⑮ クリスマスイブのブックトーク 〜もも叶の語り〜
クリスマスの本を紹介してくれる学校図書室のイベントに赴いた夢未ともも叶。
でもなんだかおかしな雰囲気で?
今日は待ちに待ったクリスマスイブ。
あたしはめでたく車椅子を卒業した夢と並んで、学校の廊下を走っていた。
サンタさんからのプレゼントももちろんそうだけど、あたしたち文学女子にとって、それと同じくらいすてきなすてきなプレゼントが今日、図書室に用意されている。
それはずばり、司書の先生によるお昼休みのブックトーク!
ブックトークって知ってる?
一つのテーマに沿って選ばれた本が何冊か紹介されるんだ。
それ自体一つのストーリーを聴いてるみたいですごく楽しいんだから。
流行る鼓動を押さえて、あたしは足を速めた。いつもは、廊下は走っちゃだめだよって注意する夢は今日はあたしの一歩先を走ってる。
図書室の前に着くと、あたし達はぴたっと止まって一旦息を整えた。
ちょっと猛ダッシュしすぎたかな。すごい息が上がってる。
夢が引き戸に手を掛けた。
「開けるよ」
あたしは頷いた――。
引き戸が開いて、目の前に広がった図書室を見て、あたしはぽかんと口を空けてしまった。
確かに、片付けられた教室の前にはテーブルが用意されていて、小さなクリスマスツリーと、『クリスマス』と書かれた看板が置いてある。
なのに。
……誰も、いない?
「……はりきって、早くきすぎちゃったかな」
そう言う夢の声もなんか自信なさ気だ。まるでそうであってほしいって願ってるみたいに。
夢も感じてるんだ。
図書室の雰囲気が、なんかおかしい。
うまく言えないけど、いつもと違うんだ。
本の背表紙が、匂いが、飾られたポップが放つ、親しげでわくわくする空気感がないっていうのかな。
整えられた、教室をぐるりと囲む書架がなんか色あせて見える。
それと、部屋の温度。
あたしも夢もうっすら汗をかいていた。
走ったあとだからって、今は冬なのに。暑すぎない?
「あ~ぁ、くたびれた。学校の階段の上り下りもこの年になるときついわねぇ」
あたしたちは救いを求める目線を送った。
本を抱えた司書の先生が図書室に入って来たんだ。
先生はあたしたちを見ると、とても残念そうな顔をした。
「まぁ、常連さんたち。来てくれたのね」
抱えたたくさんの本を机の上に置きながら、司書の先生は自分の肩をたたいた。
「ごめんね。今日のブックトーク、中止になっちゃった」
「えーっ。なんで?」
あたしはつい、不満ぽく言ってしまう。
「それがさっぱりでね」
司書の先生は本を撫でながら、
「校長先生に呼ばれて行ったら、『本校は読書よりスポーツや学問に力を入れたいので、今日のブックトークは中止してください』って言われたの」
「はぁ? なにそれ意味わかんない」
それにおかしい。
優しい校長先生はいつも、みんなに図書室でたくさん本を借りなさいって言うのに。
「このところ、常連さんの夢ももコンビ以外、図書室に誰もきてくれないことが続いてるから、本に親しんでもらうためにブックトークはぜひ必要だって強く言ったんだけどね」
「そしたら?」
「『休み時間に生徒たちが読書以外のことに力を入れてるのは、むしろ望ましい』なんてこわ~い顔で言うのよ」
あけっぴろげなところがある司書の先生は、困ったもんだというように両手を広げた。
「嘘でしょ。あの、ちょっと頭薄くてちょっと幅が広いけど、前はよく図書室にきてくれて『おもしろい本あった?』って声かけてくれたあのおっさんが?」
「……ももちゃん。いくらなんでも失礼」
一応突っ込みをいれてきた夢だけど、それどころじゃないことは百も承知って顔で頷いた。
「運動やお勉強が大切なのはわかるけど、読書だって心を豊かにするには欠かせないものなのに。校長先生ったら急にどうしちゃったのかな」
ぱん、と司書の先生は右手で机をたたいた。
「えらい! 夢未ちゃんよく言ったわ。教育委員会の指示だかなんだか知らないけれど、そんなの無視無視。あなたたちはどんどん本を読んでいいんだからね」
司書の先生は机に置いた本を片付けるんだろう、両手で抱え上げた。
教育委員会って確か学校の色んなことを決めるえらいところだよね。
そこがそんなこと言うかな。
とにかく、変だ。
「あの、司書の先生」
そのとき、夢が言った。
「やってくれませんか、ブックトーク」
ぺこりと頭を下げる。
肩までの茶色がかった髪の毛と、左右にある二つの編み込みが垂れる。
「わたしたち、本の紹介を聴いたってこと、誰にも言わないから。お願いです。せっかく先生が準備してくれたブックトーク、聴きたいです」
夢……。
こういうかんじんなとき、夢って度胸あるよね。
思わずぼうっとしてることに気付いてあたしはあわてて自分のほっぺをたたいた。
「あたしも聴きたい! お願い、司書の先生」
司書さんは本の束をテーブルに置いて、ちょっと感じ入ってるみたいだった。
そして、大きな胸をたたいた。
「いいわ。例えこじんまりでも、やりましょう」
