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解悦

ある時、ジョンが言った。

「先生、路銀が尽きました」

一計を案じてロバはジョンに耳打ちする。ジョンは嫌そうな顔をする。翌日、幾つかの荷を質に銭を借り、貧相な馬を一頭買い付けた。橋の真ん中でロバが馬の尻を撫でると、馬は大糞を垂れた。その糞をかごに拾い集めながら、弾む声で

「いやー、大量大量。目出度い、目出度い。ありがたい」

「ほんに、おめでとうなのでござりますだー」

馬の糞を大喜びで集める二人の男。ロバとジョンの、その頭の目釘が抜けた様な振る舞いに、ひそひそ言い合う者もいた。充分耳目を集めておいて、橋の下の河原で集めた馬糞をジャブジャブ洗い始めると、群集はドカンと笑った。しかし、次の瞬間、馬鹿の持っていた糞の方向から聞きなれた、しかし鳴る筈のない、人の相好を崩す音。つまり、チャリチャラ、キンキャラ、銭と銭のこすれる福音が周囲に響き渡った。シンと静まり返った中で、チャリンチャランと鳴っていた。やがて、すっかり糞を洗い終えた二人がその場を後にすると、人々はかまびすしく喋りだした。


翌日、噂を聞いた者もいるらしく橋には黒山の人だかりが出来ていた。

「あれま、ジョンさんや、馬が糞を垂れよった」

「ほんに、めでとうござりますー」

よっ、待ってました、なんぞと調子乗りも中には居たが、ロバとジョンの銭糞を洗う様子をみな息を詰めて見物した。

「せんせー、これは銭でござりますか」

「打ち合わせたら、何と鳴く」

「べとべとり、と鳴きまする」

「あーそれはただの糞」

見物衆から笑い声と、しっかりしろぃの掛け声が飛ぶ。

「せんせー、これはどーですか」

「打ち合わせたら、何と鳴く」

「価値有り、価値有り、と鳴きまする」

「おお、それそれ、それこそがぁ銭の音ぉ」

昨日と同様、チャリチャラ、カチカチャリと鳴ると、やんやの大喝采が轟いた。すっかり洗い終えて立ち去ろうした時、黒山から、福福しく肥えた商人まろび出て曰く

「そ、そこなお二人、しばし待たれよ。銭糞垂れるその馬を、ひとつ私に呉りゃしゃんせ」

「この不可思議な馬を、ただで呉れと仰るか」

「金貨10枚、20枚。21枚付けますので、どうかお願いします」

「相分かった御大尽、そこまで言うならこの馬は、二十とぉ一枚で譲りましょう。ところで其処元のお名前は」

「材木屋フンババ」

「では、材木屋ぁフンババどののー。お買ぃい上げえー」

「お買い上げー」

見物衆より歓声があがる。よっ、材木屋ぁ。


三日後、そろそろ町を離れようと、ロバとジョンが支度していると、往来の真ん中に怒声が飛んだ。見ると馬を売った商人だった。

「この糞野郎め。三日待っても一向に銭糞ひらんやないか」

「何を怒っているんですか?」

「金返せ、馬が、銭糞垂れんのや」

「馬には何を食わせてますか?」

「なんや干草や、当たり前やろ」

「ああ、そりゃいけない」

「なに」

「銭を食わずに、銭糞を垂れる道理は無い、十枚喰わせれば十枚分、百枚なら百枚分の糞を垂れよるでよ」

往来の人が大笑いしたので、商人は赤くなって帰ってしまった。翌朝、ロバが金貨15枚を商人の店に届けて、使ってしまって残っていない事を謝罪した。商人は腹を立て、ロバに金貨を投げつけ「いにさらせ」と言ったので、ロバは拾って旅立った。この話を聞いた人々は、あそこの店は一旦約束した商取引は自分の損に成ってさえ反故にしない、と聞いた。材木屋は繁盛し、街は益々栄えたと云う。


