ある街ある店ある時間にて
「お〜い!!酒〜!!」
「は〜い!!承りました〜!!」
そんなやり取りが店内で行われる中、その店内と店外はともに街は活気に溢れ右左に笑顔が存在していた。
ここは中央王都 アレクドリス。
住民人口 約十万人。毎年の来客者は一万人を超え、今では「この街なくして人は生けず」という言葉も出たほどにこの街の存在はこの世界全体に影響を与える力があった。
今日、アレクドリスでは明日の英雄の魔王討伐のためのパレードが開催されていた。
いつもは住民と冒険者しか通らない道は人々でごった返し、道の両端には大量の出店がずらりと並ぶ。
まだ幼い子供達は、パレードの英雄外伝行進と呼ばれる兵や冒険者達の行進や、見たこともない出店、そしてこの国の王とその隣に座る英雄にそれぞれ目をときめかせて走り回る。
人々は英雄を称え、街全体がお祭り騒ぎな頃、ある路地裏にある小さな飲食店に彼らはいた。
歳を取り髪が真っ白に染まったよろよろのその店のマスターと口に煙草を加えたとても厳つい体格の掃除員以外、誰もいない寂しい店内をカウンターに二つの影が腰をかけていた。
鋭く青い目にやる気のなさそうな顔、妙にボサボサの髪、緑色のシャツに紫と黒の服を重ね着し、真っ黒のジーンズを履いた背の高い男は顎をカウンターの肘を置いた自分の手に乗せ、つまらなそうにグラスを拭くマスターを眺める。
もう一人は体の全てをフードのついたブカブカのマントで覆い隠し、唯一フードから出た顔も大きく深くかぶっているせいで口を開いて食べ物を口に入れるところ以外は横から覗き見ることもできない。
それほどに小柄なその者は先程からブカブカの手から出た小さな手で目の前にある菓子パンを口に含み、もごもごとしてから飲み込み、口に咥えまたもごもごするといった一連の動作を繰り返していた。
「.......マスター。今日は人が少なくねぇか?」
ようやく沈黙を破ったその男はそのお年寄りのマスターに無感情でそう聞く。
「...............」
マスターはそれを聞くが、こちらに顔を向けてニコリと笑うだけでまたグラスを拭く手を動かす。
それを見た清掃員の男は口を開く。
「今日は何の日か知らないのか旦那?」
その厳つくも以外と高い声の清掃員の男に旦那と呼ばれた男は「知るわけないよ。」とでも言いそうな表情で清掃員の男を見つめる。
すると清掃員の男は近くに置いてあったあるチラシを横回転で男に投げ、それは綺麗な軌跡を描き男の手元へと自然に入った。
「.....パレード?」
その言葉に男は顔を顰てチラシを眺める。
「魔王討伐まで辿りついた勇者や英雄を称えるために今日行われているそうだ。前にいた奴らも今日ばかりは行くぞ。と宣言して行きやがった。お陰で今は旦那達しかいねぇんだよ。逆にパレードにいかない旦那達の方が珍しいもんだ。」
ため息混じりに清掃員はそう答える。
それに耳を立ててチラシを眺めていた男はそのチラシをくしゃっと丸めると店のゴミ箱に放り投げる。
遠くにあるはずのそのゴミ箱に投げられたその紙切れとなったチラシは一切の抵抗なくゴミ箱に綺麗に入る。
その光景を眺めながら男は口を開く。
「パレードなんて......どうせ人間共の戯言だ。」
すると男はまだ菓子パンを食べている隣の者の頭に手を置く。
「そんなことより俺は、こいつが行きたい所に付いて行くだけだ。」
その言葉には何か悲しさを暗示させ、なおかつ何か黒い何かを抱えている。と清掃員の男は感じた。
そんな中、そのマントの者が最後の一口を口に放り込んだ。
手についた菓子の粉をペロペロと丁寧に舐めるその動きに男は口を緩める。
「美味かったか?」
そう聞く男にその者は少し頷く。
それを見て男はその置いた手をその者の頭から離さずに撫で始める。
「..........」
「ん?」
マントのものが口を開き、男がマントを覗こうとした直後、光を超える速さでその男にフードのもののグーが腹に綺麗に決まる。
「ゴハァッ!!!」
そう叫びにならない声を発し、男は店の中を弾丸のようにとび跳ねた。
幸い人が少なく、道具もカウンター越しにしか置いてないせいか物が壊れることはなかった。
唯一......男を除外して.....
