19.不屈のデモクラシア
「わたしは反民主的暴力集団の脅迫に、決して屈することはない」
中央大陸暦944年、風の月の15日。
冒険者や国民防衛戦線の襲撃の可能性を警戒しつつも、エイシーハ中央広場では「12日事件(冒険者エイシーハ襲撃事件)慰霊祭」が開かれた。集まった勇気ある市民の数は、約3000名。
そしてその前でデモクラシア・オルテル・ライオは、自由主義・民主主義を信奉するエイシーハ市民を鼓舞する大演説をぶった。
「我々は先の大戦で帝国主義・拡大主義を掲げるヴィルヴァニア帝国軍の脅迫と、侵略を退けて、崇高な自由民主主義を防衛した! 言論の自由が、普通選挙が、ヴィルヴァニアの暴力的専制に優ることを証明した!」
彼女が演説の機会を与えられた理由は、単純である。
エイシーハ市長や国家警察庁の高官らは、慰霊祭会場への襲撃の危険性に恐れをなし、この慰霊祭に出席しなかった。名のある人間としては、せいぜい気骨のある警察庁警備局情報課のルビャリ・チェイキ・コアン情報課長や、機動隊の指揮官らが出席した程度である。
これでは慰霊祭の格好がつかない――エイシーハ市職員から成る慰霊祭実行委員会の人間は、そう考えた。そこで彼らは今回の事件において、最大の被害者ともいえるデモクラシアに、慰霊祭出席と慰霊祭会場で二言三言の意見を求めたのである。
「だがわれわれ自由民主主義を愛する善良なる市民は、再び試練の秋を迎えようとしている! 今度の相手は、国内勢力――言論の自由を封殺せんとする反民主的暴力集団である!」
その機会を利用しないデモクラシアではない。
彼女は内心で臆病者の市長や国家警察庁の人間を嘲笑い、二言三言の意見どころか、予定を大幅に超過した演説をぶちあげた。力強い身振り手振り、燃え上がる深紅の瞳が、会場に集った民衆の心を掴むのに、そう時間は要らなかった。
「愚かにも彼ら国民防衛戦線は、私を――いや平和と自由を愛するわれわれ模範的市民を、“反王国的売国奴”と糾弾している! だが本当に“反王国的売国奴”であるのは、いったいどちらであろうか?」
ここでデモクラシアは、沈黙した。
一方、民衆達は、「国民防衛戦線だ」と口々につぶやいた。
そうして市民達が自身とエンドラクト新王国を脅かす存在を認識したところで、デモクラシアは扇動を再開した。
「暴力による言論封殺! これは専制主義・帝国主義を掲げるヴィルヴァニア帝国の愚行と、なんら変わることはない!」
「そうだッ! 国民防衛戦線こそ売国奴!」
「暴力に恐怖するほど、われわれの民主精神は軟弱ではないぞ!」
まるで計算され尽くしたような時機で、群集の中から絶叫が上がった。
「そうだ! われわれカヴェリアは、最後のひとりまで自由民主主義の存亡を賭けて戦う! エンドラクト自由民主主義を愛する市民諸君ッ、暴力による脅迫に屈することなく、どうか我々とともに戦って欲しい!」
予定時間を大幅に超過した演説は、市民達の喝采と拍手に包まれて終わる。
驚くべきことに政治的中立を保つべき会場警備の警官の中にも、デモクラシアに対して声援を送る者が現れていた。彼らが襲撃を恐れて出席しない上司よりも、不屈の少女に信頼を寄せるのは、当然であろう。
◇◆◇
こうして反戦平和団体「カヴェリア」は、エンドラクト新王国における絶対的正義と見做されるようになった。一方、慰霊祭会場にて指弾された「国民防衛戦線」は、国民にとって絶対的な悪――「なにをされてもやむをえない存在」に成り下がった。
また大手新聞社はこぞって慰霊祭会場でのデモクラシアの演説全文を載せ、おおいに部数を稼いだ。彼らにとってデモクラシア・オルテル・ライオは、素晴らしい逸材であった。まるで物語や小説の主人公めいて波乱に巻き込まれ、それでも不屈の精神を見せる彼女――それを追う記事を、購読者達は求めている。
大手新聞各社の報道により、デモクラシア支持の動きはエイシーハ市外にまで波及した。
それどころか国民防衛戦線内からも、脱落者が続出した。売国奴の可能性があるとはいえ、デモクラシアひとりを消すために、どれだけ無実の人間を犠牲にすればいいのだろうか――過激行動路線に限界を感じ、ついていけなくなった構成員は、少なくなかった。
「やることなすこと、すべて裏目に出ていますな」
ヘイトル・タイジウ・スリニ上級大将もまた、そのひとりだった。
一方、彼に冷ややかな言葉をぶつけられた相手、保守派議員のトルンパ・アーミン・トラディッスは、表情を醜悪に歪めたまま、苛立ちで震える手で紙巻煙草になんとか火を点けた。
紫煙が、議員控室に漂う。
ヘイトル上級大将とすれば、もうトルンパと国民防衛戦線には期待をかけていなかった。
それどころか彼らの活動は害悪だ、とまで思い始めている。
(デモクラシア・オルテル・ライオは、想像以上に有能な人物らしい)
ヘイトル上級大将の美徳とすべきところは、目的と手段を決して混同しないあたりにある。ヴィルヴァニア帝国に対抗出来る国防力の拡充という目的のため、それを邪魔する非現実的平和主義者を排除する。ところが、デモクラシア・オルテル・ライオは従来の非現実的平和主義者とは、良くも悪くも一線を画す。
(話が通じない非理性的平和主義者とは異なる。加えてあの宣伝力、扇動力、人望。あれを国防戦略上の宣伝に利用することが出来れば――)
だがしかし。憎い平和主義者を排除することしか頭にないトルンパは、ヘイトル上級大将の変心に気づくことはなかった。それどころか、議員とは思えない下劣な言葉を、ただまくしたてる。
「あの小娘、ただ殺すだけでは終わらせんぞ!
陵辱と拷問の末に、陸獣の餌にしてやるわ!」
程度の低いトルンパの怒りの声を無視したヘイトルは、やはり、という思いを強めるばかりだった。手を組むべきは目の前の議員ではなく、デモクラシア・オルテル・ライオに間違いない。彼女をなんとか変節させ、あるいは利用する道を探すべきなのだ。
(やはり俺が出来るのは軍団を指揮することくらいか。人を見る目はとことんないな)
確かにヘイトル上級大将には、人を見る目がとことんなかった。
トルンパという愚かな議員と組んだことは、疑うまでもなく明らかに失敗であった。
そして後に「カヴェリアは自由民主主義そのものであり、カヴェリアを疑うことは自由民主主義を疑うことと同義である」と宣言し、粛清の嵐を巻き起こす独裁者――デモクラシア・オルテル・ライオの台頭を、このとき彼は無抵抗に許そうとしていた。
……無論、この時点では彼女の本性を誰もが見抜けていなかったのだから、ヘイトル上級大将のみが責められるべきことではないだろうが。




