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The Ender  作者: エニ
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第1話 力なき者

 開け放した窓へ風が飛び込む。分厚い参考書のような本の頁が数枚捲られ、少年は慌てて押さえつけた。いいところだったのに、とでもいうように小さく嘆息すると未だ部屋で踊る風を責めるように眺めた。くるりくるりと埃を巻いて踊る風。気まぐれに居座るそれは不自然なほどあっさりと消えて無くなった。


 ーー魔力の残り香だけを残して。


 少年はそれをぼんやりと眺めていた。妙な気持ちだった。風からいつもとは違う匂いがする。胸がざわつくような、薄らと暗さを感じるような。


 とはいえ、少年にとっては些末なことではあるのだが。


 読書へと戻ろうとしたその時、また一つ邪魔が入った。携帯電話の呼び出し音だった。


「はい」


『ーー黒乃、仕事よ』


 はい、とだけ返事をし、本を閉じた。いつものように準備に取り掛かる。少年ーー八神黒乃にとってここでの唯一の役割だった。





 鉄と、火薬の臭い。お世辞にも気持ちのいい臭いとは言えない中、黒乃はそれらの積荷と睨めっこしていた。


「今日は荷が多い。すまないが、頼むぞ黒乃」

不意に後ろから声がした。振り返った先にいたのは、年若い優しそうな笑みを浮かべた青年だった。


「いえ、これが僕の仕事ですから」


 黒乃は軽く見遣りそれだけ応えた。すると、バタバタと騒がしく入ってくる者の姿が見えた。


「海堂さん、こっちは終わりましたよ」


「ああ、分かった。先に行っててくれて構わないよ」


「そうはいかないですよ。今日は碧子さんが大事な話があるって言伝られてるんですから」


 ため息混じりにそう言ったのは子供と言っても差し支えのない年頃の少年だった。それを聞いて海堂と呼ばれた青年は困ったような笑みを見せる。


「そんなにフラフラしてる覚えはないんだけどな」


「海堂さん手が空くとすぐどっか行っちゃうでしょ」


 少年の手痛い揶揄に然しもの青年も笑みを引き攣らさざるを得なかったようだ。その間にも黒乃は黙々と積荷をチェックしている。


 まるで2人に関わらないようにしようとするように……。


「それにしてもーー」


 少年はぐるりと視線を巡らせた。


「拳銃なんて、未だにこの世の中必要あるんでしょうか」


「何言ってるんだ。こんな世の中だからこそ、武器は必要なんだ。無論、使わないに越したことはないが」


「いや、そういう意味じゃなくてーー」



「銃弾なんかよりも、魔法の方がずっといいでしょ?」



 黒乃の手が止まった。


「銃弾よりも威力は高いですし、魔力があればいくらでも使えますし。攻撃も防御もできる。余分なコストも必要ない。銃なんて古い武器に比べたらメリットしかないと思いますけど。何より、魔法の使えない人なんてーー」


「止せ」


 あまりにも冷たい声に、饒舌だった少年は思わず口を噤んでしまった。


「か、海堂さん……?」


「やっぱり君は先に行っていてくれ」


「え……?」


「俺もすぐに行く。先に行っててくれ」


 海堂は少年に一瞥することもなく言外にここから去れと、そう語っていた。


 少年は何も理解できていなかった。当然のことを当然のように言っただけだからだ。何が彼の機嫌を損ねたのか、少年にはさっぱりだった。


 軽い混乱に陥るも、基本的に聡い少年は彼の言う通りにした方がいいと判断して「わかりました」と一言だけ溢し、小さな背中より小さくして離れていった。


「……すまん」


 その背中へ海堂は自嘲気味に呟いた。


「すまない、黒乃。彼は最近ウチに入ったばかりで、事情をよく知らないんだ。悪気があったわけじゃないのは、分かってやって欲しい」


 絞り出すような言葉。彼にとって、そう言ってやることが精一杯だった。


 しばらく手を止めていた黒乃がくるりと振り向く。その顔に浮かべていたのは、儚げな笑みだけだった。


「いえ、いいんです。気にしないでください。それより、あの彼に優しくしてあげてください」


 それだけ、壊れそうな微笑を浮かべたままそれだけ言って、彼はまた作業へと戻った。


 海堂はぐっと唇を結ぶと何かしら言葉を探していたようだったが、何もできず気まずさから逃げるように去っていった。




ーー魔力。


 近年新たに現れた概念である。それは生きとし生けるものに限らず、命を持たぬ万物にすら宿っている。それは存在の証明でもあり、生ける者にとっては、さながら血流のようなものでもある。


 一説ではこの星、地球から全てのものへと分け与えられた大いなる力であると、そう言われていた。


 ただ1人を除いて……。





ーー八神黒乃は初めて発見された、唯一魔力を持たない存在なのだ。

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