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第2章:白い希望

「……方法は、一つだけ……」


ユウイの声は、嵐の轟音の中で震えていた。


剣の柄を握る手に、力がこもる。


だが――


分かっている。


鋼では足りない。


彼には。


これには――届かない。


仲間が、また一人倒れる。


そして、また一人。


命は一瞬で消え、そのたびに空の深紅の雲が膨れ上がっていく。


重く。


そして――飢えるように。


その中心に――


ウィンターが立っていた。


動かない。


触れられない。


倒れた者たちの血が空へと昇り、渦を巻きながらあの異形の雲へと吸い込まれていく。


だが彼は、それを見ても何も感じていないかのようだった。


無限。


無慈悲。


ユウイの呼吸が止まる。


あの力は――底がない。


「……違う」


かすかな声で呟く。


瞳が、細くなる。


「……それだけじゃない」


血だけじゃない。


そんなはずがない。


ユウイは無理やり視線を向ける。

見極めるために。理解するために。


そして――


見えた。


「……命……?」


稲妻のように、理解が走る。


ウィンターは、ただ血を操っているんじゃない。


その中に残っている“何か”を操っている。


命の本質――そのものを。


曲げて。


歪めて。


“死”へと変えている。


ユウイの心臓が強く打つ。


戦いが始まって初めて――


胸の奥に、小さな何かが灯る。


「……希望」


(もしウィンターが血を操れるなら……)


呼吸が乱れる。


(私は……命そのものを操れるかもしれない……)


