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 ジークは紫色の瞳を見開く。そして白金の髪の中に手を入れてかきむしった。

「シャーロット、君は今、なにを、願った!?」

 ジークとは思えないような取り乱した顔だった。怯みながらも、わたしは言った。

「完璧なあなたを、と願いました」

「そんなわけない! じゃあこのざまは一体なんだ!」

 泣きそうな顔で彼は言う。

「こんな感情は僕は捨てたはずだった! 怒りも、悲しみも、全て! 僕を煩わせる余計な感情はすべて!!」

「そんな人は完璧な人間ではありませんわ」

 ジークは目を細める。すべてを拒絶するような顔だった。

 わたしは勇気を振り絞って、言い聞かせる。

「わたしはあなたが不要だと、捨ててしまったあなたを知っています。もう一人のあなたに出会いました」

「もうひとりの、僕?」

「あなたはわたしを脅したんですよ?」

「……脅した?」

 ジークが眉をひそめた。

「卑怯で、子供っぽくて。だからあなただとは思いませんでした。双子なのでは? と思ったのです」

 ジークは自分を恥じるように顔を歪めた。

 わたしはゆっくりと頭を横にふる。

 違うんです。あなたが思っているようなことではないんです。

 わたしは言葉に力を込めた。

「そんなあなたに恋をしたんです、わたし」

 ジークは唖然とした。何を言われているのかわからないという顔だった。

 だから私はもう一度口を開く。

「あなたが好きです」

「なにを……言っている? 卑怯で、子供っぽい僕を? そんなわけ、ない……いや」

 呆然とした様子のジークをわたしはじっと見上げる。

「わたし、実を言うと、ジーク様、あなたが怖かったの。完璧すぎて……完璧じゃないわたしはあなたにふさわしくないと思えたんです」

「そんなこと、ない。君は、可憐で、清らかで、申し分のない完璧な伴侶だ」

 わたしは首を横に振る。

「本当のわたしを知ったら、あなたきっと幻滅なさるわ」

「そんなこと、ない。僕は、本当に君が」

 不毛なやり取りだと思う。彼にはわたしが見えていない。聖女だと信じ込んでいるのだから。

 だけど、今はそれでもいい。肝心なのは、彼がわたしを愛してくれることではない。彼が彼を愛してくれることだと思った。

「あなたが嫌っているあなたをわたしは愛します。だから、お願いです。あなたもあなたを好きになって下さい」

「……シャーロ……ット」

 ジークが苦しげにうめいて、ハッと我に返る。

 わたしはジークの胸元を締め上げる勢いで彼に迫っていた。

 ジークは女性に触れられないと言っていたではないか。すっかり忘れていた!

 あ、あれ、でもギルバートはわたしに触れられたはずで、二人が一緒になったのなら……と考えた次の瞬間、ジークがすごい勢いでわたしから目を逸らした。

「すまない。離して、くれないか」

 わたしが離れるとジークは逃げるように神殿から飛び出した。

 ぽつんと置いていかれたわたしは、冷水を頭からかけられたような気になった。

「……ああ、わたし……またやってしまった」

 ジークがどれだけの覚悟で、あのような行動に向かったのかまで慮ることができなかった。わたしの願いだけで……彼の願いを壊してしまった。

 足元が崩れていくよう。

 わたしは呆然とその場に佇んだ。



 その日以来、ジークは夜だけでなく、昼間もわたしの元を訪ねてこなくなってしまった。

 覚悟していたというのに、嫌われてしまったのだと、わたしは落ち込んだ。

 だけど、どうしても、ギルバートを消してしまうことは良いことだとは思えなかったのだ。

 彼は不要なものと同時に必要なものまでも捨ててしまっていたのだから。



 そんな日々が十日ほど過ぎた頃だった。

 まんまるに太っていた月は細くやせ細り、今にも消えそうだった。

 星明りを頼りにわたしは夜の中庭を歩く。鍵はもうかけられていなかった。それが自由に出て行けと言われているような気がしてしょうがなかった。

 だけど、わたしには責任がある。彼の望みを潰したのだから。それを贖う必要があった。

「そろそろ……なんとかしないと」

 だけどどうやって? ジークの望みを叶える? そしてジークを、彼の望む彼にする?

