小さな花が咲きました
私がお食事召喚者として働き始めて数ヶ月が経ちました。
お仕事のほうは順調です。
支部長さんは適度にお休みを入れてくれますし、ラセルさんはしっかりお金の事を管理してくれていて、わざわざ自分の休日を使って私達の商業ギルド預かりの口座開設まで手伝ってくれました。
なんだかこの世界の銀行というのは私の知る郵便貯金とは比べ物にならないくらい色んなオプションがついていて、私には正直ちんぷんかんぷんでした。
他の街でも同じ口座の額が伝達されるのも有料オプションですし、その伝達に不備があった時の補償が貰えるサービスもオプション扱いで有料。
さらには山賊、モンスター等の危険な存在にギルドのある街が壊滅させられた場合の補償オプションなんていうのまであって、もう何を選べばいいのかって感じです。
まぁ、そのあたりはいいんです。
自分で選んだら何が最適だったかぐるぐる考えちゃってたでしょうけど、ラセルさんに全部お任せしましたからね。
お金の管理は専門の人に任せて安心です。
というわけで、今の私の不安は……。
「動くなよキリコ。俺の背中から離れるな」
「は、はいぃぃ」
私達はただいま、門外漢の私には素材がわかりませんけど、鎧や剣を身に付けたおじさんお兄さん達に囲まれてます。
なぜこんな不思議な世界なのにモヒカンなんですかといいたくなる人ばかりです。
「おらどけよ猫のおっさん。その姉ちゃんは俺達と一緒に来るんだよ」
「キリコの居る場所はキリコが決める」
「なら話は簡単だなぁ。賢い姉ちゃんならこの人数とおっさんをぶつけたりしないだろ」
「だ、そうだが。キリコはどうだ」
「え、えと、あのパダムさんはどう思います!?」
「キリコ、はっきりと意思を示せ。俺の拳はお前の拳だ」
「あ、う……あの、じゃあ、私を守ってください!私、この街を離れたくないです!」
初めて屋台を開いた時にケーキを買ってくれたお母さんと女の子は、あれからもお祖母さんの味が恋しくなると屋台に来てくれる。
他にも、ちょっとずつ街の人がお金を出し合って皆で思い出の味を分け合ったりしてるのを見ているから。
私はこの場所に居たい、そう願いを込めてパダムさんにお願いしました。
するとパダムさんはその背中に力をみなぎらせて、肩を怒らせて鋭い爪の生えた手を生き物の顎のようにして足を肩幅に開いて大地に根をはらせ、私を連れて行こうとした人達を威嚇し始めます。
パダムさんのその姿を見て顔を歪たおじさん達は物騒な武器を抜きはなち向かってきます。
神様に聞いたんですけど、祈念法にも攻撃的な使い道があるそうなんですけど、神様に嫌な奴やっつけて!的な祈りってスルーされちゃうらしいんですね。
だからこういう人達の中に祈念法の使い手がいて、パダムさんを遠距離からファイヤー!とやられる心配は無いわけです。
そうなるとどうなるかと言いますと。
「ぐえー!」
「兄貴ー!」
「ひぃっ!剣が、剣が砕けた!」
「冗談じゃない!こんな化け物みたいな奴と戦っていられるか!俺は抜けさせてもらう!」
私には見えないんですけど、なんだか一斉に襲いかかった人達が瞬きする間に武器や鎧を破壊されてですね。
「ふん!」
「ぐっ……ばぁっっ」
私を小脇に抱えたパダムさんがその動きのままこそーっと私の背後に忍び寄っていた人を周囲の家の屋根くらいの高さまで打ち上げます。
あの人大丈夫なんでしょうか、後で警邏隊の人達にやりすぎで怒られないでしょうかと私は思わず体を縮こまらせました。
でもパダムさんは違うんです。
堂々と立って、胸を張って答えを吼えました。
「二度と来るなよ!貴様らのような卑劣漢には二度目の容赦はないぞ!」
ここしばらく、パダムさんのこういう言葉を良く聞きます。
なので、なんであんなに毅然と言い切れるのか聞いてみたらですね。
自分の力に対する自信もあるけど、それ以上に持っているのは自信ではなく信念だと教えてもらいました。
信念……わ、私の皆に思い出の一品を食べてもらいたいという気持ちも、いつか信念にできるでしょうか。
はっ、そうじゃないですよね。
話がずれました。
こんな具合に私をこの街から連れ去ろうとする人達が後を立たないんですよ。
パダムさんが居てくれるから私はこうしてぼんやりしていられますけど、居なかったらあっという間に連れ去られてご飯召喚師ではなくマシーンになっていたでしょう。
なんだか以外と平然としてる私ですけど、理由があります。
私は自分の事は信じていませんがパダムさんのことは信じています!
