30.国際連合構想
戦禍永久根絶の実現――そのための国際平和組織の創設を提案する。
エンドラクト新王国“外務副大臣”デモクラシア・オルテル・ライオが寄稿した短文は、瞬く間に国内外で物議を醸した。
平和維持に賛同する国々を統合した国際組織――否、超国家組織「国際連合」の創設。そして国際平和を維持するための暴力装置、「平和維持軍」がその下に運用される――。
この荒唐無稽な提案。
本来ならば新人議員の戯れ言として、新王国国内で無視されて終わるはずだったが――友邦イェルガ立法国をはじめとする大陸中部諸国の大臣や王族が、続々と賛意を示したことで、デモクラシアの提案を国内外の政治家たちは、到底無視することが出来なくなった。
戦災者救済のための臨時法案があらかた可決した新王国統一議会でも、時間の許す限り、この件に関する議論が繰り広げられることになる。
「デモクラシア・オルテル・ライオ外務副大臣は、すぐさま“国際平和機構の創設”の提案を撤回すべきだ!」
国外では続々と賛同者の名が挙がった“国際平和機構の創設”案であるが、エンドラクト新王国統一議会では、これに反対する空気が支配的だった。
声を上げてデモクラシアに賛同し、彼女を援護する者は誰ひとりいない。事前に話を聞かされていた上級大将や、外交・国防小会に属する議員たちも、まだ彼女とその提案に対して懐疑的であり、ただただ沈黙を守った。
一方、反対意見を声高に叫ぶ議員は、大変多い。
「国際連合、平和維持軍!? 夢物語も大概にしていただきたい!
だいたい各国の政治機構を解体・統合、また各国軍も同一の指揮系統に収めるだと!? その意味が分かっているのか? 歴史ある我がエンドラクト新王国と新王国軍が消滅するということだぞ!?」
その急先鋒は、デモクラシアに対して個人的な怨恨の積もる、トルンパ・アーミン・トラディッス国防大臣。由来不明の勲章と金糸で飾り立てた黒上着といい、軍需産業に肩入れして票と権力を集める手法といい、他人から嫌われる要素を集めた人間である。
そして彼は改革により、自身の既得権益が失われることをなによりも恐れており、反対に回るのは自然な成り行きであった。
(人間の屑が……)
一方のデモクラシアは、この男に心底うんざりしている。
彼が国防大臣という職位を得たのも、所詮は自身が儲けるために過ぎず、大望や野心があるわけではない。外交や軍事に関する政策に興味がなく、ましてや外交・国防小会にも属して勉強するわけでもない、国防大臣としては実に不適な男である。
デモクラシアは呆れた口調で、一応の反論をしておいた。
「私は強権的かつ即時に各国政府を解体しよう、とは言っていない。あくまでもそれは、国際連合の運営が各国政府の協力により軌道に乗り出した後の、最終段階の話だ。むしろ私にとって重要なのは、恒久的平和の実現のための平和維持軍の創設の方だ。こちらは早急に各国政府と実現を目指し、努力すべきだと考えている」
「デモクラシア外務副大臣が発表された“国際平和機構の創設”案を、私も読みました。が――」
彼女が話し終えると同時に、今度は他の議員が質問を割り込ませてくる。
「――これは国際的な平和維持組織などではない。
むしろ実質的には、対ヴィルヴァニア軍事同盟ではないですか?
賛同した政府高官たちの所属国は、いずれも先の大戦で辛酸を舐めた大陸中部の国々だ。平和を希求するというよりは、再度の戦争に備えた国際組織にしか思えない」
「再度の戦争に備えた、というのは否定しないがな。
ただ現時点の私の構想では、平和維持軍による武力行使は最終手段。国際連合はあくまで戦乱の芽を摘む交渉の場、そして侵略者どもの覇権主義を挫く抑止力になることを期待している」
「ヴィルヴァニア帝国首脳部が、そう捉えてくれるかは分かりません。
彼らは国際連合を新たな対ヴィルヴァニア軍事同盟と見做す可能性もあります。半年後の停戦・期限付平和条約の期間延長を前にして、この動きはヴィルヴァニア首脳部をいたずらに刺激するだけです。即時撤回すべきかと――」
デモクラシア外務副大臣は、分かりはじめていた。
この場には大別すると、3種類の人種しかいない。
既得権益が侵されることを恐れ、反対に回る人間。
ヴィルヴァニア帝国を刺激し、半年後の停戦・期限付平和条約の期間延長に影響が及ぶのでは、と要らぬ心配をする人間。
そして状況を見定めた上で、自身の立場を決めようとする人間。
外交や国防に精通する議員たちや、仕方なしに大臣職に就いた大物議員、政治能力に長けた古参議員たちは、みな沈黙を守っている。
彼らの思考は、デモクラシアにも読める。
まだ議員による立法――正式な法案提出が行われたわけでもない。にもかかわらず、いまから議論に加わっても現時点では利がない。もう少し状況を見定めて、甘い汁が吸えそうな方につきたい。そんなところだろう。
「――でありますから、少なくともヴィルヴァニア帝国と旧連合国との間で、無期限平和条約を締結されるまで。それまでは彼らを刺激するような外交政策を取らないことが、求められているのです」
ぐだぐだと長いだけの反対論。
それを聞き流していたデモクラシアは、ようやく相手の議員が話し終わったのを確認して怒鳴った。
「エンドラクト新王国統一議会の仕事は、ヴィルヴァニア帝国のご機嫌取りではない! 他国の顔色を窺って、外交政策が打ち出せるか!」
怯む反対派議員を他所に、立場を明らかにしない議員たちは涼しい顔だ。
その彼らの日和見を、デモクラシアは歓迎している。
(私が何をしなくても、時間が経てば経つほど有利になる)
実を言えば、“国際平和機構の創設”のために最も精力的に活動しているのは、デモクラシアではなかった。