 悩んでも答えは出ない。

 ギルバートにもらった鍵を握りしめ、庭を歩く。そしてふと目に入ったものに目を見開いた。

「え、なんで」

 なぜか今、あの秘密の庭の扉が見つかったのだ。

 近くに行くと理由がわかる。この扉は夜の闇の中でぼんやりと光るのだ。

 あぁ、これは苔だ。光る苔があると聞いたことがある。

 庭にそっと入り込んだわたしは、目を見開いた。人影があったのだ。

 彼はゆっくり振り返る。息が止まりそうだった。

「シャーロット」

 低く甘い声。泣きそうになった。ジークとギルバートが一緒にそこにいるように思えたのだ。



「どうして君がここに――あ、あいつにここの鍵をもらったのか」

 ジークはひどく動揺していた。苦しげな顔をみて、彼がわたしと一緒にいたくないことを察してしまう。

やはりあれは避けられていたのだ。自覚して落ち込んでしまう。

「もうしわけありません、勝手に。お邪魔でしたね」

 それだけ言って踵を返したとたん、ジークは絞り出すような声を出した。

「待ってくれ」

 わたしは驚き振り向く。

「僕は……その」

 彼は口元を手で覆うと顔をそらしたまま吐き出すように言った。

「その……どうしていいかわからなくて」

「あの? ジーク様?」

「君はギルバートを愛すると言った。だとするとそれは僕じゃない」

「ギルバート……覚えてらっしゃるのですか?」

 その名が出てきたことに驚いた。わたしは彼をそう呼ばなかったから。

「儀式の時に、あいつの記憶ごと僕と融合したらしくて……最初は夢の中の出来事みたいに思えていたんだけれど、今はもう、あいつがやったことをはっきりと思い出せる」

 つまり……とわたしは考えて真っ青になる。ギルバートである彼とのあれこれを、ジークは知っているということになる。

 夫以外との、逢引をだ。

「も、もうしわけありま」

 謝ろうとしたわたしをジークが遮る。

「謝る必要はないんだ。あれは確かに僕なのだし、君の不貞を責めようなんてことは爪の先ほども思ってない──だけど……君が好きなのは僕じゃないんだなと……どうしても思ってしまう」

「え」

「僕は、僕に嫉妬してる」

「…………」

「君に花を贈り、愛を囁いて……」

 ジークはそこで悔しそうに口元を手で覆った。じわり、と目元が赤くなる。

「僕ができなかったことをサラリとやってのけたあいつに、殺してやりたいくらいに腹が立っている」

 とうとう真っ赤になってしまったジークを見ていたわたしは、ついついつられて赤くなる。だけど、同時に心の底から温かい感情が湧き上がってくるのがわかった。

「あの……あまりに当たり前のことですから口にしなかったのですけれど……」

 わたしは大きく息を吸うと、思い切って言った。

「わたし……ジーク様のことも愛しております……よ?」

「え、でも、君は」

 ジークは目を見開いている。

「確かに、わたし、あなたが怖かった。だけど、その原因って、完璧であろうとするあまりに自分の欠点──とわたしは全く思いませんけれどね?──と同時に美点まで排除していらっしゃったからでしょう? だとしたら、今のあなたは、完璧なあなたです」

「でも」

「それに、わたしがもしギルバートだけを愛していたのであれば、ギルバートだけを残してくださいと願っていました」

 わたしは思い出す。そう願わなかったのは、心の底で彼は二人で一人であるとわかっていたからだ。ジークもギルも、どちらも欠けてはいけない、そう思ったからだ。

「わたしはあなたとあなたの中にいるギルバートをどちらも好きなのです。ですから……今、二人が手に入ってとても幸せなのです」

 言い聞かせるようにしてじっと見つめると、ジークは天を仰いだ。

「……たまらないな」

「?」

「君のことを素晴らしい伴侶だと思っていたのは本当だよ。だからこそ大事にしたかった。だけど、あの儀式で僕がギルバートと一緒になったあとは……なんていうか……可愛くてどうしようもなくて……どうすればいいかわからない」

 ジークが一歩近づくと、吐息が微かに肩にかかる。

「君に触れたい。あれだけ愚かなことだと思っていたのに……どうかしている」

 そう言いながらも、ジークはその手を体の脇に付けたまま。

 彼は痛みを堪えるような顔をしている。

 ジークとギルバートがせめぎ合っているのが見えるようだった。

「抑えないでくださいませ」

 わたしが反射的に言うと、ジークは目を丸くした。

「はしたないと言われますか? わたし、結婚してからずっとお待ちしていたんです。幻滅されたくなくて……言えませんでしたけれど」

「そう、なの、か」

 ジークの顔はいつしか耳まで真っ赤だった。

「だけど、一度触れたら、きっと僕は、あいつみたいに君を──」

 そう口にしながらも目が欲しいと言っているのがわかってつい笑ってしまう。

「ですから、そうなさってください」

 それでも動かない彼に、わたしはえいっと抱きついてみる。するとジークは勢いで尻餅をついた。つられてわたしが彼の上に倒れ込むと、彼は「参った、君は本当にすごい。どんな壁も乗り越えてしまう」と言いながら地面に仰向けになる。

 ふかふかのシロツメクサの葉が絨毯のように生い茂っていた。ところどころ点在する白い花が青い匂いを放つ。

「君の好きな花、だ」

 ぽつりと彼がささやき、わたしはうなずく。

「ええ、薔薇も好きですけれど、わたし、この強い花が大好きなのです。自分で言うのもなんですけど……わたしに似ていて」

 するとジークは起き上がり、花を摘んでブーケを作った。

「君に。あいつの真似みたいだけど」

「いいえ。あなたからの・・・・・・二回目の花束・・・・・・ですわ。嬉しい」

 わたしがギルバートもあなたですと強調すると、

「ロッティ──愛してる」

 愛おしさがにじみ出るような甘い声で名を呼び、ようやくわたしを抱きしめたのだった。



《完》

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