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第四話 実家に帰らせていただきます


 柳端。はっきりいってイケメンだ。

 萱愛とやってきた彼の第一印象はそれだ。

 不機嫌そうに真一文字にひかれた唇はただでさえ気圧されるのに、美形がやると恐怖さえ覚える。


「あの、なにか」

「……柳端」

「はい?」

「柳端。萱愛の手伝いできた」


 つっけんどんな物言いは水月をよく思っていないのがわかる。

 あくまでよく思っていないだけ。多少目つきはきつく、あたりが強いように思われるが。

 しかしその敵意は水月当人に向けられたものではないように感じた。

 初めて会った人間なのだから好意がないのはごく自然。

 水月は自分の感覚を信じて、にこやかに微笑みかけることにした。


「初めまして。水月 年季です。萱愛と同じ大学の」

「黛から聞いた」

「ま、黛……!」


 この青年も彼女の知り合いだというのか。

 大丈夫だろうか。常識がふたつほど別の階層にある方ではないだろうか。

 つい露骨に反応すると柳端はくすりと噴き出す。ほんの一瞬ではあったが。


「本当にただの手伝いだよ。なんにもしねーよ、そういうのにはうんざりしてる」

「あっ、そうですか。こんな暑いなかわざわざ」

「いいって。なかはいってもいいか」

「どうぞ」


 礼もなかばに彼は玄関にのりこむ。

 彼の後を追うように水月のそばにやってきた萱愛は苦笑を浮かべた。


「本当にいいやつなんだ」

「黛さんの関係者?」

「そうともいえるし、違うともいえるかなあ」

「へえ……」


 強烈な印象を残す少女につい警戒してしまう。

 しかしつい先程彼が「うんざりしてる」と返したのを思いだし、気を取り直す。

 うんざりしてる。ということは、彼は彼女に賛同する側でなく巻き込まれる側ということか。

 ならばむやみに怪しむのもまた失礼だろう。


「なんにせよ今日は来てくれてありがとう。これ、家の地図。とりあえずオレがやるところには印をつけておいたから、他は自由に探していい」

「わざわざ? わ、パソコンで印刷してある」

「つくり始めたら結構楽しくなってきてね」


 朝のうちにもう一人来ると聞いていたのでちゃんと柳端の分もある。

 代わりに渡してくれと萱愛に見取り図を託し、自分は袖をまくる。

 萱愛はにこやかに頷くと家のなかに入っていった。

 装備は手袋、タオル、汚れてもいいシャツ。クーラーをつけても家じゅうをひっくり返すのは並大抵のことではなかった。

 それでも早い。男三人集まれば多少の荷物は軽いものだ。

 成果があがったのはそれから一時間後。


「なあ、アルバムあったぞ。でもな……」


 埃をかぶったアルバムを見つけてきたのは柳端。

 何年も放置されたのだろう。揺れる度に胞子じみた灰色のちりが舞い上がる。

 一階から大きな声で呼びかけられ、水月も萱愛もすぐに集まった。

 水月といえばついつい汚れを見つけると掃除してしまうため遅々として進まず。一方の萱愛は真面目に探索するもあたりさわりのない日用品しか見当たらなかった。

 渦中の人物であろう己が一番ふがいないとは。恥じ入って顔がほてってしまう。

 しかしそんなことは柳端には関係がない。


「見ろ。爪で削っても布で軽く水拭きしても埃がこびりついてる。相当な年数放っておかれていたらしいな」

「うわ、キツ……じゃなかった。アルバムをそんな風に扱うだなんて、そんなずぼらな人だったかな。どこにあったんだい?」


 人差し指の関節でアルバムをノックする。

 まるで最初から一体だったかのように埃は揺らがない。

 親戚は世界を飛び回ることもあってか自由な性格だが、しかし物を乱雑に扱う人物だっただろうか。

 不思議に思うも柳端からアルバムを受け取る。


「トイレだ」

「……気を悪くしたならすまない。オレはアルバムがあった場所を聞いているんだけれど」

「違う。気まぐれでトイレの手洗い場の水道管を調べた。まずいものを隠すなら滅多に触れられることもなく、見たくもない場所だろ? そうしたら水道管にたてかけるように置いてあった」

