君の知らない時間(07)
---2011/03/05 10:11 (3)
私は、隼人の話をただ黙って聞いていた。何を言うべきか、分からなくて。
「全部……全部、隼人は何もかも分かっていたってことなの?」
「全部じゃないけど。今の千紘の話を聞いて、やっと確信できたけど」
そう言われても、納得できなかった。
隼人こそ、私の未来を何もかも知っていたのだ。それどころか、時間の巻き戻る法則さえ。
時間が巻き戻って繰り返す中で、時間が戻ったことを認知している人が物事に干渉した上でも、実現可能性のある限り、事象は同じように繰り返そうとする。
私も、多分何となくは分かっていたのだけれど。そう、隼人は、私よりずっとちゃんと、このルールを知っていたのだ。
「何で……何で……言ってくれなかったのよ」
「……だから、それは」
分かっている。けれど、すぐには納得できない。
隼人がずっと苦しんでいた事実を、私がずっと知らなかったことも。
---2010/09/19 21:30 (3)
電灯の下、象の形のジャングルジムを見上げる千紘を、俺は後ろから見ていた。
小さい時に、この公園で千紘とはよく遊んだ。海人も一緒だった。近所に男の子が多くて、一緒に遊んだからか、小さい時は今よりずっとやんちゃだった。母さんも千紘を可愛がったし、千紘の母さんも俺を可愛がってくれた。
「懐かしいな」
「そうだね、近所だけど全然来なかったし」
俺はベンチの砂を払って座った。子供用のベンチは、座るには低かった。千紘も俺の横に座る。
「で、どうしたの、急に」
「……んー」
デートの帰り、思いつきで、公園に誘った。別に何を話そうとか、そこまではっきりした意図はなかった。
ただ、千紘があまりにも、どこかに消えてしまいそうで、いなくなってしまいそうで、このまま別れるのが怖くなった。
千紘が死んだ日は――あと、半年後に迫っていた。
俺は千紘を守る方法を、未だに、見つけられていない。
「二年って、あっという間だな」
「……そうかもね」
時間が巻き戻って、俺が高校生からやり直して、二年が経った。その間、俺は、かつて自分のした失敗を、回避しようと、時には敢えて失敗をしてみようと、自分の時間を変えるよう努力してきた。
だが、それでも、俺の意図した通りに出来事が変わらないことがあった。
例えば、俺が前の時間、クラスでの同窓会で飲み過ぎて失敗したことがあった。あの時は楽しくてつい飲み過ぎて、路上で倒れて吐いた上、通りかかった警察官にまだ二十歳になってないことがばれて、エラい目に遭った。この失敗は、単純に俺が酒を飲まなければ起こらない。だから、避けることができた。
だが、例えばコンビニのバイトで棚を倒しただとか、発注を間違えただとか、そういった失敗は、俺が気を付けていても起こった。特に、失敗をしたのが俺以外の他人だった場合、俺が前もって声をかけてさえ、プリンの誤発注がゼリーの誤発注になっただとか、多少の小さな変化はあれ、同じ失敗を繰り返す。
当然といえば当然だった。
俺以外の人は、時間が巻き戻った認識がない。そして全く同じように行動する。同じ条件が揃っていれば、同じような事が起きる結果に収束するのだ。
俺が防がなくてはならないのは、俺の事故ではない。千紘の事故だ。
例え、2011年3月5日のあの日、俺がバイクに乗らなかったとしても、千紘がどこかでトラックに遭う可能性は否定できない。
また、その日一日、俺と千紘が一緒に過ごして無事に乗り切ったとしたとしても、その後、もし千紘に何かあって、道路に飛び出すようなことも否定できない。
一切俺がバイクに近づかなければ、千紘があれほど焦ることがないのだから、あんな事故は起こらないはずだとも思う。だが、確実にそうとは言い切れない。
もっと確実な方法を――千紘は結果的に命を賭して、俺の命を守ったのだから。
「……ありがとな、千紘」
俺を守ってくれて。
「うん」
千紘は、頷いた。
本当に、大事で仕方なかった。
「……これからも、一緒にいような」
どちらかが死ぬことなく。今度こそ。
千紘は、俺の顔を、黙って見返していた。遠くを見るような、不思議な目だった。
「……千紘?」
