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玉石奇譚  作者: 吉田 晶


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10/10

ココアは頑張った

 職場の声の大きなお姉さまが、ランチの席で聞かせてくれた話。



                § § §



 昔ね、ハムスターを飼っていたのよォ。


 名前はココアっていうんだけどサ、

 ハムスターって、ホント、芸のひとつもしないのよねェ。


 餌ァほ(・)お(・)ぶ(・)く(・)ろ(・)に詰め込んで、回し車をカラカラ回して、

 あとはひたすら寝てるだけ。


 うらやましいっちゃあ、うらやましいんだけどサ。

「ハムスターに生まれ変わりたい?」って聞かれると――

 ビミョーなところじゃない?


 で、ある日の事なんだけど……


 繁忙期だったわけよ。

 クタクタになって家に帰りついたわけよ。


 コンビニで買ってきた弁当をレンジでチンして、さあ、いただきます――

 ってところで、ふと気づいちゃったの。


 檻の中からココアが、こっちを見てる。


 直立不動で、前足で檻の柵をガシッとつかんで、

 ヒゲだけピクピク震わせながら、こっちを見据えていやがンのよッ!


 ――コレはアタシのゴハンですッ!!


 そう思ったけど、あのツブラな瞳の圧には勝てなかった。

 ご飯粒で小さなオニギリを作って、檻の隙間から差し出してみたら、

 そりゃあもう美味しそうに食べること食べること。


 一方でコッチときたら、もう少しで午前様。

 ストレスいっぱいの仕事に揉まれて、ボロボロなわけじゃない?


 なんか、アイツの能天気さにイラっと来ちゃってさ。

 仕事のグチを延々と聞かせちゃったわけよ、ハムスターに。


 ……ちょっと、そんな目で見ないでよ。

 自分でもダメ人間だなあとは思うんだけど、

 そうでもしなきゃやってられないような気分だったのッ!

 アンタにだってわかるでしょッ!!


 フン、まあいいわ。

 そしたらその晩、夢を見たのね。


 ココアがね、こう……なんていうの?

 ほら、アレよ、アレ。


 そうそう、金剛力士像みたいな恰好《カッコー》で

 アタシに何かを訴えかけてくるワケ!

 もちろんハムスターだから、人間の言葉はしゃべれない。

 けれどなぜか、言いたいことは伝わってくる。


【ご主人様のお役に立ちたい】


 ……って!

 健気じゃなぁい!?

 だからアタシ、即座に、


(お金をちょうだい!!)


 って、テレパシーを送ったのね。


 ……なによ。

 吉田チャンだって欲しいでしょ、お金。

 そう言えばアンタ、いつになったら宝クジ当たるのよ。

 当たったら寿司とウナギ奢ってくれるって言ってたよねェ。

 こっちは楽しみにしているんですけどォ?


 ……ああ、ハイハイ、続きね。

 そしたらココアから、


【お金ってなんですか?】


 ってテレパシーが返ってきたじゃない。


 ったく、しょせんは畜生《チクショー》よねェ。

 ほかにもアレコレお願いしてみたんだけど、まるでダメ。

 さっぱり通じやしない。


 で、すったもんだの上で、

 部屋の掃除をしてもらうってところで話がまとまったのね。


 床に落ちていたゴマ粒を見せて、

「これより小さいものを全部ナイナイしちゃって」

 って指示したら、ようやく理解してくれたみたい。

 

 




 

 ……さあ、そこで目が覚めた。


 夢だってわかっていたけれど、それでもなんとなく気になって、

 トイレに行くついでに、ココアの檻を覗いてみたのね。


 そしたらいないのよ、ココアが。


 まあ、扉をちゃんと閉めていても、ときどき脱走することはあったから、

 そんなには慌てなかったんだけどさ。

 案の定、台所をウロウロしているのをすぐに発見。


 パッとひっつかまえて檻に戻して、

 その日は土曜日だったから、溜まっていた洗濯物を片付けて、

 それから、遅めの朝ゴハンでも作るかって気分になったのよ。


 メニューは定番の目玉焼き。

 卵をフライパンに割って、コショーを振ろうとしたら、

 あいにくビンが空っぽ。


(あらヤダ! 次に買い物に行くとき、忘れないようにしなきゃ)


 そう思って、今度は塩のビンを手に取ったらね、

 こっちも空っぽなの。


(……いやいやいやいや、おかしいでしょ)


 だって塩は、ついこないだ補充したばっかりだったんだもん。

 で、他の調味料も確認してみたら、砂糖も化学調味料も全部空っぽ。

 醤油とかラー油とかは残っているのに――


 そこでハッと気が付いた。


(まさか……)


 慌てて床の隅に目を近づけてみたら、

 溜まっていたはずのホコリが、すっかりキレイになっているじゃない!

 そのくせ、抜(・)け(・)毛(・)だ(・)け(・)は(・)ち(・)ゃ(・)っ(・)か(・)り(・)残(・)っ(・)て(・)や(・)が(・)る(・)!!


 ……ああああッ!

 ココアのヤロウ、やりやがったなッ!!



                § § §



「まあ、ずいぶん昔の話だし、なにせ繁忙期のことだったからさァ、

 この記憶自体、夢だったのかもしれないんだけど……」


 お姉さまはそう言うと、残ったお茶を飲みほして――


「なんかね、仕事を頑張っている吉田チャンを見るたび、

 この話を思い出すのよォ」

「アンタもしかして、ココアの生まれ変わりだったりする?」








 ……そりゃいったいどういう意味だよ、オイコラッ!?

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