「アルバムを?」


 言われてみれば少ししっとりしている気がする。

 気分が悪くなったがそうもいっていられない。

 倉庫や本棚に放置したというのならわかる。だがこれは明確な意図があって隠している(・・・・・)

 手袋をしっかりはめなおし、ページをめくる。

 後ろから見ていけばしばらく未使用のページがつづく。

 色は黄ばみ、ヤニのような色になっている。一年や二年ではこうはならない。


「どうだ」

「これは……爺さんの家、かな」


 もっとも新しいページに貼られていたのは、なんとなく見覚えのある古い家。

 手が回らないのか雑草が散見し、砂利混じりのでこぼこの地面が無骨にさらされている。

 瓦屋根の家の前で、何人もの人間が思い思いの顔で並んでいた。

 ほとんどは笑顔。そして見覚えがある。

 今と比べると若く、うろ覚えの人間もいるもののすべて親戚だ。

 中心には小さな子どもと一人の老人。子どもは仲がよさそうに手を繋ぎ、老人は照れ恥ずかしそうな苦笑をカメラに向けていた。

 水月と岩尾、岩尾の祖父である。

 その写真が最も新しい日付。

 もっと前をめくるとほとんど自分たちか祖父が写っていた。

 祖父に関するアルバムだろうか。

 割合としては岩尾がもっとも多い。


「お爺さんの写真ですか。ではこの女の子が?」

「岩尾だ。この頃からちょっと変なやつだったよ」


 カメラにむかってはにかむ岩尾は十にも満たない幼子にしては異様に大人びている。

 内気な童女ともとれるが、視線はまったく揺らいでいない。

 アルバムをさかのぼるうち、またひとつ気づく。

 先に気が付いたのはまたしても柳端。


「何枚か剥がされてるぜ。日焼けのあとが残ってる」

「本当だ」


 写真の合間に不自然な空白。貼ってから剥がすまでの期間は長くなかったらしい。日焼けのあとは薄いのに、よく気がつくものだ。

 感心しながら一枚一枚穴が開くほど観察する。

 一見どれも明るく優しい写真。

 なのに何故わざわざこんなところに隠したのか。


「どれも幸せそうなのに。剥がされたのは一体どんな写真なんだろう?」

「さあな」

「……ん? このお爺さん、岩尾さんのお爺さんなんだよね」

 

 そっけない柳端の横で、今度は萱愛が声をあげる。


「そうだよ」

「じゃあなんでお爺さんと岩尾さんが一緒の写真がないんだろう」

「……え」


 指摘され、猛烈な勢いでアルバムをめくる。

 確かにない。

 祖父は様々な人物と一緒に写っているが、孫である岩尾とともにいる写真は一枚も。


「そんなの不自然だ」


 大抵の祖父は孫を可愛がるものである。

 岩尾とその祖父も同じだった。水月に金の懐中時計を与えてしまうような人なのだ。

 訪れる度相好を崩し、甘いお菓子をこれでもかとくれていた。

 本当に一枚もないのだろうか。

 アルバムを何度も捲る。既にみた場所も食い入るように探す。

 急かすように時計の秒針が耳朶をうつ。カチ、カチ、チチチ、カチ。中途半端に集中しているのか気分が悪くなってくる。狂った速度で秒針が動いている気がする。

 探しても、やはりない。親戚が剥がしたのか?

