表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/27

当日

 何かを成し遂げようとするのは、思いの外、無難しいことなのか。それとも自分が、難しくしているだけなのか、どっちなんだろう。

 その日は、雨だった。

 まさに、ここに来た時と同じような天気だった。

「――よし、オッケー。葵さん、すごくかわいい」

 あたしは朝から、彼女の部屋にいた。着る服や靴など、見立ててあげていたのだ。

 服装はワンピースにサンダルーーと言いたいところだったけど、雨なので普通に靴になった。

「……そう、か?」

 鏡の前で自分の姿を見る。心なしか、あかくなっている気がした。

「うん。雨だけど、まあ……大丈夫でしょう」

 こっちは尾行……というか、付いていきやすい。

「……うまく、やれるだろうか」

 葵さんの顔が一瞬、くもる。あたしはその手を軽く握る。

「うまくやろう、なんて思わなくていいよ。ただ、自分に正直に」

 そう口にすると、葵さんは笑う。

「なんか、うれしいな」

「何がですか?」

「ようやくおまえが、敬語ではなくなった」

 その笑顔は、本当にかわいくて、思わず抱きしめたくなるほどだった。


 葵さんが出た十分後くらいに、あたしも準備を調える。尾行なんてしたことがないけど、大丈夫かな。

「病院のほうは、ぼくと伊集院さんにまかせてください。それからこれ……」

 蓮君が渡してくれたのは、連絡用のテレホンカードと資金だった。

「面倒かもしれませんけど、何かあった時のために」

 顔に出ていたのかもしれない。携帯がないって、やっぱり不便だ。でもここでは、それがあたりまえだった。

「不便だからこそ、できることもありますよ、きっと」

「……だと、いいな」

 から笑いを返した。


 待ち合わせは、確か駅だ。

 先に着いていたのは、葵さんのほうだ。少しして、日向さんが来た。二人で何か話している。しばらくして、なんとか歩き出した。

 話はうまくいったようだ。ほっとしたのも束の間、見失わないように追いかける。

 歩きながら、なんだか笑ってしまいそうになる。尾行と言いつつも、相手は自分の両親だ。しかも、自分がまだ生まれる前の。

 ふたりは、喫茶店に入っていく。とりあえず、といったところだろう。あたしもそっと、中へ急いだ。

 四角になる場所を選んで、アイスティーを頼む。どきどきした。自分のことじゃないのに、自分のこと以上に。ちらちら見ると、ふたりはとても楽しそうに話をしている。ほっとしつつも、なんだか胸の辺りが痛くなる。理由は、わからなかった。

 お茶を済ませると、ふたりは出ていった。あたしも急いで会計をして、後を追う。傘が一瞬、どれかわからなくなった。あわててつかむと、ふたりを探した。

 雨は少し、弱くなっていた。それをいいことに、あたしは傘をささずにふたりをさがす。なんでこんなに、焦ってるんだろう。あたしが見ても見なくても、ふたりはきっと変わらないのに。

