第1話 公式ストア?
鍋の蓋が、かたかたと小さく鳴っていた。
目を開けると、窓から差し込む朝日が床を照らしている。
台所から漂ってくるのは、野菜を煮込む匂いと、パンの焼ける香ばしい匂い。
ボクは布団を押しのけ、勢いよく起き上がった。
「……よしっ!」
今日は待ちに待ったスキル鑑定の日だ。
どんなスキルが手に入るんだろう。
剣術がいいかな。
それとも、魔法が使えるようになるスキルだろうか。
どちらにしても、冒険者として役立つスキルだったら嬉しい。
そんなことを考えながら顔を洗い、台所を覗くと、母さんが竈の前でパンを裏返していた。
「おはよう、母さん!」
「あら、おはよう、レイン。今日は随分と早起きね」
「うん! 今日はスキル鑑定の日だからね!」
母さんは振り返ると、ボクの顔を見てくすりと笑った。
「ふふっ。そんなに楽しみなの?」
「もちろん! だって、どんなスキルが手に入るのか、ずっと楽しみにしてたんだもん」
「そうねえ。レインは小さい頃から冒険者になりたがっていたものね」
母さんの横から皿を二枚取り出す。
「母さん、パンはもう焼けた?」
「ええ。そっちの二つは大丈夫よ」
「じゃあ、運ぶね!」
温め直したパンを皿に載せ、食卓へ運ぶ。
昨日のパンは端が少し硬くなっていたけれど、こうして焼くといい匂いがする。
パン屋で働いている母さんは、こういう食べ方をよく知っていた。
続いてスープをよそおうとすると、母さんがボクの手元を覗き込んだ。
「レイン、底から混ぜてね。お芋が沈んでいるから」
「分かってるよ」
お玉で鍋の底をすくい、二つの椀へ順番に注ぐ。
最後に残った芋を母さんの方へ入れたところで、隣から手が伸びてきた。
「それはレインの分よ」
「母さんの方が少なかったよ?」
「あなたの方がたくさん食べるでしょう?」
「でも、母さんだって今日は仕事なんだから」
母さんは二つの椀を見比べてから、匙で芋を半分に割り、片方をボクの椀へ戻した。
「はい。これなら文句なしね」
「……もう、母さんったら」
そこまできっちり分けなくてもいいのに。
そう思いながら向かいの椅子に座ると、母さんは満足そうに自分の分を口へ運んだ。
ボクもパンを手に取り、端をかじる。
ぱり、と気持ちのいい音がしたのは最初だけで、その奥はなかなか手強かった。
「……今日のパン、ちょっと硬くない?」
「スープにつければいいのよ」
「先に教えてほしかったなあ」
「あら、いつもそうしているでしょう?」
そうだった。
今日は少し、落ち着かないのかもしれない。
パンの端をスープへ浸す。
ゆっくり数を数えてから引き上げると、今度は無事に噛み切れた。
向かいで母さんが笑っている。
「そんなに急がなくても、スキルは逃げないわよ」
「急いでいるわけじゃないんだけど……やっぱり気になるんだよ。ボクにどんなスキルがあるのか」
「そうねえ。母さんも楽しみだわ」
母さんはスープを一口飲んでから、ふと思い出したように顔を上げた。
「でも、レイン。冒険者になったからって、いきなり遠くの森へ行ったりしないでね?」
「分かってるよ。最初は王都の近くで、弱い魔物から倒していくつもりだから」
「本当に?」
「うん、本当だよ」
「無茶もしない?」
「しないってば。心配しすぎだよ、母さん」
母さんはじっとボクを見つめたあと、ようやく安心したように微笑んだ。
「それならいいわ。約束だからね?」
「うん、約束!」
ボクも笑って頷き、スープを飲む。
薄い塩味の向こうに、煮崩れた芋の甘さがあった。
「ねえ、母さん」
「なあに?」
「ボクが冒険者になってお金を稼いだら、バターを買ってこようか」
「あら、いいわね」
「パンに、端までたっぷり塗るんだ!」
「端まで?」
「うん! 真ん中だけじゃなくて、ちゃんと端まで!」
「まあ、それはずいぶん贅沢ねえ」
母さんが大真面目に頷くので、ボクもつられて笑ってしまった。
朝食を終えると、椀と皿をまとめて洗い場へ運ぶ。
「母さん、お皿はボクが洗っておくよ」
「あら、いいの? 早く行きたいんじゃない?」
「お皿を洗うくらいの時間はあるって」
「ふふっ。じゃあ、お願いしようかしら」
洗い終えた皿を拭いて重ね、食卓のパン屑も集める。
それから服を整えて玄関へ向かうと、母さんが後ろからボクの肩を軽く叩いた。
「レイン、襟が曲がっているわよ」
