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The Ender  作者: エニ
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第2話 聖痕《スティグマータ》

ーー魔力。


 それは万物に宿る不可思議な力。いつしかふと現れ、今に至るまでどこから来てどこへ行くのか、全く分かっていない。


 分かっていることは僅か。


 1つは存在、生存の証明。物質にすら宿る反面、生命が死を迎えるとその殆どが何処へともなく霧散する。


 2つ、全ての存在に宿るが、その魔力の保有量はそれぞれ一定ではない。


 3つ、その力を操ることは難しいが、もしそれが可能になったならば強大な武器となる。例えば戦争の道具、兵器となり得るほどに。


 中でも一際高い魔力を持つ者達。その殆どがとある特徴を持っていた。光り輝く『痣』である。魔力を放つ折に放たれる謎の痕。生まれながらその身体に流れる魔流に刻み込まれた魔力の結晶。


 何故そんなものが存在するのか。いつどこで刻みつけられたのか。理解など、できようはずもない。人知を超えた更なる未知。そんなものを持つ生命は、人間は、果たして人間と呼べるのか……。


 故にそれは称賛、或いは皮肉を込めてこう呼ばれた。


ーー聖痕スティグマータと。






「……何かあったかしら?」


 怜悧ながら困惑を含んだ様子の女性は普段通りを装いつつも、いつもよりもギクシャクとしている2人を見つめていた。海堂と榊。先程まで黒乃と共にいた2人である。


「い、いえ、そのなんでも……」


 榊は苦笑いを浮かべて濁す。


「ところで、碧子さん。今日はどういった用件ですか?」


 はぐらかすような海堂の口振りに眉を顰めながらも、女性ーー八神碧子は仕切り直すように咳払いを一つ。


「先日の魔力暴走事件、聞いているかしら?」


「ああ、場所までは覚えてませんが……、なんでもかなりの範囲が魔力の波で灼けたって聞いてます」


「僕知ってます。東都南部の養護施設で起こったんですよね」


 碧子はコクリと頷く。


「そう。現場から半径約2kmが高濃度の魔力で灼けてしまったわ。今まで似たようなことが起きたとしても精々十数m。規模が違うわ」


 碧子がデスクから浮かび上がったキーボードを叩くと中空にスクリーンが映し出された。映るのは小さな施設の写真と、それらにまつわるデータの塊。


 魔力の暴走自体は専ら、というわけではないが時折起こる事件だった。大概は魔力の扱いに慣れない子供達が原因であり、大した事件にはならない。つまりこれは、ある意味彼らにとって初めての事例であった。


「……今は国立魔導隊(ここ)除去隊(クリーナー)が魔力の除去を行なっているところよ」






 ガチャガチャと物騒な音のなるダンボールの検品を終え、黒乃は漸くひと段落というところにいた。銃か何かよく分からない部品の塊は重く、仕分けるのも一苦労である。


 他に詰まっているものと言えば、訓練で使うであろう魔法書の山。流石の黒乃も積み上がったそれを見上げて変な笑いが出てしまった。


 見るも難解な分厚い魔法書。そこに記されているのは普通の学校で習うような簡単なものではない。魔法のスペシャリストが集う、この国立魔導隊の若年者達のために用意されたものだ。魔法使いの中でも精鋭中の精鋭にこの魔法書が行き渡ったなら、きっと大きな戦力になるだろう。


 とはいえ、黒乃の手の中では砂粒ほどの意味もない。彼は自嘲するように鼻で嗤うと、魔法書を箱の中へと返した。


ーー何故、魔力が『無い』のだろう。


 何度も自問し、しかし答えを得ることは叶わなかった。全てのモノに宿る魔力。それを持たない黒乃は特異な存在と言って相違ない。


 その辺の石ころにすら魔力は宿るというのに……、どうして……。


 生きているかどうか、どころではない。自身の存在すら疑う毎日。


ーー抜け殻。石ころ以下の、存在……。


 黒乃は嘆息する。無駄だ。考えたところで意味はない。どれだけ考えても自身に魔力が無いことは説明することは出来ず、まして答えなど望むべくもない。彼はまた一つ自嘲気味に鼻で嗤い、荷物の山に手をつけた。


「……うん?」


 ふと、彼の目に妙なモノが映った。隅に埋もれるように鎮座するそれは、荷物の山とコンテナの暗さで目立たなかったがいつもの荷とは明らかに違うものだった。それは酷く薄汚れたようなーー