 ようやく、ふたりらしき影を見つける。背中だった。その時、あたしは思った。

 ああ、そうか。

 あたしは立ち止まって、胸に手のひらをのせる。それからぎゅっと、服をつかんだ。

  この痛みや不安は、少しだけ知っている。覚えがある。そう、迷子になった時のような感覚だ。

 ここにいるのに、見つめてもらえない、という思い。そして彼らのそばに、両親の間に、自分がいないという淋しさ。

 ありえないのだ。ありえないと、わかっているのだ。

 でもだからこそ、あたしは願ってしまう。望んでしまう。

 あのふたりの間に、自分はいたいのだと。

 あたしは、俯いた。

 そこから、動けなかった。

 小雨が頬を濡らす。強くはないはずなのに、やけに重たく感じた。

「……ここに、いたのか」

 ふと、そんな声がした。

 あたしはゆっくり、顔をあげる。

 するとそこには、葵さんがいた。

 初めて会った時と同じように、傘をさしてくれていた。

「ほら、行くぞ」

 そして、あたしの手を取る。あたしはなぜか、泣いてしまいそうだった。


 結局、3人になってしまった。右に日向さん、左に葵さん、そして真ん中にあたし。なんだかおかしな、そして初めての組み合わせだ。

「……すまん」

 一緒にお手洗いに行った際、葵さんがつぶやく。

「喫茶店までは、なんとかなったのだが、この先どうしたらいいのかわからなくなってしまって。そしたらちょうど、おまえの姿が見えてな。正直ほっとした」

 それで声をかけてしまったという。

「ーー難しいな、デートというものは。慕っている相手であればうれしいに違いない。けれど逆に相手の反応も自分のことも、気にしすぎてしまう」

 葵さんが眉を寄せて、ほんの少し頬を染める。

「穂乃香、申し訳ないがこの後はおまえもつきあってくれないか? 私だけだとやはり……保ちそうにない」

「えっと……でも……」

「この通りだーー頼む」

 葵さんに、手を合わせられてしまった。

 それだと、あんまり意味がないかもしれない。わかっていたのだ。なのにあたしは、

「あ、あたしでよければ」

 そう返事をしてしまっていた。


 葵さんと日向さんの元にもどる。ちょっと彼の反応が気にかかった。あたしは呼び出しておきながら、なんだか妙な登場の仕方になってしまったからだ。そのことについて、まだ何も説明していない。おかげであたしは、別の意味で緊張していた。

 横断歩道の前で、待っていた時のことだ。

 日向さんがそっと、ささやくように言う。

「事情は葵さんとーーそれからきみの弟さんに聞いてる。だから、何も気にしないで」

 彼のほうを見ると、苦笑していた。その顔を見て、あたしも笑う。

 気がつくと、雨が止んでいた。


 3人で、どこに行くか。

 そこがまず、問題だった。

 この組み合わせだと、思いつかない、というのが本音だ。映画といっても微妙だし、お腹はそんなに減ってない。買いものにもあまり興味がないし、いわゆる遊技場もなんとなく気乗りしない。

 あたしはちらり、ふたりを見て、考える。友達ではなく、もし、両親と行きたい場所があるとしたら、と。

 浮かんだのは、そんなに大した場所じゃない。どこの家族にもありえる、ありふれた光景。

 遊園地、だった。


 家族で、遊園地。

 そんなあたりまえに近いことを、あたしは望んだ。とはいっても遠くには行けない。ちょうど良い場所を、日向さんが案内してくれた。

「……ときどき患者さんの外出につきあったりするので」

 そんなに大きくはない。

 観覧車と、メリーゴーラウンド。小さなジェットコースターに、ティーカップ。それから、ミラーハウス。チケットを買って、まずはジェットコースターに乗る。とはいっても、あたしだけだ。葵さんも日向さんも激しい乗り物が苦手らしく、首を縦に振ってくれなかった。

 ま、いいか。

 あたしが乗っていれば、ふたりきりになれるわけだし。それはそれで、悪いことじゃない。そう思って純粋に楽しむことにした。

 ミラーハウスだけは、3人で入った。

 迷路のような場所。さっきよりもわけがわからないのに、ふしぎと不安にはならない。葵さんの腕をつかんで、日向さんの背中を追う。たくさん映る、自分の姿。それもまた変な感じだ。

