第六章 起承編
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『高校生』
注:コメディー要素なし
「はうぅぅ。遅刻遅刻!」
はじめまして。私アリス。この春から高校一年生。昨日入学式を終えて、今日から高校デビュー本番だってのに、遅刻なんてありえない。
私は憧れの制服を身にまとい、駅に向けて激走中。もう、こんなんじゃ中学のころと変わんないじゃん。
高校は電車で二駅向こう。我が家は最寄り駅まで歩いて40分という最悪条件に立地しているの。だけど、それも三月までのおはなし。なんと四月から、歩いて20分のところに新駅が誕生したんだよ。まるで私の高校入学にあわせたような計らい。やるな、地元鉄道会社。
そんなわけで私は朝から体育会系的に新駅に向けて貴重な体力を消耗させているのでした。
「えっと、新しい駅って、こっちだっけ」
今走っているところは中学の学区外のところで、最近までどこかの地主の雑木林だった場所だから、あんまり詳しくないんだ。昨日の入学式はパパに車で送ってもらったし。新駅の場所なんてわからない。
「まぁ、大きな道路に出れば、わかるでしょ」
そう思って、見なれない住宅街を走りながら交差点に差し掛かったとき。
「きゃあっ」「いてぇ!」
角から出てきた誰かにぶつかって転んじゃった。こっちは急いでいるっていうのに、どうしてこのタイミング?
「ええい、転んでる場合じゃないし。スカートは、よし、めくれてない」
「ぶつかっておいて、謝罪なしかよ」
振り向けば、一人の男子がいたの。
「うわぁ」
まつ毛が長くて整った顔。肌なんて私よりきれいな男子だった。なんだか腹立つ。
「なに口あけて人の顔眺めてんだよ。ぶつかってきたのはオマエだろ」
「え? な、なによ。そっちだって、ぶつかってきたんじゃん。それに転んだほうは私だし。そっちのほうが身体大きいし」
イケメンなのに女の子を悪者扱いするなんて。私は男子を見上げながら睨んでやった。180センチくらいあるな、こいつ。
「オマエ、うちの学校の生徒なのか」
「うん?」
良く見れば男子はうちの高校の制服を着ていた。
「見かけない顔だな。すると新入生か。なぁ金貸してくんない」
「……はぁ?」
何よコイツ。さっそく新入生からカツアゲする気?
「うちの学校ってヤバいの?」
「あん? 朝急いでてさ。財布持ってくるの忘れたんだ。これじゃあ電車に乗れない。昼メシも食べられない。金貸してくれ」
「し、知らないし」
私はこれ以上巻き込まれてたまるかと走り出した。
「おい、待て。待てって」
男子は私を追いかけてくる。何なのコイツ。
「待てよ!」
「はわぁ! 捕まったぁ! おまわりさーん!」
「肩つかんでるだけだろ。それに駅は反対側だぞ」
「え?」
それを言うために追いかけてきたの?
「オマエ、足速いんだな」
「あ、うん」
「駅、あっち」
「あ、ありがと」
私は男子が教えてくれた方へ走り出した。でも、すぐに立ち止まってUターン。
「はい、千円」
「え?」
「お金、ないんでしょ。貸してあげる」
「おぅ……サンキュ」
男子は私が財布から出したお金を受けとると、ちょっと照れくさそうにしていた。その顔が意外と可愛かったり……いや、ストップ、私は騙されない。
「じゃあねっ」
私は男子を振りきるように走り出した。このままじゃ本当に遅刻だ。
「おーい」
男子が叫んでる。今度は何だっての?
