21.新王国統一議会議員選挙候補者、デモクラシア・オルテル・ライオ
新王国暦109期・海の月の1日。
ついに本格的な夏を迎え、澄み渡った青空に蓋されたエンドラクト新王国は、ついに戦後初の新王国統一議会議員選挙――その立候補者公表日を迎えた。全国に存在する告示用掲示板には、立候補者の姓名や前職が大書された紙が張り出され、新聞社は立候補者の一覧を掲載し、こぞって特集を組んだ。
投票日は1月後。
人々は自身の選挙区の立候補者を確認し、隣人や友人と誰に投票するか、活発な論評を繰り広げはじめる。彼らにとって選挙は全国規模の大祭であり、そして特別な意味をもつ祭典でもあった。この自由選挙を守り抜くため、エンドラクト新王国民は建国以来100年にも渡り、隣国の帝国主義・拡大主義に屈することなく、不断の努力を続けてきたのである。
自由選挙と投票は、エンドラクト新王国の過去と現在を貫く根幹なのだ。
公表日の朝、投票箱と投票用紙が象られた新王国の国旗が、日の出とともに全国の空へ掲揚された。
そしてデモクラシア・オルテル・ライオは、エイシーハ市を含むエンドラクト新王国大中央選挙区から起ちあがり、街頭演説に奔走しはじめた。
その彼女を待っていたのは、市民からの熱狂的な声援、そして――。
「こうして立候補できたってことは、まあなんとか凌げたみたいだな」
「ああ、国家警察のおかげもあってな」
次の演説先へ向かうべく、陸竜の曳く竜車へ乗り込もうとするデモクラシアの傍には、エイシーハ国家警察署警護課の警察官、クロウス・クオッタ・ゼルキュリスが。さらにその周囲を、自動拳銃を懐に隠した私服警官や、警護課きっての対魔術戦の巧者たちが固めている。
国の威信がかかる、というよりも国体そのものとも言える新国王統一議会議員選挙、その被選挙人となったデモクラシアを待っていたのは、国家警察による厳重な身辺警護体制であった。
「先日の襲撃事件の折には、本当に世話になった。感謝している」
「まあな。われわれ国家警察は、市民の生命と平等を守る城砦として日々精進している」
デモクラシアの痛烈な皮肉を、半笑いを浮かべて何事もなく受け流したクロウスは、「次の予定まで時間がないから、早く乗車してくれ」とデモクラシアや、その傍を決して離れない召使のセルン、退役軍人ファゼルを促した。
(彼女が候補者になった途端に、これだ)
それまでもっぱらデモクラシアの警護を担当し、街頭演説の警備の指揮を執ってきたファゼルとしては、突然現れたエイシーハ国家警察署警護課の連中が面白くない。自分の仕事が取られたため、というよりは、やはりこれまでの経緯を考えると、国家警察の人間を素直に受け容れるのは、彼には難しかった。
(それに警護とは聞こえがいいが、候補者に付けられる警護課の連中の本当の任務は、選挙法違反を防止するための「監視」だ。とても歓迎できるもんじゃない)
それも痛くない腹を探られるのならばまだいい。
だがしかし現実には、デモクラシア周りはどうも「痛すぎる」ことが多すぎた。
(間違いなくこのお嬢様はいろんなことを隠している)
デモクラシア・オルテル・ライオは、自身が持っている広大な人脈を隠匿している――おそらくイェルガ立法国をはじめとする大陸中部の国々や、非合法活動に手を染める冒険者達とつながりを持っている。しかも対外工作・政府転覆を得意とすることで悪名高いコミテエルス共同体が、急接近してきているのだ。
(正直、いつ難癖をつけられて逮捕されてもおかしくないぞ)
竜車へデモクラシアが乗り込んだ後も、周囲に注意深く目を光らせるファゼルではあったが、その表情はどことなく冴えない。
その表情を見かねてか、警察官らしくない馴れ馴れしさでクロウスが彼に話しかけた。
「おいファゼルさん、考え事かい?」
「はい、クロウス警護課員殿。まあいろいろと」
「まあ選挙戦について、鬱々と考える必要はないんじゃねえのかい。
この大中央選挙区の立候補者の大半は、売名目的の連中だ。当選なんざ最初っから狙ってねえよ。あんたらの大敵、トルンパ議員の息がかかった奴も見当たらない。こっちとしちゃあ楽でいいよ。また冒険者でも差し向けられたらたまらねえ」
半笑いでうそぶき、無精ひげの生える顎を撫でさするクロウス。
だがファゼルからすれば、その言葉は聞き捨てならないものだった。
「あの冒険者は、トルンパ議員が用意した刺客だったのですか?」
「いや、直接じゃねえ。だがトルンパ議員の指示の下、国民防衛戦線が雇い入れた、ということは間違いないそうだ。情報課から回ってきた『新王国統一議会議員選挙候補者 デモクラシア・オルテル・ライオ 警護に関する諸注意』とかいう薄っぺらい小冊子にはそうあった」
「では国民防衛戦線およびトルンパ議員には、なんらかの刑罰が――」
「それは警護課員の俺に聞くことじゃねえな」
ぴしゃりと言い放ったクロウスに、ファゼルは口を閉じた。
あの卑怯な保守派議員が裏で動いているために、今回もお咎めはなし、ということか――ファゼルは表情にこそ出さなかったが、心中暗澹たる思いでいた。当選したとしても、強大な政敵となったトルンパをなんとかして潰されなければ、政治生命と物理的な意味での生命を何度も狙われる羽目になる。
そんなファゼルの心中を察したか、クロウスはさも気楽そうに言ってのける。
「まあ俺は、あのお嬢様のことが気に入った。
やれるだけのことはしてやるつもりだよ。任せとけ」
「……」
ファゼルとしては、返事をする気にもなれなかった。
目の前の不良警官の言動は冗談なのか、本気なのか、彼にはよく分からなかった。少なくとも現役であったときには、上官にも同期にも部下にもこういう性格の人間はいなかったからである。