「あ、本当?」
母さんが折れた襟を直してくれる。
「ふふっ、気付くかなって、何度か襟元を見ていたのよ?」
「えっ? だったら教えてくれればよかったのに」
「だって、嬉しそうにしているレインが可愛かったんだもの」
「もう、母さんったら……」
母さんは楽しそうに笑いながら、襟元を整えてくれた。
「はい、これでよし」
「ありがとう、母さん」
「どんなスキルだったか、帰ったら聞かせてね」
「うん! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
戸を開けると、朝の空気が頬に触れた。
ボクは一度振り返って手を振り、王都の通りへ駆け出した。
*
家の前の細い道を抜けると、王都の大通りはもう賑わっていた。
店先で野菜を並べる人。
空の籠を腕に掛けて歩く人。
荷車を押しながら、大きな声で道を空けてくれと呼びかける人。
ボクも慌てて脇へ寄り、積み上げられた木箱を見送った。
「おっと、危ない危ない……」
荷車が通り過ぎた向こうでは、露店の主人が林檎を布で磨いていた。
一つ一つ丁寧に拭かれた実が、朝の日差しを受けてつやつやと光っている。
「……美味しそう」
今度、お金が貯まったら母さんに買って帰ろうかな。
そんなことを考えながら歩いていると、腰に剣を下げた二人組がボクを追い越していった。
一人は革鎧、もう一人は金属の胸当てを着けている。
歩くたびに鞘が揺れるのに、二人とも気にした様子はない。
楽しそうに談笑しながら、慣れた足取りで人混みを抜けていく。
「……格好いいなあ」
思わず呟いてしまった。
ボクも冒険者になったら、あんなふうに歩けるようになるんだろうか。
視線を落とすと、すり減った自分の靴が目に入った。
「……まずは靴を買い替えた方がいいかな」
つま先を持ち上げてみる。
まだ穴は開いていないし、もう少しは使えそうだ。
ボクは顔を上げ、冒険者ギルドへ向かって歩き始めた。
やがて、大きな建物が見えてくる。
王都の冒険者ギルドだ。
入口の前には武器を持った冒険者たちが行き交い、扉が開くたびに賑やかな声が聞こえてくる。
「……よしっ!」
少し緊張しながら、大きな扉を押し開けた。
中は想像していた以上に賑やかだった。
壁一面に貼られた依頼書を眺める冒険者たち。
長い槍を壁に立てかけ、荷物を確認している人。
大きな袋を担いだ人が受付へ向かい、その脇を職員が書類を抱えて通り過ぎていく。
すごい。
みんな、本物の冒険者なんだ。
しばらく周囲を眺めてから、ボクは受付へ向かった。
「あの、すみません」
「はい。どうされましたか?」
「今日、スキル鑑定を受けに来たんですけど……」
「ああ、鑑定ですね。十三歳になられた方ですか?」
「はい!」
「それでは、あちらでお待ちください。順番にお呼びしますね」
「ありがとうございます!」
案内された場所へ向かうと、すでに何人かの少年少女が並んでいた。
みんな、ボクと同じくらいの年齢だ。
緊張している子もいれば、友達同士で楽しそうに話している子もいる。
ボクも列の最後尾へ並ぼうとした、その時だった。
「なんだ。お前も来たのかよ」
聞き覚えのある声に振り向く。
そこにいたのは、できれば会いたくなかった相手だった。
「ダン……」
襟元まできれいな服を着ていて、靴には泥一つついていない。
ダンはボクを上から下まで眺めると、鼻で笑った。
「お前、またその服かよ」
「まだ着られるからね」
「はっ! 新しい服も買えねえのか?」
「別に困ってないよ」
袖口には、母さんが丁寧に縫ってくれた跡がある。
少し糸の色は違うけれど、ちゃんと直してあるし、着心地だって悪くない。
「相変わらず貧乏くせえな」
「……」
ダンはいつもこうだ。
何かとボクを貧乏人だと馬鹿にしてくる。
でも、母さんとの二人暮らしは楽しいし、今の生活にだって満足している。
だから、そんなことを言われても別に気にならなかった。
そんなボクの反応が面白くなかったのか、ダンは不機嫌そうに顔をしかめた。
「ちっ、つまらねぇ……まあいい。どうせお前には、大したスキルなんて出ねえだろうしな」
「……まだ分からないじゃないか」
「はっ! 分かるんだよ、ボケっ!」
そう言って、ダンはボクから離れていった。
……なんだったんだろう。
まあ、いいか。
それよりも、もうすぐ鑑定だ。