「四角い、水晶……? いや……ーー」






「ーーひどいもんだ……。周辺の被害はどうだったんですか?」


「被害は……、ないわ」


 含みのある答えに榊が眉を顰める。


「被害なし、ですか? その辺りは確か民家があったはずじゃ……」


 ええ、と首肯する碧子。


「……ここからは、重要機密よ。一切の口外を禁止するわ」






ーー本で見たことのあるような高濃度の魔力の結晶に近い。だが、それにしては大き過ぎる。しかも中身が全く見えないほどの不透明さ。曇り、濁り、まるで純度が高いようには見えない。妙に思い、タブレットで調べようとしたその時、彼の目に結晶の奥でチラリと何かが見えた気がした。


「今のは……」


人の手に見えた。





「ーー……馬鹿な。ありえない」


「ええ、ありえないわ。人の手では決してありえないことが、今起こってる」


 魔力での被害はなかった。そう、なかったのだ。初めから『民家に住む人々など存在しなかった』。


「私たちですら見落としていた。強力な幻覚の魔法よ」


「人々が住んでいるということを、幻覚で上書きするなんて……。そんなこと、できるんですか……?」


「できるわけがない。幻覚魔法は高等魔法だ。術者と対象に明確に力の差がなければ簡単にはかからない。まして、地域一帯を幻覚で覆うなんて芸当、聞いたことがない」


 海堂も榊もまるで信じられないでいた。2人とも高位の魔術師であるが、彼らにとっても人を惑わす魔法というものは非常に難しいものだった。


「本当に、手掛かりは何も無かったんですか?」


 榊が絞り出すように尋ねる。


「……一つだけ。爆発の中心地に」


「……暴走の原因ってことですか?」


 海堂へ碧子が首肯する。


「恐らく貴方達と同じ、聖痕刻印者(ホルダー)の可能性が高いわ」


 海堂が右手の甲を、榊が左掌を見遣る。そこにはそれぞれ不思議な痣が浮かんでいた。


「それもただの聖痕刻印者じゃない……」






 目を疑った。当然だ。結晶の中に人が閉じ込められているわけがない。あくまで結晶というのは何かのきっかけで高濃度の魔力が凝縮し、物質化したものに過ぎない。そんなものの中に偶然人が入るなど万が一にもあるわけがない。


 ……黒乃の知識が、一つの予感に辿り着く。もし仮にあるとするならば、強力な魔術師が自ら魔力を凝縮し、そこに閉じ籠もること。万一、それができるのなら、それではまるでーー


「ーー……結界」


 だが、理論的にそれが可能だとして実際にはできるはずがない。現在存在する稀代の魔術師と云われた存在でさえ、結界の魔法には強力な術式の補助が必要なのだ。きっと見間違いだろう。そう思った彼は結晶の奥を覗こうと、ペタリと手を触れた。


ーー触れてしまった。






「聖痕が、二つ……!?」


「聖痕の反応が二つあった以上、その可能性が高いわ」


 碧子が別の資料を表示する。そこには確かに、強力な魔力が二重になっていることを示していた。


「……確かに、聖痕を二つも持っている人なら、これだけの暴走の規模も肯ける、か」


 驚愕する榊に比べ、海堂は幾分か納得している様子だった。


「それでその人は今、生きているんですか?」


「……一応、生きているわ」


 碧子はデスクの資料を切り替える。


「今日、貴方達が運んできた積荷の中に入っているはずよ」


 2人はあまりに予想だにしなかった言葉に面食らってしまった。


「ひ、人を運んでいたんですか!?」


「しかし、そんなものは何処にも……」


「少しだけ違うわ」


 碧子が新たな資料を表示する。そこに映し出されたのは、酷く濁った四角い結晶体だった。


「正確には、人を包んだ魔力の結晶体。……その人物はーー」





 手を触れる。黒乃にとって、そこに大した意図はなかった。澱んだ水底を覗くように、ただ目を凝らしたかっただけだった。


 手を触れた。その時、ーー光が奔った。


「え……ーー」


 黒乃の触れた箇所から生まれるように幾筋もの光が結晶体を駆けていく。出来損ないの葉脈のようなそれはいつしか結晶全体を包み込む。


 黒乃はただ呆然と眼前の光景を見ている以外にはなかった。何が起こっているのか、何をしたのかすら理解できない。






「ーー何らかの方法で、自らを魔力の結晶の中に、封印したの」






 光が弾け、結晶も弾け飛ぶ。迸る光と結晶のカケラ。そしてその最中、彼の目の前に一つの影がゆらりと現れた。それは光の影響か、それとも幻か。彼の前で様々な形を為していく。


 或いは大いなる慈愛を秘めた聖母か。


 或いは強き力を持つ戦士か。


 揺らめく影がやがて一つの姿を形作る。そこにあったものはーー


「……女の、子?」


 1人の、華奢な少女だった。

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