泰三さん
着がえながら、あたしは思い出していた。母に対して、何を抱いていたか。父に対して、どうしてほしかったのか。
でも、答えは出なかった。
出したくなかったのかも、しれない。
アイスクリームは、とても良い出来だった。
ホットケーキにバターとメープルシロップ、そしてバニラアイスをのせて、食べたりした。プリンもおいしくて、うれしいと同時にほっとした。
みんな、喜んでくれていた。
食べながらあたしは、ちらちら、葵さんと日向さんを見ていた。二人はとても仲が良い、というか、自然な雰囲気だった。そう、まるであたりまえのように、そこにいた。
つい、先ほどのことだ。
あたしが部屋を出て、居間まで来る途中、二人を見かけた。ちょうど居間に入っていくところだった。日向さんが先、葵さんが後。だから、葵さんの顔がよく見えた。
日向さんの服の裾を、じっと見て、葵さんは一瞬、触れそうになった。ううん、触れようとした。でも、直前で手を引っこめてしまった。その表情を見たとき、あたしはわかってしまった。
彼女の、気持ちが。
「……いいだろ、あのふたり」
いつのまにか後ろに、泰三さんがいた。あたしは驚きつつも、泰三さんをながめる。葵さんがあたしの母親だとしたら、彼はあたしの祖父、ということになる。顎の髭を見て、ぼんやりと思った。
「思い出すなあ、嫁さんのこと」
亡くなっていることは知っていても、あえて何も言わなかった。
「あまいものが好きでさあ、出会いもケーキ屋だった」
なんだか、笑ってしまいそうになる。葵さんのお母さんはともかく、泰三さんのほうはなんとなく、想像できてしまうからだ。
「おれはさ、できればふたりを一緒にさせてやりたいんだけどな」
だって一目瞭然だろ、と笑う。
「……難しいんですか?」
理由は、知っている。でも知らないほうがいいのか、知らないフリをしたほうがいいのか、わからなかったのだ。結局、尋ねるような形になってしまった。
「そうだなあ。おれはそうしてほしいと思ってるが……こればっかりは、なあ。タイミングもあるだろうし」
「気持ちよりも、ですか?」
本人の気持ちが、一番大事ではないか、と思った。気がついたら、そう口にしていた。
「そりゃあ、気持ちは大事さ。でもそれだけじゃあ、どうにもならないこともある」
あたしは、顔を俯けた。何が言いたいのか、何を言ってほしいのか、わからなくなったからだ。
「世の中には、流れというものがあって。人はそれにあらがうことができない。あがいてもあがいても、なるようにしかならん。例えるなら、人の死、だな。死ぬ、ということは、だれにも避けられん」
ここにいるだれもが、いつか迎えること。回避することができないもの。
「……それを言ってしまったら、生きてること自体、意味がないってことですか?」
蓮君に対しての質問と、同じような気がした。少し、手が震える。コップに入った麦茶を、含むように飲んだ。
「意味というのは、所詮後付けだ。つまり、選べるということだ。いや、逆に選ぶということしかできないのかもしれん」
「……死は、選べないのに?」
必ずやってくるもの。それはわかっている。でもそれは、わかったつもりでいるだけ、いただけ、だ。
「そうだな……きっと不毛ってやつなんだろう。それでもおれはーー」
何か、聞き取れた気がした。次の瞬間、泰三さんの目が開かれる。
「……泰三、さん?」
声をかけると、身体が傾く。
「……へ?」
「――父上」
異変に気がついたのは、葵さんだった。声と同時に、泰三さんが倒れる。
「――父上、父上」
すぐに駆け寄ると、泰三さんの頭を膝に乗せる。泰三さんは呼吸はしているものの、苦しそうだった。
「葵さん」
続いて日向さんが荷物から、袋のようなものを出した。薬のように見える。
「泰三さんに、これを」
千里さんがすぐに水を用意した。葵さんが少し泰三さんの身体を起こし、薬を飲ませると、少しずつ、泰三さんの呼吸が落ちついてくる。
「部屋に運びます。平治さん、手伝ってくれますか?」
日向さんが泰三さんの頭を抱える。平治さんと二人で居間を出た。続いて、葵さんも出て行った。
「はあ……びっくりした」
思わず口に出してしまう。
「……そうですね。ぼくも驚きました」
じんわり、手に汗をかいていた。
指をゆっくり広げると、ふと、泰三さんの言葉がよみがえる。
ーーそれでもおれは、大事な人の幸せを、願ってしまうだろうけどーー
あたしはぎゅっと、自分の手を握り返した。
翌日、泰三さんは病院へ戻ることになった。
葵さんと日向さんに付き添われて。
「――あの」
朝食の時のことだ。あたしは勇気を出して、言ってみた。
「あたしも、一緒に行ってもいいですか?」
葵さんは少し驚いたような顔をして、
「構わないが……」
と、静かに、うなずくような返事をくれる。あたしもほっとしたように肩をおろし、朝食を済ませて準備をした。
「……急に、どうしたんですか?」
荷物、といってもたいしたものはない。ハンカチとか、ティッシュとか。本当に最低限のものだけだ。
「……わからない」
どうして、そうしたいのか。自分でも、わからなかった。
「わからないから、かな。たぶん」
母のことも、父のことも、祖父のことも。知っているのに、わからない。だから知りたいと思った。
「知れば、自分がどうしたいのか、どうしたかったのか、わかる気がして」
ただの気休めかもしれない。結局、何も変わらないかもしれない。それでもいいと思った。賭けてみたいと思ったのだ。
「……怖い、ですか?」
蓮君は少し遠慮がちに尋ねる。あたしはゆっくり、頷いた。
「うん。たぶん、とても」
知らないと思っていたもの、見たくない、と思ってたものに向き合うのだ。それはとても怖くて、きっと苦しい。
「でも、そういうあたしも、あたしーーなんだよね」
好きになりたい、とまでは思わない。ただ、知りたいと思うだけだ。両親や祖父を通して、自分のことを。
ひとつ残らず、とりこぼしがないように。
「……ぼくも、後から行きます」
「え、でも……」
正直なところ、蓮君は一緒には来たものの、うちには無関係、というか、部外者だ。なのになぜここにいるのかと言われれば、困ってしまうところだけど。
「穂乃香さんの言いたいことはわかります。でもぼくも、だれかを通して見えてくるものがあれば、って思うんです。血の繋がりに関わらず」
彼は彼なりの考えがあるようだ。あたしは再度、ゆっくり頷いた。
「じゃあ、待ってる」
今生の別れ、というわけじゃない。単に車に乗れるのが、どうがんばっても5人までなのだ。