ボクは列の先へ視線を向けた。
台の上には、大きな水晶が置かれている。
ちょうど前の人が手を載せたところで、水晶が淡く輝き始めた。
すると、その上に文字が浮かび上がる。
「おおっ!」
思わず声が出てしまった。
あれがスキル鑑定なんだ。
早くボクもやってみたい。
そうして待っているうちに、とうとう順番が回ってきた。
「次の方。お名前をお願いします」
「レインです!」
「レインさんですね。それでは、こちらへ」
職員に促され、ボクは水晶の前へ立った。
「この水晶に手を置いてください」
「はい!」
そっと掌を載せる。
ひんやりとした感触が指先から伝わってきた。
次の瞬間、水晶が眩い光を放つ。
「わっ!」
思わず目を細めた。
光が収まると、水晶の上に文字が浮かんでいた。
____________________
【スキル:こうしきすとあ】
【ランク:EX】
____________________
「……こうしき、すとあ?」
思わず首を傾げた。
聞いたことのない名前だ。
剣術でも魔法でもない。
そもそも、どういう意味なんだろう。
「あの、これってどんなスキルなんですか?」
隣にいる職員を見上げる。
けれど、職員も困ったように眉を寄せていた。
「……こうしきすとあ? 初めて聞くスキルだな」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。少なくとも、私は聞いたことがない」
職員は水晶を覗き込み、さらに首を傾げた。
「……ん? EX?」
「どうかしたんですか?」
「いや、こちらのランクも見たことがなくてな」
「ええっ!?」
スキルだけじゃなく、ランクまで?
「EX……Eに別の文字が付いているということは、Eより下……なのか?」
「えっ? Eより下なんですか!?」
「う、うむ……おそらく、そうなのだろう」
そんなあ……。
ボクはもう一度、水晶に浮かんだ文字を見つめた。
こうしきすとあ。
EX。
何度見ても、意味は分からない。
すると、背後から大きな笑い声が響いた。
「ぶははははっ! Eより下だって!?」
振り向くと、ダンが腹を抱えて笑っていた。
「おいおい、そんなランクがあるのかよ! お前、どんだけ弱えんだ!」
「……まだ、弱いって決まったわけじゃないよ」
「はあ? Eより下なんだろ? それに、こうしき……何だっけ? 変な名前のスキルじゃねえか!」
ダンは笑いながら、ボクの肩を小突いた。
「そんな外れスキルじゃ、冒険者になんてなれねえだろ!」
「でも、何ができるかはまだ分からないし……」
「はっ! どうせろくに稼げねえよ! 母親と二人で貧乏暮らしでも続けてろ!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がむっとした。
「……母さんを馬鹿にするなよ」
ボクが言うと、ダンの笑い声が止まった。
「ああ?」
「ボクのスキルを笑うのはいいけど、母さんは関係ないだろ」
母さんは毎日、一生懸命働いている。
今朝だって、ボクのために朝ご飯を作ってくれた。
そんな母さんを馬鹿にされるのは、嫌だった。
ダンは一瞬だけ言葉に詰まったあと、ふんっと鼻を鳴らした。
「……何だよ、偉そうに」
「偉そうになんてしてないよ」
「ちっ。まあいいさ! その外れスキルで、せいぜい頑張るんだな!」
ダンはそう言い残し、向こうへ歩いていった。
ボクは小さく息を吐く。
「……はあ」
せっかく楽しみにしていたのになあ。
もう一度、水晶へ目を向ける。
けれど、そこに浮かんでいた文字は、すでに消えていた。
*
帰り道。
ボクは朝と同じ大通りを歩いていた。
「こうしきすとあ……こうしきすとあ……」
何度口にしても、やっぱり意味が分からない。
こうしきって何だろう。
すとあも分からない。
「……うーん」
頭を捻っていると、すぐ近くから威勢のいい声が聞こえてきた。
「さあ、いらっしゃい! 今日の林檎は甘くて美味しいよ!」
顔を上げると、朝に見かけた林檎の露店だった。
店先には赤い林檎が山のように積まれている。
ちょうど客が一つ買ったところらしく、主人の掌で銅貨がちゃりんと鳴った。
「……いいなあ」
ボクも早く、自分でお金を稼げるようになりたい。
そうしたら、母さんに林檎を買って帰れるのに。
……いや、その前にバターだったかな?
