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玉石奇譚  作者: 吉田 晶


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8/9

丘の上の小さな公園

 バイトで一緒になったSさんから聞いた話。


 彼は子どもの頃、山沿いの町に住んでいたという。

 起伏の激しい土地で、買い物ひとつに出るにも、

 坂道を何度も越えなければならない。


「自転車に乗っているだけで、結構な運動になるんですよ。

 ま、控え目に言っても田舎ですね」


 そう言って、Sさんは懐かしそうに目を細めた。



               § § §



 ある夏のこと、台風がその町を通り過ぎた。


 台風一過の朝、まだ小学生だったSさんは、

 なんだかワクワクが止まらなくて、近所を探検してみることにした。


「危ないからやめなさい!」


 親にはそう言われたものの、子供心には逆効果でしかない。

 適当に返事をして、家から飛び出した。


 町の変化は、なかなか刺激的だった。


 風で吹き飛ばされたらしい看板が、

 車のフロントガラスに突き刺さっていたり。

 根元から折れた古木が、()()()()()とでも言わんばかりに、

 信号を巻き添えにして倒れていたり。


 気が付けば、滅多に来ないようなところまで足を延ばしていた。


 ――丘の上の小さな公園。


 周囲には、個人経営の小さな工場と、寂れた神社があるくらい。

 いったい、誰に向けて設けられた公園なのだろう。


 遊具はブランコが一つだけ。

 木のベンチは腐れ果てていて、とても座れたものではない。

 普段から人の気配はほとんどなく、

 背の高い雑草が生い茂る様は、どこか人を拒むような雰囲気が漂っていた。


 おまけに台風の影響だろう。

 園内のほとんどを大きな水たまりが覆っていて、

 なおさら足を踏み込むのはためらわれる。


(ここは、もういいかな……)


 そう思い、自転車を漕ぎ出そうとした瞬間――


【ばしゃん!】


 突然、周囲に水音が響き渡った。


 音のした方を向けば、水たまりの中央に、

 何かが投げ込まれたような大きな波紋が立っている。


 訳が分からないまま、水面をぼんやり見つめていると――


【ばしゃん!】


 今度は、はっきりと見えた。


 魚だ。


 一抱えはあろう大きな魚が跳ねたのだ。


(え……なんで? ただの水たまりになんで魚が!?)


 不思議に思い、そっと水たまりへ近づいていく。

 靴の先が、水に触れるか触れないかのところで――


【びゅうううう!】


 突然、強風が背後から吹き付けた。

 バランスを崩し、そのまま水たまりに突っ込んでしまう。


(!?)


 全身が、水に飲みこまれる。


 深いのだ。

 足が付かないくらい深い。


(そんな馬鹿な!?)


 必死に手足をかいて浮かび上がろうとしても、

 水を含んだ服が物凄い重さになって、下へ下へと引きずり込まれる。


 泥混じりの苦い水が喉に入りかけた、その瞬間――


「おい、どうした!? 何やっているんだ!?」


 身体がぐっと引っ張り上げられた。

 顔を上げると、ベストを着た見知らぬおじさんが、自分の腕を掴んでいた。


 Sさんは言う。

「いやあ、命が助かったと思ったら、急に恥ずかしくなって。

 助けてもらったお礼もそこそこに、必死に事情を説明したんですね」


 すると、おじさんは怪訝そうな顔で――


「うーん、僕には君が、水たまりでひっくり返って、

 じゃれているようにしか見えなかったけどなあ……」


 そう言うと、止める間もなく、

 水たまりの中にずいずいと歩いていってしまった。


(危ない!!)


 けれど、おじさんの足はくるぶし程度が濡れたところで底をつく。

 いくら進んでも、身体が沈む様子はない。


 水たまりの中央あたりまで歩いたところで、おじさんが振り返った。


「ほら、ただの水たまりだし、大きな魚なんてどこにもいないよ」


(そんなはずは……)


 と思ったものの、もう一度水たまりに入る勇気はない。


「こんなに日差しが強いから、日射病にでもかかったのかもしれない。

 今日はもう、家に帰った方がいいね」


 おじさんはそう言って、家まで送ろうかと申し出てくれた。

 けれど、親に事情を話されたら、今度こそ叱られる。

 そう思ったSさんは、その申し出を必死になって断ったのだという。



               § § §



「話はこれでお終いです。

 オチらしいオチもなくてすみませんね。

 それから何回かその公園に寄ったことはありましたけど、

 怪しいことがあったのは、この一回きり」


 そう言ってから、Sさんはわずかに眉をひそめた。


「――けれど、ひとつだけ、今でも気になってることがあるんです」


「私を助けてくれたおじさん……

 あんなところで何をしていたのかな、って。

 小学生の私にとっては夏休みだったけれど、たしか平日の昼間ですよ。

 その日の朝、父親が仕事に出て行ったことを憶えていますから」


「後になって思い返すと、あの人、

 釣りに行く途中だったような気がするんですよね。

 釣り竿ケースみたいなものを持っていたし、

 水たまりの中を平気で歩いていけたのも、ゴムの長靴を履いていたから。

 でも――」


「公園のまわりに、釣りができるような場所なんてないんです」

「いったいどこで、何を釣るつもりだったんでしょう?」

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