 冷や汗を流す水月に、柳端が呆れた声をあげた。


「おい」

「えっ……な、なんだい?」

「そんな慌てるようなことか」

「そういうわけじゃ、ないよ」


 鋭い追求はそのままぐさりと突き刺さる。

 彼の言う通りだ。なのに冷静になれない。

 むしろ落ち着かなければと思うほど胃がひっくりかえりそうな焦りにせきたてられてしまう。


「……ひとついっておいてやる。

 どんなに信用しててもな。お前が頭のなかで描いた理想像に過ぎないこともあるんだぜ」

「オレが都合よく信じ込んでるだけだってこと?」

「わかってんじゃねえか」


 急に不機嫌そうに顔をしかめ、身をひるがえす。

 水月の態度に腹が立ったのだろうか。何か地雷を踏んでしまったのか。


「どこいくの!?」

「後片付けだよ。散らかしちまったからな! お前もとっとと片付けろ」

「片付けろって」

「信じられないんだろ。だったらとっとと確かめにいけよ、手遅れになっても知らないからな」


 舌打ちとともに廊下に消えた彼の背を追うことはできなかった。

 信じられない。

 自分の記憶もだし、周囲の人間が自分の思う人間とは違うという可能性も信じられない。信じたくない。


「確かめにって、どうすれば……」


 途方にくれた呟きが落ちる。

 剥がされた岩尾と祖父の写真。

 日付を見る限り、この写真は祖父が生きている間は取られ続けた。

 逆に言えば、祖父が死んだあとは全く更新されていない。

 そこにどのような意味があるのかはわからない。

 親戚自身も、枚数は少ないがいくつかに写っている。

 仲のいい家族、ではなかったのだろうか。


「水月くん。なにかおじいさんについて調べる方法はないの?」


 話を黙って聞いていた萱愛が遠慮がちに問う。

 すぐに返答することはできなかった。

 当の祖父が亡くなっている。岩尾は何度か連絡をかけても全く応じないあたり、頼りにできないだろう。

 親戚にきく? だめだ。

 真実を語られるのが怖い。正直そんな気持ちがあった。

 それ自体はとても情けないことである。知りたがっているくせに目を背けたがっている。

 だがきちんとした理由もあった。

 たとえ知っていても、場合によっては本当のことを教えない可能性もある。

 妨害にしろ心配されるにしろ、むやみに教えない方が行動しやすい。

 ならば自分の両親か。

 いや、親戚が隠すなら自分の両親も隠すか?

 そもそも知っているのか、余計ないざこざを起しはしないか。


「オレが思いつく一番可能性が高い選択肢は、ああ、突拍子もないかもしれないが」


 祖父の家に行ってみること。

 自分が子どもの頃には既に祖母はいなかった。

 あの頃、家に住んでいたのは誰だっただろう。

 水月が幼さゆえの勘違いをしていなければ、祖父が一人暮らし。

 だが現在は息子夫婦が管理しているはずだ。

 随分昔だが両親がそう話し合っているのを聞いた……気がする。

 岩尾の両親ではなく、岩尾の父、その弟だとか。ちなみにこの家の持ち主は三人兄弟の末っ子である。

 改めて考えてもなかなかの大家族だ。


「両親に電話して連絡先を聞いてみる。祖父の家に行ってみるよ。こんなことをする原因はもしかしてオレの記憶にも関わるかもしれない。たとえきけることがなくても、みて思うところがあれば」


 過去みた風景と同じものを見ることで、脳の奥底に沈んだ記録を刺激する。そうすれば記憶となって甦るのではという希望をいだく。

 人間の脳が本当に、経験を忘れても消えないつくりになっているというのなら。


「電車でも半日かかる」

「わかった。いつにする?」

「……まさか、ついてくるっていうのか。そこまでする必要はないのに」


 黛さんが怖いのか、ときこうとしてやめる。

 彼はいままでずっと彼女がよい人だといってきた。

 怖いと思っているのは自分の方。それを親近感を覚えているとはいえ萱愛に押し付けるべきではない。


「一度乗りかかった船は絶対に降りない。そう誓ったんだ」


 誰に、とは聞けない。

 強く自らに言い聞かせるような言葉。眉間にしわをよせ、強い視線を水月にむける。

 きっと彼がここまでする理由がそこにあるのかもしれない。


「……お、俺もいく」


 気のせいか。

 どこか怯えた調子で柳端の声が聞こえてきた。

 声の方向をみれば廊下のかげから柳端が顔をのぞかせている。


「柳端? 本当に?」

「ただ家に行くだけだろ? それに毎回毎回置いていかれる、ばっかりじゃ……」


 若干しか離れていない。

 それでも眼鏡越しでは彼の表情をはっきり見ることはできない。

 かろうじて「苦しそうだ」という印象を受けるだけ。


「……わかった。俺たち二人ともついていく、いいよな?」

「オレはなにも報いることができないと思うよ」

「いいんだ。これは俺の信念だから」


 なにがここまで彼を動かすのだろう。

 たまたま関わったにすぎないのに。最後まで付き合おうと思えるのか。


――ああ、彼は本当にカウンセラーみたいな人だ。


 強くて、あきらめが悪くて、人によりそう。

 いまだ危ういけれど、彼が本気で助けようとしてくれていることは信じてもいい。そう思えた。


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