鴨肉のサンドイッチは大好きです。
「御前様、いつまでその状態でいらっしゃるおつもりでございますか?ご自分の年齢をお忘れですか?都合よくお忘れならば、思い出させて差し上げますが?無理は禁物と、ご自分で昨夜言っていたばかりでしょうに。」
ディルヴァイスが腰に手をあて大袈裟に溜息を吐きました。
ハッ!と覚醒した曾お爺様が、上げていた両腕と左足をゆっくりと下ろし、しかめっ面でディルヴァイスを見ます。
「うっ、うるさいわっ!」
「何でもいいですが、早い所そこから出て下さいませ。昼食の仕度ができておりますから。お嬢様方もあちらまで移動願います。」
良い笑顔で言う侍従。
そして、ぎこちない動きで、お花を何とか避けながらこちらに来る曾お爺様。………ごめんなさい。
私が止まってと叫んだために曾お爺様、そのままの体勢で固まっていらっしゃったのね。
明日…お身体、大丈夫でしょうか?お年を召すと、日をおいて痛みが出ると言っているのを聞いた事がございます。確か、私の乳母のリルナが言っていたように思います。
「曾お爺様、ごめんなさい。私が無理をーー」
「大丈夫じゃ。ディルヴァイスの言ったことなど気にせんでよい。」
……曾お爺様は私に優しすぎです。
曾お爺様が優しく微笑むと、左頬にはしる、剣によって付いたキズが引き攣り左側の口元がいびつに歪みます。右の眉間にある剣のキズで瞼が下がって、ほとんど目をつむっているように見えます。お顔以上にそのお身体には、剣のキズが無数に付いているのを私、知っております。
何度も死を覚悟したと聞いております。
だからなのでしょうか、曾お爺様はとてもお優しいのです。私だけではございません。屋敷の者達、仲の良い方々。領民達にも。ですが、ほとんどの人は外見で全てを判断してしまいます。その人と成りを理解する前に、見た目だけで全てを決め付けてきます。
とても悲しいことですが、私自身そのことで色々言われておりましたから、少しは理解できるのです。
〜 ⌘ 〜 ⌘ 〜 ⌘ 〜 ⌘ 〜 ⌘ 〜
【 マティアス様、お可愛いそうにーー】
【 何故、彼の方がマティアス様の婚約者にーー】
【 きっと、イグウェイ公爵家から手を回したんだと思うわーー】
【 イグウェイ公爵家ならば、パティーシャ様とのお話は出なかったのかしらーー】
【そうよね、パティーシャ様でしたら遜色ございませんものーー】
【 何と言っても、イグウェイ公爵家の妖精姫 ーー】
【 きっとお二人が並ばれたなら、絵になりますわぁーー】
【 そうですわよねぇ、そばかす姫では釣り合いが取れませんものーー】
【クスクスクスクスクスクスーーーーー】
〜 ⌘ 〜 ⌘ 〜 ⌘ 〜 ⌘ 〜 ⌘ 〜
お茶会に行くたび聞こえてくる、心無い誹謗中傷にどれ程嫌な思いをしたことか……。
私だけなら我慢も致しましょう。実際、私よりもパティーやローズ様の方がお似合いなのは周知の事実ですから。ですが、イグウェイ公爵家や曾お爺様を出して、権力にモノを言わせてなどと言われるのには我慢なりません!断固モノ申しあげましたわ!腕力では無く、言葉でっ!……おやつ抜きは、私には罰以上の打撃でございましたから、一度で懲りました。
「どうなさったの?先程から難しいお顔をされて。」
気がつけば、地面に敷かれた絨毯に座っておりました。いつの間に?
「鴨肉のサンドイッチ、お好きでしたでしょう?どうぞ、召し上がって。」
そう言って私に、鴨肉のサンドイッチが載ったお皿を差し出すローズ様。
「この鴨肉のサンドイッチ、美味いのぉ。う〜ん、学園のコックと言えど、侮れぬな。」
曾お爺様が、お口に物を入れた状態でモゴモゴおっしゃいます。お行儀が悪いですわ、曾お爺様。
「いえ、僭越ながら全て私が作らせて頂きました。学園のキッチンをお借りして。お口に合いましたなら、ようございました。」
その言葉に曾お爺様が小さな目を見開き、固まっております。
……なんだか嫌な感じです。侍従が完璧なのは素晴らしいことなのでしょうが、ムカムカ致します。
「まぁ、ディルは何でもできるのね。すぐにでもお嫁に行けてよ。」
何かが違うと思うのですが、今は良しと致しましょう。ローズ様にお聞きしたいことを思い出しましたから。
ローズ様から、サンドイッチの載ったお皿を受け取り、ナプキンを敷いた膝の上に置きます。
「ローズ様は、何か鍛えていらっしゃるのですか?」
「あら、どうして?」
キョトンと私を見るローズ様。何だか少し可愛らしいですわ。
「先程、私を抱えられたので……私、結構身が詰まっておりますから、見た目よりも重たいと思いますの。でも、ローズ様があまりにも自然に抱えられたので、女性ではありますが、何かやっておられるのかと……。」
すると口元に手をやり、ふふっと笑いを漏らすローズ様の金色の瞳が私を見つめます。
「そうですわね。少し鍛錬しておりますわ。私、女性だからと守られるばかりを良しとは思っておりませんの。ですから、女性らしい線が崩れない程度にはやっておりますの。」
まぁ!なんて前衛的な考え方でございましょう!淑女は殿方に守られるのが当たり前と、誰もが思っていると言うのに!やっぱりローズ様は思うことが凡人とは違うようでございます。さすがです!
「でも、マールは羽が生えているのかと錯覚するぐらい、とっても軽かったですわ。それに…とても美味しそうな匂いが致しましたの。ふふっ、マールは本当にお可愛らしいですわねぇ。」
前言撤回してもよろしいかしら?……私、子豚の丸焼きの気分に貶められましたが?これは、どう言った解釈をすればよろしいのでしょうか?私には難しすぎて、分かりませんわっ!ローズ様!
ありがとうございました。