「オマエ、名前は?」
「アリス!」
「アリス! サンキュな!」
それ、さっき聞いたし。私はなんだか恥ずかしい気分になって、それを掻き消したくて必死に駅まで走った。
★
その日の昼休み。
「二日目から午後があるなんて、ありえん」
「まぁ、そう言いなさんなお嬢さん。午後と言っても授業じゃなくて部活紹介だしさ。私と一緒にランチしようぜぃ」
私の溜息に応えたのは前の席の白井兎子だ。昨日なんだか気に入られてLINE交換もした。机を寄せ合わせてお昼ゴハンにする。
「アリスさんはパン派ですな。パン二つで足りるの?」
「ダイエットしたいし。兎子こそコンビニのサラダじゃん」
「私は菜食主義者なので」
「ふぅん」
私はフルーツサンドをかじった。
そんなとき教室の入り口がざわついた。おもに女子がざわついているカンジ。黒きGが出たのかな。
「このクラスにアリスッてヤツはいるか!」
教室の入り口に立っていたのは朝の男子だった。
その男子は驚く私と目が合うと、我が物顔で教室に進入してくる。
「4組にいたのか。どこのクラスか言わなかったから、1組からオマエの名前叫んでた」
「ちょっと、そんなことしたら私が悪目立ちするじゃん」
「だってアリス、どこのクラスとか言わないから」
「聞かなかったよね。だいたい何しに来たの」
「おぅ。金返す」
そう言ってポケットから千円を出したのだ。
「え? お金なかったんじゃ」
「ダチに借りた。返す」
「あ、うん」
受け取ると男子のお腹がグゥと鳴った。
「そういや昼メシも忘れたんだった。遅刻して担任には怒られるし、今日は最悪だ」
遅刻しそうな私が走っていたというのに、コイツは歩いてたもんなぁ。
男子はジッと私のパンを見つめていた。
「仕方ないな。私のパンをあげる」
私はホットドックを差し出した。
「俺、甘いほうがいい。そっちくれよ」
指を指すのは私が食べているフルーツサンドだ。
「残念でした。もう食べかけてます」
「それでもいい」
男子は私がかじったフルーツサンドを奪うと、ためらいもなく一口食べた。
私が唖然としていると。
「あ、思い出した。アリスの机、俺が三月まで使ってた机じゃん。大切に使えよ」
そう言って、フルーツサンド泥棒は教室を去っていった。
「な、なんなのよ、アイツ」
そう言う私を兎子は口をあけて見つめていた。アイツのせいで入学早々、変なヤツだと思われた。
「お、驚かせてゴメンね」
なんとかして取り繕わなければ。
「あ、え、あ」
「ごめんね兎子」
「あの、アリスさん、桜庭先輩とどういう関係なの!」
先輩? そうか。この机を三月まで使ってたってことは先輩か。
どういう関係なのかと聞かれてもなぁ。
「それ、私も聞きたい」
「どうして桜庭先輩と仲良しなの?」
「詳しく教えてよ」
ほかの女子まで聞いてきた。
「え? あの人、なんなの?」
「知らないの? 有名人だよ。あの先輩を追いかけて、この学校に入学した子は大勢いるんだから」
兎子の話では、アイツの名前は桜庭千枝李。文武両道、家は大金持ち、そのうえ高身長でルックス良しとかいうバケモノらしい。
「中学時代からファンが大勢いて、芸能界からスカウトがあったとか、モデルと付き合ってたとか、みんな言ってるよ。私、先輩と同じ中学だったから知ってるもん」
兎子の言う中学校とは、私の中学の学区のふたつ隣だ。
「そうなんだ。でも、私、今日会ったばかりで」
「お金貰って、パンあげてたじゃん」
そんなこと言われても。昼休み中、クラスの女の子の半分くらいから質問攻めにあって、帰りのホームルームでも何人かに聞かれるし。
ああ、ややこしいことになったなぁ。一体どうなっちゃうの、私。
★
翌朝。今日は時間に余裕を持って新駅に到着。
この駅は中央にホームがあって、ホームの両脇を上りと下りの電車が来るかたち。島式ホームっていうみたい。
朝の時間はお客さんでごった返している。人混み、苦手なんだよね。
スマホしながら電車を待っていたときだった。
「う……うぉ……あ……」
近くにいたスーツ姿のオジサンが変な声を出しながら立っていた。目は充血して口からヨダレを出してる。
あ、ヤバい人だ。まわりの人も、そんな感じでオジサンを見てた。
『まもなく上り急行電車がまいります。黄色い線の内側までお下がりください』
ホームのスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。
この駅、急行電車は止まらない。昨日も急行電車は、ものすごい速度でホームの脇を走っていった。
「あ……いやだ……死にたくない……あ、あえぇぇ」
ヤバいオジサンは少しずつ、まるで何かに抵抗しながらホームの端へと歩いていった。オジサンの視線の先を見れば、急行電車がやって来るほうだ。違う、オジサンはもっと先を見ている気がする。オジサンの視線の先には、線路を挟んで奥のほうに、古ぼけた社のようなものがあった。
「えぇ……あぁ……ああ!」
「危ないっ」
私は声に出して止めたけれど、オジサンは線路に飛び込んだ。そして、急行電車にはねられた。
★
朝から嫌な物を見てしまった。あのあと駅のホームは悲鳴が上がって、大変なことになった。電車も人身事故の処理で、二時間以上止まってしまったのだ。当然学校には遅刻。ほかの生徒も遅刻してきた。先生はニュースで状況を知ったみたいで、遅刻してきた生徒を怒ることはなかった。
その日の昼休み、兎子とランチしているときのことだ。
「アリスさんだっけ。桜庭先輩と付き合っているって本当?」
声をかけてきたのは鳩野貴沙妃。なんとなくクラスの女王っぽい雰囲気の子だった。中学の頃もそんなカンジの女子がクラスの実権をにぎっていたので、なんだか直感的に好きじゃない。
私は変な誤解を招いて敵に回してはいけないと思って、すぐに否定した。
「付き合ってるわけないよ。昨日会ったばかりだし」
「そうだよね。だって桜庭先輩、この学校で一番の男子だもん。付き合えるはずないねぇ」
「うん」
「それでさ、付き合ってるわけじゃなくても、桜庭先輩と知り合いなんだよね」
「知り合いってわけでもないけど」
「私たちさ、桜庭先輩と合コンしたいんだ。アリスさん、一応は桜庭先輩と話せるんでしょ。合コン、セッティングしてよ」
「はぁ? そんなこと出来ないし」
「やってみなきゃ分からないじゃん。聞くだけでもいいからさ」
そもそも私たちって。鳩野さんのうしろには数人の女子が様子をうかがうように、こちらを見ていた。もう自分の軍団を作ったっていうの?