あたしと夢は歓声を上げた。
ふっきれたように明るい司書の先生の声が、図書室に響く。
「さて、始まりました。ブックトーク。テーマはクリスマス。さっそくだけど質問。二人とも今夜はサンタさんに何もらうの?」
あたしは元気よく手を上げる。
「ピンクの自転車―!」
「いいわねぇ。もも叶ちゃんなら颯爽と乗りこなしそうね。……夢未ちゃんは?」
夢はちょっと言いづらそうに言った。
「うちは……町工場の裏のアパートだから、サンタさんの地図には載ってないって、お母さんに言われたの」
とたんにしんみりムードになる。
「夢……。どこまで不憫な子なのあんた」
「いいんだ。もしもまたお父さんと暮らせる日が来たら、きっとサンタさんきてくれると思う」
……超・健気。
あたしはなにも言えなくなった。
あれ。
でも。
あたしは、言うことをひらめいた。
「夢、大丈夫。もらえるって。だって夢が今いるのは星崎さんのとこでしょ?」
「そうだけど。サンタさん小さいアパートに住んでたわたしのことは知らないから、多分もらえないと思う」
「世の中のシステムってのはそういうもんじゃないの。星崎さんと一緒にいる限り、絶対もらえるから。あたしが保証する」
力説するけど、
「うん……? そうかなぁ」
夢はまだ半信半疑だ。
そこで、司書の先生があわてたようにぱんぱんと手を叩いた。
「ゆ、夢未ちゃん。今一緒に暮らしてる方に、サンタさんにお願いしてもらえるように頼んでみたらどう? きっともも叶ちゃんはそう言いたいのよ」
あたしはにっこりスマイル。
「はーい、そうでーす」
「さて。じゃ本題ね。そんなわけで、クリスマスと言えばサンタさんよね。でもね、イヴの夜にかわいい赤い服のおじさんじゃなくて、よりによって幽霊に会ってしまったらみんなはどうする? そんな本が、これ――」
ブックトークは、始まった。
あたしたちは夢中になって聴いた。けど。
先生がしゃべればしゃべるほど、図書室の気温が上がってく気がするのはどうしてだろう。
先生はエプロンからハンカチを取り出して、おでこの汗を度々ぬぐっていた。
とは言え、ブックトークはすごく楽しかった。
聴き手はあたしたち二人だけだったから、紹介された本も借り放題。ひゃっほー。
あたしはさっそく借りた、ディケンズの『クリスマス・キャロル』を胸にスキップしながら教室までの廊下を夢と歩いていた。
「それ、すごくすてきな本だよ」
さすがの夢はブックトークで紹介された本のほとんどをすでに読んでいた。
「先生が言ってた、主人公のスクルージさんが、クリスマスイブの夜に、三人の幽霊と一緒に旅をするところもドキドキするけど。やっぱりわたしがぐっと来たのはね、お話の最後――」
「あーだめだめ!」
あたしはあわてて夢の顔の前で右手を振った。
「ネタバレ禁止令、発動!」
「あっ。ごめん。今危なかった」
あたしたちは、顔を見合わせて笑った。
笑っていると、腕をきつくひっぱられた。
「もも叶。もも叶!」
切羽詰った顔したみりだった。
「どうしたの、みり? なにかあった?」
みりは一瞬、え? って顔をしたけど、すぐに頷いた。
「そ、そう。大変なこと。すぐきて」
「白石さん。何があったの?」
心配そうに訊く夢を、みりはきっと睨む。
「本野さんには関係ないでしょ!」
ちょっと。
なにその言い方。
夢はひるんだようにごめん、って呟く。
夢も。
こういうときは怒ってよ。もう、さっきの度胸はどうしちゃったの。
あたしは二人それぞれにそう言おうとしたけど。
その前に、みりにひっぱられて、廊下の隅の柱の陰まで連れてこられちゃった。
「もも叶。今日も本野さんと遊ぶの?」
あたしは呆れた。
「それが、『大変なこと』なの?」
「答えてよ!」
むかっ。
「そうだよ。一緒に駅ビルの本屋さんに行くけど」
みりは周りを伺うように見回すと、声を潜めた。
「あの子、ちょっと変だよ。休み時間もずーっと図書室にこもってるし。お父さんとお母さんと離れて暮らし始めたらしいじゃん」
あたしのムカつく度は、マックスに達した。
「あたしに言わせれば、そんなことを変って言うみりの方がよっぽど変だね」
ばしっと言っちゃったら、みりも相当カチンときた顔をした。
「もういい。こっちは心配して言ってるのに。もも叶なんて勝手にすれば!」
どんっとみりはあたしの腕を掴んで突き飛ばした。
いつもなら言い返すと思うんだけど。
このときはあれって、思った。
そのせいで、冷静になれた。
「みり。手、すごい熱いよ。近くにいても伝わってくる気がする。なんか火が燃えてるみたい」
みりが、は?って感じでこっちを見る。向こうはまだ怒りが収まらないみたいだけど、そんな場合じゃない。
「熱あるんじゃない? 大丈夫?」
みりのおでこに手を当てようとするけど、完全拒否って感じで振り払われちゃった。
「なんともないわよ。変なこと言わないで」
みりはそのまま逃げるように走って行った。
背けられる直前に見たみりの目が、赤く光ってる気がしたのは、気のせい――?