糞を掴ませる悦び、銭を投げ付ける楽しみ。儲けを押し付けて殺気を抑える


負けた時こそ信用を得る好機




先生は仰った。

「もし間違っていたら、火、の玉を食う」

以来「火の玉を食う」は弟子による伝聞体の枕詞となった。転じて、挙国団結、鬼畜外夷を討滅し、四海の内皆兄弟弟子とする事を「一億火の玉」と称した。


誓う事は酔う事




有鹿王は晩年、死を恐れ、道士の類と親交した。王は近侍へ言う。

「存在とは何か、実存とは何か、実存は存在するのか」

ある時、王宮の馬場で一頭の馬が死んだ。通りかかった王は近侍へ言う。

「問おう。今あそこに鹿が死んでいる、死してなお鹿は有りや無しや?」

死んでタマシイがどうのを論じているのであろうが、現実の死体は馬だった。若い臣は鹿ではなく馬ですと正直に言った。

「・・・・・・青ざめた馬は、馬にあらず」

王はそう言って不敬罪で臣の若い麦のような首を刈り取った。以来、有鹿王が水銀を飲んで没するまで、誰も王へ諫言しなくなった。


形而上の悦び




『奴隷』ジルは、奴隷出身だった。早い内からソーマ・トーマに助力し、平民の身分を手に入れた。奴隷商として一人立ちした後も、教王とは個人的な付き合いがあり、黒魔術用の男児の調達、聖化などを請け負った。顎ヒゲを剃り上げた容貌から「青ジル」「青大将」とも呼ばれた。ジルは生涯に二十九度結婚をした。どの花嫁も元奴隷だった。奇しくも二十八人が結婚半年以内に病没していた。二十九人目の妻ダリア・ポーシェスも元奴隷だった。


ジルは出かける際、鍵束を妻に渡して言った。

「この鍵を使って、屋敷のどの部屋にでも入って良いけど、一番大きな鍵の部屋にだけは入っちゃ駄目だよ」

夫の留守中、初めダリアは言い付けを守っていたが、好奇心に負けて地下室の鍵を開けてしまった。部屋には、いくつかの作業台と骨と毛と前妻のような魚があった。脂の乗った鰯の塩漬けの臭いに驚いて、鍵を血だまりへ落としてしまう。落ち着いて、落ち着かなければいけないと言い聞かせて、鍵を拾い上げ、元通り部屋に鍵を掛け、鍵に付着した血を洗い流していると、丁度ジルが帰って来た。顔面にテラテラと灯火を照り返すジルは、いつもより体臭がきつかった。ジルは半笑いで言う。

「言い付け通り、留守中に、一番、大きな鍵の、部屋に、入ってないだろうね?」

できるだけ落ち着いて、はいと言ってダリアは頷いた。

「それじゃあ、鍵を、確かめてみようよ」

ジルは言って、長い舌をダリアの手の中の鍵束へ伸ばして、丁寧に一本一本をねぶり上げた。手に震えの起こるのをジルへ気取られないよう息を詰めて押さえた。

「あれ、あれれ。一番、大きな鍵に、味がするよ?」

ばれた。他の妻たちのように「ヤラレル」前に「ヤルシカナイ」と瞬間、ジルはダリアの手首を取って背後へ回る、肩越しに

「僕の、留守中に、何か、したのぉ?」

「それは」

「それは?」

「留守中に、大きな、鍵、鍵で」

「鍵でぇ?」

「一番、鍵、寂しくて、すみません」

「へぇ、鍵で、本当?」

「・・・・・・はい、しました」

「それじゃ、確かめてみようよぉ」

「・・・・・・いや」

ジルは傷ついた鹿を追い詰める猟犬のように鼻をくんくんさせながら、罪深いヘソを調べ始めたので、ダリアは短刀で喉を掻いた。充分に血抜きした後、塩に漬けて地下倉庫で保管し、都度小分けに消費させた。


ダリア・ポーシェスは夫から引き継いだ事業を発展させ、他に夫を持たなかったので、貞淑な女性のお手本として有名になった。全てが明かされたのは死後、手記が見つかった為である。


変態性の保存と消費、被消費、罰の悦び




狼と狐は心臓を熊に狙われたので、協力して熊と闘った。猫が熊へ言った。

「いくら仲の悪い者でも心臓を狙われれば協力する。腕一本ずつ、鼻一つずつ取るようにしなさい。脅威が微小なら協力しなくなる」

熊は猫の言う通り、狼の腕を食い千切って「狐に理由を聞け」と言い、狐の鼻を食い千切って「狼を怨め」と言った。やがて狼も狐も頭を残して胴体はすっかり食べられてしまった。頭だけに成ってなお、狼と狐は互いに罵り合っていた。


罵倒の愉悦




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