⑭ 仲直りと告白とプロポーズ
ぼろぼろになりながら告白した夢未。
カレの返事は……まさかのプロポーズ?
それから一週間経って、ようやくわたしは学校へ行けるようになったんだ。
「夢~!」
真っ先に駆け寄って来てくれたのはもちろんこの子。
「死んじゃったかと思った~」
ももちゃんてば、大袈裟だなぁ。
「大袈裟じゃないって。車椅子に乗ることなんて、人生なかなかないでしょ」
そう。
わたしは今日、車椅子できていた。
殴られた足が思ったより酷かったみたい。
「ごめん。夢あのときぼろぼろだったのに、きついこと言って」
「わたしこそ、ごめんね。わかってるよ。ももちゃんは、わたしのこと想って言ってくれたんだよね」
「夢。あんたって子は……」
泣き崩れる仕草をしたあと、ももちゃんはだけどさ、と真顔に戻った(切り替え早いなぁ)。
「思ったより元気だね。もっとこう、ずーんと落ち込んでるかと思った」
「あ、うん、なんか、吹っ切れたっていうかね。ももちゃんとけんかしたあと、星崎さんに、告白しちゃってから」
ももちゃんの動きが完全に止まった。
「さらっと今すごい発言が聞こえた気がしたんだけど」
「うん……。好きって、言ったんだ。星崎さんに」
ももちゃんの口が完全に空いたままになった。
「マジでっ!? とうとうコクったんだ」
で、返事は? と肩をグイッとつかまれる。
「言ってすぐ、わたし気を失っちゃって、聞けなかった」
オーマイゴッド! とももちゃんは頭を抱えた。
「でさ、夢、あれから今までどこにいたの?」
ももちゃんが心配してくれるのがくすぐったい。
そう。今、わたしのアパートには誰もいないんだ。
「うん。最初から話すね」
あとでわかったんだけど、それは星降る書店で気を失って、次の日の朝のことだった。
わたしはすごくほっとした気持ちで布団に包まってた。
眠ってるのはふかふかのベッド。こんな気持ちいいベッドがあるんだぁ。
うちじゃ、いつも布団を敷いてるからなぁ。
わたしはゆっくりと起き上がった。
白い壁。
右側一面が本棚だ。いっぱい本が詰まってる。
すぐそこに机が一つあって、むずかしい数字が詰まった紙が散らばってる。
ここ、どこ?
きょろきょろしていると、木の扉が開いた。
「おはよう、夢ちゃん」
星崎さん?
いつもとちょっと違う。
シャツ一枚に、ラフな感じのズボン。デートのときかけてたのと同じ、黒いフレームの眼鏡。
手には、トレイを持っていて、湯気を立ててるごはんと、のり、目玉焼きと、切ったリンゴが乗っていた。
「朝ごはん。簡単でごめんね」
「えっと……」
頭がついてかない。
「身体の具合はどう? そりゃ、まだあちこち痛いよね。今日は学校、休んだ方がいいよ」
学校……。
机の下にある、赤いランドセルが目に飛び込んできた。
わたしのだ。
ん?
「えぇぇ? なんでこれがここに?」
「ランドセルだけは、ないと困ると思って。他にもいるものは色々あったんだろうけど、急なことだったからさ」
「あの……。星崎さん、これってどういう」
「うん」
星崎さんはいつものように柔らかな笑顔で言った。
「一緒に暮らそう」
「……は? え? な」
ももちゃんは、明らかに混乱してる。
そうだよね。
わたしだって、言われたときはそうだった。
「告白したらプロポーズが返って来たってこと!?」
「それが、いろいろ突然すぎてよくわかんなくて」
わたしは説明を再開した。
星崎さんが困ったように笑って言った。
「夢ちゃんがいやじゃなければ、だけど」
「いやじゃない、ですっ」
即答しちゃった。
「でも、お母さんが心配するし」
そう言うと、星崎さんはちょっとだけ悲しそうな目をした。
「よく聴いて。夢ちゃんのお母さんは、今ちょっとだけ弱っていて」
「えっ」
いやな予感がする。
「なにかあったんですか? またお父さんに……」
「大丈夫。少し疲れがたまってたんだよ。今病院で休んでる。だから夢ちゃんとはしばらく暮らせない、謝っておいてくださいって言ってた」
「お父さん、は……」
口に出した途端、頭が考えにブロックをかけようとする。
怖くて考えたくない。
「今、お父さんの居場所はわからない。お父さんが夢ちゃんたちのアパートを知ってる以上、あそこにいるのは危ないと思う」
泣きたくなる。
わたし、いていいところがないんだ。
「そんな顔しないで、夢ちゃん」
慰めてくれてるのがわかる。
「大丈夫、なにも心配ないから」
ううん。
わたしのこと、みんな好きじゃないからこうなったの。
わかってるんだ。わたし。
でもそんな悲しい気持ちも、星崎さんがかけてくれる毛布にくるまれて、だんだんなくなっていったの。
「今はゆっくり寝て。おやすみ」
それから星崎さんのマンションでの暮らしが始まった。
わたしは疲れてたから、ほとんど寝てたんだけど。
星崎さんはお仕事がお昼休みになると帰ってきれくれた。
彼にお話しするうちにだんだん、心が楽になっていったんだ。
それから六日目の、昨夜。
不思議な夢を見たの。
たくさんの小さな本が光に包まれて浮いてる。
その真っ只中でわたしは少しだけ目を開けた。
一緒に暮らそうって、言われたことが蘇る。
ほんとは、そんなことしてもらうわけにはいきませんって答えなきゃだったかもしれない……。
でも、できなかった。嬉しくて
明日になったらちゃんと言わなくちゃ。
星崎さん。わたし、アパートに帰ります。
今は待ってる人は誰もいないけど。
やっぱり。
「君はここまで大変な目に遭っても大人に遠慮するんだね」
ふっと気が付くと、ベッドの前に星崎さんがいた。
「え……。だって」
いけないよね。
家族でもない人にここまで甘えちゃうのは。
そう思っていると、星崎さんがふっと寂しげに微笑んだ。
「それじゃ、もし家族だったら問題ないかな」
赤、青、緑、黄色。
色とりどりの本が何かを祝福するみたいに、わたしたちを囲む。
「いっそのこと、結婚する? オレと」
……えぇ?