「じゃあ、よろしくね」
「待って。無理だって」
鳩野さんはこちらの言うことも聞かず、仲間を引き連れて廊下に出ていった。あれは、わざとだ。わざとこちらの返事を聞く機会を壊して、自分の要望を通すやり方だ。
「アリスさん、厄介なことになったね」
兎子が憐みの目で私を見てきた。
ここで断れば、私のクラスでの立場が危うくなるかもしれない。ああいう女は敵に回したくないし。でも先輩と合コンなんて出来るワケないじゃん。
先輩に合コンなんてお願いできないし、何もしなければ逆恨みされる。せめて先輩でなくても、代わりの男子と合コンできればなぁ。
「やっぱり、頼りになるのはアイツしかいないか」
★
「はぁ? なんで俺がオマエのクラスのヤツと遊びに行かなきゃなんねぇんだよ」
そう言うのは幼なじみの海亀樹志雄だ。放課後、廊下で捕まえた。
「だってクラスの子に頼まれたんだもん。海亀は来なくても良いからさ、友達の男子とかにお願いして、ウチの女子と遊ぶように言ってくれない? できればイケメンに」
「そんなヤツ、俺のまわりにはいねぇよ」
「海亀、忙しいの? 部活?」
「俺は部活には入らない」
小学生のときから海亀はサッカー少年だった。でもどういうワケか、中学の途中からサッカーをやめたのだ。それなりに上手かったし、学校ではファンクラブまであったっていうのに、もったいない気がする。
「とにかく、いかがわしい集まりに、せっかく出来た友達を行かせるワケにはいかない」
「私が困ってるんだけど」
「知るかよ」
なによ。クラスの男子に声をかけてくれるくらいいいじゃん。怒りが爆発しそうになったときだった。
「あれ? アリスじゃん」
振り返れば桜庭先輩がいた。
「なになに? ケンカ?」
私の悩みの張本人がやってきたのだった。桜庭先輩は不思議そうに私と海亀の顔を見回している。
ええい。こうなったら良いチャンスだ。ダメもとで聞いてやれ。
「あの、先輩。次の土曜日、暇ですか。私たちのクラス、土曜日に親睦会するんですけど、先輩も、よかったらどうかなって」
「なんでアリスのクラスの親睦会に俺が行くのさ?」
「あ、だって私たち、この学校のこと良く知らないし。教えてほしいなって。先輩だったら先輩だから、学校のこと知ってると思ったから。先輩は先輩でしょ。だから。それに、女の子しか来ないし。ちょうどいいでしょ」
我ながら、よく咄嗟に口から出まかせ出来たなって思う。
桜庭先輩は少し唖然とした感じで私を見ると、大笑いを始めた。
「ハハハ。なんだかアリス、うける」
「あ、あの、こっちは真剣に誘ってるんですが」
「わかったわかった。良いぜ。親睦会しよ。土曜日か。空けとくわ」
やった。
「それで、男の友達も何人か誘ってほしいんですけど」
「わかってんよ」
そうして私は先輩とライン交換して、先輩は帰っていった。
これで鳩野さんや仲間たちから恨まれることなない。ホッとしていると海亀が驚いた顔で私を見ていた。
「さっきの、桜庭千枝李だよな」
「そうだよ」
「……アイツには関わるな」
はぁ? どういう意味?
