③ せいらちゃんの大人の選択 ~夢未の語り~
場面は変わり、星崎さんと休日を過ごす夢未。
デートへでかけた親友せいらの健闘を祈りますが……。
小公女セーラは、お金持ちのお嬢様だったけど、お父さんが死んでしまって、貧乏になってしまってから、学校のミンチン先生に、屋根裏部屋に閉じ込められるの。
『わたしはもうプリンセスじゃないの』
このシーン、何度読んでも泣けてきそう……。
でも、そんなセーラを励ます、小間使いのベッキーの台詞が、またぐっとくるんだよね。
『そう、あの台詞、あたしも『小公女セーラ』の中で一番好きよ!』
昨日文学乙女会議のあと、せいらちゃんと熱く語っちゃった。
『いいえ、プリンセスです。……どんな目に遭ったって――何が起きたって――プリンセスであることは変わりゃしません――何であろうとお嬢さんをこれっぽっちも変えることはできないんですから』
そこまで読んだとき、ものすごい音がして、びくっと身体が縮むのがわかった。
雷だ。
それがわかっても、しばらく動けなかった。
大きい音ってやっぱり苦手だな。
息が詰まりそうになって、あわてて深呼吸。
息を吐いたとき、背中に手が置かれてるのに気づいた。
「大丈夫?」
さっきまで隣でお仕事の書類見てた星崎さんが、すぐ側にいてくれてる。
「はい。……ちょっとびっくりしただけです。本に集中してたから」
「……そうか」
それ以上はなにも訊いてこなかったけど、わたしには星崎さんのさっきの『大丈夫?』の言い方でわかった。
いつもよりずっと重くて、深刻そうな声だった。わたしが、いやなこと思い出したんじゃないかって心配してくれてるんだ。
「ひどい雨だね。今日は夢ちゃん、友達と遊ばないんだって思ったけど、これは読書にして正解だったよ」
やっぱり、それとなくほかのこと考えさせようとしてくれてる。そして、星崎さんがそうしようとすると、それはいつも成功するんだ。わたしはすっかり、怖かった気持ちを忘れてた。
「雨じゃなくても、こうしてるの好きです」
彼に身体を向けて、伝える。
「お仕事してる星崎さんの近くで、本読むの。すごく好き」
星崎さんはなにも言わずに笑った。
幸せで、世界中のみんなにこんな気持ちがあったらいいなって思う。
そうだな、まずは、ももちゃんや、せいらちゃんに。
そこまで考えたとき、わたしははっとした。
せいらちゃん……!
ベランダに続くガラスのドアに駆け寄る。
雨は、すごく強く降ってた。
そんな。
へなへなと、その場に座り込む。
ガタンと、星崎さんが椅子から立ち上がる音がする。
「夢ちゃん、やっぱり怖くなった――」
「……あ。ごめんなさい。違うんです。なんか……がっかりしちゃって」
心配させないように、テーブルに戻って、わたしは説明する。
「せいらちゃん、今日、海に行ってるんです。すごく楽しみにしてたのに」
星崎さんはいつものように微笑んで、言った。
「せいらちゃんの好きな人と? 塾の先生だっけ」
わたしは思わず椅子から転げ落ちそうになる。
「ほ、星崎さん。どうしてそれを!」
わたし、そんなこと言ってないよっ。
彼は今度は声を出して笑って、
「ごめん。いつもせいらちゃんやももちゃんがここにきてくれるとき、三人で楽しそうに話す声が聞こえるから」
う。筒抜けだったんだ。
声の大きさには気を付けなくちゃ。
「ももちゃんと二人で応援してるんです。このあいだも、もうすぐデートだねって、すごく楽しい雰囲気だったんだけど……。ほんとは、ちょっと心配で」
せいらちゃんに、先生とデートっていうのはおうちの人に知られたくないから、その日はわたしと遊んでることにしたいって頼まれたとき。
いいよってわたしがお返事したあとのことが、気になってるんだ。
「そのときせいらちゃん、言ったんです。『こういう嘘つくことも、これっきりだから』って」
その一瞬だけ、すごく寂しそうだった。
「せいらちゃんの好きな先生には、婚約者がいるんです」
星崎さんは、窓に打ち付ける雨を見やった。
「もしかしたら、せいらちゃんは、大人の選択をしようとしているのかもしれないね」
それって……。
わたしは悲しくなってうつむいた。
「それじゃ、せいらちゃんの気持ちは……」
「それは、伝わってるんじゃないかな。自分のことを慕ってくれる子は年下であろうが、いや、だからこそすごくかわいいもんだよ」
目を上げると星崎さんが笑ってくれてる。
なんだか恥ずかしくなって、テーブルの下のスカートの裾を握ったの。
「夢ちゃん、『赤と黒』を読んだでしょ」
そう。
バレンタインシーズンに買って、少しずつ読んできたフランスの恋愛小説、もうちょっとで終わるところなんだ。
「初挑戦の大人の本、どうだった?」
「今まで読んできたみたいな、嬉しい結末の恋のお話は、胸がきらっとするんです。きれいな空を見上げたくなる。こういう、ちょっと悲しい結末は、胸をどんっと叩かれて、身体中にずっしり響くような感じで。こういう大人の本も、もっと読みたいなって思いました」
星崎さんは頷いた。
「好きな気持ちって、実を結ぶとか結ばないとかそういうことじゃないんじゃないかな」
『赤と黒』に出てくる恋人たちは、結ばれない。
でも、読んでてすごくおもしろかったのは、恋ってそれだけで、とってもすてきな宝石みたいなものだからかも。
わたしは雨の向こうにいる親友に心で語りかけた。
せいらちゃん。
今日はぜったい、すてきな恋の一日になりますように。
夢っちの文学カフェブレイク
その1『赤と黒』
フランスのスタンダールっていう人の作品だよ。
貧しい家に生まれた少年ジュリアンが、世の中で偉い人になるのを目指すお話。
とくに、レナール夫人との恋には注目。
目的のために夫人に恋をしかけたジュリアンだけど、次第に自分のほうが夢中になっちゃって……!
作者のスタンダールさんは恋のテクニックを書いた『恋愛論』も有名。
わたしも、これを読めば、恋の達人になれるかな?
次回は再びせいらのターン。
デート中に雨がふってきて……?




