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第15話 最強魔法剣士、トカゲ共に立ち向かう(1)

 朝焼けが街の石壁を薔薇色に染めてゆく。その光景は一見穏やかで、世界に平和が戻ったかのようにも見えた。――しかし、その幻想は薄明の彼方から湧き上がる不気味なうねりですぐさま打ち消される。城壁の上に立つ俺の目に飛び込んできたのは、黒紫の波がごうごうと押し寄せる地獄絵図だった。


「……おい、あれ、冗談じゃないよな?」


 真隣にいる兵士が、信じられないというように息を詰め、視線を固定している。たしかに、信じられない。あれだけの数のトカゲが地面を埋め尽くすなんて、ちょっとした悪夢かもしれない。


「ああ、本当に来たみたいだな。夜明け前の嫌な予感は当たるもんだ」


 俺は城壁の縁から身を乗り出し、剣の柄に手をかける。全長一メートルほどの粘液トカゲが大挙してうごめいている。群れが森の端からどよめきと共に漏れ出て、まるで津波のように迫ってくる。飛び交う鼻を刺す臭気がここまで届いてくる気がした。


 そのすぐ背後で、狼耳を立てたリーシャが駆け寄ってくる。昨晩からまともに眠れてないはずなのに、瞳はしゃんと意志を宿している。


「リュオさん……あれ、全部分体トカゲですよね? ど、どうします……!」

「どうするもこうするも、一網打尽にするしかないさ。あんな大群、街の中に入り込まれたら被害は計り知れない」


 俺がそう返すと、リーシャはごくりと唾を飲み込み、それでも必死に落ち着こうと深呼吸をしていた。いつもなら不安げに目を泳がせたはずの彼女が、今は勇気を振り絞るように牙を食いしばっている。そいつを見ていると、俺も微かな誇りを感じた。

 ――差別だの追放だの、辛い目に遭ってきたはずの少女が、こうして一緒に城壁の上に立っている。しかも、戦う意志を持って。



 ※※※



 すぐにギルド支部長のセリグが矢を放って合図をする。それは「街の総動員」を意味する白煙弾。朝焼けに薄く溶ける白い煙がスッと上がり、グラドール全体に広がる。あっという間に城下から鐘の音が響き、冒険者や兵士が慌ただしく動き回る気配が上ってきた。俺は背後を振り返り、遠くに見えるギルド前の通りが人で溢れているのを確認する。


「リュオ様、そろそろ城壁下に降りてください! 外で迎え撃つんですよね!」


 兵士長がこちらへ息せき切って駆け寄ってきた。どうやら作戦は「ある程度、城壁の外で大群を削る、もし突破されたら城門で二次迎撃」という流れらしい。まぁ、こんなに数が多ければ、さっさと外でまとめて焼くのがベストだろう。


「了解。すぐ下りる。リーシャ、お前も準備を!」

「は、はいっ!」


 リーシャはぴんと狼耳を上げ、素早く追従する。俺たちは石段を駆け下りながら頭の中で戦略を巡らせるが、要はシンプルに「焼き尽くす」しか策はない。粘液まみれの再生トカゲを仕留めるには、火や水で徹底的に破壊するしかないからだ。


 すでに城門近くには兵士が槍と弓を携えて並び、冒険者たちも多彩な武器を構えている。その中央では、ダインたち――かつてリーシャを追放した連中――が落ち着かなげに待ちかまえていた。ロッツは「あんなに数がいるとか、聞いてねえぞ……!」と、今にも逃げ出しそうだ。メリルは弓を手にしてはいるが、手元が微妙に震えている。ダインはダインで、苛立ったように城門を見つめながら足を踏み鳴らしている。


「お前ら、本当にやる気あるのか?」


 挑発気味に声をかけると、ダインが振り向きながら渋い表情を浮かべる。


「……言われなくてもわかってる。俺だって街を捨てるわけにはいかねえんだ。ただ、どうやって戦うか想像つかねえだけだ」


 その答えに俺は苦笑する。まぁ、実際この大群が押し寄せるのを見たら不安になるのも当然か。俺が心の中で溜息をついたとき、リーシャが一歩前に出た。彼女なりに声を張り上げようと頑張っているのが伝わってくる。


「ダインさんたちも、一緒に戦ってください。人数が多いほうが、街を守りきれる可能性は上がりますから!」

「はあ? 俺たちを指図する気かよ……?」


 ダインはわずかに反発しかけたが、リーシャの瞳の真剣さに息を飲んだのか、もごもごと言葉を濁すだけにとどまる。メリルとロッツも、それに追従するように黙り込む。しかし、その様子は以前の自信満々なパーティとは違い、完全に萎縮している印象だった。


「リーシャ、こっち行くぞ」


 俺は兵士長からの指示を受け取り、彼女を促す。ここで余計な言い合いをしてる暇はない。すでに、森の向こうから低い唸り声やカサカサという足音が迫っているのがわかる。相手はすぐそこまで来ているのだ。



