらずですか」

 軽く手を振って、オレも答える。

「もう、バッチリっすよ。ほんと、頑張ってます」

「そう……」

 みたいな、他愛ない話をして、それきり、黙り込んで。

 明るい泉先生が、なんかいつもと違うなって気がしたんだ。

 同僚として、多少は気になる。

「なんか今日、元気ないですね」

「えっ。そうですか」

 握りしめたコーヒーカップを弄ぶのも気になる。

「たいしたことじゃないんですよ」

 これ以上は、訊かないでおこうかと思ったんだけど、泉先生は周りを伺ったあとに、意外とあっさり、言ったんだ。

「実は……両親に、結婚を強要されていて」

「一大事じゃないすか」

 知っての通り、泉先生は来生(きすぎ)家っていう名家のご令嬢だ。

 生まれた家に見合った、金持ちのところに嫁いでほしいと言われてるのは察しがついた。

 本の中みたいだって?

 いや、そういうことって、案外普通に身近にあったりすんだな。

「でもわかるなぁ。オレも覚えありますよ。家のために結婚とか、未だ言うやつがいるのには驚きますって」

「ほんとですわ」

 深く頷くと、泉先生は、ささっと、近くに身を寄せてきたんだ。

 これはあまりに近すぎじゃないかって思ったんだけど、次に先生が言ったことを想えばそれも無理からぬ話だった。

「それで、つい、今お付き合いしている方がいると、嘘をついてしまったんです」

 あの優しい泉先生が嘘をつくなんて、意外か? せいら。

 オレもそう思った。けど、それだけ思い詰める気持ちもわかったんだな。

「なかなかやりますね。泉先生も」

 ところが、この嘘からすべてが始まったんだ。

「それだけじゃないんです」

 今度は離れて距離を取ると、デスクを見つめながら、泉先生は。

「その人のことを詳しく教えろと、両親がうるさいので、つい……同じ職場の神谷先生だって、話してしまったんです」

 こうやって、爆弾を落としたわけだ。

「ほんとうにごめんなさい。悪いですよね。こんなこと。神谷先生の恋人の方にだって」

 そりゃ相当驚いたけど。

 同じような過去の経験もあったし、そう話す泉先生の痛ましさに、オレはつい、言ったんだ。

「……ま、いいですよ。別に」

 ぱっと、泉先生は顔をあげた。

「幸いなことに、今オレを恋人にしたいっていう奇特な人は現れてませんし」 

 泉先生は胸に両手をあてた。

「あぁ、よかった」

 ほっとしすぎたってのが目に見えてわかる。

 その証拠とばかりに、泉先生はなめらかに喋り出したんだ。

「実は少しだけ、神谷先生なら許してくれるかもと期待していたんです。だって先生、普通の方より頓着ないところがおありだから、ちょうどいいやって」

 さらっと失礼なことを言う。

「とりあえずは塾の先生で、大手の映画会社のご子息とあれば、ほかはどうあれ会わなければわからないわけだし。当面はしのげるでしょう」

「……泉先生、ひょっとして、舌に相当毒成分持ってますか。仮にも婚約者って紹介した相手を、ひどいディスりようっすね」

 そう言っても、悪びれもしないんだ。

「あらいけない。わたし、こう見えて思ったことをズバズバと言ってしまう癖があるんです。普段は気を付けてるんですが、神谷先生が許してくださったのに安心してつい」

「はぁ」

「では」

 泉先生は手をパチッと合わせて、笑顔で矢継ぎ早にまくしたてる。 

「迷惑ついでにこの先、うちの両親にはそういうことにしておいてもいいかしら」

「……え」

「もちろんこれは、神谷先生に、特定の方ができるまでのお話です。お見受けしたところ、当面見込みもおありでなさそうだし、よろしいかしら」

「あの」

「神谷先生に恋人ができたときは、すぐに契約破棄です。それはもう、いつでもおっしゃってね。万が一そんなことがありましたら」

 ……いちいち気になるな。

 そう思いつつも、オレは結局、泉先生の申し出を受け入れた。

 「とまぁ、勢いに押されて、オレは偽の婚約をしたんだ」

 あたしはあんぐりと口を空けてしまったわ。

 だって。

 かみやんと泉先生の関係、想像してたのと、だいぶ違う……。

 それはまるで、『ロミオとジュリエット』と表紙の書かれた本に、漫才の脚本が書かれているのを読むがごとしだわ。

 でも。

 授業中はいつも優しくておっとりした泉先生が毒舌だったなんてびっくり。

 ぴぴっとなにかの予感がする。

 それって泉先生はかみやんには、ありのままの自分を見せられるってこと。

 泉先生、ほんとうに彼に恋心のひとかけらも持たずに嘘の契約を持ち出したのかしら……?

 あやしいわ……。

「最初は、泉先生のご両親につく嘘ってだけで終わるはずだったが、甘かった。噂があっという間に広まって、今じゃ知っての通り塾の連中のあいだでも、結婚秒読みってことになってるし、最悪なのは、この情報をどっからか仕入れて来たオレの親までも大喜びしてるってことだ。とりわけうちの親父は昔から家業を継げってうるさかったからな。来生家のお嬢さんと結婚すれば、金を稼ぐためにオレが大人しく家を継ぐと思ってる」

 なるほどね。

 泉先生のほんとの気持ちは『?』だけど、とにかく表向きは、かみやんと泉先生の婚約話は、身を守るためについた嘘がどんどん大きくなった結果だったのね。

 かみやんはおどけて言った。

「わかったか。周りに嘘をつくような、こういう大人になっちゃいかんぞ。しまいにはその嘘をどうしていいかわかんなくなって、自分の首をしめるからな」

 違う……。

「違うわ」

 わたしはベッドから身体を起こしてかみやんを見つめた。

「泉先生の言ってたこと。かみやんがほかの人より頓着なくて、どっかちゃらんぽらんで、へらへらしてるっていうのはあたしも認めるわ」

「ちょい、そこまでは言われてねーぞ」

「でもかみやんが、偽の婚約したのは、泉先生を助けたかったからじゃない」

 わたしに優しいのも、泉先生に優しいのも。

 塾のクラスのみんなへの優しさと少しも変わらない。

 言ってて、寂しくなる。

「でもかみやんが困ったとき、誰か助けてくれる人はいるの? この人にだったら助けてもらいたいっていう、そういう人が」

 すごく、心配になってくる。

 かみやんはふと優しく笑った。

「ほんと、せいらと喋ってると、生徒と話してる気がしねーな」

 そして答えた。

「いるよ」

 短い言葉が耳に深く、響く。

「でも、昔に行方がわからなくなって、もう会えないんだ。だから、心の中でその人に訊くんだよ。どうしたらいいかなって」

「そう……」

 へんなの。

 かみやんに助けを求める人がいるって知ったのにやっぱり落ち着かない。

 わざわざするの。

 わたしは胸に手を当てて考えた。

 なにを言われても落ち着かないこの気持ち……なに?

 答えはでなかった。


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