千紘は、しばらくして、ふっと笑った。
「ごめん、ちょっと、……嬉しくて」
「あ……」
千紘が笑っているのも当然だと気付いた。自分がどんな恥ずかしいことを言っていたのか気付く。何か取り繕おうとした時、
千紘はくすくす笑いながら、続けた。
「いいよ」
え? と聞き返した言葉は、声にならなかった。
「ねえ、隼人、私のことが好き?」
抱きしめた体は、温かかった。
嬉しくて、怖くて、色々な思いがごちゃごちゃになって、胸が苦しかった。千紘には隠していようと決めたはずなのに、堪えきれず涙が零れた。
「私も隼人が好きだよ」
声が、近くで聞こえた。
千紘は照れて小さく笑った。その顔を間近で見て、俺は何故かあの時の千紘の顔を思い出した。
トラックに轢かれて、息を引き取る寸前、笑った千紘。
あの顔と、何故か、今の顔がだぶって見えた。
……そうか、千紘は、あの時の千紘と同じ千紘なんだ。
俺の中で、光が弾けるように、閃くものがあった。
---2011/03/05 10:18 (3)
「だから俺は、海人や藤代に頼んで、一芝居打ったんだ。ほとんど同じように、物事が繰り返すなら、むしろそれを逆に利用してやろうと、俺は千紘が事故に遭った状況をできる限り再現した……そうしたら、こちらがタイミングを分かった上で、事故を止められるはずだから」
私は、隼人の話を信じられない思いで聞いていたが、さすがにその言葉には言い返さずにいられなかった。あれが全部仕組まれていたことだなんて。
「そんな……そんな、私がどんな気持ちだったと思うのよ!」
大声に、近くにいた子供たちが何人か振り返る。が、それでも言い足りない。
「藤代くんにヘルメットさせて、自分のジャンパーまで貸して……本当に心配したんだから!」
「俺だって、千紘をあんなトラックにぶつかるギリギリのところで止めるつもりじゃなかったんだよ! なのに俺が横から捕まえようとしても、全然気付かないで、すごい勢いで走っていきやがって!」
それは私が必死だったからだ。
「馬鹿! 全部分かってたなんて今更……」
そこで隼人の顔を見て、私は言葉を飲み込んだ。隼人は、疲れ切ったような、ひどい顔をしていた。自分の顔は見えないけれど、きっと私より、苦しそうな顔を。
そうだ。あの時は、きっと隼人の方が怖かったに違いない。
目の前で私がトラックに轢かれる、その光景が繰り返される寸前だったのだ。
別に隼人を責める理由はどこにもない。それは分かっている。
ただ、やり場のない気持ちが、駆け巡って、どうしようもない。
しばらく、私達はお互い黙っていた。先に口を開いたのは、隼人だった。
「何度も言うけど、俺も何もかも分かってたわけじゃない……それに、俺に分かるのは、ここまでだよ」
「……どういう、ことなの?」
隼人は首を振った。
「俺の時間は、もう多分、前の記憶は役に立たない。千紘を失ってからの俺の生活は、すっかり変わった……。だから、この先、千紘が一緒にいる時間は、俺にとって多分始めて見るものばかりになるはずだ。だから、未来のことが分かるのは、俺はもうここまでだよ」
「……。」
その言葉の意味を理解するのに、私は少しかかった。
私にとって、前の時間と、今の時間――隼人の説明で言うなら、1回目の時間と3回目の時間ということになるけれど――その二つは、ずっと、まったく違うものだったからだ。私には最初から、時間が巻き戻った後、未来に起こることを予測することは、ほとんどできなかったといっていい。
だから、時間が繰り返した世界のルールを、理解できなかったし、これから起こることもほとんど知らない。
ただ、繰り返したことがあるとすれば。
一度目も、二度目も、三度目も、何度時間が巻き戻っても、私はこの幼馴染が好きだったのだ。
ふと、隼人が私の左手首に――白い腕時計に触れた。そして、私の手を握りながら持ち上げて――そっと自分の耳に当てた。
「隼人、何を……」
言い掛けて、黙る。時計の秒針の音を聞いていた。目を閉じて、微かな音を聞いているのがまるで、祈るように見えた。
大丈夫だよ。そう言ってあげた。
今度、隼人のバイクの後ろに、乗せてもらおうかな。空は青く晴れていて、風が心地よかった。