 ※※※



 外へ出ると、乾いた土と朝の冷たい風の匂いが混ざっていた。陽光が少しだけ差し込んできているが、空はまだ薄い灰色を帯びて、どこか不安を煽るような色彩だ。俺は腰の剣を引き抜き、軽く息を吐く。


「よし、行くぞ」


 リーシャもうなずいて、チラリと前方を見やる。そこにあるのは――黒い大群。いや、黒紫の肉塊が幾重にも重なり、波を打つようにうごめいている。早朝の光景にそぐわない、まるで深淵から押し流れてきたかのような気味の悪さ。それらが一斉に口をぱくぱくと開閉させ、粘液を滴らせていた。


「あれが……トカゲの大群……」


 リーシャが呻くように呟く。実際に目の当たりにするのは俺ですら初めてだ。数える気にならないほど数十……、下手すりゃ数百規模。こいつらを前にしては、壮大な圧力を覚えずにいられない。


 遠巻きに見守る兵士たちも、誰もが口を開けて硬直している。――大丈夫、先手を打てばいける。俺はそう言い聞かせて、一歩踏み込む。


「まとめて焼く。いいか、リーシャ、足止めを頼むぞ。あまり近寄られてはやっかいだからな」

「はい……! 水と風、がんばります!」


 リーシャは目を伏せて小さく呼吸を整え、両手に魔力を込める。彼女の指先から淡い水色の光が漏れ、そこから水の流れがこぼれ落ち始めた。俺も剣を構え、火の魔力を剣先へ集める。頭の中で呪文や魔力制御のイメージを組み立てていくと、瞬く間に剣が熱を帯び、オレンジ色のオーラを纏う。


 まるで合図を聞いたかのように、分体トカゲが一斉にこちらへ突撃してきた。地面をぐちゅぐちゅと粘液が這い、蠢く小さな足音が混ざり合う。その光景は背筋が凍るほど気持ちが悪い。しかし、俺は気合いを入れ、前へ飛び出す。


「はぁああああああッッ!!」


 火の魔力を帯びた剣を思いきり横薙ぎに振るう。彼らが束になって飛びかかる一瞬を狙い、火炎の斬撃を放出した。斬撃と同時に剣から吹き出した熱風が、ボウッと爆発的に広がり、十数体ほどのトカゲを一息に焼き払う。粘液じみた肉がボコボコとはじけ、真っ黒な燻製の塊に変わって地面へ崩れ落ちる。


「すげぇ……!」


 背後で兵士や冒険者が声を上げるが、まだ全体のほんの一部にすぎない。下がった兵士たちも少しずつ弓を放っているが、どうにも切り込みが浅い。粘液トカゲの体は矢を呑み込み、すぐに再生してしまう。


 次の瞬間、リーシャが「水流、行きます!」と叫ぶ。彼女の足元で渦巻いた水魔力が、とぐろを巻くように前へ飛び出し、ドッと勢いよくトカゲ数匹を巻き込んで地面へ叩きつける。

 粘液と水の相性は微妙そうに思えるが、水の塊で動きを乱し、そこに兵士が火矢を撃ち込めば一瞬で燃え広がり、体が崩れていくのだ。


「ナイスだ、リーシャ!」

「や、やりましたかね……でも全然数が減りません!」


 見ればトカゲたちが三方から取り囲むように広がっている。俺が左側から来る群れを焼き、リーシャが右側を水の魔法で押し返す。それでも真ん中から溢れてきて兵士たちと衝突し、一部は粘液を飛ばして防具を侵食する。無数の悲鳴と金属の焼けるような音が入り混じり、あたりはカオスとなった。


「くそっ、次から次へと……!」


 兵士の一人が倒れ込み、足に粘液が絡みついて逃げられなくなる。そこへ追加のトカゲがじゅるじゅると寄っていくのが見えた。

 俺は即座に割って入ると兵士に近づくトカゲを無言で斬り捨てる。


「た、助かりました! ありがとうございます!」

「油断するなよ……まだまだくるぞ!」


 俺は地面を勢いよく蹴り飛ばすと、津波の如く押し寄せるトカゲの群れの中へと突っ込んでいったのだった。



 ※※※



 トカゲの固まりを相手に火の剣を振るい続ける。燃え盛る斬撃を繰り返し放ち、大きな円弧を描くようにまとめて焼き払う。粘液の爆ぜる音と異臭が鼻を突くが、我慢しなければならない。いくら斬っても再生される連中を完膚なきまでに仕留めるには、しっかり焼くしかないのだ。


「リュオさん! そのまま……!」


 リーシャが声を張り上げる。街道の一角にいる冒険者や兵士たちが、俺の炎を合図に火矢や火球を浴びせ、被弾したトカゲは続々と焼け落ちていく。数十分に及ぶ連携攻撃で、大量のトカゲを削ることに成功した。息を呑むほどの粘液臭と黒煙が立ち上り、地面には黒い肉塊が点々と転がっている。