星崎さんってこんなこと言う人だっけ。
びっくりしたけどそれ以上にふわふわと心地よくて、わたしは枕に顔を埋めた。
そっか。このときわかったの。
わたし、夢を見てるんだ。
「ダメかな」
星崎さんの残念そうな声がする。
えっと……ダメとかじゃなくて。
「あれ。オレのこと、好きって言ってくれたよね。奥さんになるのはいや?」
ふふふって声が漏れそうになる口を、枕で必死に抑える。
夢の中っていいなぁ。
好きな人がなんでも言ってほしいこと、言ってくれる。
もし、夢から覚めた場所で星崎さんにこんなこと言われたら、なんて答えるかな。
どうせならその気になって、真剣に答えちゃえ。
くるっとわたしは枕から顔を出した。
「星崎さん。わたしまだ小学生だから、結婚はできないと、思います。なので、あと五年したらっていうお約束でも、いいですか」
なーんて。ふふふ。
自分で自分の答えがおかしくって、くすぐったくって、わたしは寝返りを打った。
そのあとは、夢は見なかった。
ぐっすり寝ちゃったみたいなんだ。
「プロポーズは、夢落ちだったかぁ」
残念そうにももちゃんは言ったけど、わたしはちっとも残念じゃない。
「夢の中だって十分幸せだよ」
ほっぺたを押さえていると、ももちゃんは急に深刻な顔をして体を寄せてきた。
「あのね、これ言おうか迷ったんだけど。実は一週間前のあの日、あたし夢に謝りたくて、夢のアパートまで行ったんだよね」
「えっ」
ももちゃん。
そんなことまでしてくれたんだ。
「そしたら、そこに夢はいなくて」
そのはず。わたしは、星降る書店の事務室にいたんだから。
「かわりにね、星崎さんがいたんだ。アパートの入り口で。夢のお母さんと。
真剣な顔して話してた。星崎さん、きっとその時、夢のお母さんに、言ったんじゃないかな。『夢ちゃんをお預かりします』とかって」
えぇぇ?
でも、それなら、お母さんが病院にいることを、星崎さんから聞いたのも納得がいく気がする。
星崎さん、どうしてそこまでしてくれるんだろう。
わたしなんかのために……。
「なんにせよ、今は彼の好意に甘えればいいんじゃない?」
「……そう、だね」
わたしは考えるのを打ち切った。
そして、話題をももちゃんのことにチェンジ。
話さなくちゃならないことはたくさんあったんだ。
わたしだってももちゃんが心配だった。あんなふうにけんか別れしちゃったあと、わたしってば一週間も引きこもってたんだもん。ももちゃんはほんとは優しいから、きっと気が気じゃなかったはず。
そう言ったらももちゃんは照れたように頭をかいた。
「えへへ。そうでもないよ?」
がくっ。
「ももちゃんてば冷たい」
「違う違う。実は……慰めてくれた人がいたから」
わたしはすぐにぴんときた。
「それって恋の話?」
降参するようにももちゃんは手を上げる。
「恋する乙女はコイバナの空気に鋭いね」
「いいから、誰? 慰めてくれた人って」
ももちゃんは教室に誰も残っていないのを確認すると、小声で言った。
「『飛ぶ教室』の本の中から出てきちゃった人らしいの。彼」
「えぇっ」
ってことは、ももちゃんは、物語の登場人物に恋してたことになる。
それって……。
わたしは思わず、両手でももちゃんの手をとった。
「すっごく、すてき」
「え……」
「だって、国も時代もはるか隔たったところの人に恋しちゃったんだよ。ロマンチックだよ!」
緊張が解けたようにももちゃんは笑った。
「夢だけはそう言ってくれると思ってたんだ」
「ねぇ、相手は誰?『飛ぶ教室』に出てくる、どの子?」
ももちゃんは目を瞑って顔を背けた。
「マーティン……」
「えぇぇぇっ」
わたしが驚いていると、ももちゃんは心外っていう感じでじろりとこっちを見た。
「なに、その反応。『飛ぶ教室』で誰に恋するかって言ったらそりゃどう考えても主人公のマーティン以外いないでしょ」
確かに、正義感あふれるマーティンは実際にいたら絶対かっこいい男の子だよね。正義のためなら上級生にも一人立ち向かっちゃうくらいだし。
「てっきりももちゃんの恋の相手ってマッツだと思ったんだ」
「えぇぇっ。あのマッチョ系男子の!」
将来のボクサーと言われるマッツは、けんかも強い。でも心の優しい男の子。
「愛嬌者って感じがあるでしょ、マッツって」
「勉強苦手だしね」
「そういうところも、ももちゃんと合いそうかなって」
「夢、言うようになったね。モンゴメリさんにもらったジュース、今飲んでる?」
あはは、とわたしは笑った。
そりゃ少しはたくましくもなるよね。
あんなことがあったんだから。
わたしたちはそのまま、笑い続けた。
またももちゃんとこうやって恋の話ができることが、嬉しくて仕方なかったんだ。




