佐吉の蔵
太助の「並べて比べる」が、また一つ隣の田へ、隣の年寄りへと伝わっていきます。同じ頃、安芸では甚兵衛が佐吉という者の姿を、初めて自分の目で確かめてきます。
梅雨が明けてからひと月ほどが過ぎ、岡豊の田はどこも青々と稲が伸びていた。藤丸は太助とともに、先に二枚に絞ったあの畔を見に来ていた。
「こっちの田は水の出入りが早うて、こっちは遅い。同じ広さでも、稲の伸び方がちっと違いますな」
太助は二枚の田を指差しながら、ごく当たり前のことのように言った。藤丸はその言い方に、内心で小さく驚いていた。以前ならこういうことは「この田は良い田、あの田は良くない田」としか言わなかった男が、今は二つを並べて、どこがどう違うかを口にしている。
「藤丸様がまだ小さい頃に試された、あの隅の田。あれも、思いのほか穫れましたでな。だからこそ、わしも今度はもっと広く見立ててみようという気になったんですわ」
太助の言葉に、藤丸は小さく頷いた。あの一区の試みが、こうして次の一歩につながっている。試したのは藤丸だが、そこから先へ足を出したのは、太助のほうだった。
「秋になって麦を入れる時には、この違いがそのまま使えるかもしれませんね」
「へえ。水の出入りが早い方は、稲には少し水持ちが足りんでも、麦には案外向くかもしれんと、わしも思うとります。水はけの良い田の方が、根が腐りにくいですき」
藤丸はその答えに頷きながら、帖に「水の出入り、早い田・遅い田。早い方が麦向きか」と書き加えた。麦そのものはまだ影も形もない。だが、田の性質を比べて記録しておけば、秋に麦を入れる時の判断が早くなる。一年で答えが出るとは限らないが、来年、再来年と重ねれば、太助の見立ては勘ではなく形のあるものになっていくはずだった。
畔を歩いていると、隣の田の年寄りが太助に声をかけてきた。
「太助、お前さんの田の見方、近頃ちっと変わったな。何か覚えたんかい」
「いや、覚えたっちゅうほどでもないが……同じことを並べてみると、違いがよう見えるんよ。お前さんとこの田も、隣の田と並べてみたらどうじゃ。水の出入り、日の当たり方、去年の出来。三つくらい並べてみるだけで、案外違いが分かるもんよ」
太助はそう言って、自分の田の見方を、もう一度自分の言葉で誰かに渡していた。藤丸が太助に教えたものが、太助の中で形を変え、また別の誰かに渡っていく。その様子を眺めながら、藤丸は自分が何かを発明したわけではないのだと、改めて思った。ただ、誰かが既に持っている目を、少しだけ違う向きに開かせただけなのだ。それがこうして畔から畔へ伝わっていくのを見るのは、帖に何かを書き加えるよりも、ずっと確かな手応えがあった。
「太助殿は、おいくつになられましたか」
ふと気になって尋ねると、太助は日に焼けた顔をくしゃりとさせて笑った。
「五十四にもなりましたわ。この歳になって、田の見方が変わるとは思いませんでしたがな。若い頃に教わったやり方を、死ぬまで変えんもんだと思うとりましたが」
帰り道、平六と行き会った。山の様子を尋ねると、椎茸の傷をつけた木はまだ何の変化も見せていないという。
「秋になるまでは、何とも言えませんわ。気の長い話で。傷をつけてすぐに出てくるもんでもなさそうじゃ」
「来年も、傷をつける木を増やしてみますか」
「そうですな。今年の分が一つでも当たれば、それを目当てにすればよろしいでしょう」
藤丸は頷いた。椎茸も、麦の田も、今すぐに答えが出るものではない。種をまいて、待って、また確かめる。その繰り返しの中にしか、確かなものは育たないのだと、藤丸は帖を懐にしまいながら思った。
* * *
甚兵衛が安芸から戻ったのは、それから三日後のことだった。昌源の部屋に通されると、甚兵衛はいつもの商人らしい愛想を引いて、声を落とした。