「旦那が変なことするから.....」
「変なことじゃねぇし!!これは.....そ、そう!!コミュニケーション!!フレンドタッチだ!!だから大丈夫!!」
男がなんとか弁解しようとするが、清掃員の男はため息を吐き、マスターは変わらずニコニコと笑顔でその光景を見ていた。
「だから!!これは〜〜って......ん?」
男がまだ清掃員の男に誤解を解こうとしている時だった。
マントのものがその高いカウンターの椅子からストッと降りると男の腕の裾を引っ張ったのだ。
それに気付き、男が見下ろすと、
「...........ぁ....................」
マントのものからそんな美声が聞こえた。
まるで高い音色のように透き通った声。たった一言だったが、清掃員の男はそれを理解した。否、理解出来てしまった。
「......もうか。」
男はそれを聞くなり、顔を変えて何やら寂しそうな面影のままカウンターへと歩み寄る。
「マスター、俺たち、当分ここには来れそうにないわ。」
突然マスターにそう言う男に清掃員の男は目を見開く。
「おい旦那。なんでそう急に......」
「まぁ、色々な?......当分どころか数十年は戻れないかもな。」
その言葉に清掃員の男は顔を歪める。
旅にでも出るのか......そう聞こうとしたが清掃員の男はそれを声に出さずに抑えた。
清掃員の男は理解したのだ。
この男がやわな理由で言葉を濁さないことを........
これまでこの店でこの男と過ごす時間が長いのは清掃員の男だった。
だから清掃員の男は理由を聞かずにそれだけでなぜという質問をする自分を押さえ込んだ。
「......何かあったらここに来いよ。お前の誤解話をあいつらに教えて待ってるよ。」
「それ.....逆に行く気失せるんだけど?」
そう苦笑する中、男は「おおっと。」とどこか急いだように男がカウンターに置いておいたカバンに手を伸ばし漁る。
「あったあった。マスター。今までありがとな。これ。今までの感謝な。」
そう言い、男は今にも崩れそうなこの世界の金の束をカウンターに乗せる。
その量に清掃員の男は「はっ!?」と声を上げ、マスターは顔をなぜか厳しくする。
「じゃあな!!ジュビダル。マスター。 また会おうぜ。」
そう言いカランコロンという音を立ててドアを開けるマントのものに男がついていこうとした時だった。
「待て。」
そんな渋い声が店内に響く。
それは紛れもなくマスターから聞こえた声でその初めて聞いた声に清掃員の男....ジュビダルと男は目を見開いて驚いてみせる。
「お主.........何を焦っておる?それはお主のためか?」
そう心の臓を掴まれるようなプレッシャーに男は冷や汗を浮かべる。だがすぐに口の端から歯を見せてニヤつかせると。
「あぁ。 世界を救うっていう俺の願いだ。」
男は嘘つかず、綺麗な真実を述べる。
男は大丈夫と思っていた。誤魔化せば大丈夫なのだと。
だがマスターは違った。きっと先ほど濁した言葉もここに迷惑をかけたくないために言ったことだと気付いているのだろう。
そうでなければ男に冷や汗をかかせるようなバケモノはいない。きっと。
顔を歪めたマスターもそれを聞くと、
「......そうか。」
顔をいつも通りに緩める。そして
「元気でな。」
そう優しい声で発する。
その言葉に男はあつい何かを頬に垂らした直後。
「あぁ。」
それだけ言い マントのものに続いた。
そして.............
それから何日たっただろうか。
清掃員の男は何事もなかったかのように掃除をしている。
客も皆、まるで今まで誰も変わったものは来ていないというかのごとく、酒を飲み、博打をし、マスターに話しかける。
ただ一人マスターだけが、マントを深めに被った少女のものと、異様な服を着た髪のボサボサの青年の記憶を頭に残し、ただ黙々と仕事をしていた。