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52・「俺は、」

目を開けると、椅子に座っているイービン先生に横抱きにされているせいで顔が近くて、一瞬息が止まった。


「起きましたか?体調は大丈夫ですか?」

「え、えぇ、大丈夫です、えっと今は、」

「丁度7時半前ですよ。そろそろ起こそうかと思っていました」


甘やかな微笑みが眩しくて目を逸らす。

冷静になって考えると、いくら体調がおかしかったからといって先生の前でぶっ倒れるのはどうなのよ私……!しかも抱えられて寝るなんて、礼儀がなってなさすぎる。

恥ずかしいやら申し訳ないやらで顔が熱くなり、ありがとうございますとすみませんでしたを繰り返す。


「そんなに気にしないでください。体調不良の時は人に甘えていいんですよ」


イービン先生は変わらず優しい笑みで寛大な言葉を掛けてくれるが、そうは言っても恥ずかしいものは恥ずかしい。


「あっえっと、そろそろ校舎に行こうと思います。ありがとうございました」

「いってらっしゃい、また教室で。明日も朝食、よろしくお願いしますね」


一切崩れることのない綺麗な微笑みに、もう一度頭を下げてから温室を後にした。

明日。明日も来ていいのだという事実に胸が暖かくなる。

顔の火照りはまだ収まらない。


 




 

早歩きで教室まで来て、息を落ち着けるために一度深呼吸してから扉を開く。教室の中にいたのは、昨日と同じでタミルだけだった。


「タミル、おはようございます」

「あ、おはようメル。今日も早いね」


タミルは本を閉じて私の席の方に体を向ける。私も席に座り荷物を置いて、タミルの方に体を向けた。


「タミルは何の本を読んでるんですか?」

「これか?光魔法の本だよ。授業受ける前にも何かしら予習しておきたくてさ」


タミルが本を掲げて表紙を見せてくれたところ、見覚えのあるものだった。


「あっ、その本私も持ってます。これですよね?」


鞄からおそらく同じものを取り出して、タミルに見せる。


「それ!わかりやすく纏められてるよな。俺、学園入る前は魔法をちゃんと習うことがなくて、自分が光魔法持ってるってわかった時に慌ててこの本を買ったんだ。流石に知識0は不味いと思ってさ」


平民の出だと、魔力があるのか、また自分の属性は何なのかを知る機会はそうそうない。ここ、王立学園に入学する前に全員測るくらいしかない。また、王立学園に通える平民は、入学する貴族に仕える使用人か、ある程度大きい商家の子息令嬢くらいだ。


かくいう私も使用人の身で、自分の属性を知ったのはつい最近だが、フェルトが家庭教師の授業を受けている時に「メルも一緒に受けよう」と言われて受けたり、フェルトの部屋にある本を借りたりしていた影響で、なんとか基礎レベルの知識はある。家庭教師の授業では全属性の基礎レベルまでを終わらせていたのだ。

タミルの家は商家なのだろうか。ダイルに仕えてるという雰囲気ではなさそうだし。


「タミルのお家は商家なのですか?」

「そうだよ。まぁ次男だから家継ぐ必要ないし、魔法関係の仕事就けたら面白そうだなと思ってるんだけどな」

「魔法関係の仕事……、宮廷魔法師とかですか?」



────それから魔法のことや将来のことについて話を弾ませた。前世繋がりでなくこんなにも話せる人ができるとは思っていなかった。


久しぶりに気を抜けた気がして、屈託なく笑っていると、ガラリとドアが開く音がする。もうそろそろ他のクラスメイトが来始めそうな時間だし、もしかしてダイルかもと振り返って、


「メル、見つけた」


予想だにしていなかった人に、私は表情を凍らせた。

私とは真反対のほっとした表情をして、フェルトとは私だけを見つめる。

ほっとしたその表情に喉の奥が引き攣って、息が苦しくなった。


「ごめんタミル、また後で」


取り繕う余裕もなく唇を震わせ小さくタミルに伝え、反対側のドアに向かう。勿論逃げるためだ。

タミルは戸惑った表情だったが私を気遣うような目をして、わかったと唇の動きだけで言う。

出ていこうとする私をなぜかフェルトは捕まえることなく、案外あっさりと教室の外に出ることができた。


 




 

