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窓際魔導士の溜息  作者: 桐条
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10. 忙しない双子(3)

 水晶越しにナズナを視ていたルディアは「やっぱり」と(のたま)うと、ニマニマと歪む口元に両手をあて、わざとらしく隠している。“やっぱり”の意味がわからず首を傾げるナズナを見る目が、若干生温かい。

 ルディアの言葉以降イルネスから発せられ始めた謎の冷気から身を守るため、ナズナは無意識に腕を摩った。


「イーちゃん!あったよぅ魔術痕! ふふっ♡」

「え、魔術痕ですか?どこに?」


 ルディアの思いがけない言葉に、ナズナは慌てて背中側を見ようとする。


「う・な・じ・の・ト・コ・ロ♡」

「………………………へぇ……」

「………………………ふぅん……」


 うなじか、それなら自分では見れないな、などとナズナは顎に手を当て呑気に思いつつ、先程ルミナスが喰らった電撃へと思考を巡らせていた。そこにふと、見事シンクロした深海より深く低い双子の呟きが耳に入った。さすが双子!と感動する暇も無く、絶対零度まで室温が下がる。

 ナズナは困惑しながらも冷気発生源な双子に声をかけようと思った。しかし不可思議な凍った空気を破るには勇気が、少し足りなかった。この寒さのなか、いつも通りののほほんとした空気を纏うルディアを背後に感じ、心の中で賞賛を送る。

 物音を発することが躊躇われるような静寂のなか、ナズナは双子に声をかけようと自分を叱咤した。

 が、荒く踏み締める足音に、それは破られた。

 苛立ちを床へと叩き付けるように歩きながら、ルミナスがナズナへと手を伸ばす。


「おいナズナ!ちょっとみせっ、ぐぅ」

「待ちなさい、ルミナス。また電撃を喰らいたいんですか」


 ナズナの肩に指先が触れるかというところで、イルネスはぐいっとルミナスの襟首を摑み、勢いよく引っ張った。崩したバランスを整えながら2、3歩後退した弟を「そこで待ってなさい」と留め置くと、ナズナの背後にまわる。


「ナズナさん、髪を上げて頂けますか」


 後ろ髪をまとめて持ち上げたナズナは、しかしすぐにそれを後悔した。背中に浴びる極寒の吹雪は、体どころか肝まで冷やした。

 なぜか生命の危機をひしひしと感じているなか、イルネスの一言でさらに状況が悪化することになる。


「…うなじにキスマークが付いていますが、心当たりはありますか?」


 直後前方からも吹雪を浴びることとなった。ナズナの胃がキリキリと痛む。

 双子の前後からのブリザード攻撃に耐えつつも、付いているらしいキスマークについて考えた。昨日からの出来事を振り返る。


「特に思い当たらない。 本当にキスマーク?虫さされじゃないの?」

「そうですね。ある意味虫さされですね。害虫ですが」


 ナズナは視界の隅で、イルネスがポーチから眼鏡を取り出すのを捉えた。

 イルネスは魔術を解析する時にこの眼鏡の魔道具を使うので、おそらくこのキスマーク(?)が魔術痕なのだろう。


「つーかナズナ!こんなことすんのあのヤローくらいじゃねえか!!」

「あのやろー…」

「鴉野郎だよ!カ・ラ・ス!! 昨日今日お前と会ったはずだぞ!…そんときのだろっこれ!」


 少し離れた場所から距離を保ちながらも、ルミナスがナズナに食って掛かる。

 ルミナスが鴉野郎と呼ぶのは一人きりだ。漆黒の髪と闇夜に星影の瞳を持つ、ナズナにとって途轍もなく面倒くさい男、ヴァイス。


 確かにナズナは昨日ヴァイスと王宮図書館で会った。しかしキスマークなんかを付けられるような出来事が思いつかない。

 ヴァイスが勝手に結んだ契約をなんとかしない限り、ナズナとヴァイスが甘い関係になることは有り得ないと、ナズナは言い切れる。そうでなければ、ナズナはヴァイスを許すことさえ出来そうもないのだ。

 甘い時間を共有した記憶もないのに、キスマークなんぞ付くだろうか。相手に気付かせることもなく皮膚を吸い上げたことになる。ある意味相当の手練だ。女にとって信用できない最たる男だろう。

 うなじに付いているということは、後ろをとられたということになる。思い返せば、昨日の右ストレートは背後から抱き込まれそうになり見舞ったのだった。


「あ。」


 原因に思い当たったナズナは、無意識に声を零した。


「あ、じゃねーよ!!! 鴉野郎なんかに気ぃ許すな!!」

「待った!気を許してなんかいない! あの時は気が抜けてたかもしれないけど」

「あいつの前で気を抜くなっつってんの!!」

「だって気が付くといるんだ!長々と居るんだよ! ずっと気を張ってろっていうの!?」

「そうだ!!」

「普通に無理」

「ナズナだしムリじゃないだろ!」

「面倒い、疲れる、だから嫌。 気を張り続けることで得られるメリットとデメリットが見合わない」


 色恋に似合わない損得の話が出てきて、ルミナスは言葉を失った。

 イルネスは魔術解析をしながらナズナとルミナスの言い争いを聞いていたのか、面白そうにルミナスの先を引き継ぐ。


「メリット・デメリットとは?」

「ヴァイスに身体的セクハラをされないことがメリット。そのために心身にかかる疲労がデメリット。 ヴァイスの好意の示し方は子どものそれとあまり変わらない。嫌がれば止めるし。ウンザリはするけど、ずっと気を張り続ける方が疲れる。 だからメリットよりデメリットに天秤は傾ぐ」

「ふんっ、ホントはまんざらでもないからじゃねぇの?」


 腕を組んでそっぽを向いたルミナスは、不貞腐れたように言った。イライラが抑えきれないのか、靴先で一定のリズムを刻んでいる。


「…そんなことあるわけないでしょう」


 部屋に響いていたリズムが、ピタリと止まった。

 時間が止まったのかと思わせるほど、空気が凍っている。


 今回の原因はナズナの冷えきった一言だった。

 ナズナは基本的に、笑っているときはもちろん泣いていようと怒っていようと、どこか温かさがある。感情を削ぎ落とした声を聴くことなど、滅多にあることではない。


 普段からいえば異常ともとれるナズナの雰囲気に押され、双子は声を発することが出来なかった。

もう少し続きます。

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