「どっちも買えるくらい稼げたらいいんだけど」
思わず笑ってしまった。
それにしても、スキルが何の役に立つのか分からないのは困ったなあ。
冒険者になったら、魔物と戦うことになる。
できれば、剣を使うのに役立つスキルが欲しかった。
「……まあ、考えても仕方ないか」
スキルが分からなくても、父さんの剣はある。
まずは冒険者登録をして、自分に倒せる魔物から少しずつ挑戦していこう。
そう決めると、少しだけ気持ちが軽くなった。
ボクは通りを曲がり、家へ向かった。
*
「ただいまー!」
戸を開けて声を掛けたけれど、返事はなかった。
母さんはもう仕事へ出たらしい。
台所の鍋には蓋がしてあって、朝に洗った皿もきちんと棚へ戻されている。
ボクは椅子を引いて腰を下ろした。
「……さて、と」
誰もいない家の中で、改めて自分のスキルについて考えてみる。
こうしきすとあ。
……うん。
やっぱり分からない。
「そもそも、どうやって使うんだろう?」
剣術のスキルなら、剣を振ればいいのかな。
魔法なら、魔力を使うのかもしれない。
でも、こうしきすとあって……。
「……とりあえず、名前を呼んでみようかな」
ボクは椅子に座り直すと、スキルを意識しながら目の前へ手を伸ばした。
「『こうしきすとあ』!」
その瞬間だった。
ぱあっと目の前に光が広がる。
「わあっ!?」
驚いて身体を仰け反らせると、椅子の脚が床を擦った。
な、何!?
慌てて目の前を見る。
すると、そこには薄い板のようなものが浮かんでいた。
向こう側の壁が透けて見える、不思議な板だ。
「……なんだろう、これ?」
恐る恐る指を伸ばす。
すると、指先が板の表面に触れた。
「……あれ? 触れるんだ」
向こう側が透けて見えるのに、ちゃんと手応えがある。
試しに指を滑らせてみると、触れたところが淡く光った。
「へえ……不思議だなあ」
そんなことをしていると、板の上に文字が浮かび上がった。
____________________
『公式ストアにようこそ!』
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「……これが、ボクのスキル?」
どうやら、さっきの言葉で呼び出せたらしい。
でも、いったい何ができるんだろう。
目の前に浮かぶ板を眺めていると、表示されていた文字がぱっと切り替わった。
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【初心者応援キャンペーン】
初回限定初心者応援スターターパック
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今なら90%OFF!
初回限定・お一人様一回限り
これから冒険を始めるあなたを応援します!