「――なんか、楽しいな」

 葵さんがふと、口にする。

「以前おまえと、買い物に行った時も楽しかったが、今日はまた少し違う楽しさだ」

「どんな?」

 何気なく、あたしは訊く。

「そうだなあ。変な話、とても懐かしいような気持ちになる。父上や……母上と一緒にいるような、温かな気持ちだ」

「そう……ですか」

 あたしは静かに、目を落とす。葵さんは気がついたように、口にした。

「日向さん、ちょっといいか?」

「なんでしょう」

「ちょっとここに、並んでみてくれ」

 あたしを真ん中にして、3人で鏡の前に立つ。すると葵さんが笑いながら指をさす。

「なあ、私たち3人、どことなく似ているような気がしないか?」

 どきっとした。

 けど、動くことができない。さっきとは逆に、葵さんがあたしの腕をつかんでいたからだ。

「……そういえば、そうですね。なんとなく、ですが」

「日向さんと穂乃香は、鼻の形がよく似ている。そして私と穂乃香は、目の形がそっくりだ」

 思わず唇を結んでしまう。きつく噛みそうになった。うれしいようで、それでいて泣きたいような気持ちがこみあげてくる。

 ーーだめ。

 だめだ、泣くな。

 自分にそう言い聞かせて、あたしは俯いた。

 瞳が震えているのがわかる。葵さんの手を振り払い、先へと進んだ。

 一人、外に出た。

 でもそこが限界だった。

 あたしはその場でしゃがみこみ、泣き出してしまった。

「……穂乃香?」

 葵さんがすぐに追いかけてきたのがわかる。あたしはしゃがみ、顔をうずめたまま、泣いていた。止まらなかった。嗚咽がこみあげてきて、涙があふれてくる。

 最初に触れたのは、日向さんの手だった。頭をそっと撫でてくれている。

「……何か、辛いことを思い出させちゃったかな?」

 あたしが泣くと、父はいつもこうやってなだめてくれた。それを思い出すと、よけいに泣けてくる。

 それから、葵さんの手が、肩にふれる。ゆっくりと背中にまわり、さすってくれた。

「あ、あたし……ごめんなさい。ごめんなさい、あたし……」

 自分が恥ずかしくて、情けなくて、でもどう言ったらいいのかわからなくて、ただただ謝ることしかできない。

「大丈夫だ、穂乃香。大丈夫だから……」

 葵さんの声は、優しかった。そうだ。この人は、いつだって優しい。いつだって、周りのことばかり考えている。

「あ、あたし……お、お母さんに、どうして死んじゃったの? って。言ったってしょうがないのに、届かないのに。お父さんに、どうしてちゃんと話してくれないの? って。お父さんだって辛いのに……」

 自分でも、何を言ってるのかわからなくなる。涙があふれて、胸が苦しくて、身体が震える。

「……なんで、なの? どうして……なの? そればっかり……で……」

「うん……それから?」

 日向さんの声だ。変わらずそっと、頭を撫でてくれている。

「でもほんとうは……お父さん、にも……お母さん、にも……届いて……話してほしいわけじゃなくて……」

「うん……それで?」

 葵さんも同じように、背中をさすってくれていた。

「……あたし、あたしは、ただ……」

 言いたかっただけだ。駄々をこねたかっただけだ。拗ねたかっただけだ。

 口に出して、初めてわかること、というのがある。

 わかってほしいーー変えてほしい。そんなふうに望むこともある。だから伝えることもある。

 でも、そうじゃないこともある。ただ、聞いてほしいだけのときもある。

 まるでそう、今みたいに。

「……うん、そうだな」

 葵さんの言葉はゆっくりと、染みこんでいく。そっと胸の内に広がり、あたしを包みこむ。

 そのおかげか、あたしはだんだん、落ちつきを取りもどす。涙も嗚咽も、徐々におさまってくる。葵さんがハンカチを差し出してくれた。

「なあ、穂乃香」

 まだ少し、恥ずかしさが残っていて、顔を上げられずにいると、葵さんがさらに言った。

「何か甘いものでも、買って帰らないか?」

 べたべたの顔で、あたしは彼女を見つめる。

 その瞳はまぶしくて、そして優しいまなざしをしていた。


 帰りに寄ったのは、ケーキ屋さんだった。せっかくだからみんなの分、買おう、ということになったのだ。

「どれがいいかな」

 ショーケースの前で、悩む。全部で7個。半端なので8個にしよう、ということになった。

「どうせ余っても父上が食べる」

 チーズケーキにモンブラン、チョコレートにシュークリーム。アップルパイにタルト。それから、ショートケーキ。

 どれかを2個にしよう、という話になり、またまた悩む。

「葵さんは? どれが好き?」

「私はどれでも構わない。穂乃香こそ、何がいいんだ?」

 困ったなあ、と思う。ちらり、日向さんを見ると、彼はあくまで傍観をするだけで、何も言おうとはしない。

「穂乃香は確か、お菓子作りが得意だったな。この中で、一番作ったことがあるのはどれだ?」

 いきなり言われて、でも考える。

「……シュークリームかな」

 コツさえつかめば簡単にできる。そして、一度に作れる量も多い。

「じゃあ逆に、一番作ることが少ないものは?」

「……ショートケーキ……」

 誕生日の定番だ。けれど、あまり作らない。誕生日、というのを、意識しすぎてしまうからだ。

「じゃあ、ショートケーキにしよう」

「え、なんで?」

 よくわからない、といった顔をする。葵さんはにっこり微笑んだ。

「少ない、というのは苦手意識があるからだろう。でもそういうものは、意外にも多くの発見をもたらせてくれるものだ。今日の私のように、な」

 わかるようで、わからない理屈だ。

 けど言えるのは、葵さんにとって今日一日、とても多くの発見があった、と言えるんだろう。喜んでもらえた、ということだろうか。

 ケーキを箱に詰めてもらい、病院へ向かう。

 3人で、まるで、家族のように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