31.策謀
駐新王国・コミテエルス大使館小会議場にて、ふたりの男が向かい合っている。
ひとりは丸眼鏡と口髭が印象的な男、大使館職員マラタフ・コミテエルス。
そしてもう一方は、戦功を示す略綬で飾り付けられた暗黄色の制服を纏った男。
……当然ながら彼らの密談は、あまり穏やかなものではない。
「デモクラシア嬢のおかげで平和維持軍創設へ、ようやく途がひらけました」
「よくやった同志マラタフ。人民自警軍の同志100万に代わり、礼を言う。ありがとう」
国際平和機構とその下部組織となる平和維持軍の創設。
世界平和実現を目指す未曾有の超国家組織の構想者は、そしてその実現のために最も精力的に活動しているのは、デモクラシア・オルテル・ライオではない。
「こちらこそ人民自警軍情報部の方々には、たいへんお世話になりました。今後も世界革命実現のために、どうかよろしくお願いいたします」
国際連合構想をぶちあげ、デモクラシアや各国政府高官たちを裏で操っている存在がある。それは、世界革命による各国政府の転覆と、世界規模の中央集権を企む国家。5億5000万の人民と100万の準軍事組織「人民自警軍」を抱える大国、コミテエルス共同体であった。
彼らの安全保障政策は、独特かつ悪辣だ。周辺国を強引な政治工作により衛星国化し、ヴィルヴァニア帝国のような侵略国に対しては、この衛星国を盾として自国領を守る。その安全保障政策を拡大させたものが、今回の国際連合構想であった。
(大陸中部の中小国家群を統合した国際連合を、我がコミテエルス共同体が自由自在に操る――この構想が成功すれば、我々はもう帝国主義者に悩まされることはなくなる)
大陸中部諸国を国際連合として一括りにした後、その国際連合を裏から操る。それはすなわち大陸中部各国軍の指揮権と、対ヴィルヴァニア帝国の縦深防御を得られる、ということである。
そのために現在、駐新王国・コミテエルス大使館職員マラタフのような多くの同志たちが、大陸中部の諸国で暗躍している。
そうした彼らの努力は現在実りつつあり、国際連合創設運動は順調な滑り出しを見せていた。
「ところで」
国際連合創設に関する話題が一段落したところで、今度はマラタフが切り出した。
「東部方面特別軍管区の再編の進捗はいかがですか」
「我が管区の話か」
マラタフに向かい合う男――コミテエルス人民自警軍中将、イヴァ・コミテエルスは無感情に呟くと、しばらく口を開かなかった。
当然ながらコミテエルスの安全保障政策は、国際連合構想のみに頼るものではない。
コミテエルス人民代行部渉外課(外務省に相当)が国際連合創設に向けて動く一方、国内ではヴィルヴァニア帝国軍との再戦に向けた総力戦体制が敷かれており、先の大戦で大損害を負った東部方面特別軍管区の再編を急いでいる。
西侵するヴィルヴァニア帝国軍の第一撃を防ぎ止めるのは、盾となる大陸中部諸国軍からなる国際連合平和維持軍の役割だ。が、疲弊して攻勢限界点を迎えたヴィルヴァニア帝国軍を駆逐するのは、他でもないコミテエルス人民自警軍となる。
国際連合創設だけでは、コミテエルス人民代行部が計画した対ヴィルヴァニア安全保障政策は完成しない。
「人民の献身的努力により、東部方面特別軍管区の再編は順調に進みつつある」
沈黙を破ったイヴァは、淡々とした口調でそう言った。
現在コミテエルス人民自警軍内で主流となっている新戦闘教義は、極めて攻撃的なものであり、それに基づいて東部方面特別軍管区も再編が続いている。
次なる戦争で主力を担うのは、2本足で行軍する従来の歩兵ではない。
師団・軍団単位で編制された優速の陸戦用融合騎と、魔力稼動式機械化歩兵、輸送用大型翼竜に空輸される空挺兵、竜車に乗車した通常歩兵が、敵戦線に高速殺到し、前線を食い破り、主力部隊を包囲殲滅する。
それを援護するのは、これも師団単位で編制された砲兵。
そして単騎の性能よりも量産性を重視した戦闘攻撃騎が、敵後方を粉砕する。
融合騎や砲兵を分散配置していた旧編制では実現不可能な、まさに新時代の戦闘教義――そして世界最強の戦闘教義。
が、実際のところ、この戦闘教義は机上の空論になりつつある。
次のヴィルヴァニア戦に投入されるであろう東部方面特別軍管区でさえ、陸戦用融合騎も機械化歩兵も、通常歩兵を輸送する竜車も配備は遅々として進んでいない。
実際のところイヴァ・コミテエルス中将はもはや、電撃的攻勢を採る新戦闘教義を諦めつつある。おそらく二次大戦は従来通り、コミテエルス人民の献身頼り――身も蓋もない人海戦術を頼みにすることにだろう、と想像していた。
「次なる戦争では大陸中部諸国軍がヴィルヴァニア帝国軍を押しとどめ、我が東部方面特別軍管区がこれを粉砕する。この線でいく」
「それを聞いて安心しました。実を言えば我々渉外部の中には、人民自警軍の再編がどの程度進んでいるのか、情けないことに不安を抱えている者も多くいるので……」
イヴァの反応を窺っていたマラタフは、内心でやはり、と思った。
東部方面特別軍管区の再編は、思うように進んでいないらしい。イヴァは軍の体面を守るために言葉を選んだようだが、経験豊かな外交官であるマラタフにとって、そんなものは簡単に見抜けてしまう。
(秘密主義の弊害だ――だがこれで我々渉外部がやらなければならないことはわかった)
自国軍の再編が遅々として進んでいないのであれば、外交の力でエンドラクト新王国軍をはじめとする大陸中部の各国軍を強化するほかないであろう。
次回更新は2月6日です。