なんていうんでしょう、パダムさんは頼りがいのある雰囲気だしてますし、実際頼れる人ですし、できれば一生養って欲しいところです。
外から見れば祈念法でお金を稼いでる私をパダムさんが護衛してくれるので、私が養う人みたいな関係なんですけど、実際逆ですからね。
パダムさんが守ってくれるから祈念法でお金が稼げて生活ができるというのが正解です。
だから私はパダムさんに深い感謝の念を抱いているのです。
間違っても時々ぴくぴく動くひげが可愛いなとか、尻尾すりすり撫で上げさせてくださいとは言えません。
そんなセクハラじみた事はしちゃいけないとは解ってるんです。
でも、触りたいなぁ。
そんな私のイケナイ欲望を露とも知らず、パダムさんは屋台を牽く体勢に戻ります。
うう、好きなんだけどいいだせない、自分から告白して玉砕するのが怖い!
こんな事ならパダムさんにご飯を出して嫁に来ないかと言ってもらった時にはいと言っておけばよかったです。
私、胸ないし、スタイル良くないし、顔の作りも……いや、顔の作りはなんていうか、虎顔のパダムさん的にはあんまり重要じゃない要素かもしれませんけど。
とにかく告白する勇気がもてません。
なんて悩んでる私ですけど、これはいけるんじゃ、と思うのは食事の時間。
パダムさんの好みの食事……とは言ってもパダムさんの部族に伝わる体を強くするのに食べる食事を考えて食べているみたいですが……をお出しするとですね。
毎回美味かったぞ!と私の事を抱きしめて、猫のお口をおっきくしたような顎の、ふわっとした毛並で頬ずりしてくれるんです。
これは脈有りなんじゃないですか!?と毎回思ってしまうわけです。
でも、パダムさんが頬ずりするほど好きなのは、出してる食事の方なのか、私の方なのかわからないのです……。
こういう時、空気を読むチートとか貰ってもよかったんじゃないかとも思うんですが……。
そんなの貰いませんでしたからね、私、バカですから。
後からこうやって後悔するんです……。
そんな、パダムさんに守れて、守られる内にもっと好きになって、でも言い出せない。
ダメダメな状態が数年続きました。
それも五年目には終わりを告げました。
神様に力を貰って、パダムさんに守られて。
屋台や食堂でご飯を出し続けて、五年です。
私も二十代の後半に差し掛かって、結婚したい気持ちが強まってきた所でした。
神様のくれた力と五年の歳月は、私にちょっぴりの勇気と自信の芽を出しつぼみをくれました。
私は、そのちょっぴりの勇気と自信を使って、一世一代の事をしようとしています。
いつものように、偉い人、最近は子爵どころか公爵様までお店に現れるようになったので大変です、に料理をお出しして、一日の仕事を終わらせた後。
人の居ない広場で鍛錬の時間が欲しいといつものようにいうパダムさんについて行って……。
ここで、私は勇気を振り絞るんです。
「あの、パダムさん。鍛錬の前に少しお話いいですか?」
「なんだキリコ。改まって」
私の目の前に居るのは、五年間ずっと影に日向に私を守ってくれた人。
私の、大切な人。
だからこの気持ちを伝えたい。
「パダムさん。初めて会った時、私に嫁に来いっていってくれましたよね」
「ん?ああ、言ったな」
「私、二十七の嫁き遅れですけど、まだあの言葉は有効ですか?ずっと守ってくれた、心も体も強い貴方が好きです」
ちっぽけだけど、精一杯の勇気を出した告白。
お願いですパダムさん。
私の気持ち、受け取ってください。
「キリコ」
「ひゃいっ!」
パダムさんに抱え上げられて、私はもう半分夢心地。
逞しい胸にもたれて、縋りつくような私の、清潔感を出す為に髪が後頭部で纏められているおかげで丸出しの首筋を。
がぶりとされました。
「ひゃあ!?パ、パダムさん!?」
首根っこをつかまれるとはいいますが、首根っこをかまれたのは初めてです。
甘がみですけど、多分これつばでべとべとになってます。
しばくそんな状態が続いて、パダムさんが口を放したら言うんです。
「お前の命、確かに俺が預かった。キリコ、お前は俺の命を預かれるか?」
どういう意味だろうと思っていると、パダムさんが服の首元をさらけ出しました。
ええと、つまり、これは私にも噛みつけと。
「告白直後なのに難易度高いですね!」
「嫌なのか?」
「嫌、では無いですけど。誰か見てませんか?」
「大丈夫だ。誰も見ていない」
パダムさんは嘘を言ってないと思うけど、思わず私は周りを見回しました。
それで、誰も居なかったから。
私も噛み付いちゃいました。
口の中に張り付く毛並み、パダムさんの首筋は、毛皮が厚くて鼻まで埋まってしまいます。
口も鼻もパダムさんの匂いで埋まって。
「ぷはぁ……うぅ、パダムさん。パダムさん……」
「キリコ、略式だがこれで俺達はもう夫婦だ。後悔はしないな?」
「略式ですか?本式だとどうなるんです」
「交わりながらこれを行う」
「ま、まじっ……うぅぅ……」
さっきまでパダムさんと恋人的な関係になったと喜んでいたらこれですか。
すいませんね二十代も後半で乙女なままで。
その、本番の事を考えると怖いんですけど……パダムさんなら、優しくしてくれる、かな?