「私が誰と仲良くなろうと、海亀には関係ないでしょ」
「アリスはいつもトラブルに巻き込まれるんだ。もう一度言うぞ。桜庭千枝李とは関わるな」
海亀はそう言って離れていった。なんなのよ、アイツ。
★
その日の夜。見知らぬ電話番号から電話が来た。もしかして桜庭先輩かと思って電話を取った。
「もしもしアリス、どうやら生きてるみたいにゃあ?」
この声は同じ中学校の先輩だった祢子さんだ。よく考えたら、桜庭先輩が私の電話番号、知ってるはずないか。
「祢子先輩、久しぶりだっていうのに、なんなんですか」
「だって今朝、新駅で飛び込み自殺があったって聞いてにゃ。もしかしてアリスの不死身伝説も終わったのかなって心配したんだにゃ」
「私は自殺なんてしません」
この先輩、昔から何かと失礼なんだから。
「普通は高校入学おめでとう、とか言いませんか」
「ふにゃあ。おめでとう、おめでとう。お祝いに週末にでも一緒に遊んであげるにゃ」
「結構です。私、土曜日はクラスの子と一緒に先輩たちと遊ぶんで」
「先輩? アリスの学校の先輩?」
「はい。桜庭先輩っていう人です。有名人になるくらいイケメンなんですよ」
どうだ。うらやましいか。
すると祢子先輩はにゃあにゃあ唸りはじめた。
「桜庭……桜庭千枝李?」
「はい。知っているんですか」
桜庭先輩、カッコいいし。別の学校の生徒でも知っているのかも。
「桜庭千枝李が関わると……これは面白そうだにゃ!」
祢子先輩はすぐに電話を切ってしまった。なんだったんだろう。
★
そして土曜日。
桜庭先輩とラインのやり取りをして選んだ集合場所に、私と兎子、クラスで仲のよくなった子、そして鳩野さんとその仲間。計八人が集まった。
そこへ桜庭先輩と友達四人が合流。これからボーリングやカラオケ、ファミレスとかに行く予定だ。
鳩野さんはあざといくらいに桜庭先輩にべったりだった。桜庭先輩の友達は話が面白くて良い人たちだったから、私たちは飽きることもなくて、楽しかったけど。
ボーリングのときなんか、鳩野さんの番になって、桜庭先輩は解放されると、私に困った顔を向けてきた。私はなんだか笑ってしまった。
カラオケは桜庭先輩がお金を出してくれることになって、ちょっとしたパーティ会場のような部屋を取ってくれた。
鳩野さんの歌の番のとき、私はトイレに行きたくなって部屋を出た。
トイレを済ませると、出口には桜庭先輩がいた。
「先輩もトイレですか」
「うん。まぁ。アリスのこと、色々聞いたよ」
「色々?」
「うん。祢子から。昨日話しかけてきて、一年に面白いヤツがいるって」
祢子先輩、余計なことを。あれ? 祢子先輩ってウチの学校の生徒だっけ?
「私、たいして面白くないですよ」
「たしか臨海学校では波に呑まれて沖まで流さて、何時間も漂流していたのに生きて帰って来たとか」
「はぁ」
「林間学校では毒蛇にかまれたうえに迷子。数時間後に見つかったのに死んでなかったとか」
「う……」
「小学生の頃、トラックにはねられたのに無傷だったとか」
「…………」
「ついたあだ名が『不死身のアリス』」
「もう、いいですって」
そうなのだ。私は何回も死にそうな体験をしてきたというに、生きている。
一歳のころ家が火事になって全焼。焦げ跡から気絶している私が見つかったのだけれど、たいした火傷もなかった。
小学校の夏休み。川下りしているときなんてボートから投げ出されたのだけれど、擦り傷だけで助かったとか。
祢子先輩め、余計なことを桜庭先輩にばらしちゃって。
「面白い子だな。俺、そういう子、好きだ」
「先輩、そんなこと、女子に言わないほうがいいんですけど? 本気にする子、いますよ?」
「アリスになら、本気にされても良い」
先輩は目の前まで迫ってきた。
「アリス、俺たち付き合わないか」
「え? 先輩、何言ってるんスか」
「本心」
「い、いきなりのことで、ワケわからないんですけど」
「それもそうか。でも同じ学校なんだし。いつでも会えるから考えといてくれ」
先輩はそう言うと、部屋の方へ向かって廊下を歩いていった。そんな廊下の真ん中では鳩野さんが立っていたのだ。
「よぅ」
先輩は鳩野さんに軽く声をかけると、彼女とすれ違って行った。
鳩野さんは鬼のような形相で私を見ていた。