鼓動が速くなる。


彼女は、それを知っていた。


感じたことがある。


すべての生命に流れる、目に見えない流れ。


――ウレス。


命の根源。


世界とすべてを繋ぐ、見えない糸。


ウィンターは血を媒介にして、それを歪めている。


命を、死へと変えている。


ならば――


逆にできるはずだ。


同じ力を――


取り戻し。


浄化することができれば――


もしかしたら。


本当に、わずかな可能性でも――


彼に届くかもしれない。


「……できるかもしれない……」


その考えは、あまりにも脆い。


危険で。


狂気に近い。


だが――


もう他に道はない。


ユウイは目を閉じた。


戦場が遠のく。


悲鳴が鈍くなる。


血の雨さえ――消えていく。


ゆっくりと、震える息を吐き――


意識を集中させる。


「……感じる……」


空気が、わずかに変わる。


微かに。


弱く。


だが確かに――そこにある。


倒れた者たちの中に、まだ消えきっていない命の残滓があった。

闇の中で揺らめく、消えかけの火のように。


ウィンターは気づいていない。


自ら生み出した嵐に、意識を奪われている。


だが、時間はない。


ユウイはゆっくりと手を下ろし、倒れた仲間の体の上にかざす。


指先が震える。


「……私……」


一瞬――


迷いがよぎる。


これはただの“死体”じゃない。


人だ。


仲間だ。


「……ごめん……」


かすれた声が漏れる。


小さく。


壊れそうなほどに。


それでも――進む。


手ではなく。


意識で。


「……来て……」


感じる。


ウレスを。


周囲に漂う微かなエネルギー。

死と生の間を揺らぐ流れ。


最初は拒むように、か細く揺れていた。


だが――


応えた。


空気が震え始める。


かすかに。


そして徐々に強く。


エネルギーが動き出す。


倒れた者たちから立ち上がり、目には見えない光の糸のように、ユウイの周囲へと集まっていく。


「……っ!」


息を呑む。


――できている。


ウレスが、彼女の中へ流れ込んでくる。


ゆっくりと。


そして一気に。


体が震える。


エネルギーが全身を駆け巡る。


圧倒的だった。


純粋で、澄みきった命の力。


この戦場の穢れに染まっていない、ただの“生命”。


温かい。


眩しい。


確かに――生きている。


「……これが……!」


膝が崩れそうになる。


それでも、踏みとどまる。


エネルギーは彼女の周囲で渦巻き、制御を失いかける。


このままでは――散ってしまう。


「ダメ……! ここに……!」


拳を握りしめる。


意識を集中させる。


導く。


形を与える。


ウレスは応え、収束していく。


圧縮され。


凝縮され。


彼女の手の中で――形を成していく。


力。


純粋な力。


そして――


ウィンターに対抗できる、唯一のものへと。


冬の血の雲が戦場の上で渦巻く中――


ユウイの答えが、形を成した。


空に、もう一つの雲が現れる。


それは、深紅ではない。


歪んでもいない。


ただ――眩い。


純粋な光。


命そのものを凝縮したかのような、柔らかな輝きを放つ光の塊が、彼女の頭上に集まっていく。それは静かに脈打っていた。


鼓動と、同じリズムで。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


「……っ!」


ユウイは息を呑んだ。


倒れた者たちから、そして今まさに消えようとしている命から、ウレスが彼女へと流れ込んでくる。それらを束ね、繋ぎ、ひとつの形へと編み上げていく。


壊れていないものへ。


完全なものへ。


――生きた力へ。


光はさらに強く、さらに眩く膨れ上がる。


その圧力に、ユウイの膝が崩れた。


「ぁぐっ……!」


押し潰されるような重圧。


身体が激しく震える。


それでも彼女は、歯を食いしばった。


「……離さない……!」


空気が、変わる。


世界そのものが、揺らぐ。


そして――


感じた。


ウィンターの視線を。


冷たく。


鋭く。


ただ、ユウイだけを射抜いている。


ゆっくりと、彼女は顔を上げた。


その瞳が、彼と交差する。


ほんの一瞬――


戦場から、音が消えた。


「――これで、終わり」


静かな声だった。


揺らぎは、ない。


その言葉に応えるように、頭上の光の雲が強く脈動する。


意志に呼応するかのように。


その輝きが、さらに増していく。


そのとき初めて――


ウィンターが、わずかに揺らいだ。


ほんの微細な変化。


だが、確かにそこにあった。


目が、細められる。


表情に、影が差す。


――迷い。


「……面白い」


彼は低く呟いた。


だが、ユウイは迷わない。


鋭く息を吸い込み――


腕を突き出した。


「――っ!」


次の瞬間。


純粋なエネルギーが、奔流となって放たれる。


眩い閃光。


圧倒的な輝き。


空間すら軋ませ、歪ませながら、それは一直線に駆け抜けた。


それは、もはや単なる光ではない。


命そのもの。


凝縮され――


武器へと昇華された力。


倒れた者たちの想いを束ねた、最後の答え。


ユウイの身体が激しく震える。


力が、流れ出していく。


それでも――止めない。


止められない。


「行けぇぇぇっ!!」


叫びと共に、すべてを前へと押し出す。


自分のすべてを。


皆のすべてを。


ウィンターの瞳が鋭く細められる。


即座に動いた。


「――ブラッドストリーム」


冷徹な声が響く。


絶対の響き。


頭上の血の雲が応じた。


震え――


次の瞬間、収縮する。


そして爆発するように前方へと流れ出した。


濃密な血の奔流。


それはまるで生き物のようにうねり、暴力的な速度でユウイの光へと迫る。


手首を軽く振る。


その一動作で――


血流は分裂した。


無数の触手のように広がり、獲物に食らいつく牙のごとく、光の奔流へと襲いかかる。


二つの力が、激突した。


一瞬――


均衡しているように見えた。


拮抗しているかのように。


だが――


「……っ!?」


最初の一滴が光に触れた瞬間――


それは、消えた。


跡形もなく。


抵抗することもなく。


押し返すこともなく。


ただ――


消滅した。


ユウイの光が、それを完全に喰らい尽くす。


触れた血を一滴残らず分解し、蒸気となって空へと散らしていく。


圧倒的な純度。


圧倒的な力。


ウィンターの目が見開かれる。


「……あり得ない」


血の奔流が、崩壊していく。


少しずつ。


確実に。


喰われていく。


だが、光は止まらない。


弱まらない。


むしろ――


さらに強く。


さらに眩く。


抵抗すら、糧にするかのように。


「ばかな……!」


その瞬間――


ウィンターが動揺した。


完全なる冷静が、崩れる。


ほんの一瞬だけ。


彼は身を翻す。


避けようとした。


だが――


遅い。


光は容赦なく迫る。


逃さない。


赦さない。


そして次の瞬間――


それは、彼のいた空間を貫いた。


「――っ!」


焼け付くような激痛が、脇腹を貫く。


身体が大きく揺れる。


衝撃に弾かれ、後方へとよろめいた。


とっさに手を伸ばし、傷口を押さえる。


バランスが、崩れる。


その瞬間――


初めて。


ウィンターは――


傷を負った。

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