入学したてで構造がまだよく分かっていない中で、行く宛もないまま彷徨い歩く。


私はフェルトから逃げたいの?違う、逃げたいとか逃げたくないんじゃなくて、好感度を下げなくちゃいけないから。だから、嫌われるために逃げてる。そう、なはずなんだけど。

自分がどうしてフェルトから逃げてるのか、なんだかその理由じゃ納得しきれてなくて。

嫌われる、ために。だから逃げてるのだといくら決めつけようとしても、心の中で何かが引っかかっていて、もやもやする。

こんな状態でフェルトと話せない。フェルトと縁を切りたいメルとして、言葉を紡げない。


ひとまずどこかに隠れてやり過ごそうと足を進めると、自分以外の足音があるのに気づき反射的に振り返る。


「だ………っ、フェル、ト」


着いてきてたのはフェルトで、走ってきた勢いのまま抱き竦められる。

名前を呼ぶと腕に力が込められて、彼の悩ましげなため息が首にかかる。


「メル、なんで」


なんで、と何度も繰り返しながら、私の肩に顔を埋めてふるふると首を振っている。髪が首に触れて擽ったい。


「フェルト、擽ったい」


体に巻きついたフェルトの腕を剥がそうと身動ぎしてみるが、全く微動だにしない。

うなじの辺りに生温かい感触が落とされ、咄嗟に手で首裏を押さえた。


「フェルト、やめて」

「なんで?なんで、なんでメルは逃げるの。メルは俺のなはずなのに。なんで」


なんで、とまた繰り返すフェルトの頭に手探りで手を伸ばし、頭を撫でる。

フェルトは一瞬ぴくりと体を固まらせ、頭を撫でていた私の手首を掴んで、頬を触らせた。

しっとりと濡れた感触に気づく。あぁ、なんで私は。


「フェルト、顔を見せて」


ゆっくりと体の拘束が解かれ、腕は掴まれたままで向かい合う。

フェルトはボロボロと目を開いたまま涙を流して、メル、とうわ言のように呟く。


「メル、俺は、もう、いらない?俺、俺は」


フェルトは自身の首に手をかけ、爪を立てて、くしゃりと顔を歪ませて。




「メルに必要とされない俺は、いらない」




ぽろり、と大粒の雫をまた零した。

……あぁ、私は、いったい誰のために逃げてたのか。

守りたかったのはフェルトなのに、私のしたことは結果的にこんなにも彼を追い詰めた。

シナリオのことばかり気にして、現実の彼を見てなかった。私はゲームの中のメルシアではなく、私自身を受け入れてくれた彼が、ゲームの中と同じ彼なわけないじゃないか。

この世界にシナリオが存在しないと断言はできないし、全く気にせずにいるのはやっぱり怖い。

だけど、避ければ好感度が下がって婚約破棄できる、なんて考えはきっと間違いだ。彼は、こんなに私に依存している彼は、そんな話を持ちかけたら心中を選びそうな勢いだ。私は、彼に幸せになってほしい。それが私の隣であっても、そうでなくても。

今後のことは九井さんに相談しよう。だから今は、


「フェルト、ごめんなさい」


彼の頭を引き寄せ、抱き寄せる。私の肩に顔を埋め、嗚咽を漏らして子供のように泣く彼は、ミニッツ家にいた時の幼い彼を思い出した。10歳前後の頃の彼は、私の姿が見えなくなるとよく泣いていた。


「なに、が」

「今は、なんで避けてたか話せないです。けど、いつかちゃんと話すから。もう黙って避けたりしないから」


ごめんなさい、ともう1度謝ると、彼は埋めていた顔を上げて、困ったような笑みを浮かべていた。


「いいよ。メルが俺から離れないでいてくれるなら」

「はい。……あっでも、一緒にいられない時間もあるのでそれは許してください」

「は?」


大事なことなので付け加えると、凄い顔で睨まれる。いやだって九井さんと相談する時間とか、すっかり私のオアシスになった温室に行く時間とか……。


「……ダメですか?」

「っ……はぁ、もう分かったよ。でもメルは俺のだから。逃げちゃダメだからね」


渋々といった風にそう言って、私の手を握って指を絡ませてくる。なんだか今日は凄くフェルトが可愛い。


「ふふっ、はい。さ、教室に戻りましょうか。授業に遅れてしまいます」

「はーい。あ、お昼迎えに行くから」

「分かりました」


久しぶりのフェルトの温もりに、なんだか泣きそうになって、目を伏せた。


お久しぶりです。凄くお久しぶりです…。

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