「お申し付けの通り、寺の外から、それとなく聞いて回って参りました」
「うむ。何か分かったか」
「佐吉という名の子は、確かに寺におりました。歳は十二、三ほど。母方の伝手で寺に入ったというのは、前に文吉殿から聞いた噂と同じでございます」
甚兵衛は懐から小さな帳面を取り出し、聞き集めたことを順に語った。寺の蔵の出し入れを、住職が佐吉に任せていること。米や銭の数を、誰よりも細かく覚えていること。近隣の村の者が寺に何かを納めに来た時、佐吉が立ち会って数を確かめると、後で間違いが出ないと評判になっていること。
「ある村の者が申しておりましたが、佐吉は数を数える時、紙に書かずとも頭の中で並べて覚えてしまうそうで。間違いが出たという話は、とんと聞かぬとのことでございました」
「うむ。それは確かに、並の子とは思えぬ話じゃ」
「ただ……」
「ただ、何じゃ」
「子供にしては、口数が少ないようでございます。同じ年頃の子と遊ぶ姿は、あまり見かけぬとか。寺へ薪を納めておる村の者の話では、父親が一条家中の代替わりの折に立場を失い、ほどなく亡くなったと。そのことを、佐吉自身はあまり語らぬそうでございます」
昌源は黙って聞いていた。算用に明るく、口が堅く、しかし歳の割に笑わぬ子。それは、傅役として藤丸につけるにふさわしいかどうかを判じるには、まだ足りない話だった。人物の善し悪しは、噂だけでは分からぬ。
「もう一つ。これは噂というよりは、わし自身が見たことでございます」
「見た、とは」
「寺を出る道で、佐吉が他の童に苛められておるところに出くわしました。算用ができるというだけで、生意気だと言われておったようで」
「それで、佐吉はどうした」
「黙って、立ち去りましてございます。言い返しもせず、殴り返しもせず。ただ、悔しそうな顔も見せずに、です」
昌源はしばらく考え込んだ。気の強さを表に出さぬのか、それとも、表に出すだけの気力をどこかに失っているのか。それを見極めるには、もう一歩近づく必要がある。噂や人伝てだけでは、子の本当の性根までは分からぬ。
「甚兵衛。もう一度安芸へ行く折があれば、今度は寺に何か用事をつけて、佐吉に直に言葉をかけてみてくれぬか。何を聞くかは任せる。お前の見立てが知りたい」
「承知いたしました。次に荷を運ぶ折に、必ず」
甚兵衛が下がった後、昌源は文机に向かったまま、しばらく筆を取らなかった。藤丸にはまだ何も知らせていない。傅役の話は、まだ昌源一人の中にあるものだった。親信や親直には武芸と行儀の師がついていた。藤丸にだけ、誰もついていない。その不公平を、いつまでも放っておくわけにはいかぬと、昌源自身も分かっていた。佐吉という名は、まだその不公平を埋める相手として確かなものにはなっていない。だが、確かめずに見送るには、惜しい話のようにも思えた。
ただ、昌源の中で、一つだけ確かになったことがあった。佐吉という子は、誰かに見つけられるのを、ただ大人しく待っているだけの者ではなさそうだということだった。
今回、太助が自分の田の見方を、隣の年寄りにそのまま渡している場面が描かれました。藤丸から太助へ、太助から誰かへ――教えたつもりのないものが、少しずつ畔から畔へ伝わっていく様子に、藤丸自身も「発明したのではなく、誰かの目を少し違う向きに開かせただけ」だと気づきます。
一方、安芸では甚兵衛が佐吉の噂を集め、算用の腕だけでなく、苛められても言い返さず黙って立ち去るという、その性根の一端を初めて自分の目で見てきました。気の強さを表に出さぬのか、それとも出す気力を失っているのか——昌源はまだ判じかねています。
「誰かに見つけられるのを、ただ大人しく待っているだけの童ではなさそうだ」という昌源の直感が、この先どんな形で確かめられていくのか、楽しみにしていただければ幸いです。




