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玉石奇譚  作者: 吉田 晶


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9/9

曖昧な話

 平成の真ん中頃に、ラジオだったか、

 コンビニで売られていた怪談本だったか――


 ともかく、そういったところから仕入れた話である。


 確か、それで間違いないはずなのだが……



                § § §



 ある日、ケータイにメールが届いた。


【電話番号を変えましたのでヨロシク。042-XXX-XXXX】


 送り主は、高校時代の同級生、烏丸カラスマ君だった。

 懐かしさも手伝って、私はその番号に電話をかけてみることにした。


 ジリジリジリン

 ジリジリジリン


「……もしもし」

「あ、烏丸君? オレオレ、高校三年のとき、一緒のクラスだった――」


 彼と話すのも高校卒業以来だったから、

 最初はなんとなく壁を感じたが、すぐに当時の雰囲気を取り戻した。


 昔話に花を咲かせたあと、私は何気なく尋ねた。


「そういや、電話番号変えたのって、ケータイ会社を乗り換えたの?」

「ん?」

「いや、はっきり安くなるなら、俺も乗り換えようかなと思ってて」

「ああ……、それがさあ――」



                § § §



 なんでも烏丸君は、最近ジョギングを始めたらしい。


 けれど、なにぶん初心者である。

 体力不足でハァハァと息を切らしているところを誰かに見られたくはないから、

 走る時間帯は深夜と決めている。


 コースも、できるだけ人の少ない場所を選んだ。


 家を出たら、畑の中を通る農道を東へ。

 そこから南下して川に突き当たったら、今度はサイクリングコースを西へ。

 自宅の真南まで来たあたりでペースを緩め、息を整えつつ自宅まで帰る。

 

 だいたい一周5km、30分程度のコースだった。


 さて……。

 ジョギングを始めて、二、三週間くらい経った頃だろうか。

 「気持ち悪い目にあった」と烏丸君は言うのだ。


「家に帰る途中にさ、トンネルを通ることになるんだけどね。

 【■■トンネル】って、もちろん知ってるでしょ?」


「――で、そのトンネルの真ん中に、電話ボックスがあってさあ。

 あんな辺鄙なところに、そもそも不自然なんだよ」




 少し補足しておこう。

 その【■■トンネル】は、烏丸君の家の南に位置する。


 正確には北側の【■■第一トンネル】と

 南側の【■■第二トンネル】の二本なのだが、

 二つのトンネルはほとんど連続しているため、

 地元ではまとめて【■■トンネル】と呼ばれることが多い。


 で、今回の出来事は二つのトンネルの中間点。

 わずかにトンネルが途切れる箇所。

 そこに設置された電話ボックスが関係しているようなのだが……



                § § §



 ある晩、いつものようにジョギングをしていた烏丸君。

 一つ目のトンネルを抜けたあたりで、異変に気が付いた。


 ジリジリジリン

 ジリジリジリン


 件の電話ボックスの中から、電話の呼び出し音が聞こえてくるのだ。


 それなりに有名な話だが、番号さえ知っていれば、

 外から公衆電話にかけることは可能である。

 だから、間違い電話が原因で、

 公衆電話が鳴ってしまうこともあるのだとか。


 まあ、今回もそんなところだろうと思い、烏丸君は無視して通り過ぎた。


 ところが、次の日の夜――


 ジリジリジリン

 ジリジリジリン


 同じ場所まで差しかかると、また電話が鳴っていた。


(故障してるんじゃねえの? これ……)


 さすがに気になった烏丸君は、電話ボックスの前まで歩み寄った。


 すると、プツッと音がして呼び出し音が止まった。


 次の瞬間――







「どぅぅぅぅしてぇぇぇぇ電話に出ねえぇぇぇんだよぉぉぉぉぉ!!」







 男の低い怒声が、周囲に響き渡った。


「電話の前でアホみたいに口開けてるテメーだよ!! テメー!!」


 その声は、スピーカーを通したように、ひどくざらついていた。


 突然のことで気が動転した烏丸君は、

(公衆電話って、スピーカー機能なんて付いてたっけ!?)