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「……すたーたーぱっく?」
聞き慣れない言葉だった。
でも、パックということは、何かをまとめて売っているのかな。
王都のお店でも、薬草を束にして売っていることがある。
だったら、これも何かの詰め合わせなのかもしれない。
「……何が入っているんだろう?」
ボクは表示された商品に指を伸ばした。
すると、触れた部分が淡く光り、画面が切り替わった。
「わっ、変わった!」
そこには、いくつもの品物の名前が並んでいた。
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【初回限定初心者応援スターターパック】
《セット内容》
・アイテムポーチ
ランク:B
収納数:0/50
・疾風の鉄剣
ランク:B
素早さ+50
・幸運の指輪(小)
ランク:B
幸運値+5%
・丈夫な革当て
ランク:B
守り+15
・身軽な羽靴
ランク:B
素早さ+50
・回復薬×5
・魔力回復薬×5
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「……えっ?」
思わず画面へ顔を近づけた。
鉄剣に、革当てに、靴。
それに指輪や回復薬まで入っている。
「……こんなに?」
指を滑らせると、下に隠れていた文字も見えるようになった。
もう一度、上へ戻してみる。
ちゃんと元の場所に戻った。
「へえ……こうやって見るんだ」
それにしても、すごい。
アイテムポーチは五十個も物を入れられるみたいだし、鉄剣や靴には素早さが上がる効果まで付いている。
どれも、これから冒険者になるボクには嬉しいものばかりだった。
「……あれ? でも、これって全部Bランクなの?」
スキル鑑定の時、職員さんはEより下かもしれないと言っていた。
なのに、この商品にはBランクの装備がいくつも入っている。
「……どういうことなんだろう?」
少し考えてみたけれど、答えは出なかった。
とりあえず、今は商品の方が気になる。
ボクは画面を戻し、もう一度スターターパックの値段を確認した。
「……あれ?」
通常価格、銀貨五枚。
その下には、キャンペーン価格、銅貨五枚。
「銀貨五枚が……銅貨五枚?」
銀貨一枚は銅貨十枚。
つまり、銀貨五枚なら銅貨五十枚だ。
それが、たったの五枚?
「……安すぎない?」
四十五枚も安くなっている。
こんなに値下げして、お店は大丈夫なんだろうか。
いや、そもそもお店なのかな、これ。
「……変なスキルだなあ」
思わず呟いてしまった。
けれど、もう一度セット内容を思い返すと、自然と頬が緩んでしまう。
父さんの鉄剣も大切だけど、あの疾風の鉄剣も使ってみたい。
身軽な羽靴だって、今履いている靴よりずっと良さそうだ。
「……欲しいなあ」
ボクは改めて文字を眺めた。
初心者応援。
これから冒険を始めるあなたを応援します。
「……応援してくれるんだ」
なんだか、ちょっと嬉しい。
さっきギルドでは散々笑われたけれど、少なくとも、この不思議な板はボクを応援してくれるらしい。
それに、これだけの品物が銅貨五枚で買えるなんて、普通のお店では考えられない。
「……でも、五枚かあ」
今のボクには、銅貨一枚だって持ち合わせがない。
母さんに頼めば、少しくらいは出してくれるかもしれない。
でも、それは嫌だった。
冒険者になると決めたんだから、最初のお金くらいは自分で稼ぎたい。
「……よしっ!」
ボクは椅子から立ち上がった。
部屋の隅には、亡くなった父さんのお古の鉄剣と革鎧が置いてある。
ボクはその前へ歩み寄り、鞘に収まった剣を手に取った。
少し重たいけれど、両手で持てば問題ない。
「まずは冒険者登録だね!」
それから王都の近くで弱い魔物を倒して、少しずつお金を貯めるんだ。
銅貨五枚なら、頑張ればきっと貯められる。
そうしたら、あのスターターパックを買ってみよう。
ボクは剣を鞘へ戻し、もう一度、宙に浮かぶ板へ目を向けた。
「……それにしても」
剣術でもない。
魔法でもない。
どうやらボクのスキルは、想像していたものとは随分違うらしい。
「……ボクのスキルって、お買い物をするスキルなのかな?」
誰も答えてくれない。
ただ、目の前の板には、銅貨五枚で買えるたくさんの品物が並んでいる。
「……ふふっ。楽しみだなあ」
ボクは小さく笑い、父さんの剣を元の場所へ戻した。
どうやらボクの冒険は、まず銅貨五枚を貯めるところから始まりそうだった。