なんて、ちょっと良い雰囲気になったかなーと思った時でした。
パーンと派手な音と紙ふぶきと共に懐かしい人が傍に立っていました。
「おめでとう桐子ちゃん。少しは自分に自信がもてたみたいだね」
黒いシルクハットに、金髪の美男子、そう私をこの世界に送った神様です。
パダムさんを見ると誰だこいつみたいな感じで首を傾げて居ましたが。
何の用なのかなって思ったら、ハッとしました。
も、もしかして私の仕事が世界になんらかの悪影響を及ぼしたので、力を取り上げにきたとか!
それとも実は今までの五年間が夢で、私は相変わらず無力で何も出来ない二十二歳のニート女です!とか!
もしかして、もしかして……。
「おいキリコ。顔色が悪いぞ。お前、キリコに何をした」
「いや、お祝いしに来ただけなんだけどね。まぁ桐子ちゃんの考えすぎ、かな」
力が無くなったらお仕事なくなっちゃう、パダムさんも……いや、パダムさんはどうろう。
さっきみたいなこともしたしパダムさんは傍に居てくれるかな……?」
「はいはい、桐子ちゃん。僕は力を奪いに来たわけでも、君のせいで世界がおかしくなったから消しに来たわけでもないよ」
「え?えぇー、でも他に私なんかに会いに来る理由が……」
「十分あるでしょ。君はこの数年で自分から人に想いを伝えるっていう行為を成し遂げた。これは君があちらに居たときから比べたら、凄い進歩じゃないかな」
「あ、う……」
「だから、おめでとう。僕も力を与えた甲斐があったと言うものだよ。さて、もう行かないと」
ちょっとあわただしいですね、と思ったら神さんの取り出した時計には針が無かった。
うん?と思っていると、神さんは続けていった。
「君以外のどん詰まりに居て、それを克服した人間達におめでとうを言いに行くつもりなんだ。時間なんてないのと一緒さ。それじゃあね、桐子ちゃん」
言い終わると神様はどこかに消えてしまいました。
パダムさんは神様の気配を探っているか、注意深く耳を動かしています。
「なあキリコ。今のは一体なんなんだ」
「えっとですね。神様が私達の仲を祝福してくれた。それでいいじゃないですか」
「あれが神なのか。神というのはもっとこう、威厳に満ちているものだと思った」
「そういうの、むかーし散々やって疲れたんですって」
「ふっ、神も疲れるのか。面白いな」
「ですよね」
「ふははは、さて、鍛錬を始めるから見ていてくれ、キリコ。お前を守る、俺の力を」
私を地面に降ろすと、パダムさんは柔軟運動をしてから型を始めました。
それは雄雄しくて、猛々しくて。
私はずっとそれに魅せられてきました。
こんな人を手に入れられたのは神様のおかげ。
神様、私ちゃんと感謝して、善く生きると誓います。
困っている人が居たらできるだけ助けます。
社会的なしがらみで、ご飯で直接社会貢献はできないけど、孤児院とか施療院にお金で貢献します。
そして最後に、本当に、本当に自信がつくチートを、ありがとうございます、神様。
こうして、私はちょっとずるをするような特典を貰って、初めて心に自信の花を咲かせる事が出来たのでした。