「ふう……これで少しは減ったか?」


 一瞬の隙をついて俺は剣を下ろし、汗をぬぐう。だが油断はできない。まだ奴らが途切れる気配はない。むしろ、奥の森からさらなる補充がわいてくる感覚さえある。


 刹那――鼓膜をひどく震わせる気味の悪い咆哮が鳴り響く。


 視線の先――森の闇が揺れ、ぞわりと空気が変わった気がした。その揺れの真ん中、木立の影から、はっきりと見える巨大なシルエット。十メートルどころじゃない……二十メートル以上あるかもしれない。背中の鱗がぬらりと光り、地面を踏みしめるだけで森が震えた。


「あれは……」


 リーシャが表情を凍りつかせる。俺も内心ゾクッとするほどの圧倒的存在感。超巨大トカゲ――間違いない。


「とうとう本命がお出まし、ってわけか。」


 この大群を支配し、あるいは率いているであろう親玉。巨大な身体が唸り声を上げた瞬間、周囲のトカゲたちが妙に活発になった気がする。まるで合図のように、あちこちで増援がさらに詰め寄り、冒険者や兵士の悲鳴がいっそう激しくなる。


「これ、まずいな……まだこんなに敵が残っているうちにあれが動いてきたら……!」


 リーシャが苦しそうに吐き出す。俺もまったく同感だ。先に小型分体をある程度減らしておきたかったのに、親玉はそれを許さずに出てきたらしい。俺の剣はすでに熱で帯びているが、さらにパワーを上げねばならないだろう。だがこんな短時間で魔力を極限まで高めるのは容易じゃない。


「リーシャ、まだいけるか?」

「もちろんです! ここで引いたら、街のみんなが危険だから……!」


 疲れや息切れを隠さず、それでも意志を燃やして応じる彼女を見て、俺は軽く笑みを漏らす。まったく、いつの間にこんなに頼れる相棒になったのか。


「なら、もうちょい踏ん張るぞ。大群を少しでも減らしてから、超巨大トカゲを迎え撃つ。大丈夫、俺たちならできる!」

「はいっ!」


 俺は再び剣を握り直し、城門へと視線を走らせる。そこではセリグが懸命に兵士たちや他の冒険者を鼓舞している。ダイン、ロッツ、メリルも何とか耐えながらトカゲの足を斬り、水魔法や火矢で牽制している。さっきまでギクシャクしていた彼らだが、状況が状況だけに変なプライドを捨てて動けているようだ。


「みんな、さがらないでっ! 斬った後すぐに火! 火ですよ!!」


 リーシャが大きな声を出して指示を飛ばすなんて、数日前の彼女からは想像もつかなかった。ダインたちがビクッと反応し、言われた通り火矢と連携してトカゲを仕留める場面が目に入る。


 そうこうしているうちに、俺の周囲にも再度粘液トカゲが群がってきた。再生されて戻ってきたのか、それとも新たな増援か。数体が粘液を飛ばしてくるが、体をひねって避けつつ火の魔力を高め、地面を蹴って一気に斬り込む。


「らぁッ――!」


 渾身の火炎剣で大きく半円を描くように薙ぎ払う。熱量に耐えられないトカゲたちは悲鳴のような音を出して焼け落ち、地面にじゅくじゅくと煙が立つ。さらに俺は続けざまに衝撃波を放ち、その辺り一帯を焼き尽くした。激しい爆音が荒野にこだまし、兵士たちは口をあんぐりさせている。


 ――これでかなり減らしたはず……と確認しようと顔を上げた瞬間、森の奥で超巨大トカゲがじわりと一歩を踏み出すのが見えた。


「へへ……深淵熊の次はお前か、腕がなるねぇ!!」


 正直、もう少し分体を削ってから本命に挑みたかったが、敵は待ってくれそうにない。城壁上の兵士が遠吠えするように叫んでいるのが風に乗って届く。


「超巨大トカゲが出たぞ! で、でかい……!」

「なんなんだあれは……」


 怯えと絶望が入り混じった声。だが、ここで引くわけにはいかない。俺はリーシャへ視線を送る。彼女は血がにじむほど唇を噛み、だが揺るぎない決意を瞳に宿していた。


「リーシャ、これから俺は本命をぶっ潰しに行く……後ろは任せたぞ、いいな?」

「はい! 任されました!!」


 周囲には冒険者たちの苦闘が絶えない。兵士たちも火矢を何本も番え、雨のように降らせる。みんなが必死に力を合わせている。


 ――これだけの仲間がいるのだ。あとは俺がやるべきことをやるだけだ。


「さあ、派手に暴れようか」


 俺は息を深く吸い込み、燃え盛る剣を掲げる。

 仄暗い朝日の中で、唇が自然と笑みの形に歪んだ。想像を超えるほどの大群が襲いかかってくるが、それだけ燃えるというもの。さあ、もう一度剣に魔力を込めよう。もっと派手に炎を咲かせてやるんだ。

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