ココアは頑張った
職場の声の大きなお姉さまが、ランチの席で聞かせてくれた話。
§ § §
昔ね、ハムスターを飼っていたのよォ。
名前はココアっていうんだけどサ、
ハムスターって、ホント、芸のひとつもしないのよねェ。
餌ァほおぶくろに詰め込んで、回し車をカラカラ回して、
あとはひたすら寝てるだけ。
うらやましいっちゃあ、うらやましいんだけどサ。
「ハムスターに生まれ変わりたい?」って聞かれると――
ビミョーなところじゃない?
で、ある日の事なんだけど……
繁忙期だったわけよ。
クタクタになって家に帰りついたわけよ。
コンビニで買ってきた弁当をレンジでチンして、さあ、いただきます――
ってところで、ふと気づいちゃったの。
檻の中からココアが、こっちを見てる。
直立不動で、前足で檻の柵をガシッとつかんで、
ヒゲだけピクピク震わせながら、こっちを見据えていやがンのよッ!
――コレはアタシのゴハンですッ!!
そう思ったけど、あのツブラな瞳の圧には勝てなかった。
ご飯粒で小さなオニギリを作って、檻の隙間から差し出してみたら、
そりゃあもう美味しそうに食べること食べること。
一方でコッチときたら、もう少しで午前様。
ストレスいっぱいの仕事に揉まれて、ボロボロなわけじゃない?
なんか、アイツの能天気さにイラっと来ちゃってさ。
仕事のグチを延々と聞かせちゃったわけよ、ハムスターに。
……ちょっと、そんな目で見ないでよ。
自分でもダメ人間だなあとは思うんだけど、
そうでもしなきゃやってられないような気分だったのッ!
アンタにだってわかるでしょッ!!
フン、まあいいわ。
そしたらその晩、夢を見たのね。
ココアがね、こう……なんていうの?
ほら、アレよ、アレ。
そうそう、金剛力士像みたいな恰好で
アタシに何かを訴えかけてくるワケ!
もちろんハムスターだから、人間の言葉はしゃべれない。
けれどなぜか、言いたいことは伝わってくる。
【ご主人様のお役に立ちたい】
……って!
健気じゃなぁい!?
だからアタシ、即座に、
(お金をちょうだい!!)
って、テレパシーを送ったのね。
……なによ。
吉田チャンだって欲しいでしょ、お金。
そう言えばアンタ、いつになったら宝クジ当たるのよ。
当たったら寿司とウナギ奢ってくれるって言ってたよねェ。
こっちは楽しみにしているんですけどォ?
……ああ、ハイハイ、続きね。
そしたらココアから、
【お金ってなんですか?】
ってテレパシーが返ってきたじゃない。
ったく、しょせんは畜生よねェ。
ほかにもアレコレお願いしてみたんだけど、まるでダメ。
さっぱり通じやしない。
で、すったもんだの上で、
部屋の掃除をしてもらうってところで話がまとまったのね。
床に落ちていたゴマ粒を見せて、
「これより小さいものを全部ナイナイしちゃって」
って指示したら、ようやく理解してくれたみたい。
……さあ、そこで目が覚めた。
夢だってわかっていたけれど、それでもなんとなく気になって、
トイレに行くついでに、ココアの檻を覗いてみたのね。
そしたらいないのよ、ココアが。
まあ、扉をちゃんと閉めていても、ときどき脱走することはあったから、
そんなには慌てなかったんだけどさ。
案の定、台所をウロウロしているのをすぐに発見。
パッとひっつかまえて檻に戻して、
その日は土曜日だったから、溜まっていた洗濯物を片付けて、
それから、遅めの朝ゴハンでも作るかって気分になったのよ。
メニューは定番の目玉焼き。
卵をフライパンに割って、コショーを振ろうとしたら、
あいにくビンが空っぽ。
(あらヤダ! 次に買い物に行くとき、忘れないようにしなきゃ)
そう思って、今度は塩のビンを手に取ったらね、
こっちも空っぽなの。
(……いやいやいやいや、おかしいでしょ)
だって塩は、ついこないだ補充したばっかりだったんだもん。
で、他の調味料も確認してみたら、砂糖も化学調味料も全部空っぽ。
醤油とかラー油とかは残っているのに――
そこでハッと気が付いた。
(まさか……)
慌てて床の隅に目を近づけてみたら、
溜まっていたはずのホコリが、すっかりキレイになっているじゃない!
そのくせ、抜け毛だけはちゃっかり残ってやがる!!
……ああああッ!
ココアのヤロウ、やりやがったなッ!!
§ § §
「まあ、ずいぶん昔の話だし、なにせ繁忙期のことだったからさァ、
この記憶自体、夢だったのかもしれないんだけど……」
お姉さまはそう言うと、残ったお茶を飲みほして――
「なんかね、仕事を頑張っている吉田チャンを見るたび、
この話を思い出すのよォ」
「アンタもしかして、ココアの生まれ変わりだったりする?」
……そりゃいったいどういう意味だよ、オイコラッ!?