 などと、トンチンカンなことを考えていたらしい。


「テメーの顔、憶えたからな!」


「どこの誰かだって、すぐに突きとめてやる!!」


 声は、電話に出なかったことを責めるように、ひたすら烏丸君を罵り続けた。

 一方、時間が経つにつれ、烏丸君は幾分か冷静になった。


(これは、おそらく手の込んだイタズラに違いない)


 そう判断した彼は、とりあえず警察に通報しようと、

 自分のケータイをポケットから取り出した。


 その瞬間、男の罵声がピタリと止んだ。


 それから――


 烏丸君の手の中で、ケータイが震え始めた。


 電話が掛かってきたのだ。


 表示された番号を見てみれば――







 【公衆電話】







                § § §



 烏丸君の声は、震えているようだった。

 聞けば、それから何度も【公衆電話】から着信があったのだという。


「それで、どうにも気味が悪くてさ、電話番号を変えたんだよ」


 そこで私は、気になっていたことを烏丸君に尋ねてみることにした。


「あのさ、俺も地元だからあのトンネルを何度も通っているけど、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 すると烏丸君が、明らかにむっとした口調で応えた。


「これ、ウソとかじゃねえから!」


 この時点で私は、十中八九、烏丸君の作り話だと思っていた。

 なにしろあのトンネルは、地元では有名な心霊スポットだったからだ。


 曰く、近くで殺された少女の霊が出没する。

 曰く、首のないおじさんが、やはり首のない犬を散歩させている。

 曰く、ガスマスクを被った男が、得体のしれない薬物を浴びせかけてくる。

 

 ここまで来れば、もはや心霊無法地帯である。

 何が起きたところで不思議ではない。


 だからこそ私は、彼のホラ話に乗ってやることにした。


「いや、ウソだって言っているわけじゃなくてさ」

「じゃあ、何だって言うんだよ」

「それって、その……いわゆる心霊現象だったんじゃないの?」


 電話の向こうで烏丸君が、

「あ……」とも「う……」ともつかない声を漏らした。


 そして――


「霊なんて、存在するわきゃねえだろぉぉぉ!」


 そう絶叫するなり、彼は電話を切ってしまったのだ。



                § § §


 

 最初は、何かのジョークだろうと思っていた。

 すぐに折り返しがあるだろうと思っていた。


 けれどそれっきり、烏丸君から電話が掛かってくることはなかった。


 高校時代の彼とは、お互いの家に遊びに行くくらいには仲が良かった。

 だからこそ、どうしてあそこまで怒らせてしまったのかがわからない。

 こちらから連絡するのも、なんだか気が引けてしまう。


 なんだかモヤモヤした気持ちのまま思い返してみれば、

 彼の機嫌が悪くなったのは、

 私が公衆電話の存在を疑ったことがきっかけだった。


(あんなところに公衆電話なんて、絶対に無かった……) 

(けれど、もしかしたら私の思い違いかもしれない……)

 

 そこで次の土曜日、例のトンネルまで行ってみることにした。


 もちろん、日が出ている内にである。

 

 たとえすべてが烏丸君の作り話だったとしても、

 あんな話を聞かされたあとで、夜中に行く勇気などあるはずがない。



                § § § 



 真っ昼間だというのに、トンネルの周囲に人影はほとんどなかった。

 時折、徒歩で行く私の脇を、トラックが無機質に通り過ぎていく。


 なんだか異世界に紛れ込んでしまったような気がするが、それも束の間のこと。

 トンネルの長さはせいぜい2、300メートル程度だから、

 数分も歩けば、前方に空が見えてきた。


 【■■第一トンネル】と【■■第二トンネル】の中間点に出たのだ。


 両側を切り立った崖に挟まれた道路――


 そうとしか形容しようのない、ごく普通の一般道。

 自分の記憶と違うところはまったくない。




 ただ一点、歩道の脇に電話ボックスが存在することを除いては――




(ああ、本当に、自分の記憶なんてアテにならないもんだなあ……)


 急に、烏丸君に対して申し訳ないという感情が湧き上がってきた。


(ともかく、一度きちんと謝っておかないと……)


 居ても立っても居られず、私はその場で彼に電話することにした。

 ケータイのアドレス帳から烏丸君の番号を選び、発信する。


 ツー


 ツー


 その時、番号が映ったケータイの画面を見て気が付いた。


(あれ? この番号、固定電話じゃないか?)


 ツー


 ツー




 ジリジリジリン

 ジリジリジリン



 

 すぐ脇の公衆電話が、鳴っていた―― 










 さて。


 この話には、確かに続きがあったはずなのだ。

 けれど、どうしても思い出すことができない。


 もし結末をご存知の方がいたら、ぜひ教えていただきたい。


 烏丸君は――

 そして、「私」は――


 いったい、どうなってしまったのだろう。

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