弱点
上司と二人、出張でビジネスホテルに泊まったときのことだった。
宿泊した翌日の朝、上司の顔色が優れなかったので心配して尋ねたら、自分は霊媒体質で霊を引き寄せてしまうのだと教えてくれた。
昨晩も幽霊が出て寝不足なのだと。
普段の堅く真面目な上司の口から幽霊という単語が出るなんて思ってもみなかった。
上司は冗談を言っているようには見えなかった。
むしろ自身の体調を気遣ってくれた部下(私)に対して、精いっぱい真摯に答えてくれているように見えた。
出張先の職場に向かう道すがら、上司は昨日の晩に起きた事件を語ってくれた。
「急に霊媒体質なんて言っても信じられないだろ。私は外泊すると高頻度で金縛りに遭うんだ。だから悪霊除けのために高名な祈祷師の方にいただいた数珠を身に着けて寝るようにしているんだけれど、今回うっかり家に忘れて来てしまってね。そしたら案の定、金縛りに遭ってしまった」
上司は、頻繁に掛かってくる不動産詐欺や光回線勧誘の電話と同じくらい迷惑なのだ、と分かるような分からないようなことを言った。
金縛りは日常茶飯事の出来事だと言いたいのだろう。
「昨日は数珠がないから必ず金縛りに遭うと分かっていた。それで枕元に祓いの塩を置いた。私はもう慣れてるから、金縛りに遭うときは『むっ、今…来るぞ…』と分かるんだ。だからその直前に塩を握りしめておいた。昨日現れたのは中年サラリーマンの霊だった。もしかしたらビジネスホテルで過去に何かあったのかもしれない。中年サラリーマンの霊は悪霊だったよ」
なんだか上司が歴戦の強者に見えてきた。
「悪霊は私の首を絞めてきた。握った塩は祈祷してもらった特別な祓いの塩だから効果はあるのだけれども、いつもお守り代わりに持っているだけだから量が少ないんだ。だがみすみす首を絞められている訳にもいかない。私はどうにか握った手を開いた。すると握っていた塩がちょうど悪霊の頭部にパラパラと降りかかった。しかしそれだけではとても除霊できるような量ではない。万策尽きたと思った。…ところがだ…」
ところが…どうしたんだ。
私は上司の話に夢中になっていた。
「ところが…悪霊中年サラリーマンの頭部にかかった塩は効果を発揮したんだ。悪霊中年サラリーマンの頭部がどんどん祓われ、地肌が見えてきた。…そう、彼はカツラだった。被っていたカツラだけが除霊されたのだ。悪霊中年サラリーマンは照れくさそうに笑って消えていったよ…」
危なかった…ギリギリの戦いだったと上司は言った。
「もし眼鏡をかけた悪霊だったら、眼鏡を祓えば逃げ切れますね」と私が言ったら、珍しく上司は目尻を下げて微笑んでくれた。




